10話 新居に訪れた者たち
宿も悪くなかったが、あそこだと自由な行動ができなかった。
しかし、ここは違う。
束縛するものは何もない。
私は果てしない自由を謳歌していた。
私専用の一軒家。
フェンスはないが、周りは広大な庭。その庭では畑が作られ、野菜が栽培されている。
近くには使用人の住む家屋と、少し遠くにはドワーフ兵の詰める砦。
私はいま、スローライフを満喫している。
庭先に設置した長椅子に、私はごろんと寝そべる。
ガーデンパラソルで眩しい太陽の光はカットだ。
視線の先には畑があり、そこでは幾人かのドワーフたちがせっせと農作業に励んでいた。
監視ではない。
手伝う必要もない私は、ただ眺めているだけである。
長椅子の脇に設置された小さなテーブル。その上に置かれたハンドベルにそっと手を伸ばす。
クラッパーの留め具を外して優雅に揺らした。
――カランカラン
金属音が響き渡れると、メイド服を着たドワーフの娘が目の前に現れる。
丁寧にお辞儀をして、私の命令を待っている。
「ルコさん、お茶をくださる?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ルコはお茶を用意するために家の中に入っていった。
私はまた、畑で汗水垂らして働くドワーフに目をやった。
ここにはほかにもドワーフがいる。
庭師であったり、料理人であたったり、家畜の飼育員であったりと。
ただ、このドワーフたちは一般人ではない。
歩き方しかり、物腰しかり、眼光しかり。軍人だろうと予想がつく。
私の監視も兼ねているのだろう。
髭が何本いようとも、私を止められるはずはないのだが。
ここはドワーフと人間の国との国境で、交易の中継地点となっている場所だ。
国防のために砦があるのだが、この砦に詰めるドワーフ兵のために、いままで町から食料を運んでいたらしい。
この砦の近くに食料生産施設として小さな村を作る。そんな計画があったようだ。
その砦の食料事情改善のため着手された計画に、私は放り込まれたこととなる。
ただ、私の役割は別だ。
東には人間の住む国がある。さらに東に行けば、魔族の住む国がある。
人間の国と魔族の国は長い間、争いを続けているのだ。
もし人間の国が墜ちた場合、この場所がドワーフにとって防衛線となる。
そこに私は配属されたわけだ。
家と土地、自由を与えるから何かあったら守ってね、と暗に伝えられている。
なかなかに上手い手である。
私はドワーフに興味はないものの、居場所が危険にさらされるならば自分のために戦うだろう。
いいように使われている気がして癪ではあるが、対価としてのこの生活は悪くない。
スローライフを満喫できるのだから。
ルコが戻り、トレイからテーブルにコップを置いた。
私はコップを魔法で冷やし、手に取って口につける。
日陰の場所から冷たいものを飲みつつ、必死に働くドワーフを見る。
私は満足し、うとうとと昼寝についた。
そんな日々を過ごし始めた数日後のこと。
夕方前、庭で長椅子に座り、物思いにふける私の目に入ってきたのは馬車の一行だった。
ドワーフの町に交易品を運び、帰りには鍛造品を乗せて帰る商隊である。
以前は砦に駐屯していたようだが、現在は泊まるための家屋が造られている。
その家屋に商隊の人間が移動しているのを眺めていると、四人の人間がこちらに向かってきた。
先頭を歩くのは、宿屋で一緒だったイーザである。
「お久しぶりですね。イーザさん」
「クエスさんもお変わりないようで、何よりです」
「そちらの方々は?」
イーザの後ろにいる若者たちは、一見して商隊の人間ではないとわかる。
金髪で剣をはいた男。大きな戦斧を背に担いだ男。杖を持った女。
「こちらは今回の護衛です。あの剣の取引がありまして。用心には用心をと、護衛をつけている次第です」
「ああ、あの剣が完成したのですか」
私がドワーフにやったレッドドラゴンの鱗を使った剣である。
なんでも粉末状にした鱗を混ぜた金属で打った剣とのことで、切れ味は鋭く、岩を容易く切り、刃こぼれもしないような剣であるらしい。
国宝に並ぶようなものが完成したと聞いていた。
それならば、護衛をつけるのも当然だろう。
「この者たちは冒険者でして、クエスさんの話しをしたところ、お会いしてみたいとのことで連れてまいりました」
「冒険者……ですか」
冒険者。
未知の場所や素材を求める者たちである。
しかし、実際としては単なる何でも屋だ。
もちろん上位の人間になれば富と名声を得られるだろうが、それは一握りの選ばれた者のみ。
危険な任務を負わされて、死ねばそこで終わる、国にとっては捨て駒のような者たち。
「こ、こんにちは。初めまして。私はフラウと申します。イーザさんからすごい魔法使いがいると聞いて連れてきてもらいました。お邪魔でしたらすみません」
「ガインだ」
フラウは杖を持っていることからわかっていたが、魔法使いのようだ。
若そうではあるが、気遣いもできる人物。+1ptあげよう。
戦斧を持った男がガイン。たくましい体つきの寡黙そうな男である。
まずは自己紹介の流れだろう。
残りの一人に目をやった。金髪で剣を持つ人物である。
その金髪がニタニタと、下卑た表情を浮かべていた。
「ホントにエルフじゃん! ここってドワーフの国だよなぁ? 耳だけ作り物の人間とかじゃねぇの? かなり若そうだし、魔法使いってのも怪しいもんだろ。見ろよこの胸。女と言いつつ、ホントは男じゃねぇのか?」
金髪の男の手が、私の胸元に伸びる。
私の脳内血管がはち切れんばかりに膨張したのを感じた。
手をかいくぐり、右拳を腹に打ち込んだ。
もちろん瞬時に肉体強化して、だ。
殴られた男は吹っ飛び、砂煙を上げながら地面を転がる。
そして庭の畑の畝で横たわった。
起きないことから失神したようで、10カウントは不要。
ワンパンKOである。
「なんですかあいつは。失礼極まりないやつですね」
肉体強化はしたが、とっさのことに手を魔力で保護できなかった。
皮がずるむけになった右手に、治癒魔法をさっとかける。
「イーザさんもお久しぶりですし、フラウさんとガインさんもわざわざ来られたことですし、お茶などいかがでしょうか?」
目の前で起きたことに、三人は固まっているようだ。
年長であるイーザがようやく我に返り、フラウとガインの顔を見て答えた。
「ええ……。是非とも……」
テーブルのハンドベルを手に取り鳴らすとルコが来る。
「テーブルと椅子の用意を。ここで皆様とお茶をします。それからあのゴミを――」




