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第11話 元後輩とその後の弁明

俺と美空は出会ってからというもの、行動を共にすることがかなり多い。誰かに仕組まれているとか、そういうことは全くなく、本当に偶然だ。

 

 とある日の放課後、今週の掃除当番である俺は教室に残って掃除をしていた。それも美空と。

 美空も俺と一緒で、今週の掃除当番だ。

 

 席も隣。掃除当番も一緒。どちらもくじで決めたものなのに、こんなことあるのだろうか。

 そんな事を考えながら、俺は教室の机に片っ端から椅子をあげていった。美空はというと、教室の床を自在箒じざいぼうきではいている。

「何ぼーっとしてんのよ、早く終わらせて帰りたいんだけど」

「ああ、すまん」

 美空は俺の方を見て、そこそこ大きな声で言った。

 その直後、誰かがこちらへくる足音が聞こえてきた。おそらくさっきの声を聞きつけてやってきたのだろう。俺が最初に見た限りだと、このフロアには俺達以外誰もいなかったはずだが……

 

 しばらく足音は響き続け、やがて止まった。この教室の前に、その足音の主は立っているようだった。

 

 俺も美空も、その場でゴクリと息をのむ。

 

 すると引き戸はゆっくりと開いていき、そのわずかな隙間から目のようなものが見えた。

「あのー、何か用ですか?」

 誰かはわからないので、とりあえず敬語で話しかけてみた。美空は怖がってるのか、ずっと表情が固まったままだ。

 

「あれ? 先輩?」

 聞き覚えのある声がする。この声を最後に聞いたのは、おそらく何ヶ月も前のこと。

 俺はそこで覗いている人物が誰か、ここでやっと理解した。

 あいつはおそらく、というか絶対、俺の元後輩【中野ツナユキ】だ。

「何してんだツナ」

 俺は眉間にしわを寄せ、こちらを覗く【ツナユキ】らしき人物に話しかける。

 ちなみにこの【ツナ】というあだ名は、当然下の名前が由来だ。

「ゲッ! バレてた……ちーっす! 先輩久しぶりっすね!」

 ツナは教室にひょこっと顔を出し俺に言った。

 すると美空が「知り合い?」と俺に問う。

「ああ、元後輩の中野ツナユキだ」

「こんちゃーっす!」

 ツナは美空に会釈をする。

「え、ちなみに元後輩……っていうのは……」

 ツナは目線を宙に這わせて考え込んでいる。

「あぁ、そういえばお前にはまだ言ってなかったな」

 

「俺留年したんだ」

 俺は言葉を詰まらせることもなく、当然のことかのようにツナに言った。

 

「……」

 沈黙が続く。

 

「ええええええええええええええええええええ‼︎」

 ツナは叫びながら教室へと入ってきて、教室の真ん中で膝をついた。

 制服姿に天然パーマで長めの髪。特に代わり映えのない見慣れた姿だ。

「いきなりでかい声で叫ぶな。てか俺がここにいた時点でなんとなく察せただろ」

 こいつはデフォルトで声がでかい。

「いやー、なんか忘れ物でも取りにきたのかなと……」

 ツナには、事故で入院した所までは伝えてあった。お見舞いにもちょくちょく来てたが、退院してからは色々あって留年のことを伝えるのを忘れていたのだ。

「何でですか⁉︎ まさか先輩、退院した後不登校になってたとか……?」

 こいつもこのパターンか。留年=不登校っていう考え、本当やめてほしい。

 

 美空はツナのこの発言を聞いてニヤついている。何も言ってないが、ちょっと馬鹿にされている気分だ。

「不登校じゃない。ていうか何なら、あの退院の前日には留年が確定してたぞ。出席日数が微妙に足りなかったみたいでな」

「えぇ、普通そういうのって学校からなんか処置とか出ないんすか……」

 珍しくツナにしてはまともな意見だった。確かに俺は入院中、何かしらの処置が学校から出て留年にはならないだろうと思っていたところで留年したのだ。おそらく休む期間が長すぎて、学校側も処置や補佐のしようがなかったのだと思う。


「それがでなかったんだ」

「じゃ、じゃあまだ一年先輩と一緒にいられるってことですね!」

「ああそうだよかったな」

 俺は適当に返事をした。

「あと先輩っていうのやめろ」

 俺とツナは、もう先輩後輩の立場じゃない。同学年。お互い平等だ。


「で、お前は何しにここへ来たんだ?」

「いや、特に用はないですけど。なんか男女の声が聞こえたので、何か良いものが見れるかなと思って来たんですよー」

 ツナは口元を緩ませながら言った。

「掃除をしてたんだ。男女の声が聞こえてきただけでそこまで妄想できるお前には逆に尊敬する」

 俺が強めの口調で返すと、ツナは予想外の返しをしてきた。


「ちなみに、お二人は付き合ってるんすか?」

 何を血迷ったか、ツナは呑気な顔で俺達に爆弾発言をかました。

 それを聞いた俺は「何でそうなる。ねえよ」と否定をしたのち、美空を一瞥する。

「な、な訳ないでしょ!」

 すると美空も慌てて否定した。おそらく突然の爆弾発言に動揺したのだろう。

「ふーん。そうなんすねえ」

 ツナはニヤニヤしながら、俺を見て言った。

「何だその目は」

「何でもないっすよー」

 そう言ってツナは立ち上がり「じゃ」と教室を出た。

 そしてまた廊下からひょこっと顔を出し、何を言うかと思えば––

 

「ハナ先輩を差し置いて浮気って、先輩もなかなかやりますねえ」

 

 そんな意味のわからない事を、過去1気持ち悪いニヤけ顔で言って【中野ツナユキ】こと【ツナ】は足早に帰っていった。

 

「妙な誤解を招く言い方をするな!」

––まったく……あいつはときどき本当に笑えないことを言う時がある。困ったものだ。

「すまんな……美空」

 俺は美空の方を向き、あのバカな元後輩の代わりに申し訳程度の謝罪をする。

 

 これでこの話は終わったと思い、俺が掃除を再開すると、さっきまでは気を使っていたのか口数が少なかった美空が突如口を開く。

「ハナ、先輩……?」

「お、まさか美空、ハナを知ってるのか?」

「いや知らないけど。ていうかそのハナって人、坂井くんの彼女なの?」

 さっきの俺の声、聞こえてたよな。

「断じて違うな。あいつの冗談だ」

 俺がここまで真剣に否定したのは、ハナと付き合っていると勘違いされてるのが嫌だからというわけではない。むしろ本心では大歓迎だ。

 でも、その勘違いをそのままにしておくのは、俺は絶対にダメだと思っている。

 まだ実っていない恋を勝手に実ったと自分の中で決めつけるという行為は、相手にとって失礼。これが俺の恋の掟だ。

「そうなんだ、でもそのハナって人について、よく知った口ぶりね。じゃあ……それっぽい関係ってこと?」

 美空はからかうような口調で言い、俺に段々と迫ってくる。

「何だよそれっぽい関係って……何もねえよ」

 何もないというのは嘘だが。

「すごい目が泳いでるわよ。嘘ね。やっぱり何かあr……」

「ああ分かった分かった。話すよ……」

 俺は美空の発言に被せるように言った。こうなってしまえば、正直に話すほかない。無理に隠してもまた変な誤解を生むだけだ。

「その……ハナは、お、俺の初恋だ……」

 自分で初恋とか言うのはかなり恥ずかしい。そのせいで、今の俺は日本語教室通いたての外国人のような口調になってしまっていた。

「ほぉ〜! 初恋! 坂井くん恋とかするんだ!」

 こいつ恋愛の話になるとやけに口達者だな。いつものクールじみた感じからは想像もできないほど、美空の目は輝いていて、やけに生き生きしている。

「お前…俺を何だと思ってるんだ」

「なんか坂井くんって恋愛とか興味なさそうだから、ちょっと以外」

 なるほど、他の人から見ると俺はそういうふうに見えていたのか。でも確かに、恋愛に興味がない時期はあるにはあった。

 

 高校に上がるまで、俺は一切恋愛に興味がなかった。

 興味がないというか、もはや嫌いだった。

 恋愛なんかして何になる。めんどくさいだけだろ。

 中学校時代、周りでカップルブームが起き、続々と付き合いだす者達に囲まれながらも、俺はそんな偏った思考を持ち続けていた。

 もちろんこの時のは、俺に恋愛経験は微塵もなく、ただ自分の偏見だけで作り出した思考だ。

 だが俺はそんな考えを捨てることもなく、中学を卒業し高校に上がった。

 

 高校は中学よりもスクールカースト的なものがはっきりと存在していて、厄介なことに非リア充はカーストでいう下位に無条件で割り振られていくような腐った仕組みだった。

 

 でもこんなのは陽キャ達の間でのただの根拠のない指標に過ぎない。気にしなければいい。


 そこそこ強めのメンタルを持つ俺は、こんな環境でも今までの考えを改めることはなく、平凡な日常を高校でも維持していた。

 そんな一度も揺らいだことすらない俺の考えが大きく動いたのは、高1の夏。

 

 暑い日だった––––

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