09話 宿屋にて
組織とは、国とは面倒なものである。
結果が出るまでにそれなりの時間を要したのだが、端的に言えば私は勝った。
誠心誠意、全力で交渉にあたったからだろう。
私はこの手で勝利を掴み取ったのである。
ドラゴンの鱗を渡したことが功を奏したのだと思う。
私には必要のないものであるが、鍛冶を営むドワーフにとってドラゴン素材は垂涎のもの。
加工せずに売ったとて、それなりの金額になるはずだ。
その結果として、こちらの要望はおおむね汲んでもらえることとなった。
二階建てではないが、庭付き一軒家。
ドワーフの使用人も付いてくる。
鉄骨造の家を頼んでみたのだが、変な顔をされた。変顔は頼んでない。
家は木造になる。だが、家は家である。
場所は詳しく聞いていないが、町から離れた国境付近とのこと。
条件としては悪くない。
ただ、一から建築のため時間がかかる。
工期に三ヵ月ほどかかると言われて、私は難色を示したが従うほかなかった。
いまさら森の家に帰るつもりのない私がどこにいるのか。
なんと、生意気にもドワーフの国に存在していた宿屋である。
この国でドワーフ以外の人種を見ておらず、鎖国的な国であると思っていのだが、東にある人間の国と交易があるとのこと。
ドワーフは鍛造した商品を、人間は食料や日用品といった商品を取引しているようだ。
その交易相手の人間が、この国に来た時に泊まるための宿屋である。
ここは私にとって、理想の一つかもしれない。
起きれば食事は用意されている。柔らかなシーツのベッドもある。お風呂だって常備されている。
ベッドメイキングも勝手にされて、悠々自適に暮らしている。
ただ、少しだけ不満はある。
私はこの宿屋に軟禁されている。
ボルグからは、宿から出ないようにと言われた。
私が町を出歩くと、面倒ごとが起きるという。
町を出歩きたいわけでもなく、それを受け入れた。
そのため日がな一日、私は窓から外を歩く髭の観察しかすることがなかった。
窓辺にたたずむ私。
通りを歩く髭が私に気がつくと、ヤジを飛ばしてくるのが日常である。
語彙は少なく「クソエルフが」「死ね」「殺すぞ」と定型文のように決まったセリフを吐く。
そんな時にはやはり魔法だ。
使う魔法は威力を弱めた空気圧縮弾である。
もちろん死なないように強さは調整し、頭に当たると吹っ飛ぶくらいのものにしている。
1体転ばせるごとに1pt獲得だ。
杖を構えて魔法弾を射出。百発百中の命中度。気分はスナイパークエスである。
今日は既に50pt稼いでいる。
テーブルの上には用意してもらった紙の束。その紙に正の字を書いていく。
毎日、スコアブックの更新だけが待ち遠しいものとなった。
なぜ、窓辺に座る美少女である私が、こんなに暴言を吐かれるのか謎だったが、その謎もついに解けた。
エルフとドワーフは元々仲が悪いものとのこと。
世界の常識だそうだ。
しかし、それは私が知らないことであり、常識とは言えない。
エルフは木や水といった自然を好み、変化を嫌う。
ドワーフは加工を好み、木は燃料として切り倒し、排水で水を汚す。
その辺りの確執だろうか。
それを教えてくれたのは、この宿に泊まるイーザという人物。
イーザはドワーフと交易する商会の長であり、この宿の常連とのこと。
初めて食堂で出会った時には「なぜここにエルフが」と酷く驚かれたのが印象的だった。
商人魂たくましく、変わったことに好奇心旺盛のようで出会えば話しをするようになり、仲良くなったのである。
私にとって、イーザは初めての人間の知り合いになった。
窓から見える太陽が沈み、辺りは薄暗くなってきた。
本日のスナイピング業務は終了。そろそろ夕食の時間である。
私は食堂へと足を運んだ。
厨房に希望の料理を伝え、私はテーブルにつく。
あとは料理が運ばれてくるのを待つだけである。
水を飲みつつ待っていると、背後から声をかけられた。
「おや、こんばんは。クエスさん。相席してもよろしいかな?」
「ええ、どうぞ」
商人のイーザである。
にこやかに笑う姿は愛想がいい。
口髭を生やしているが、ドワーフと違って手入れにこだわっているのか似合っている。
暴言を吐く髭とは違い、見た目はダンディーなおじさんだ。
「今日もハンティングをしていたのですかな?」
「ええ、他にやることもありませんから。今日は252pt取りました。ハイスコアの更新はなかなかできませんね」
笑みを浮かべるイーザ。
最初にハンティングを目撃された時も、酷く驚かれた。
それは誰だってそうだろう。
普通に考えれば牢屋直行便の愚行である。
しかし、エルフに対する文句である。いまこの町のエルフ代表は私である。反撃するのは致し方ない。
文句を言うならばボルグに言え。
「それはそれは……。最近はドワーフたちもこの通りを避けていますからね。いまここを通るのはクエスさんの魔法を回避しようと挑戦している者ばかりでしょう」
「私は弓の名手であり、魔法の名手。躱せるほどやわな魔法は使いませんよ」
「そうですか」とイーザは笑い声を上げながら言った。
「ところで、少し小耳に挟んだのですが、とある鍛冶師がすごい剣を打ってるらしいですね。クエスさんはご存じですか?」
「その話は聞きましたね。レッドドラゴンの素材を使った剣を打っているとか」
私が軟禁されているのを知っているイーザは、それと私が何かしら関係あると当たりをつけているのだろう。
でなければ、そんな話をするわけはない。
「もしかすると……クエスさんがその素材を持ち込んだのですかな?」
「そうですね。私がこの宿に泊まれるのも、ドラゴンの鱗のおかげです」
「それはよいものを拾いましたなぁ」
「巣の中に落ちていたものを拾いましてね。それがなければ尻尾を切り落としでもするところでした」
「ドラゴンの尻尾を切るなんて。ははっ、またまた冗談を」
「失礼します」とドワーフの給仕が料理を運んでくる。
自分で取りに行かず、持ってきてもらえるのもポイントが高い。
給仕はドワーフの女性だ。
ドワーフの女性は小柄ぽっちゃり系である。
給仕がテーブルに料理を並べている最中、私はイーザに言い返す。
「イーザさん。私は本気で言っているのですよ。味わってみますか? 私の魔法を。その肉のようにこんがり焼いてみせますよ?」
私が手に持ったフォークをくるくると回し、魔法を発動させる。
コブシ大の火球が生まれ、急激に室温が上昇する。
部屋が暑くなったためか、イーザの額から汗が流れ、テーブルにぽたりと落ちた。
「失礼しました。ドラゴンを相手取るなど、まるで冒険譚に聞く大魔法使いですね」
「わかっていただければ問題ありません。さぁ冷めてしまう前にいただきましょう」
イーザはパンとスープにこんがり焼いた肉。
私はミディアムに焼いた肉に魚、それと山盛りのサラダである。
最近のルーチンと化した食事。
食べたかったのは海の魚なのだが、ここで出てくる料理は川魚なのが残念ではある。
これはドワーフの町が内陸部にあるので致し方ない。
「以前から思っていたのですが、エルフでも肉や魚を食べるのですね」
「本来のエルフであれば、普段は食べないですね。食べるのは祝祭の特別な時のみですから」
「ほほぅ、そうなのですね。いやはや、不勉強なものでお恥ずかしい」
その後はたわいもない話をしながら食事を楽しむ。
私は口数が多い方ではないため、必然的に会話の主導権はイーザとなる。
イーザはこれまでも、色々な話を聞かせてくれた。
幅広い話題は、さすが商人といったところだろう。
東の国の料理から始まり、知り合いの子供が冒険者になったこと、それからイーザの仕事についてと話は続いた。
「不可侵の森から、他にも素材を取ることが可能で?」
「需要がありそうなのは、ましら酒とドラゴンの鱗くらいでしょうか」
「それはそれは。ましら酒とはなんとも珍しい。私もご相伴にあずかりたいものです」
「森に行くことがあれば取ってきますね」
その言葉に、深く礼をするイーザ。
珍しいものらしいので、ましら酒を飲みたいというのは本当だろう。
しかし、それは本心でないはずだ。
イーザは商人であり、主な取引はドワーフの作る武器や防具。
先ほど、ドラゴンの鱗といった時に、イーザの眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。
以前イーザから、人間と魔族が長らく戦争をしていると聞いた。
それに関連することなのだろう。
スローライフを目指す私にとって、まったく関係のない話だ。