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幕間その3 <欲望と陰謀と>

「はう・・・・」


ハイネは自室で不思議そうなグリちゃんを抱き、甘いため息をついた。白かった頬のほてりが止まらない。

黒髪がそれこそ異様な艶を放ち、全身が熱かった。

豊満な胸が期待にふくらみ、優雅なラインを描く腰がひどくたよりない。

体を置く椅子も、据えられたベッドも、見事な鏡台も、輝くばかりでほこりひとつない。


 自分みたいな女性が、こんな素敵な場所にいさせてもらえる。


それはハイネにとっては、奇跡でしかなかった。

地獄のような孤独と、暴力と、乱暴。その中から突然こんな場所に来ている。

助けてもらえたとはいえ、セイジに恋焦がれている自分が浅ましく思え、それでも愛しくて切なかった。


ハイネは一人寝が嫌いだ。


もしセイジに出会わなかったら、グリちゃんと再会することも、あの地獄から救われることも、幸せに笑い、汗をかいて仕事をし、人々に喜んでもらえる喜びも、一切が閉ざされた夢として、絶望のまま終わっていただろう。


今でも時おり、絶望の悪夢にうなされ、汚辱の泥沼にどこまでも引きずり込まれ、かすかに見える青い空が悲しいほどに美しく、そして汚らわしい汚泥の中で全身が腐りただれていく。


恐怖に飛び起きると、体中を冷たい汗が濡らし、心臓が破れそうな恐怖にあえぎ、柔らかいグリちゃんを抱いてただ涙する。


彼の側に置いてもらいたかった。どんなはしくれでも良いから、この世の誰よりも安心してゆだねられる人の胸に抱かれて眠りたかった。


その上、彼は唯一の身よりに近いグリちゃんに、森を作ってくれた。紙作りにいるからだよと彼は言うが、グリちゃんの喜びようは、ハイネにとってどれほど感謝してもし足りない。


彼の始めた紙作りは、彼女にとって新たな生きがいになっていた。自分のような何もない者でも、人の役に立ち、何かを作ることができる。すき網の上に次第にたまっていく白い紙、その光景は涙が出るほど嬉しかった。


このとてつもない幸運と幸せの切なさが、本当なのだろうかと、とまどい、そして信じられないでグリちゃんを抱きしめるハイネである。


だが、その夜はさらに狼狽することになった。




「ハイネさん、今夜からあなたをハイネ・リグマとして、私の4番目の妻とします。」


セイジがことさらまじめ腐って、神父のごとく告げるセリフに、『は?』という顔をして、ザアッと顔色が白くなり、突然真っ赤になるハイネ。ほとんど変身中のカメレオンである。


「えーっ!?、わ、わたしは、その、所有していただければ、それで・・・」


セイジさんには、すでに3人の妻がいるのに!。と、ハイネは心中で悲鳴を上げた。


『たしか3人は結婚式こそ挙げていないけど、

 第一夫人が、魔剣のイーラの二つ名を持つ有名な傭兵イーラさんで、彼女は私にひどく親切で、セイジさんの側に来るよう声までかけてくれた。

 第二夫人が、レマノフサンダー公王の愛娘の正真正銘の公女ディリエルさん。いくらなんでも私が比較するのも失礼すぎる最強の完璧お姫様。

 第三夫人が、工房組合・鍛冶師同盟の総帥(本人は総代表と言ってるが)キーロック・エドバンテス氏の孫娘で、自らも工房を立ち上げるほどの才女キアナさん。

 ・・・・って、そんなすごい女性の中に、私が第四って、えええええええええっ?!!』


ハイネの頭はぐるんぐるん。


自分がお部屋に泊めてもらうにしても、気に入られるとは限らない。いや、自分なんか気に入られなくて当然だ。

ただ、時おりでも、セイジの気まぐれで抱いてもらえたら、とはかない希望ぐらいに思っていた。

もし万が一、セイジの気まぐれが奴隷にしてくれたなら、彼の所有物にしてもらえたならと願うのが精いっぱい。何しろハイネには姓が無い。働けるかどうかも分からず、紙作りぐらいならまだしも、それ以上の仕事が出来る自信も無い。税の未納で捕まればすぐに奴隷に落ちる。彼女は己を浅ましいとは思いながらも、セイジの所有物にしてもらえたら、どれほど心安らぐことかと本気で思っていたのだ。


『自信が無さすぎだろ!』と彼女を責めないでやってほしい。

どん底の人生を2年近く舐めさせられてきた、ごくごく平凡な一般人(と本人は思っている)彼女からすれば、ドラゴンスレイヤーの『正式な妻』などあまりに恐れ多いのである。


狼狽し、仰天し、あうあうと言葉も出ない。妻という身分は、21世紀の日本よりはるかに重く、高い。


「俺の元に来ると言う事は、妻に入れることです。異論は認めません。」


イーラたちがクスクス笑っているところを見ると、彼女の決意などお見通しだったらしい。


「うちもびっくりしたぐらいやからね。」


自分の全人生を売り払って、セイジの元に飛び込んだキアラも、正式な妻である。


「さて、お風呂だ。ハイネ、我が家では、みんなでお風呂に入るんだよ。寝る時も一緒だ。」


半泣きだったハイネが、その一言でぴたりと表情を止めた。


『一人じゃ・・・ないんだ・・・・』


ポロポロ泣きながら、今度はセイジにしがみついてきた。






「んーんっ」


早朝、裸のハイネは、ベッドから身を起こすと、きれいな裸身をさらして、思いっきり伸びをした。

こんなにすっきり眠れたの、何年振りだろう。


彼女にとって、アレは苦痛でしかなかった。

初めてを醜い老人に踏みにじられ、数えるだけで吐き気がするほど弄ばれ、

山賊たちに死にたくなるほど貸し出され、

体が心を裏切り、感じ始めたときは本当に何度死のうと思ったかわからない。


だけど、生まれて初めて、優しくされて、愛撫されて、感じていい、楽しんでいい、悦んでいい、

何度も何度も、怖いぐらい絶頂に飛び込んで、満足だけが満ち足りた体に心が蕩けて、ああなんて幸せなんだろうと思いながら眠れた。


桜色の乳首のそばに彼のキスマークがある。ハイネは蕩けそうな表情で自分の胸を抱いた。


(グリちゃんは生命の精霊なので、繁殖行動には強力に助力します。気持ちいい事は喜びます。もちろん今度は食べません。)




毎日が充実しているハイネは、今日も紙すきに精を出していた。

質素な服に、髪を後ろでひっつめ、流れる黒髪はキラキラしている。


「ふむ、これが巷で噂の黒髪の聖女であるか。」


しかし、妙に粘つく声がしました。


「ちと服が下品であるが、美質は認めよう。我は偉大なる正当な公王家の正当な血筋を持つベンダン公爵であるぞ。」


ちらっと見ると、ド派手なマントと、まぶしい白タイツのメタボ中年男が、前を膨らませながら言ってます。


「わしの32番目の妾に入れてやろう、感謝するがよい。」

「お断りします。」


もちろん即答。言葉すら交わすのも嫌だった。

何が嫌いと言って、ハイネは相手の気持ちも考えない自分勝手な男は死んでも嫌だ。

セイジならばどうされても構わないが、彼は相手の気持ちを組んでくれる。


「な、なんと、ワシの妾の許可を断るだと。無礼であろう。」

「お断りします。」


こんなのを相手にしていたら、紙が可愛そうだ、汚くなる。


「おいっ、この無礼で身分知らずの下女を躾けてやらねばならん。連れていけ。」


腕っぷしだけはありそうな、目つきの悪いのがその後ろから出てくる。

工房の若い衆が、血相を変えて立ち上がった。女たちも目を吊り上げている。ハイネはみんなに好かれていて、先ほどからのベンダンの勝手な言葉に腹を立てていた。

だが、目つきの悪い連中の足元に緑の少女がてててと歩み出た。もちろん、ハイネ以外は誰も気づかない。


「殺しちゃだめよ。」

「うん、だいじょーぶ。」


ぱくっと、一人目の男の足に噛みつくと、チュルルと音がして、男がひっくり返った。


「な、なんだ、足が動かねええ。」


ぱくっと、もう一人。もう一人。


「お、俺も動かねえし、足が何も感じねえよおおっ」

「ひいいいっ。」


片足のエネルギードレインだけだが、それでも3日は足が全く動かないだろう。

たちまち、8人もいた目つきの悪い連中が、その場で這いまわるはめになる。


「ここここ、この魔女めえええっ!」


とののしりながら、わけのわからぬ恐怖で真っ先に逃げるベンダン公爵。置いてけぼりの連中は、足を引きずりながら這って逃げていった。工房の連中は、全員手を叩いて『ざまあみろ!聖女様に逆らった神罰だ!!』と大喜びだった。みんな本人や家族がハイネの奇跡の癒しに、恩を受けた者ばかりなのだ。それに、ベンダン公爵を好きと言うド変人は一人もいないし。


元々世俗の位や地位に疎いハイネは、相手が何者かもわからず、村長のような大嫌いなタイプの男だったので、気にも留めなかった。


それからしばらく、夢中で紙をすいていると、警備隊の一団が訪ねてきた。


「あら、この間の。」

「先日は、けがを治していただき、感謝の言葉もありません。」

「いいえ、大したことはしていませんわ。」

「そんなことはありません、あなたがいなかったら今頃は、まだベッドで呻いていたでしょう。」


筋肉質で、割とハンサムな警備隊長(独身)が、少し顔を赤くしながら話しかける。


「ところで、先ほどベンダン公爵から、あなたが魔女であるという訴えが出されまして。」

「ベンダン公爵って、誰ですか?」

「ああっと、そう、偉い人ですかね?。」


何でそこで疑問形が入るかなと、部下たちは突っ込みたいのをぐっとこらえた。突っ込んだらあとで殴られる。


「偉い人、ですか。そうは見えませんでしたが。」


警備隊全員同意したいのを、必死でこらえた。


ハイネは、こういう時にセイジから言われていた言葉を思い出した。


「私は、セイジ・リグマの4番目の妻ですので、何かありましたら、夫が対処すると申しておりますが。」

「えっ、あのドラゴンスレイヤーの?!。し、失礼いたしました!!。」


一瞬で破れた恋心を、必死に押し隠し、警備隊長は慌てふためいて挨拶すると逃げ帰った。

ドラゴンスレイヤーで、公王の愛娘の婚約者であり、グシャーネン将軍とも親交が深いというセイジ・リグマ相手では、あのベンダン公爵とどっちが怖いかなど、言うまでもない。


『あのバカ(ベンダン公爵)の訴えなど、まじめにとるな!』と、警備隊から本部へ猛烈な突き上げが来たのは当然だろう。


収まらないのはベンダン公爵であろう。

王宮警護兵に命令し、拒否されると、軍に命令して、グシャーネン将軍から『お断りいたす!』の一筆を送り付けられた。


「くそおおおっ、くそっ、くそっ、くそっ、」


貴族らしからぬ汚い言葉を連発するベンダン、だが本人は自分の言葉はすべて洗練され、最高の言葉と思い込んでる。


「下賤のセイジとやらが、わが威光をすべて無視しおってえええっ。」

「ベンダン様ぁ、何をお怒りでございますやら。」


甘ったるい声と、何やら甘い腐臭にも似た香りが漂う。


「おお、カーレイ。ちんは悔しいのじゃっ。」


東方の、最高権力者だけが使えるという、自分を表す『朕』という言葉を、自宅では愛用するベンダンだが、何しろ文字を覚えきれない。

読みがなだけを思い出して使っている。


「うふん、貴方様はこの世で最も優れた最も気高い血筋でございますよ、何を悔しいとお思いでございますか。」


出てきたのは、ほっそりとして、胸や背中を大胆に開いた、キラキラするドレスをまとった女。

目は濃い藍色で、髪はグレイに近いウェーブのかかったロング。目鼻立ちははっきりしていて、10人中8人は美人と評価するだろう。

やたらに濃い、長いまつげは、ひどく目だった。


オイオイ泣きながら、ベッドにもつれ込み、悔しさをぶつけるようにきしませる。


「うっふふふ、今度こそ、貴方様を公王にして差し上げますわ。」

「た、たのむうう、ちんは、お前しかおらぬのじゃああっ」




2時間ほどして、カーレィは寝乱れたドレスもそのままに、広大な公爵家の地下へ降りた。


「まったく使えない男だね。あんなので、どうにかなるって思ってるのかい?。」

「使えないようなやつだからこそ、思うように動かせるのでは?」


その下には、小柄でフードをかぶった年齢不詳の男が。


「2年近くかけて準備をして、偶然ドラゴンまで出てきちまって、これはもう絶対大丈夫と油断してたら、ドラゴンスレイヤー登場って、冗談にもほどがあるよ。」


歯をぎりぎりと鳴らし、怒りの形相は鬼女である。

公王暗殺時には、万一のために予備兵力まで用意していたのだが、空竜スカイドラゴンが出てきたことで成功を確信して必死に逃げたのが、本気で悔やまれた。


「だからこそ、今のうちに噛み合わせる必要がございましょう。」

「筋肉ダルマのグシャーネンが、網の目のように調べ上げてるのに、どうやってやるんだい。」


グシャーネンの驚くべき綿密さと執念は、公王暗殺のために様々な手を仕込んできた連中でも、手も足も出ない状態に追い込まれている。


「陽動ですな。先日の公王襲撃の背景に、陰謀があったことをわざと洩らし、山賊の討伐を計らせます。」

「兵力の分散か、それは悪くないが、その後は?。」

「いまだ山賊どもと、あの村の連携は残っております。討伐にはあの村を起点に行うのが一番効率がよろしい。」

「なるほど、当然失敗するねぇ。」


広大な山地のどこを探索するかを、村から知らせて討伐を失敗させるのは、そう難しい事ではない。

何よりあの村長は、絶対にこちらを裏切れない。裏切ったら自分も斬首は間違いないからだ。


「グシャーネンの面目をつぶし、謹慎へ。その後、ラドルビンを引きずり出して、暗殺させましょう。そうすれば公王は裸も同然。」

「なるほど、そうすればあとはあの役立たずをたきつけて、内乱だね。」

「謹慎中のグシャーネンを見張る役は、ほぼ決まっておりますれば、そちらも。」

「うっふふふ、おぬしも悪よのお。」

「いえいえ、カーレィ様にはとてもとても。」


完全に悪代官と悪徳商人のようなノリのお二人。

カーレィはグレイの髪をつかむと、ガポリと外した。

短い頭皮が透けるほどの黒い短髪。


「へっ、こんな暑い髪を女はよくしてられるわね。」


ごきごきっと体が鳴ると、ほっそりした体が、ムキムキの細マッチョ体格まで変化した。立派な乳房が平らな盛り上がった胸筋に変化する。


「男相手は嫌じゃないけど、もう少し可愛らしい、凛とした男の子の方がずーっといいわねえ。」


血を集めて柔らかくしていた顔から、すうっと血の気が抜けると、色白だった顔はFSXも真っ青な、むくつけきおカマに変わっている。あな恐ろしや。


「さすが、黒薔薇将軍とあだ名されただけはありますな。何度見ても信じられませんよ。」


憮然として、目をそらすフード男。この変態ぶりは、いつ見ても心臓に悪い。

気の毒だが女性不信のフード男、その何割かは、この気色悪い上司のせいである。




ダレルブレアン公国のはるか南西にチーヤイ帝国という国がある。そこでいろんな意味で有名な将軍がいる。

まあ、将軍と言ってもダレルブレアンのように、最高地位とかではなく、各部門の責任者程度の意味合いだ。

その諜報部門で、北方勢力対策を統括するのが、このおカマこと、黒薔薇将軍とあだ名されるカーリィ・デンデンであった。


近年急速に力をつけ、北方で一、二を争う勢力となったダレルブレアン公国は、チーヤイからすると非常に迷惑な国である。

せめて代替わりしたとか、革命がおこったとかなら分かるが、凡庸で国力を落とすだけであった公王が、突然名君に代わり、急速に力をつけるなど、何の冗談かと思う。


対外対策を行っている諜報や外交部門にとって、これまでの政策や対策法が、通じなくなり混乱していた。

一番迷惑をこうむったのがカーリィのいる諜報部門で、そろそろ首まで危なくなってきた。

そこで、一番安価で安全な内乱を引き起こす策を出した。2年近くかけて公王暗殺と内乱で国力を最低に引きずりおろす計画だった。


その一番目玉の公王暗殺が、大失敗。計画全てが頓挫してしまう。

さすがにもう後が無い。

だが一か八かなど、計略を棟とする諜報部門では絶対にやらない。

まだ前の計略の骨格は残っている。それを再利用すれば良いのだ。



皮肉な話だが、公王を名君に変えたのは、成人すら無理と言われた病弱なディリエル公女の存在であり、それが巡り巡って2年にも及ぶ公王暗殺計画につながっていると知ったら、この


連中はどう思ったであろうか。


しかも、それで事態は終わらなかったのである。


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