全てを滅ぼすもの 02
一度それを認識してしまった以上、二度と知らぬふりをすることはできない。
創造神たる彼女は、否応なくかつて我であったもの――破壊の神を認知せざるを得なかった。
しかし彼女にとってその存在は悲しみであり、厭うべきものであり、忌み嫌う穢れそのものであった。
ゆえに、彼女は妹神たる破壊の神を己が目に触れぬよう世界の果てに封じ込めてしまった。
破壊、滅び、死そのものである彼女はただそこにいるだけで周囲にその因子を撒き散らしてしまうため、被造物より隔離する必要があったという切実な理由もある。
しかしその場所がこれまでのように己の影でなかったのは、創造神にとって彼女が身近に在るという事実がそれほどに耐えきれないものであったからだ。
己の半身ともいうべき存在への愛がなかったわけではない。
己と対等に在る『他者』に愛しさを感じなかったわけではない。
ただそれ以上に嫌悪感が上回ったというだけのことだった。
この世の果てに封じられることになった破壊の神は、とくに抵抗はしなかった。
悲しむことも、怒りを覚えることも、残念に思うということさえなかった。
なぜなら彼女の意識には、自身は被造物にとってこの上ない悪であるという自覚があったからである。
破壊も滅びも死も、物質や生命など有限の存在がそうあるためには必要不可欠なものである。しかしそうでありながら、同時に忌避すべきものとされるのも致し方ないと生まれながらにして知っていたのだ。
ゆえに、彼女は自身が彼らの目の届かぬ場所に追いやられるのも当然のこととして受けいれた。
そうしたところで世界より自身の因子がなくなるわけではないということも知っていたからだ。
彼女は、ただ在り続ければいい。
破壊と滅びと死という概念そのものとして在るだけで、彼女の役目は果たされる。
それが創造神の影の中であろうと世界の果てであろうと、変わりはなかった。
――少なくともこのときの彼女は、そう考えていたのだ。
「あなたがそのつもりになれば、このような封印などなんの意味もないでしょう。しかし我は、あなたにお願いします。どうか我が妹よ。決してその箱の中から出てはなりませんよ」
罪悪感に塗れた顔でそう告げる姉に、妹はただ黙って頷いた。
そうして彼女は世界の果て――災厄の箱の内に封ぜられることになった。
光射さぬ暗闇だけが広がる場所。ただひとりで在り続けるための空間。
そこが彼女の居場所となったのだ。
彼女は姉の言いつけを決して破りはしなかった。
ずっとずっと、その箱の中に閉じこもり続けた。
外から有限の存在と姉たる創造神の楽しげな笑い声が聞こえてきても。
死という終わり、その離別によって悲しみに暮れ、己へ怨嗟の声を上げるたくさんの声が聞こえてきても。
ただ、そこに在り続けた。
――そんな彼女に変化が起きはじめたのは、いつからだったろうか。
おそらく切っ掛けは、彼女へ声を掛ける者が現れたことだった。
「もし。そこにおられるのは誰なのです?」
箱の外から掛けられたのは、いつかのような言葉。
だから彼女もまた、いつかのように答えた。
「この身は災厄の神である。お前たちの母であり、この身の姉である創造神より封ぜられた存在である」
声を掛けてきたのは、有限の存在の象徴たる人であった。
小さく、か弱く、神的存在にとってみれば瞬きの間に生まれ消えていく、もっとも神から離れたもの。
彼らにとって彼女は災厄そのものである。
ゆえに、自身の存在を知ればこの人もすぐに怯え恐れ逃げ去っていくだろうと考えた。
しかし、そうはならなかったのだ。
「おお! おお、おお……! ではあなたこそがこの世の滅び! 死そのもの! 全てを終わらせるもの!」
人は、歓喜の声を上げた。
その声にはまちがえようのない喜悦と、憎悪が込められていた。
彼女に対するものではない。
それは、世界を侵す感情。
「災厄の神よ! 名付けられることさえなく、このような果てに追いやられてしまった名も無き破壊の神よ! どうか伏してお願い申し上げる! ――この世に滅びを!」
人は言った。
「あの唾棄すべき憎きものどもに死を! あのような存在を許すこの世に破壊を! あなたのお力で全てを滅ぼして頂きたいのです……!」
当然のことではあるが。
そのような願いを創造神の妹たる彼女が叶えるわけにはいかなかった。
たしかに彼女は災厄の神であるが、それはただ概念そのものとして在るだけで積極的に振りまく存在ではない。
しかし、まったく心動かされることがなかったかと言えば、そういうわけでもなかった。
なぜなら世界のあらゆる存在に忌み嫌われる彼女は、このとき初めて他者に望まれたからだ。
そのことが、どうしようもなく彼女の心を揺さぶった。
ただひとりで在り続けた彼女は、それがどのような感情であるかを知らなかった。
ただ不快ではないという認識だけがあったのだ。
人は彼女の『否』という返答を聞き、ひどく落胆したようだった。
しかし決して彼女を悪く言うことはなかった。
ただ力を失った声で「では、このままここに居続けてもよろしいでしょうか」と訊ねた。
詳しいことは話さなかったが、人は彼らの住む場所でとても辛い目にあったのだという。
だからもう二度とあのような場所には戻りたくない、と言った。
彼女は好きにすればいいと答えた。
箱の内にいる彼女にしてみれば、外側でなにが起きようが、そこに誰かがいようが関係のないことであったからだ。
――もっとも、それが本心からの言葉であったかどうかは、今となっては彼女も覚えてはいないのだけれど。
こうして、災厄の神たる彼女と、有限の存在たる人との奇妙な生活が始まった。
決して顔を合わせることなく、触れ合うこともせず、ただ箱の内と外で他愛のない会話を繰り返す日々。
それはひどく穏やかな時間であった。
ずっとひとりで在り続けた時よりも、何倍も気持ちが穏やかになる日々だった。
しかしそんな日々も、長くは続かない。
人は小さく、か弱く、生まれてはすぐに老いて死んでしまうものであったからだ。
ある日から、突然人の声がしなくなった。
どれだけ彼女が呼びかけても答えが返ってくることはなく、箱越しでも微かに感じられていた気配も消え失せてしまった。
それで彼女は気づいた。
この人は、死んてしまったのだと。
そう認識した瞬間、彼女の内面に変化が生まれた。
自らの内に、ぽっかりと大きな穴が空いたような感覚。
もう二度とその人と話をすることができないという事実に、どうしようもなく心が揺さぶられた。
その感情の名を、彼女は知っていた。
当然である。それこそが、彼女がこの世界に生まれ落ちる切っ掛けとなった感情であったからだ。
しかし、彼女はそれを知っているだけだった。このとき自身の内に生じたものとそれを、結びつけることができなかった。
なぜならば彼女はそれをただの言葉として知っていただけで、その感情がどういうものであるかを真に理解していたわけではなかったからだ。
そして彼女のそばには、その感情が如何なるものであるかを教える誰かも存在していなかった。
ゆえに箱の外へ出ることが叶わない彼女は、その暗闇の中でただひとり、名も無き苦痛に耐えるしかなかったのだ。
その人の死から。
彼女は『ひとりであること』が、段々辛いと感じるようになっていった。
以前であればそのような思いをすることはなかった。世界の主役となった有限の存在を思えば、災厄そのものである彼女は果てに閉じこもるべきであったし、そのことを当たり前のように受け入れていた。
だが彼の人の死によって、彼女の中でなにかが致命的に変化してしまった。
ひとりで在ることに苦しみを感じるようになってしまった。
しかし姉たる創造神との約定を破ることはできない。箱の外に出ていくわけにはいかなかった。
それはいけないことだからだ。生まれながらにそう知っていたし、姉にもそう言われた。
だから彼女は、そこに在るしかなかったのだ。
彼女のその苦しみ、渇きは、しかし限界を迎えるよりも前に癒されることになる。
いつかのように、またひとり、人が箱のもとを訪れたからだ。その人は以前の人と同じように世界を憎悪していた。そして彼女へ滅びを願った。
当然、是とするはずもない。以前と同じように否という答えを返した。
――そこに、ほんの僅かの期待もなかったと言えば、嘘になるだろう。
果たして、彼女の答えに落胆したその人は最初の人と同じように、元いた場所には戻らず箱のそばで暮らしはじめた。
彼女を蝕んでいた感情は、たちまちどこぞへと消え失せた。
最初の人に望まれたときのように、ひとりで在ったときとは真逆の感情が彼女を満たしたのだ。
それから。
彼女の感覚ではほどなくして、以前と同じく二番目の人も失うことになる。
やはりこのときの彼女を支配したのも、あの空虚で、辛く苦しいものだった。再びひとりに戻った彼女は箱の中で悶え苦しむことになり――しかしそこにはひとつの期待があった。
一度だけではない。二度、あった。ならば三度目も。
果たして、その思いはそれほど時を経たぬうちに叶えられることになった。
三度目の人が現れたのだ。
それだけではない。同時にふたり、三人、四人。その数はどんどんと増えていった。
多くの者が彼女へ滅びを願った。その度に彼女は断り、消沈した人々は箱のそばに住み着き――入れ代わり立ち代わり、死んでは新たに訪れるということを繰り返し、気づけば彼女の近くから人が途絶えるということはほとんどなくなっていた。
中には憎悪の炎を抱えたまま人の世界に戻っていく者もいたが、それ以上に彼女のそばで静かに生涯を閉じる者のほうが多かったのだ。
彼女にとってその日々は、満たされたものであった。
人にとっては不幸の結果であったとしても、彼女にしてみれば人が己のもとを訪れてくれるというのは、この上なく有り難いことだったのだ。
だが、それもあるときを境にぱったりと途絶えてしまう。
彼女のもとを訪れる人が増えに増え、小さな村を作ってしまうほどの数になったころ。
ちょうど、その人々が一斉に死に絶えたのと時を同じくして、である。
彼女が再びひとりになってから、どれほどの時が経ったのか。
内なる飢えが頂点に達しようとしたとき、彼女のもとを訪れる存在があった。
「……お久しぶりですね。我が妹よ」
姉たる創造神だった。
箱の外より掛けられた彼女の声は、なぜかひどく沈んでいた。
自身を封印してから一度も訪れることのなかった存在の来訪に、彼女は驚きつつも何用かと誰何する。
その問いに、創造神は答えた。
「人は、滅びました。有限の存在全てを巻き込んで、自ら滅び去ったのです」
それは、驚くべき言葉であった。
あまりの衝撃に声を失う彼女は、それでいながらどこかで納得もしていた。彼女のもとを訪れる人が途絶えたのはそれが理由か、と。
創造神は、とつとつと語る。
人の世に生きるうちに、世界を侵す感情――憎悪の炎を抱いた者。世界の滅びを望み、災厄の神たる彼女のもとを訪れた者。
彼女より否という言葉を突きつけられて、それでもなお憎悪の炎を燻らせたままに人の世に戻った者。
彼らは、長い時間を掛けてその炎を世界そのものに燃え移らせたのだ。
他者と他者の対立を煽り、甘言をささやき、高潔な存在を堕落させ、穢し、全ての有限存在を巻き込んだ争いの渦を作り出した。
そこに彼らの叡智と憎悪の結晶たる《滅びの矛》をばら撒き、神の手によらぬ破壊と死の連鎖を生みだした。
世界の全てが、炎の中に消えた。
《滅びの矛》は瞬く間にあらゆるものを燃やし尽くしてしまった。
あとに残ったものは、なにもなかった。
全ての形を、境界を失い、原初の神なるものが満ちる世界がただ在るだけだった。
「なにが、悪かったのでしょう。なにが、いけなかったのでしょう。……我には、わからぬのです。人は、我よりもっとも遠き存在として創り上げました。ゆえにこそ、我は彼らを理解できないのです。どうして自ら滅びを望んだのか。忌避すべきものをどうして自ら作り出したのか。我には……わからぬのです」
それは、災厄の神たる彼女にもわからないことだった。
彼女のもとを訪れる人々が滅びを望んでいたことは知っている。しかしそれがなにゆえなのかまでは知らなかった。
誰々が憎い。あいつが許せない。国が悪い。世界の全てが憎い。なにもかもが汚らしく、なにもかもが醜い。
彼らはそのような言葉をよく口にしていたが、神たる彼女には理解できないことばかりだったのだ。
そもそもが、憎いという感情がわからなかった。
それは彼女の内には存在しないものであったからだ。
「次は、次こそはもっとうまくやります。もう二度とこのようなことが起こらぬように。……あなたは今後も決してそこから外へ出てはなりませんよ」
そう告げた創造神は、彼女のもとから去っていこうとして。
「――ああ、いえ。もしかしたら、此度のことはあなたの行為が原因だったのかもしれませんね。だから、そう」
最後に、こう言い残した。
「次は、他者と会話することも禁じます。決して、箱の外へ言葉を返してはなりませんよ」
そうして、世界の全ては再び創造されることになった。
星々、大地、空、海。
炎、風、雷、光。
精霊、霊体、植物、虫、獣。
そして、神よりもっとも遠きもの――人。
世界に再び有限存在の気配が満ちて、以前より厚い創造神の庇護のもと様々に繁栄していく。
けれどその中にあって、災厄の神たる彼女だけはやはりひとりのままだった。
箱の中の暗闇で、ひとりで在ることにじっと耐え続ける。
長い時をひとりで過ごすうちに、いつしか彼女はひとりで在ることの苦痛をやり過ごす方法を手にしていた。
己の心を、凍らせるのだ。
なにも考えず、なにも思わず、ただ暗闇と同化する。ただの石ころとして在り続ける。
そうすればひとりの苦痛に悩まされることもない。
物を思う心があったことが、そもそものまちがいであったのだ。災厄そのものである自分に、そんなものは必要なかった。
彼女は――いや、それは、ただそれとして在り続ければいいのだ。
そうして、どれほどの時が経ったのか。
やがていつかのように箱のもとを訪れる者があった。
「――世界を、滅ぼしてほしいのです」
まるでかつての焼き直し。
繰り返される運命。
しかし此度は、箱の中のものが人へ応えを返すことはない。姉に命じられたことを頑なに守り、無言を貫き通す。
なにも感じなかったわけでは、なかった。物思う心などとうに捨て去ったはずであったのに、それの内側で動き、揺れるものがあった。
しかしそれに気づかぬふりをして、必死で目を逸らして、全ての感覚を閉じて己は石であると繰り返し言い聞かせた。
やがて訪れた人は過去をなぞるように、箱のそばで暮らしはじめた。
箱の中に意思を有する存在がいることを、その人が知っていたのかはわからない。しかしその人は日々箱へ言葉を掛け続け、時には祈ることさえあったのだ。
そうやって、いつかのように時は流れ、繰り返す。
最初の人が死んで、時間が経って二人目が訪れて――やがては箱のそばに小さな村が出来るようになったころに、再び世界は滅びた。
創造神は、何度も何度も同じことを繰り返した。
世界を創って、自滅して、世界を創って、滅び去る。
条件を変えて、世界の仕組みを変えて、時には力づくで強引に争いを治め、創造神は滅びを回避しようとした。
しかしどうあっても、世界は滅ぶのだ。
いつの世も原因は人であった。もっとも神より遠き存在は、事あるごとに争いを起こした。それは人同士では終わらず、その他の存在へも飛び火する。
敵意を剥き出しにしてあらゆるものへ噛みつき、世界を巻き込んで燃え上がっていく。それが自分たちを滅ぼすとわかっていても、一度燃え上がった炎は全てを焼き尽くすまで決して止まらなかったのだ。
時には、神にさえも牙を剥いた。
その様を繰り返し見せつけられて、ついに創造神はひとつの結論に至る。
――人とは、愚かであると。
しかし考えてもみれば、それも当然のことであるのだ。
なぜならば、人は創造神よりもっとも遠き存在として創られた。それはつまり、正しさそのものからもっとも遠く離れた存在であることを意味している。
ゆえにこそ、人は愚かであるのだ。
そう創ったのは他ならぬ創造神たる彼女であったのだ。
その事実に気づいて。
であるからこそ、彼女は人の愚かさを愛した。
その愚かさは、人が人である根源。神には有り得ない欠点。彼女とは明確に異なる要素。
――まさに人が神にとって真の他者である証であったからだ。
創造神は大いなる愛によって、人の愚かさを受け入れた。
必ず自滅の道を辿る彼らの愚劣な生き様を、愛した。
「幾らでも滅べばよいのです。何度でも滅ぼせばよいのです。その度に、我は新たな世界を創りましょう。新たな彼らを生み出しましょう」
それはいつのことだったか。世界が何度目の滅びを迎えたときであっただろう。
いつものように箱の前に立った創造神は、その中に在る妹へ一方的に語りかけた。
「人は愚かであるからこそ愛しい。賢しき人など我は求めていないのです。人は永劫に愚かな争いを繰り返すべきなのです。それこそが我が愛の源なのだから」
その声は、喜びに満ちていた。
とろけるような陶酔に満ちていた。
「あれほどに忌避した滅びが、今ではこれほどに愛しい。我が妹よ。あなたのこともまた、我は愛しています。しかしどうか理解してください。それでもあなたを箱の外に出すわけにはいかぬのです」
彼女は、言う。
「人は、神の力ではなく、自らの手によって滅びるべきだからです」
創造神たる彼女は、嗤って、言う。
「憎悪と憤怒、絶望に満ちて自滅してゆく彼らの様が、我は見たくて見たくて見たくて見たくて見たくて見たくて見たくて見たくて見たくて見たくてしようがないのです。たまらなく、愛しいのです。愛しているのです。愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛しているのです」
愛という言葉を繰り返しながら、創造神は何処かへ去っていく。
箱の内にいるものは、それを聞いて、思った。
――愛とは、なんなのだろう。
そのようなものを、それは知らなかった。
ずっと昔にはそれに近いものを抱いていたような気もするが、すでに遠い過去のこと。
今のそれには、わからないことだった。
それには最早どうでもいいことだった。
それはただ災厄そのものとして在り続ける。
こうして、世界は延々と滅びと創造を繰り返していくことになる。
災厄の神たる彼女がそれに気づいたとき、全ては手遅れだった。
人の愚かさ、それがもたらす滅びに魅せられた創造神。
彼女は、あまりにもそれにのめり込みすぎた。
いっそ狂っていると言い表してもよいぐらいに。
何度も何度も滅びを目の当たりにした。時には神自ら誘導して自滅の道を辿らせた。彼女自身が滅ぼしたと言っても過言ではない所業に手を染めたこともあった。
結果から言えば、彼女はあまりにも滅びへ傾倒しすぎたのだ。
繰り返された破壊と滅びによって、世界には終わりへと向かう因子が増え、深く重く根付いてしまった。
創造神という神格にあって、それに反するものへ触れすぎてしまった。
それはすでに創造神が持つべきものではなく、その妹たる災厄の神の領分であったというのに。
ゆえにこそ。
創造の神格たる姉神は無限に近い滅びの果てに、『創造する力』を失ってしまったのだ。
それは創造神としての神格を失うことと同義であった。滅びを求めるものは、創造神ではないのだから。
滅びと破壊と死を司るのは、彼女である。
創造神の妹たる災厄の神格。
だから創造神であったそれは、もはや彼女である。
かつて原初の神的存在が創造の神格と災厄の神格に分かたれたように。
創造の神格が災厄の神格へと転じて、姉は妹に取り込まれる形で再びひとつとなったのだ。
――ただひとつの、災厄の神として。
それは、絶対なる一。
周囲に破壊と滅びと死を撒き散らすだけの神的存在。
あまねく存在に敵対するもの。
三千世界のどこかでは、邪神と呼ばれるものであった。
箱の内にいた彼女は、そのような有様になってなお、姉との約束を守ろうとした。
そこから出るつもりなどなかったのだ。
しかしもはや彼女はそのように小さな箱に収まるような存在ではなかった。
彼女がただそこに在るだけで箱は崩れ去り、それだけでなく空が裂け、大地が砕け、有限の存在は尽く死に絶え、姉の最後の創造物であった世界はほんの僅かな間に滅び去ってしまった。
いつか彼女のもとを訪れた人々が望んだように、彼女の手によって世界は滅びたのだ――永遠に。
創造神がいないこの世界に、再びなにかが生まれることはない。
壊れて、滅びて、それっきり。
世界に在るのは、ただの災厄。壊すだけのもの。創ることなど、できるはずもない。
「――ああ、そうか」
本当の意味でただひとりになった彼女は、わずかに残った残骸の上に在って、独りごちる。
「この感情が」
気づけば、かつて人々が想像し畏怖した災厄の化身としての姿をとった彼女。
翼と二本の捻くれた角を持った、漆黒の四足獣。
すでにそれを見る者など存在していないというのに、人々が望む姿をとった彼女は。
「悲しみと、孤独」
初めて、自らの内に渦巻く感情の名前を知るのだ。




