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超能力を使えるわたしが異世界に拐かされて神々の王様になる話  作者: ちょろんぞ/小野崎まち
第一部 幼年編――《ネコとウサギのダンス》
9/28

08. 夕日に照らされた世界で

 カナカナカナカナと、ひぐらしが鳴いていた。

 寄せては返す波のように、遠くなったり近くなったり。

 大きくなったり小さくなったり。

 

 視界は暗闇に閉ざされ、なにも見えない。

 けれど、耳にはたしかにひぐらしの声が届いていた。

 

 ――――。


 次に、風を感じた。

 ふわり、ふわりとやわらかな風が頬を撫でていく。

 やや汗ばみ、火照った身体に心地いい。

 一定のリズムでそよぐ風に、まるで時間が引き伸ばされているかのような感覚に陥る。


「――――――」


 そして、最後に。

 歌が聞こえた。


「――――」


 言葉はない。

 旋律だけが、風に、空にのって、流れていく。

 

 美しい声。美しい音色だった。

 一切の濁りなき、澄み渡った冬の水のように透明な声色。

 その声によってゆっくりと長く奏でられた旋律は、徐々に徐々にその高低を変えていく。

 自然に、大地に、そのまま融和して消えていってしまいそうな歌だった。


「…………」


 瞼が、開く。

 目に映るのは、見覚えのない天井。

 そして、橙色の光。日差し。

 

 夕暮れ。


 寝起きでぼんやりしていた意識が、その単語によってハッと覚醒する。

 慌てて身体を起こせば、身体に掛かっていたタオルケットのようなものがずり落ちた。

 あたりを見回す。


「……お屋敷?」


 ここは、わたしが一晩過ごした――今となってはわたしの暮らす家でもある、屋敷の居間だった。

 ちゃぶ台は端のほうに動かしてあって、どうやらわたしはその空けられた部屋の真ん中で寝ていたようだった。

 記憶が混乱する。

 わたしはたしか、星神樹の上でイツキやウサギとお昼をともにしたはずだった。

 驚くべきことに星神樹は木になる食物であれば自由に、そして瞬時にその場に生みだすことができるのだという。

 地球にあるような果実から、異世界の見たこともない食物もあった。

 フルーツジュースと一緒にそれらをお腹がいっぱいになるまで食べて――そのあたりから、記憶がない。


「あなた、お腹がいっぱいになるなり、ころんと寝入ってしまったのよ」


 横合いから声が掛かった。

 そちらに視線を向ければ、縁側に足を崩して横座りするサクラの姿があった。居間との仕切りである障子に背中を預けた彼女は、気怠げな顔つきで庭を見やっている。

 その横顔に、わたしは息を呑んだ。

 赤く染まる夕日に照らされた彼女の姿が、ゾッとするほどに綺麗だったからだ。

 黄金色の髪、瞳に夕日が照って、まるで血のような朱色に輝いている。

 顔の半分が影になって隠れてしまっているのが、また怪しげな雰囲気を醸し出していた。

 

「いろいろと心乱されることあって、気づかないうちに疲れが蓄積していたのでしょう」


 彼女の瞳が、わたしに向けられる。


「起こすのもかわいそうだからと、ウサギが送ってきたわ。あとでお礼を言っておきなさいね」

「……怒って、なかった?」

「なぜ?」


 恐る恐る訊ねたわたしに、サクラは首を傾げる。 


「午後は、別のところに案内するって、言ってたのに。わたしのせいで、それができなくなっちゃったから……」

「その程度のことで、あの子が気を悪くするわけないでしょう」


 わたしの不安は、呆れたような彼女の言葉にはっきりと否定された。


「これからここで暮らす時間がどれだけあると思っているの? たかが半日無駄にした程度。今日が駄目なら明日、明日が駄目なら明後日。それでも駄目なら、十日でも一ヶ月でも一年でも掛ければいいのよ」


 サクラは、言う。


「これから、時間はいくらでもあるの。焦る必要なんて、少しもない。あなたは自由なのよ。時の流れさえ、あなたを縛ることはできないのだから」

 

 わたしを真っ直ぐ見つめて発せられた言葉を聞いて。

 すとん、と腑に落ちる気分を味わう。

 そう。そうだった。

 わたしは、これからこの世界で暮らしていく。

 明日も、明後日も。きっと、一年後だって。

 ならば焦る必要なんてないのだろう。

 それに、ここでわたしが出会う相手はみな神様のような存在なのだ。

 人間の感覚で言う一日なんて、彼らにしてみればほんの瞬き程度の時なのかもしれない。

 

「また明日来ると言っていたわ。きっと朝から連れ回されるだろうから、今日は早めに床につきなさいね」

「……うん」


 また明日、か。

 その言葉を聞くのは、きっと生まれて初めてのことだった。

 友達と次の約束を交わすなんて、なんだか、夢のように感じてしまう。


「ところで、そろそろ風を送るのをやめてもいいかしら?」


 わたしが口元をもごもごさせていると、急にサクラがそんなことを言ってきた。

 なんのことかわからず彼女を見返すと、サクラは自分の髪の毛を一房ついっと摘んでみせた。

 その房は床の上に散らばっている髪の毛の中でも一際長く、末端を追って視線を動かしていくと――なぜかわたしのほうに続いていた。

 ――これは、まさか。

 房はわたしの背後、枕にしていた座布団のあたりまで伸びており、そこには、


「…………」


 うちわを持った髪束が、そよそよとこちらに風を送り続けていた。

 目を覚ます前に感じていた風は、どうやら彼? 彼女? のおかげだったらしい。


「あの……ありが、とう?」


 わたしがお礼の言葉を掛けると、髪束は「とんでもない!」と言うかのように手を振る仕草をする。

 その動きがなんだか大げさというかコミカルで、わたしはくすりと笑ってしまう。


「……もう大丈夫だから。戻って、いいよ」


 そう声を掛けると、髪束はわたしにうちわを預けてから、するするとサクラの元へ戻っていった。

 そこで、面白そうにこちらを眺めていた彼女の視線とぶつかる。


「……それ、やっぱりサクラが操ってるわけじゃないよね?」

「さて、どうかしらねえ。なぜそう思うのかしら?」

「サクラとちがって、可愛げがあるもん」

 

 わたしがそう言うと、彼女は「可愛げ!」と大きな声を上げて笑いだした。


「ネコ、あなたわたくしを何歳だと思っているのよ。お婆ちゃんもいいところなんだから、可愛げなんて残っているわけないでしょう?」

「……じゃあ、何歳なの?」


 その質問に、彼女は艶っぽい笑みを浮かべて、人差し指を唇の前に立てて、片目を瞑る。


「ひみつ」


 その仕草を可愛いと思ってしまった自分が、少しだけ恨めしかった。








 この日のお夕飯は、白米に大根と人参のお味噌汁、白身魚の塩焼き(見たことのないお魚だった。異世界産?)、数種類のきのこの醤油バター炒め、ほうれん草のおひたし、お新香というメニューだった。

 サクラが調理する間、なにもすることがなかったわたしは、炊事場に立つ彼女の背中をずっと眺めていた。

 野菜を刻んで、お魚を焼いて、お鍋に味噌を溶かして、小皿で味見をして。

 ほとんど止まることなく、迷うことなく、次々と料理をこしらえていく。


 なにか手伝えることはないかと訊いたのだけれど、サクラは首を横に振った。

 子供は出された食事をよく味わって、美味しく、お腹いっぱい食べることが仕事なのよ、と言われた。


 ――子供に食事を作るのは、大人の役目なの。


 当たり前の顔でそう告げられてしまったら、わたしにはもう、なにも言えなかった。

 だから、その姿をずっと見ていた。

 わたしのためにご飯を作る彼女の背中を見ていると、なんだか心が落ち着いた。

 ほっとした気分になって、じんわりと胸があたたかくなる。


 よく味わって、美味しく、お腹がいっぱいになるまで食べようと素直に思った。

 あちらの世界では、ついぞ抱くことがなかった気持ちだった。

 楽しそうにしているみんなの中でわたしだけがぽつんとひとりで食事することが嫌で、苦痛で、いつも早く食べてしまおうとそればかり考えていた気がする。

 それに、施設ではわたしに言うことを聞かせるための飴と鞭でもあったから、わたしにとって食事は『エサ』という認識でしかなかった。 

 味わおうとか、作ってくれた人への感謝とか、そういった思いを抱くことはほとんどなかったのだ。


 だから。


「いただきます」


 誰かと一緒に食べる食事が、これほどあたたかく美味しいということを知らなかったし、

 

「ごちそうさまでした」


 ありがたいということもまた、知らなかったのだ。

 

「お粗末さま」


 わたしの口から自然と出た感謝の言葉に、向かいに座ったサクラがそう返して、微笑んだ。

 そして、彼女は言う。


「それじゃ、お風呂に入るわよ」


 そういうことになったのだ。

 




 

 

 

「昨日はあなたが疲れていることもあって、身体を拭いただけだったけれどね。女の子なのだから、やっぱり毎日きちんと湯につかって、身体を清めて、綺麗にしておかなければいけないわ」

「それは……うん、わかるけど」


 わたしがサクラに連れていかれたのは、屋敷の奥の渡り廊下を進んだ先にある露天風呂だった。

 ひとりで入れるというわたしの主張を、サクラは受け入れなかった。

 明日からはそれでもいいけれど、最初は使い方を説明するため一緒に入浴すると言ってきかなかったのだ。

 彼女が言うには、ここのお風呂はわたしのいた世界のお風呂とは、少し勝手がちがうらしい。


「まあ、お風呂はお風呂なんだから、全然ちがうというわけでもないのだけれどね」


 露天風呂との境にもなっている四畳半ほどの板張りの脱衣所に入るなり、サクラの身につけていた着物がするすると脱げていく・・・・・

 例のごとく彼女の髪の毛が機敏に動き回って、従者がお姫様へそうするように恭しい仕草で脱がしていったのだ。


「ほら、あなたも早く脱いじゃいなさい」


 なおも動き続け、脱がしたものを丁寧に畳んでいく髪束には見向きもせず、サクラはわたしに視線を寄越す。

 一糸まとわぬという表現がまさにぴったりの姿になった彼女は、とくに隠したり恥じらったりする様子も見せず、堂々としていた。


「着ていた服は棚の中にある籠へ入れておけば、明日にわたくしが回収して洗っておくわ。まあ、汚れを弾く繊維を使っているから本来であれば洗濯する必要もないのだけれど、同じものをずっと身につけ続けるというのも気分がよくないものね」

「……うん」

「なに、煮え切らない返事ね? 着替えなら寝間着の襦袢と帯が下の棚の籠に入っているわよ。タオルもそこ。ああ、手ぬぐいは汚れ物を入れるほうの籠に入っているけれど」

「……それは、わかってるけど。そうじゃなくて、あの」


 わたしがそれでも動かないでいると、焦れたサクラがひとつ溜め息を吐く。

 そして次の瞬間、淡いオレンジの灯りに照らされた脱衣所内を、黄金の軌跡が走った。


「ひゃ――!」


 悲鳴が口から漏れる。

 すぽぽーんと、手品のような鮮やかさでワンピースから下着まで瞬きする間に剥ぎ取られてしまう。

 身にまとうものが一切なくなって、慌てたわたしは自分の身体を抱きしめるとその場にへたり込んだ。


「……なに、その反応」


 呆れた声が頭の上から降ってきた。


「もしかしてなのだけれど……恥ずかしがっているの?」

「…………」

「女同士じゃない。今朝だって、あられもない格好をして平気で屋敷の中をうろついていたでしょう」

「……だって、あのときは寝ぼけていたし、べつに裸じゃなかったし」

「どれだけ恥ずかしがり屋さんなのよ、あなた……」


 そんなこと言われても、仕方がないことだと思う。

 施設ではひとりで入れるようになってからは各自単独で入浴するという決まりがあったから、他人に裸を晒すということに慣れていないのだ。

 プールの授業のときだって、着替えるときはタオルで全身を覆ってからでないと無理だった。

 ちょっと服がはだけるのと裸では全然ちがうのだ。


「手ぬぐいで前を隠せばいいでしょう? もちろん、湯につかるときは外してもらうけれど」

「……! ……!」


 ぶんぶんと首を横に振る。

 その程度では心もとなくて全然安心できない。

 それに結局つかるときに外すのでは意味がない。水があるとはいえ、不安だ。


「……はあ」


 頭上で、また溜め息の声が聞こえた。 


「じゃあ、今日だけ特別にバスタオルを巻いたまま湯につかってもいいわ。よそでしては駄目だし、ひとりのときはきちんと外して入るのよ?」

「……!」


 わたしが顔をあげると、腰に手を当てて片足を開いて立つサクラの姿が目に入った。

 サクラはちっとも隠す気がないから、下から見上げると、その、大変だった。

 彼女の呆れ顔よりも先にそちらが視界に飛び込んできて、ぎょっとしてしまう。

 ……自然と、また、頭が下がった。床を見つめる。

 顔が、熱い。

 

「わたくしは先に行くから、あなたもすぐにいらっしゃい」


 その言葉を残して、彼女は脱衣所を出ていく。

 それを確認してからのろのろと立ち上がったわたしは、着替えの籠から大きなバスタオルを取り出して、身体に巻き付ける。 

 

「……おっきい。おとな。なのに、つるつる」


 無意識に、呟きが漏れた。

 とても、びっくりした。


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