第33話 戦国コスプレアベンジャーズ
夕暮れの西日が、御殿に残った恵、今川義元、松平元康、井伊直虎、鈴木四郎の5人の顔を照らす。
恵が「草薙の剣大作戦」を説明する。「100隻の船で熱田に向かい、熱田神宮を”炎上”させます。信長が『熱田神宮が燃えている』と思えば、追撃どころではなくなります。その間に、義元様率いる本隊は沓掛城へ撤退します」
義元が「熱田神宮のご神体『草薙の剣』。周囲の草を焼き払って敵を退けた、ヤマトタケルの伝説じゃな」とうなずく。
元康は少し首を傾げて「……それ……面白いけど……たとえ100隻の船があっても信長が戻る前に熱田の町や神宮を一気に燃やすなんてできるの?」と質問をする。
恵は「ワタシのバッグの中に秘密道具があるんで。四郎さん、バッグを持ってきてくれるかな」と頼む。
まもなく四郎がキャスター付きバッグを抱えて、車座になった5人の真ん中に置く。
恵は一瞬、躊躇するが、意を決してジッパーをおろしてパカッと全開にし、左側の仕切りをそろそろと外そうとする。
「こっちは絶対に人には見せられない禁断の区域。やっぱり見ないで!」と外しかけた仕切りを戻そうとするが、目をキラキラさせて覗き込んだ義元が恵の手をガシッと抑えて、「三河の小僧!外せ!」と元康に命じる。
元康は命じられる前に動いており、左側の仕切りを取り上げる。バッグの左側には、赤い縄、黒い革の手枷、目隠し、鞭、そして、何本もの赤いロウソクーーいわゆる「大人のおもちゃ道具」がぎっしり詰まっていた。
義元は「ほぉ。これは拷問の道具じゃな。やはりメグミとワシは趣味が合うな」とさらに目を輝かす。直虎は手を口元に運び「戦いを好まない姫が、こんなものを…いったいなぜ?」と恵を問い詰めるかのような視線で見つめる。
恵は目を泳がせながら「いやぁ、なんといいますか。義元様の言う通り、趣味は趣味なんですけどぉ、SMっていう。まぁ、それはともかく」と二つの道具を取り出す。
「低温ロウソクとチャッカマン、です」
「ろうそく? それは分かる。して、ちゃっかまんとは?」と義元が問う。
「火打ち石の……すごいバージョンです。風があっても絶対に火がつきます。それにSM用のパラフィン製のロウソクは着火温度が低いから、100隻分の燃焼物でも一気に着火できるのです」と恵が答える。(それに温度が低いから溶けて手に落ちても火傷しない)
直虎は赤いロウソクの一つをおそるおそる取り出して、「しかし、姫はなぜこのようなものを持ち歩いているのですか?」と更に問う。
恵の顔がロウソクのように赤くなる。「直虎くん……そこは追及しないで……」
義元は「くくく。ワシと夜伽、いや『えすえむ』とやらを楽しむために決まっておろう!」と断言する。
元康は無表情のままチャッカマンをカチカチして火をつけ、「……すごく悪魔的……この世界に終止符を…うてる…」とうっとりした表情で揺らめく炎を見つめる。
恵は作戦の続きを説明する。「熱田に舟で渡って、火をつけて、脱出します。各舟の船頭たちは先に逃げてもらいますが、熱田に上陸して火をつけるのは最少人数。危険な任務だけど、直虎くんと四郎さんは一緒に来てほしい」と、二人を順番に見る。
直虎は「もちろんです。姫のためならたとえ火の中、水の中!」と間髪入れずに胸を叩いて同意する。四郎も力強く首を縦に振る。
元康は「……僕は?」と聞く。
恵は「この作戦の鍵は元康さまです。元康さまは駿府の前に、織田の人質として熱田に住んでいましたよね?」と言う。
「……詳しいね…僕の黒歴史……そうか熱田の町中に火をつける案内役か…いいね。実に悪魔的役割……ふふふっ」と妖しく微笑む。
恵は「熱田に舟がついたあとに私たちが脱出できるように道案内をお願いしたいのです。舟の船頭はそのまま海に戻って逃げてもらうけど。ワタシたち4人は舟を降りて確実に『火』をつけないといけないから」と話す。
義元は意外といった表情で「メグミは熱田の地理を知らんのか?例の『鳥の目』で見ればよかろう」とたずねる。
恵は「今は海に突き出た半島の熱田ですけど、ワタシがグーグルマップで知っている熱田は、3方が完全に埋め立てられていて、海岸線からだいぶ離れているんです」と説明する。
直虎は「姫の『鳥の目』も万能ではないのですね。なおさら我らが確実にお護りいたします」と頼りがいのある言葉をつなぐ。
義元が扇をパチンと閉じる。
「よかろう。『草薙の剣大作戦』を進めよ!」
元康、直虎、四郎が「御意」とばかりに頭を下げる。
義元は恵に近づき、耳元で囁く。
「虹色の女軍師よ。そのロウソクとほかの道具の使い方も、あとで沓掛城でじっくり教えてもらうぞ」
恵は「はい、お望みなら、同意の上でのプレーを沓掛城で。まずは全員の生き残りを最優先にお願いします。作戦として武器武具はすべて大高城に置いていくよう徹底をお願いします」と答える。
義元は「くくく。了解じゃ。二人とも生き残ったら、じゃな」と立ち上がると、愛用の扇とともに、腰に巻いていた熊の毛皮を恵に渡し、大笑いしながら部屋を出ていった。
◇
残ったのは、恵、直虎、四郎、元康の4人となった。
ボディコンスーツの恵は立ち上がると左手を腰に置き、「まず100隻の船団に、信長の注意を集めないとこの作戦は始まらないわ」と広げたキャリーバッグの右側を指さす。
「作戦の第一段階、コスプレ大会よ!」
直虎が「こすぷれ?」と首をかしげる。
「かぶいた衣装のこと。信長の目を引き寄せるために、ワタシが持ってきた衣装に着替えてもらうわ」
恵はバッグから金色のティアラを取り出すと頭の上に装着して、義元からもらった熊の毛皮をファーのように肩にかけて、「どう?」とポーズを決める。
直虎が「すごく派手になりました」と拍手する。
「でしょ? これで『バブリー女軍師』の完成! バブリーは金ぴかは信長が大好きな桃山美術に通じるから、ぜったい気になるはず!」
恵は次に、入城前に着ていたセーラー服を取り出す。白いブラウスに紺色のスカート、赤いスカーフ。
「で、このセーラー服を直虎くんに着てもらいます」
直虎が「は?」と固まる。
「信長軍は『セーラー服の女軍師』を狙ってる。だから、注意をひくにはセーラー服も必要なの。直虎くん、ワタシと背丈もスタイルも似てるでしょ?」
直虎は「いやいや、しかし、俺が姫の格好なんて……」と首を激しくふる。
恵は「直虎くん、ワタシを護るって言ったよね? これも護衛の一環だよ」と上目遣いで頼む。
直虎は観念したように「確かに囮になるなら……是非も無い」と同意し、「ただ着替えは屏風の後ろでいいですか?」と言う。恵がうなずくと、直虎はセーラー服を受け取り、屏風の向こうへ消える。
◇
しばらくして、屏風の向こうから直虎が現れた。
恵は息を呑む。
セーラー服を着た直虎は、凛とした美少女だった。すらりとした長身に、セーラー服が驚くほど似合っている。結っていた髪はほどき、黒髪ロングヘアーがゆれ、精悍さが消え、代わりに透明感のある美しさをまとっている。
「……直虎くん、なんでこんなに綺麗なの……?」
直虎は顔を赤らめて「知りません!」と答える。声まで少し高くなっているように聞こえる。
恵はさらにバッグから伊達眼鏡を取り出す。
「これもつけて。眼鏡はこの時代にないから、つければ印象がワタシの時代っぽく見えると思う」
直虎が伊達眼鏡をかけると完璧な「学級委員長型美少女」が誕生した。真面目そうで、少しツンとした、でも芯の強さを感じさせる美少女。
恵は「うわぁ……」と感嘆の声を上げる。「直虎くん、前世で何やったらこんなに美少女になれるの?」
直虎は「もぉ!私、じゃない、俺のことはもういいですから。先に進めてください」と訴える。
その時、元康がボソッとつぶやいた。
「……僕も」
恵が「え?」と振り向く。
元康はすでにバッグの中を漁っていた。そして、紫と黒のゴスロリワンピースを引っ張り出していた。
「……これ、着たい」
恵は「えっ、元康くんも女装するの?」と驚く。
元康は無表情のまま「……駄目?」と首を少し傾げる。
恵は「いいよ!信長の注目を集めるにはコスプレしている人が多いほうがいいし。色白だし、小柄だし、似合うかも」と答え、「ゴスロリ衣装なら、ウィッグがいるね。この紫色のツインテールのウィッグをつけてみて」とウィッグを渡す。
元康は無言でワンピースを持って屏風の向こうへ消える。足取りが、少しだけ軽く見えた。屏風から顔を出すと、「…トラ姐…僕も姫みたいに白粉塗ってくれる?…」と直虎を手招きする。
(トラねえ?)と呼び方に少しひっかりながらも、恵は「あっ、このBBクリーム使って。この時代の白粉は鉛使っていて身体に悪いから」と、愛用の化粧品を直虎に手渡す。
◇
最後に、四郎の番だ。恵は「四郎さんは……何着る?」と聞く。四郎は即座に首を横に振る。
「女装はイヤ?」
四郎はうなずく。
「だよね。四郎さんはそういうキャラじゃないもんね」
恵はバッグの中をごそごそと探る。
「えーと、四郎さん用に何かあったかな……あ、これ!」
恵は紺色の作務衣と、黄色い安全ヘルメットを取り出す。
「なんでこんなものが入ってるかというと……えーと、SMプレイで『工事現場ごっこ』っていうのがあって……」
屏風の向こうから直虎が「姫、説明しなくていいです」と遮るように話す。
四郎は作務衣を受け取り、無言でその場でふんどしになると作務衣を着る。そして、安全ヘルメットをかぶる。ヘルメットには「安全第一」の文字。
恵は「うん、完璧! 現場監督って感じ! 四郎さんは技術担当だから、これがぴったり!」と満足げにうなずく。四郎はヘルメットを拳でこんこんと叩いて頑丈さを確かめると、少しだけ口角を上げた。
◇
元康が屏風から出てくると、恵は「おおっ」と声を上げる。
ゴスロリワンピースを着た元康は、不思議な雰囲気を纏っていた。小柄な体躯に、黒と紫のフリルが似合う。紫色のツインテールウィッグもぴったりだ。
恵は見定めるように下から上まで見ると、顔をじっとみて
「元康さま、メイクしてあげる! 座って座って!」
元康は素直に恵の前に正座する。恵はメイク道具を取り出して、すでにBBクリームで下地ができている元康の顔を近くでながめる。仕上げのフェイスパウダーをパフパフしてあげる。
「元康さま、肌きれいだね……ブルベ(ブルーベース)だね」
「……小さい頃から、あまり日に当たらなかったから……座敷牢に、閉じ込められていたことも、あった……」
恵の手が一瞬止まる。だが、すぐに作業を再開する。
「……そっか。でも、おかげで肌は最高だよ。メイクが映える。ゴスロリだからしっかりアイメイクをしないとね」
恵はアイシャドウを塗ろうとして、元康の目を覗き込む。
そして、手が止まった。
「……あれ? 元康さま、目の色……」
元康がさっと目を逸らす。「……あんまり…見ないで」
恵は元康の顔を両手で挟んで、正面を向かせる。
右目は深い茶色。左目は青みがかった灰色。
「オッドアイだ……!」
元康の声が震える。「……気持ち悪いでしょ。化け物だって……ずっと言われてきた。三河の者たちにも……それで殴られた……『裏切りものの妖だ』って……」
直虎が「元康殿……」と悲しそうな声を出す。駿府時代、幼い竹千代が泣きながら自分に抱きついてきたことを思い出している。「トラ姐、僕は化け物なの?」と聞いてきた、あの日のことを。
だが、恵の反応は違った。
「超かわいいじゃん!カラコン無しでオッドアイなんて『神』ってる」
元康が「……え?」と呆然とする。
「闇の魔導士って感じ! かっこかわいい! SNSでバズるよ!フォロワー100万人確定だよ!」
元康は生まれて初めて聞く言葉に、固まっている。
「……かっこ……かわいい……?」
「うん! 絶対に隠しちゃダメ! これは武器だよ、武器! コンプレックスじゃなくて、チャームポイント!」
恵はちょっと派手目にアイメイクを仕上げる。マスカラでバチバチにまつ毛を強調し、紫系のシャドウでオッドアイを際立たせる。
「はい、完成!」
恵が手鏡を元康に渡す。
元康は鏡を覗き込み、しばらく無言だった。
鏡の中には、異世界から来たような魔法少女がいた。元康の口元が微かに歪む。笑っているのか、泣いているのか、分からない表情だ。
「……これが……僕?」
元康は鏡の中の自分を見つめながら、高い声でつぶやく。
恵は「初めて女装の一言目の定番セリフ『これが僕?』いただきました」と軽くガッツポーズする。
「……闇の魔導士……我は闇を統べる者……厭離穢土 欣求浄土…」
恵は「そうそう! その設定でいこう! 中二病全開で!」と無邪気に笑う。
元康の頬がメイクを通して初めてほんのりと赤く染まる。
「……中二病って、なに……」
「とにかくかっこいいってことよ!」
直虎は姉のようないつくしむ表情で、元康を見つめている。駿府時代、自分だけが元康に優しくした。自分だけが、元康を肯定してあげられる存在だと思っていた。
今、恵が元康を肯定している。自分にはできなかった方法で、元康の傷を癒している。
(姫には人を変える力がある……私のことも)
嬉しいような、少し寂しいような。セーラー服の直虎の胸がキュンとなる。
◇
海岸で夕日に向かって4人が並んで立つ。
恵——赤いボディコンスーツに熊のファーに黄金のティアラのバブリーな女軍師。
直虎——セーラー服に伊達眼鏡と黒髪ロング、学級委員長型美少女。
元康——ゴスロリワンピースに紫色のツインテールウィッグ、オッドアイの闇の魔導士。
四郎——作務衣に安全ヘルメット、無言の現場監督。
奇妙な4人組だった。戦国時代にはありえない、異様な光景だ。
だが、不思議と「チーム」としての一体感があった。
恵はコスプレした仲間たちを見回して、にっこり笑う。
「よし、役者は揃った。『草薙の剣大作戦』、出撃よ!」
直虎が「御意」と答える。
四郎がうなずく。
元康が手のひらを天にかざして「……我が闇の力……見せてやろう……」とつぶやく。
恵は(元康さま、すっかり中二病になってる……まあいいか)と思いながら、100隻の中の一番大きな舟に乗り込む。




