36話 中央大迷宮
「それではお元気で」
「ああ、そちらもな。困ったことがあれば頼ってくれ。ガインとフラウはクエスがいるからって、危ないことするんじゃないぞ!」
「はい! 魔王様もお元気で! さようなら!」
「魔王陛下もお元気で!」
サイスと別れの挨拶を終わらせた私たちは、ひれ伏すドラゴンの上によじ登る。
「じゃあ、よろしくお願いします。方角は北西……あの山を目指して飛んでください」
親ドラゴンの背をぽんと叩くと「承知した」とばかりに一鳴き上げて、翼をはためかせ始めた。
強い風が巻き起こる。
地面からふわりと巨躯が浮かぶ。
見る間にその巨体が大空へと翔けあがった。
自分で空を飛ぶのとはまた違う感覚。
ごうごうと風を切り裂く音が聞こえる。
上空は風を魔法で防いでも少し冷たい。私は冷えた体を温めるため、酒瓶をかたむけ喉に燃料を流し込んだ。
野を、山を、川を飛び越える。
二回の野営を挟み、私たちはついに中央大迷宮と呼ばれるダンジョンにたどり着いた。
冒険譚に聞くダンジョン。
人間の間では有名なダンジョンだろうが、ここを訪れた者はごくわずかだろう。
フラウとガインが子供のように目をきらきらと輝かせてはしゃぐ。
「すごい! ここが中央大迷宮! すごい、すごい!」
「壮観だな……」
平野を囲む連なった山々。最近は気温も下がり、紅葉した木々で山は赤みを帯びている。
広い平野。その中央には薄紫色に染まる巨大な湖がある。高く昇った太陽の光りできらきらと水面が輝いている。
湖の中央には大きな湖島。その島には城壁のある古城がが建っていた。
荘厳な山々に囲まれ、薄紫に輝く水面。島にそびえる古城。
まさに絶佳の光景。
話には聞いてはしたが、私もここへ来たのは初めてだ。
幻想的な光景に思わず息を飲む。
「湖が薄紫色なんですね。きれい……」
「冒険譚にはその話、出てこないんですか?」
「ただ、湖島にそびえたつ立派なお城としか聞いたことはありません」
これだけ特徴的な湖を、フラウは知らなかったようだ。。
冒険譚なんて、エスラからまた聞きしたものを誰かが口伝したのだろう。
物事の真偽が確かめられない世界なんてこんなものだ。
「あれは魔素が水に溶け込んでいるんですよ」
「そうなんですか! さすがはクエス様! なんでも知っているんですね」
私は胸を張って答えた。
エスラから聞いただけで、私が調べたわけじゃないのだが。
私が言ったので手柄は私のものである。
「とりあえず中を探ってみましょうか。魔物がいますので、二人は私の指示に従ってください」
ドラゴンをその場に待機させて、城に向かって歩き出した。後ろに二人が続く。
湖のほとりから島に向かって橋が伸びている。
その先は城門があり、いまも何かを迎え入れるためか、両開きの大扉は開いたままだ。
橋の上を歩く。
湖の水面は風を受けて波打つ。橋脚に波が当たり、ちゃぷちゃぷと小気味がいい音がする。
馬車が余裕を持って通れるくらいに幅の広い橋。
木製ではあるが腐った様子もなく、痛んではいないようだ。
橋を渡り終えた私たちを迎えたのは、高くはだかる城壁にある大きな門。
両開きの扉は開かれたままになっていた。
そこをくぐり抜け、奥へと進む。
奥には庭園だったのだろう敷地が広がっていた。
その庭をいくつもの木が闊歩しているのが見える。
目的のドリワナツリーである。
木と言えど、背丈はそこまで高くなく、3メートルほどだろうか。
見た目は木そのものだ。
樹冠には緑の葉が茂り、枝が腕のようになっている。根っこが足で、ずりずりと引きずって歩いている。
幹にはウロが三ヵ所。目と口になっているのだろう。
俗に言う、トレントそのものである。
ただ、頭の枝からは、リンゴのような赤い果実がぶら下がっている。
世界で一番臭いと呼ばれる果物だ。
ドリワナツリーはその見た目と遅さに反して強い。
非常に硬く、金属の武器はやすやすとはじき返す。
かと言って魔法は有効ではない。ドリワナツリーは魔法の抵抗力も高い。
だから普通の冒険者程度では討伐は難しい。
抵抗力を上回る高火力の魔法で、一気にかたをつけるのが効果的だ。
「あれがドリワナツリーか……。どうするんだ? 見た感じ足は遅そうなんだが」
「まずは私が小手調べに倒しましょう」
何体も闊歩している中、一体を見定め、私は距離をじりじり詰める。
私に気づいたドリワナツリーが向きを変え、腕の木をわっさわっさと振り回して近づいてきた。
「思ったよりも動きは速いですね。とりあえず、このまま城門まで撤退です」
群れから引き離すため、付かず離れず距離をとる。
城門を越え、橋のたもとまで来ると、私は杖をドリワナツリーへと向けた。
「あの果実と口から飛び出る酸に気をつけてください。あなたたちは冒険者。自分の身は自分で守るように」
「はい!」
「おう」
私の後ろでフラウが杖を、ガインが戦斧を構える。
RPGのようであり、少し胸の奥底が熱くなる。
こんな場合は技名を叫んだほうが気分がでるだろう。
私は杖を振り上げた。
「ドラゴンフェニックスッ!」
ドリワナツリーが歩く地面が一瞬光り、そこから舞い出るのは鳥の形をした炎。炎の鳥が空に向かって飛翔する。
鳥がはばたけば風が生まれる。押し寄せた熱風が頬をじりじりと焦がす。
瞬く間に、ドリワナツリーは火だるまとなった。
もがき苦しむように手足をばたつかせるドリワナツリー。
ついには力尽き、地面にばたんと倒れた。
真っ赤に染まった体は次第に黒く変色し、白い煙がゆらゆら上がる。
「楽勝でしたね」
倒れ動かなくなったドリワナツリーに、私は歩み寄って見下ろした。
真っ黒になって炭化したドリワナツリーである。
本来、非常に臭い魔物なのだが、炭となり、その臭いは抑えられているようだ。
「すごいです! さすがです!」
「それほどでもありますよ。ガインちょっといいですか?」
「なんだ?」
「その斧でこいつを叩いてみてくれません? 今回は燃やしてしまいましたが、素材が取れるかちょっと不安で」
「ああ、わかった」
横たわるドリワナツリーにガインが斧を振り下ろす。
カァンと硬い金属同士をぶつけたような音が響いた。
「何度もやってみてください」
私の言葉に頷き、ガインは何度も斧を振り下ろす。
カァン、カァン、カァン。
どのくらい叩いたのだろうか。
ガインの息は上がり、額には汗が浮き出し、手で拭っている。
それでも何度も続けた。
「おおっ!」
振り下ろした斧の刃が黒くなった樹皮に刺さり、ひびが入る。
ピシピシと音をあげ、ひびが亀裂となって全体に広がっていく。
黒く炭化した層が剥がれ落ち、ぱらぱらと地面に散らばった。
そこから現れたのは、真っ白な無垢の心材。
「燃やしても材料は無事に取れるようですね」
私は叫ぶように言った。
橋の中ほどまで移動して、鼻をつまんで準備万端である。
「ああ、この通り……クサッ!」
「何これ臭いです!」
こうなることは予想していた。
鼻をつまみ、遠く離れていても少し臭う。
非常に臭い。生臭い。蒸した生ゴミに色々混ぜたような臭いである。
ガインとフラウは顔をしかめて鼻をつまんでいた。
きっといい経験になっただろう。
「素材が取れることはわかったので、その心材は湖に捨ててください」
私が遠くから指示を飛ばすと、ガインは蹴って転がし湖に落とす。
それを確認すると、風の魔法で臭いを吹き飛ばした。
「それじゃ、ぜんぶ燃やし尽くしましょうか」
攻略の糸口は掴めた。
あとは余裕である。
城門を越えて庭園へと足を進めた。
私は空を飛びながら庭園に群がるドリワナツリーを引き連れ集める。
一ヵ所に集めると、巨大な落とし穴を出現させる。
すり鉢状になった穴からは出てこれず、わさわさと仲間を踏み台にして脱出しようとするドリワナツリーたち。
足を開き、右手に持った杖を天高く掲げる。
「ドラゴンフェニックスッ!」
巨大な火柱が城壁よりも高く上がった。
「夜であれば映えるキャンプファイヤーだったんですけどね」
「キャンプファイヤー……ですか?」
この世界はキャンプなんて娯楽はない。
あるのは魔物や獣に襲われる危険がある野営である。
「巨大なウッドトーチみたいなものです」
ウッドトーチは存在する。冒険者には無縁のものかもしれないが、馬車での旅なら丸太くらいは積んでいる。
椅子代わりに使用するものだが、古くなればウッドトーチ代わりにされる。
「さて、次は城内を見回りますか」
燃やす、燃やす。
すべてを燃やさんとばかりに魔法を放つ。
三人編成の勇者パーティーは城内を縦横無尽に駆け巡る。
私が勇者であり大賢者であり、大大大魔法使いの役である。
「それにしても多いですね。異常繁殖です」
「ほうでふね」
三人ともしかめっ面で鼻をふさいでいる。
それでも防げない臭い。
非常に不快である。
外に引き連れて行ければ問題ないのだが、城内は狭いところもあって難しい。
そのため、各個撃破の戦術を取った。
戦いは順調。
だが、少し不安があった。
「このダンジョンってどこの国の所有なのか知ってます?」
城内で高火力の魔法を使っているのだ。
壁は黒く焦げ、絨毯などの布製のものは焼け落ちた。
責任は取りたくない。
「ひへ、どこの国てもないはずれふよ」
「本当ですか?」
見て回った城の中は、そこまで痛んでいない。
きれいにすれば、このままでも十分に使える。
かっこいい城である。
周囲の環境とも相まって、非常に私の心に突き刺さる。
「帰っへから調べてはほうでひょう?」
「それもそうですね。とりあえず、ぜんぶ燃やしちゃいましょう」
近づいてきたドリワナツリーに、また私は杖を振るった。
すべてのドリワナツリーの討伐には、丸二日かかった。
私たちの目の前にあるのは、炭化した木の山である。
これをドワーフの国に持ち帰り、加工して船底に取り付ければ、海でも使える船ができ上がるのだ。
「やっと終わりましたね。じゃあ、帰りましょうか」
一度帰って、木の山を回収する手はずを整えなければならない。
ともかく、船の素材は手に入れた。
あとは魔道具をどうにかすれば終わりだ。
単純な構造なので、そこまで時間はかからないだろう。
船が完成すれば、交易と漁業の開始である。
明日25日で完結します。




