第22話 夕暮れ迫る大高城の前で
信長の奇襲から逃れて大高城にたどり着いた今川義元、そして恵。恵の本当の「戦い」はここから始まる!戦国時代の長い一日は終わらない!
太陽が少し橙色になってきた。2頭の馬が連なって下り坂を駆け降りる。道が平坦になり、大高城の丘が目視できる距離まで来ると、青年武将は背後から追手がないことを注意深く確認したあと、馬のスピードを緩める。
青年武将は能面のように無表情だが、その頬には乾燥して塩となった幾筋もの涙の跡がくっきりと残る。
一方、恵は呆然としながらも涙を流していなかった。
青年武将の腰に手を回して「戦国時代、最高!」と言っていた自分を思い返して、自責の念に苛まれていた。「ワタシ、人が死ぬことを想像しないで、呑気に…涙を流す資格なんて無いわ…」とうつむく。
3人の乗る2頭の馬も疲れ果て、ゆっくりとした歩みで、大高城の門前で整然と並ぶ総勢5000人の遠江軍団の最後尾になんとかたどり着く。
すると、100人ごとに横に10列、縦に5段の遠江軍団が動き出し、ザザザッとちょうど5列ずつ左右にきっちり分かれる。
無言の兵たちの間を2騎が進むと、正面に、ゴルティクス製のトレンチコートをまとう今川義元、向かって右に老参謀、そして左には、胸当てに井伊家の家紋が描かれた甲冑を着た堂々たる壮年の髭だらけの武者が立っている。青年武将は「おやじ…」とつぶやく。
2頭が3人の前につくと、青年武将と鈴木四郎はサッと馬から降りる。青年武将は上品なレディーを扱うように「さぁ、どうぞ」と手を差し出し、恵も馬から降りる。
義元は舌を出して口の周りの白粉を舐めると、「さっき道の向こうで、見たことのない発光があったが、あれは『白き女軍師』の仕業よな? 何をしたんじゃ?」といきなり興味津々に質問する。
恵は新幹線の隣席でいやらしい目つきであれこれ詮索してくる中年男を思い出し、キッと義元を睨みつけると、「それが最初に言う言葉ですか? 鈴木四兄弟の3人も死んだんですよ!」と怒鳴る。
老参謀が「『白き女軍師』と言えども無礼だぞ!」と怒るが、義元は右手の扇をパッと開いて白檀の香りを放ちながら、「朝比奈よ、まぁ良いではないか、言わせてみよう。ところで鈴木四兄弟とは誰じゃ?」と言う。
恵はカッとなって「あなた、自分の部下を!」と前のめりになるが、青年武将が義元と恵の間に割り込み、膝を地面につき、「義元様がご存知ないのもごもっとも。…遠江の井伊谷の国衆ゆえ」と目を地面に落としながら微かに声を震わせて言う。
壮年の髭だらけの武者が一歩前に出て、「義元様、井伊家に仕える優秀な若侍たちです」と付け加える。
義元は「遠江の豪将、井伊直盛がそう言うなら、そうなんだろう。佐藤四兄弟は」と言う。
「佐藤って!」とまで言って、恵は義元が苛つかせるためにわざと間違えたことに気づき、「だったら、鈴木四兄弟やここにいる彼に言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」と迫る。
義元は扇を閉じて口元に運び、「ふむ、何も思い浮かばんな。なんじゃ?」と聞く。
簡単に煽られた恵は「決まってるでしょ! お礼よ! 感謝よ! せめて『ご苦労さん』くらい…」と言うと、青年武将が慌てて恵の口を手で押さえる。恵はフガフガしながら、鼻孔に百合の香りが広がるのを感じる。
義元は髭づらの井伊直盛のほうを向き、「井伊家では子にそんな教育をしておるのか?」と嫌味たっぷりに言う。義元は羽織っているゴルティクス製コートがよほど気に入ったようで裏地やボタンを指先で愛おしそうにいじっている。
主からの嫌味を言葉通りにまっすぐ受け取った古侍の井伊直盛は赤面しながらぷるぷると震え、「直虎! 四郎! なんなんじゃ、この面妖で無礼な女は?!」と大声を上げる。
青年武将に口を塞がれている恵は、「ふぇ? 直虎? このイケメンもしかして井伊直虎?!」とフガフガしながら、息苦しいのと興奮で顔を真っ赤にして、ジタバタする。
次回第23話「俺は井伊直虎です!」
ようやく(今さら)明かされるイケメン青年武将の正体とは?!乞うご期待。5月4日夜公開します。
恵の「戦国時代最高!」は第6話「雨と信長と壁ドンと」のワンシーンです。ぜひこちらも読んでください!




