エピローグ『みんなで歩む未来』
「お父さん、お母さん。今までお世話になりました」
渚の家の玄関前。
荷物を抱えた渚が、ぺこりと深々と頭を下げた。
隣に立つ俺も、引き締まった気持ちで並んで頭を下げる。
玄関を出て、門を出る。
カツン、と靴底の音を響かせて歩いた距離は、わずか十数歩。
たどり着いたのは、すぐお隣――俺の実家だった。
ガラガラと引き戸を開け、土間に上がる。
「今日から、お世話になります!」
渚はもう一度、今度は弾むような声でぺこりと頭を下げた。
出迎えた俺のお袋と親父が、「はいはい、おかえり渚ちゃん」「今日からよろしくな」と目尻を下げて温かく迎え入れてくれる。
二人の新居として選んだのは、実家だった。
オシャレな都心のマンションでも、会社の社宅でもない。
両家の家族がいつでも集まれて、笑い合える場所。そして、幼い頃から俺たちがずっと一緒に過ごしてきた、始まりの場所。
ふたりで話し合ったとき、行き着く答えは「ここしかない」と完全に一致した。
……ただし。
自腹を切って、二階の俺たちの部屋に本格的な防音工事を叩き込んだことだけは、大人としての切実なリスク管理である。
工務店に見積もりを出したときの金額には目ん玉が飛び出そうになったが、夜の渚の可愛さと暴走ぶりを思い出せば、一歩も引けない絶対不可避の投資だった。
「お兄ちゃん、荷物どこに置く? 一緒に運ぼうよ」
渚がそっと俺の袖を引いてくる。
その際、ふわりと光が反射して、彼女の左手がきらりと輝いた。
白く華奢な薬指に飾られた、シンプルなシルバーの指輪。
あのクリスマスの夜、俺が照れくささを誤魔化しながら彼女の『小指』にはめたピンキーリングではない。ちゃんと左手の『薬指』に収まった、婚約の証だ。
とはいえ――俺の中で、これはまだ「婚約」に過ぎない。
(本番は……プロポーズの時は、どういうシチュエーションで指輪を渡そうか)
逃げてばかりだった過去の俺は、もういない。
これからは俺が、世界で一番この子を幸せにする番だ。
言葉、場所、タイミング、花束の大きさ。悩むべき幸せな課題は山ほどある。
「ねぇ、お兄ちゃん。なにニヤニヤしてるの?」
「……なんでもない。さ、荷物上げちゃおうか、俺たちの部屋に」
「うん!」
渚はとびきりの笑顔を咲かせると、指輪の光る左手でぎゅっと俺の手を握りしめてきた。
これから始まる、新しい俺たちの日常。
甘くて、騒がしくて、温かいストーリーは、この始まりの場所からどこまでも続いていく。
◇◇◇
この後は例によって合同バーベキューである。
庭に出ると、みんなが集まってくれていた。
うちの両親。
渚の両親。
美凪さんと篤さん、真夏ちゃん。
洋と晴美さん、二人の子どもである星夜ちゃん。
そして――。
空気をつんざくように、声が響いた。
「いい、二人とも? 順番は守りなさいよ!」
夏美姉が、人差し指をビシッとこちらに向けて言い放った。
(順番……?)
今さら何の順番だろう。
まさか「子供が生まれるのは結婚式を挙げてからにしなさい」なんていう親戚のおばさんみたいな説教だろうか。
まあ、確かに順序としてはそれが一番だが……。
首をかしげる俺の思考を見透かしたように、夏美姉が腕を組んで不満げに鼻を鳴らす。
「そうじゃない! 序列ってもんがあるでしょう!」
「……序列?」
「姉の私より先に、弟のあんたが先に式を挙げるなんて許されるわけないでしょ!」
そういうことか。
だが、序列を待っていたら、俺たちが結婚式を挙げられるのは一体いつのことになるのやら……と思わず遠い目をしてしまった、その時。
「ふふん……でもね、あんたたちがグズグズ足踏みしてくれたおかげで、ギリギリ間に合ったんだから」
意味が分からない。
夏美姉は、にやりと笑った。そして、目で合図を送る。
一人の男性が、きょうだい達の輪から静かに進み出てきた。
「……誰?」
「私の彼氏」
夏美姉に促され、男性は一歩前に出て深々と頭を下げた。
「初めまして。夏美さんとお付き合いさせていただいております、涼輔と申します。
本日、正式にご挨拶に伺いました」
「「「「「えええええええっ!!!???」」」」」
庭全体に、俺と渚の叫び声が響き渡った。
パニックになる俺と渚をよそに、夏美姉はドヤ顔で胸を張った。
「ふふん、隠してたわけじゃないわよ? タイミングを計ってたの!
というわけで、我が家の長女・夏美! 電撃婚約いたしましたー!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
一瞬の静寂の後、爆発的な拍手と祝福の声が巻き起こった。
ビール缶が打ち合わされ、親父たちとおじさんは「めでたい! 今日は飲むぞ!」と早くも宴会モードを加速させている。
騒ぎの真っ只中で、俺は渚と顔を見合わせた。
「……すごかったね、夏お姉ちゃん」
「ああ……『独り身を嘆いてたのは見落としてただけ』どころか、ちゃっかり一番良いタイミングを狙ってたんだな……」
呆れ半分、感心半分で溜息をつく俺の横で、渚がクスクスと嬉しそうに笑った。
「でも、良かったね」
「ん?」
「これで『序列』の問題はクリアでしょ? 夏お姉ちゃんが先にお祝いされるなら……私たちの番も、もうすぐだね」
渚はそう言って、俺の腕にキュッと自分の腕を絡めると、左手の薬指に嵌められた婚約指輪を愛おしそうになぞった。
「夏美姉のドヤ顔はちょっと癪だけど……まあ、最高の順番待ちだな」
「うん! だからお兄ちゃん、本番のシチュエーション……覚悟して考えておいてね♡」
耳元で囁く渚の笑顔は、初夏の太陽よりも眩しかった。
庭に満ちる肉の匂いと、大好きな家族たちの笑い声。
長く遠回りした俺たちの恋は、たくさんの幸せな「順番」を包み込みながら、最高の未来へと続いていくのだった。
無事完結しました。
最後までお付き合いくださった読者の皆様に感謝申し上げます。
自分で書いてみて失敗だったこと。
いもうと属性って、家族として親しい仲であるにも関わらず
男女としては両片思いが続くところが一番おいしいところだったんですね。
いもうとバカ一代を名乗るには失格です。
私が人生でもっとも影響を受けた作品のひとつが『シスタープリンセス(シスプリ)』です。
この原作版は、実は物書きとして最も参考にしています。
00年代萌え界隈を代表する作品で、後発の類似品も多数つくられました。
読み比べて何が違うのか。
設定の奇抜さやキャラの強さばかりに目がいきますが、
起承転結のメリハリという結論に達しました。
それから常に意識するようになったという次第です。
ちなみに。シスプリの文章担当公野櫻子先生、
10年代萌え界隈を代表するラブライブ無印の文章担当の一人でもあります。
個人として高い評価はあまり聞いたことないですが、
やっぱりすごい人なのでした。
こうして過去の引き出しをあさりつつ、次回作構想していきます。
繰り返しになりますが、皆様ありがとうございました。




