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9: テスタの過去①

 ……私が生まれた時、既にイリオス王国を代々治め続けてきた王家一族は残らず処刑台でその生涯を閉じていた。


 現在では専ら怪物皇帝が権力を振るうイリオス帝国は、そもそもイリオス王国という全く別の君主が支配する国だったのだ。

 私が生まれたのは統一暦五九五年だが、その六年前の五八九年に王国の都で突発的な暴動が起こった。当時、国王や宮廷の貴族たちはこの暴動を取るに足らない烏合の衆の乱痴気騒ぎと考えたかもしれない。軍隊を投入してやれば三日も経たずに解決する、とタカを括っていたかもしれない。あるいは、放っておいてもいずれ下火になるとさえ思っていたかもしれない。


 しかし、彼らの当ては全く無惨なかたちで外れた。

 王国の圧政に怒り狂った市民たちは揃って砦になだれ込み、武器を奪って死体の山を築きながら都中を駆け回った。彼らの熱気は都でとどまらずに波及し、遂にはイリオス王国全土の民衆がこの狂気の嵐に加わった。その時、既に彼らの暴動は軍隊でさえ鎮圧できない程に肥大化していた。


 市民たちの言い分はこうだ。

 曰く、「イリオス王国政府は金と引き換えに官職を売買し続けてきた」。

 また曰く、「その結果、王国の支配権は無数の愚かな金持ちの手に渡ってしまった」。

 更に曰く、「その上、権力を得た金持ちたちは自分の利益の為に重税を課し、多数の市民を不当に苦しめている」。

 そして、「この王国は腐りきっている。一度壊してしまわなければならない」と。


 この暴動に目をつけたのが、王国の一組織に過ぎなかった法官府だ。

 法官府は王国全土から魔法使いが集められていて、国王の為に戦争から研究まで多種多様な仕事を担当してきた。ところが、身分に拘わらず広く魔法使いを呼び込んだために、王国中枢部の組織としては珍しく貴族の割合が小さな集団となった。そのため、彼らは他の貴族連中と比べて明らかに国王に貢献しているのに、ただ貴族でないという理由で貶められ続けてきたことに対して並々ならぬ恨みを抱いていたのだ。そんな折に暴動が起こったものだから、いち早く参加と支援を表明した。


 魔法使いというあまりにも心強い味方を得た暴動は革命を成就し、イリオス王国は大陸の地図から消滅した。民衆の手元には革命の達成感だけが残り、法官府には全ての権力が舞い込んだ。

 その結果、国王よりもはるかにタチの悪い怪物皇帝が台頭してしまったことは、あまりにも皮肉だと私は思う。


 『怪物皇帝』ことウィルゴドウィンは、王国の南の外れにある小さな村の出身だったが、魔法使いとしての才能を買われて法官府に就職し、民衆の革命に積極的に力を貸したことで名声を高めていった結果、どういうわけか新体制の代表に選出され、そのままいつの間にか『イリオス帝国の皇帝』などという地位に昇りつめてしまった男だ。魔法の腕はさることながら、独特のカリスマを備えていたのだろう。思い返してみれば、私の生家にも彼の肖像画が飾られていた。


 ……とにかく、私が生まれたのはイリオス帝国だが、実はイリオス帝国も親にあたるイリオス王国を消滅させた跡地に出来た生まれたての国だったのだ。






◆◆◆






 イリオス帝国とルークイ王国のちょうど境に位置するタタラスクという小さな集落で生まれた私は、『立派な男の子に育つように』などの願いを込められ、地元の神話の登場人物の名を取ってテスティリスと名付けられた。


 きょうだいはいなかったものの両親は健在で、豊かでもないがそれなりに幸せな幼少期を過ごしたと思っている。


 ところが、八歳の誕生日を目前に控えたある日、法官府から数名の法官が派遣されてきた。私の魔法使いとしての才能を感知し、わざわざ攫いに来たのだ。両親は彼らに追いすがって泣いたが、法官たちはその必死の訴えを全く気にも留めずに私を抱え上げ、ピカピカの馬車へと押し込んだ。

 その時の両親の悲痛な表情を、今でも私は覚えている。しかし、私は当時自分の置かれた状況をよく理解していなかったのか、絶叫する両親をぼーっと馬車の窓から見つめるばかりだった。


 法官たちによって都に連れてこられた私は、そのまま幼年法官学校に放り込まれた。法官たちの卵である少年少女がひたすら魔法の修行をさせられる施設だ。

 私は魔法使いとしての資質に恵まれていたらしい。ほとんど苦労した覚えも無く、言われたことを素直にやっていたら、通常三年の課程を飛び越えて二年で晴れて釈放の運びとなった。


 しかし法官教育は甘くない。これで家に帰れるのかと勘違いして小躍りしていたが、すぐに法官高等学校などという次の施設に送り込まれてしまった。


 法官高等学校では、魔法の運用だけでなく法官としての専門的な職務について様々な教育を受けた。私は魔法使いとしての純粋な資質には恵まれていたらしいが、法官としての資質は皆無だったようで、こちらは通常一年の課程を二年がかりで修了した。


 こういうわけで、私は六〇七年に法官府の支援魔法部門の治癒魔法専門の法官に任官した。


 六〇七年と言えば、イリオス帝国がルークイ王国との戦争に勝利し、屈辱的な講和条約を締結させた年だ。私は任官して早々に後方支援の為に軍営に送り込まれたから、何人ものルークイ王国軍捕虜が連れられてくるのを見た覚えがある。


 彼らはみな一様に濃い紺色の軍服を泥まみれに汚していて、表情は暗く強張っていた。それに反してイリオス帝国軍の兵隊は一兵卒であってもパリッとした清潔な軍服を着ていたのだから、当時からその対比にやるせない気持ちを抱いていた。各地に派遣された私たち法官や、そうでなくとも多少魔法の心得がある者が、浄化魔法を使って彼らの身なりをいつも整えていたのだが、捕虜に対して同様の措置をとることは禁じられていたのだ。

 帝国の兵が一転の汚れも無いピカピカの軍服を見せつける度に、捕虜たちが私を睨みつけているような錯覚にいつも囚われていた。法官の真っ白なローブは一番目立ったから、居づらくて仕方がなかった。


 そういう光景を何度も何度も見て辟易していたが、いざ正式な講和が結ばれると私はすぐに都に呼び戻された。






◆◆◆






 突然の帰還命令には驚いたが、偶然同じ基地から都に戻るところだった竜騎兵連隊に何とか乗せてもらって、都までの快適な空の旅を楽しむことができた。

 都に着いてからというもの、すぐさま新しく法官府本部の一部局に配属され、毎日毎日書類だの何だので駆け回る日々が数か月続いた。


「テスティリス、相変わらず疲れた面構えだな」


 そんな折の昼下がりの都、法官府の中庭の長椅子に腰掛けて休んでいると、見知った男が後ろから私の肩を叩いて声をかけてきた。

 私よりも一回り年上の彼は法官高等学校以来の私の友人で、イーノスと言う。魔法使いとしての実力はさることながら、私と違って法官としての職務も優秀なのでずっと中央の法官府で勤務している男だ。更に、彼は自分の能力を鼻にかけておごり高ぶるような人柄でもなく、いつも朗らかな笑みを絶やすことがないため、多くの友人に慕われている。


「こっちに戻ってきてからずっと仕事に追われてて……。そっちも大変でしょ」

「まあ大変だ。代わってみるか?」

「いやいや、勘弁してください。俺だとイーノスの仕事量に対応できないよ」


 両手をぶんぶん振って拒むと、イーノスはナハハと大きな笑い声をあげて私の隣に腰掛けた。


「また一緒にやれて嬉しいよ。そもそもお前が高等学校を卒業できなかったせいで俺の方が一年先輩になっちまったし、その後は戦争のせいで同期はほとんど全員前線送りになって離れ離れだったからな」

「面目次第もございません……。俺はたぶん法官に向いてないんだよ」

「それは同期の全員が思ってた。一番年少のくせして魔法の腕は群を抜いていたと思うんだが、どうもそれ以外がな……」

「へへ、若輩な上にものぐさなもので」


 イーノスは自分のことのように残念そうな表情を浮かべる。彼の百面相は見ているだけでもとても楽しい。こういう素直な感情表現も、彼が人気たるゆえんだろう。……私も割と考えていることが表に出やすいタイプだとは思うのだが、あまり教官や上官からのウケは良くなかった気がする。何の差だろうか。


「それはそれとしてだ」


 ずい、とイーノスが距離を詰め、急に真剣な声色でぼそぼそと囁いた。

 中庭には私とイーノスの他には誰もいないのだから、変な演出をするやつだとその時は思った。


「お前の出身って、タタラスクだよな」

「そうだけど、何」

「ルークイ王国との境にある、あのタタラスクだよな」

「他のタタラスクを知らないけど、そうだよ」


 私の返答に、イーノスは一人で納得しきったのかしきっていないのか、何度も瞬きをして目を泳がせていた。私がタタラスク出身ということを聞き出した彼が結局何を言いたいのか、私にはいまいち見当がつかなかった。私の表情を見たイーノスは、そんな私の感情をしっかりと読み取ったようで、話を続ける。


「……例のルークイ王国との戦争で、国境地帯が先んじて敵軍に占領されたのは知っているか」

「まあ、それはもちろん」

「それでだ。最近の調査と照合で浮かび上がってきた傾向なんだが、略奪、殺人、暴行、その他もろもろの敵軍による被害が極端に少ない町がいくつかあるんだ」

「……それは、どういう」

「もちろん敵軍が作戦中にどこを通ったかというのは重要なんだが、それを加味しても明らかに不自然だったんだよ。それで、この町々が敵軍に対して何とか媚びを売ってなだめすかして、何事もなく通過させたんだろう、と俺たちは初め推測した。国境の町っていうのは、えてしてそういう技術が高度になるもんだ」

「初め……。つまり、そうじゃなかったと?」


 イーノスの話が何となく読めてきた。私は、彼が私の出身地をあらかじめ尋ねてきた理由も分かってきたし、その先を聞きたくない、という思いでいっぱいになった。

 私は自分の最悪の予想が覆されることを本気で願いながら、彼に続きを促した。


「その通り。捕虜の話から、どうやら複数の村々がルークイ王国と通じていたらしいということが分かってきた。ルークイ王国の宮廷から引き抜いた情報と照合しても、ぴったりだったんだ。そういうことでここ何か月か調査を続けてきたんだが、四つの町が糧秣の自発的供出と引き換えに安全を保障する密約を開戦前に交わしていたことが確かになった」

「……まさかとは思うけど、その四つの町のうちの一つが、その……俺の町……」

「……ああ。お前の故郷で、ルークイ王国との国境にある、あのタタラスクだ」


 頭の中が真っ白になる思いだった。

 私の生まれ故郷が密かに一丸となってイリオス帝国に背いたのみならず、それが帝国に暴かれてしまったのだ。

 怪物皇帝の治めるイリオス帝国は、国家の臣民を何よりも大事にすることを基本姿勢とし、その見返りとして臣民の勤勉な働きを求めている。そのためであろうか、国内の『裏切り者』に対しては全く情け容赦のない処罰を下す。もともとが王族や有力貴族を亡き者にして生まれた国だ。皇帝は当然のように恐怖政治を断行し、『裏切り者』の公開処刑は半ば見世物と化している。


「そのうち帝国に背いた町に対しては『制裁』が実行されることになるが、今のうちに覚悟をしておいてほしい。後から知って衝動的に暴れられたら困るからな」


 イーノスがこの時に突き放すような言い方をしたのは、彼にも私の個人的な友人としてでなく法官としての立場があったからだと思う。

 彼は伝えるべきことを伝えると、手短な別れの言葉を告げて立ち去っていった。


 冬の寒さが際立ってきた中庭で、私はしばらく立ち上がることもできずに呆然と虚空を見つめ、生まれ育った故郷の景色やそこに住まう人々、そして何より私の両親のことをぐるぐると思い出すしかなかった。






 ……『裏切り者』の町に関する沙汰が私に伝えられたのは、それから数日後のことだった。

お世話になります。

お読みいただきありがとうございます。


TS娘の過去開陳、短めが好きです。

じゃあそうしろという話ですが。


以上!

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