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霊導Saga  作者: 灰藤 景
6/6

005

  次の日、夕暮れで空が赤く染まった頃、ようやくハニエ村の姿が見えてきた。


「やっとここまで来ましたね……」


「ぎゃう!」


 ゼファルスの後ろを歩くリルハが大きくため息をつき、その隣に付き従う銀色の子狐アージェもそれに同意するように元気に一吠えした。

 今日中にハニエ村に辿り着くべく、道なき道を急ぎ進んできたのだ。

 やっと一息つけるとあって、安堵感あんどかんから声を上げずにはいられなかったのだろう。

 だが、その声と足取りに疲れた様子はない。


 ゼファルスの早い歩きにも何一つ文句を言うことなく、リルハは遅れずについてきた。

 険しく足場の悪い場所を通ったりもしたのだが、さほど苦労することなく踏破とうはしている。

 思いのほか、足腰が鍛えられているようだった。


 元々が野生育ちのアージェは自然の中を駆け回ることをむしろ楽しんでおり、まだまだ子供ながら今日はここまでずっと自分の足で歩いてきた。

 もっと成長して戦う術を身につければ、旅のお供としても頼もしい存在になってくれることだろう。


 村に入る前にアージェを背負い袋の中にしまい込み、改めてハニエ村に向かう。

 入り口に差し掛かったところで、ゼファルスはふと立ち止まる。

 不気味な気配を感じたのだ。

 東の森の先――確か、共同墓地があるのだったか。


「どうしました?」


「……いや、なんでもない。

 行こう」


 気づいた様子のないリルハを心配させまいと、ゼファルスは再び歩き出した。






 まずは腹ごしらえ、とおもむいた村唯一の酒場兼食堂の扉を開くと、店内の人々の視線が一斉にゼファルス達に向いた。

 どうやら三〇人ほどの村の男衆が集会を開いていたようだ。

 誰もが深刻な顔をしており、何やら差し迫った話をしていたらしい。


「霊導士様だ!」


「二人も来てくださったぞ!」


「お導き感謝します、霊界主アスターテよ……!」


 ゼファルスの灰色を主体とした霊導衣とリルハの銀髪、そして二人の首から下げられた霊界主アスターテの首飾りに気づくと、村人達から歓声が沸いた。

 そして、村長である老人が慌てて入り口にいるゼファルスの前に歩いてくる。


 ハニエ村では、村人達からの依頼は全て村長が窓口となって取り仕切っている。

 ゼファルスは何度もやりとりしているため、顔見知りである。


「よくぞ来てくださりましたな、黒の霊導士殿と銀髪のお方。

 ちょうど困ったことが起きておりまして。

 ああ、どうすれば――」


「村長、まずは落ち着いて話を。

 詳しい状況を教えていただかなければ、我々もうまく対応できませんので」


 悠然とした態度を崩さぬままにゼファルスがなだめると、やがて落ち着きを取り戻した村長はつらつらと話し出した。


 五日前から、共同墓地へ向かった村の住人達が帰ってきていないという。

 最初の一人目は、先立たれた夫の墓参りが日課だった齢七五にもなる老婆だった。

 翌日に探しに向かった家族とそれについていった男衆五名もいまだ戻らず、村長はこれ以上被害が大きくなる前に捜索を断念して共同墓地を立ち入り禁止にし、事件解決の嘆願を求めて王都へ使いを出したのだそうだ。


 だが、今日の昼過ぎ辺りから一〇歳前後の少年少女達三人の姿を村の中で見かけなくなった。

 遊び盛りの彼らのことだから、もしかすると事件以来立ち入り禁止にしていた共同墓地の方へ向かったのかもしれない。

 どうしたものかと話していたところに、ちょうどゼファルス達が来たというわけである。


「小さな子供達が、今そんな場所に……!」


 その話を聞いて、リルハが思わず声を上げる。


 一方、ゼファルスは顎に手を当てて少し考えると、ふと村長に視線を向けた。


「ここの共同墓地では、霊導士による遺体の後処理は間違いなく行われているので?」


「ええと……申し訳ないが、わしにもそれはわからんのです。

 なにぶん、この村に住んでいる霊導士様はおりませんのから。

 墓地を管理している墓守のビレッグにも何度かたずねたことはあるのですが、馴染みの霊導士が来ることになっているから大丈夫だ、と――」


「その霊導士の名前は?

 実際に来ているところを見たことは?」


「……そういえば、聞いたことも見たこともないですな」


 馴染みなら村の人々も会っている霊導士のはずだから、知らないはずがない。

 妙な話である。


 本来なら、葬式の際には霊導士が立ち会い、埋葬の前に遺体に残る霊気の残滓ざんしを完全に取り除く処理を施すのが普通だ。

 そうすることで死者の現世の未練や怨念を完全に断ち切ることができるとされ、不死体アンデッド化することも完全に防止することができるからだ。


 だが、もしも。

 長い期間、その処理を怠っていたとしたら――


「リルハ、ここからこの方角――共同墓地の方向の霊気を調べてみろ」


「は……はい。

 やってみます」


 悪い予感を覚えたゼファルスが何事かを考え込んでいたリルハに指示を出すと、はっとした彼女はすぐさま霊気の感知に集中する。


「……少し先に人型の気配が三つと、その近くに粒みたいに小さな気配が二つ。

 さらにその奥の方に、一人の気配を中心にたくさんの粒状の気配――これは、一体」


 その答えは、ゼファルスが一番恐れていた事態が起きてしまっていることを意味していた。


「どうやら共同墓地で異変が起きているのは間違いないかと。

 これから俺と彼女とで対処に向かいます。

 我々が戻ってくるまで、皆さんは決して墓地に近づかないように。

 急ぐぞ、リルハ!」


「は、はい!」


 そう言うと身をひるがえし、ゼファルスは急ぎ酒場の外へ駆け出した。

 置いて行かれないように、リルハもまたそれに続いた。


「ゼファルスさん、何がどうなっているのですか!?」


 後を追うリルハからの問いに、ゼファルスは振り返ることなく答えを返す。


不死体(アンデッド)だ。

 おそらく、今の共同墓地は不死体(アンデッド)巣窟そうくつになっている」






 夕日が間もなく沈み、夜の帳が降りようとしていた。

 東の空からは既に満月がその姿を見せており、力強くその輝きを放っている。


 ゼファルスとリルハは、ハニエ村の共同墓地への道を駆け抜けていた。

 火急の事態とあってかなりの速度で走っているのだが、ゼファルスを追うリルハは全く遅れずについてきている。

 力強い走り方からして、おそらく何らかの戦う技を身につけているに違いない。

 たぐまれなる強力な霊術士でもあるから、少なくとも足手まといになることはないだろう。


「ゼファルスさん、そろそろ最初の気配の辺りです」


「わかっている」


 リルハが声をかけてきてすぐに、その正体が見えてきた。


 恐怖におびえ、泣きながら逃げてくるのは少年二人と少女一人。

 今日の昼頃に村からいなくなったという三人だろう。

 リルハの感知で予想はしていたが、まだ無事だったのだ。


 そして、それを追う二体の亡者達。

 一体は腐臭を漂わせながら動く人間の屍人ゾンビ

 もう一体はその身体の肉すら完全に失った骨人スケルトンだ。

 どちらも動きは鈍く、どこかぎこちない。

 疲れ知らずの不死体達からここまで子供達が追いつかれずに済んだのは、そのおかげだろう。

 

 ――と、その時。

 逃げる三人のうちの少女が石につまづき、転んでしまった。

 亡者達の視線が、一人逃げ遅れた少女を向く。


「いけない!

 【霊桜扇れいおうせん】!」


 咄嗟にリルハが左右の腰に下げた袋から抜いたのは、二枚一対の舞扇まいおうぎ

 手早く桜の花の形状に広げ、両手の扇を回転させて投じた。

 左右斜め上に放たれた二枚の舞扇は綺麗な弧を描き、唸りを上げながらゼファルスと逃げてくる少年達の脇を高速で抜け、そのまま今まさに少女に襲いかかろうとしていた亡者達の頭部に鈍い音を立てて直撃した。


 強烈な衝撃に、二体の不死体達はたまらず吹き飛ばされた。

 不死体核をちょうど捉えていたらしく、屍人は倒れたまま動かない。

 一方、別の個所に核を持っていた骨人は頭骨とうこつを打ち砕かれながらも再び立ち上がるべく、両手を地面について上半身を起こした。


 しかしその目前には、すでに踏み込んでいるゼファルスの姿があった。

 骨人の無防備な首に放たれる、居合の一閃。

 目にも止まらぬ速さで繰り出された霊刀【白銀】の斬撃はスケルトンの首の骨を撫で、不死者体の核となる霊気のみを断ち割った。

 からりと乾いた音を立てて力なく倒れ、骨人は今度こそその動きを止めたのだった。


 二体の亡者を確実に仕留めたことを確認しながら霊刀を納め、ゼファルスは後ろを振り返る。

 座り込んだままこちらを見て唖然としている少女が、そこにいた。


「ハニエ村の子供達だな。

 我々は霊導士だ。

 君達を助けに来た。

 もう大丈夫だ」


「……う、うわぁぁぁん!

 こわかったよぉぉぉぉぉっ!!

 ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 声をかけて左手を差し伸べると、ようやく助かった実感が湧いてきたのか、少女は大声で泣きだしてしまった。


「俺達、いつもお墓のそばで遊んでたんだ。

 立ち入り禁止だって言われてたけど、ちょっとぐらいなら大丈夫だと思ってさ」


「でも、墓地に行ったらあんな化け物がいっぱいいて。

 怖くて帰ろうとしたら、見つかって追いかけられて。

 どうなるかと思ったよ」


「そう……でも、本当に無事でよかった。

 よく頑張ったわね」


 後ろの方では、リルハが気丈にも泣かずにいる少年二人と何やら話を交わしていた。

 両手には、先ほど投じたはずの二枚の舞扇が握られていた。

 逃げてきた少年二人を守るため、彼女はあの場所から前には来ていないはずだった。


(骨をも砕く攻撃の重さ、しかも霊属性持ち――まさか、霊鋼製か)


 先ほどのリルハの技を思い返し、ゼファルスは舞扇の素材にそう当たりをつけた。

 強大な霊気を自在に操れるリルハであれば、思い通りの軌道に飛ばし、その後に手元に戻すのも容易だろう。

 

 変わった得物を使うものだと思いつつ、泣き続ける少女をどうにか立たせてそちらへと連れて行く。


「一つだけ聞かせてくれ。

 この先で、他に生きている人を見かけただろうか」


「えっと……確か、墓地の真ん中で一人だけぶつぶつ変な事呟いてる人、居たよな」


「うん。

 後ろ向いてたしフード被ってたから顔は見てないけど。

 多分、男の人」


 顔を見合わせながら話してくれた二人の少年達の答えに、ゼファルスは大きく頷いた。


「……そうか、良く教えてくれた。

 共同墓地のことは我々がこれから何とかするから、君達はまっすぐ村へ帰るんだ。

 ここから村までの道にさっきの化け物はいない。

 さあ、今のうちに」


「う、うん。

 ありがとう、霊導士さん」


 ゼファルスの言葉に従い、三人の少年少女達は最後にぺこりと頭を下げて村へと帰っていった。

 その姿を、リルハはずっと見送っていた。


「いい判断だった、リルハ」


 少女を助けるためにすぐに反応した彼女を素直に褒めたが、その顔は浮かなかった。


「ゼファルスさん。

 私達が予定通りにこの村に着いていれば、あの子達は危険な目に遭ってなかったですよね」


「……そうだな」


 三人の少年少女達がここにやってきたのは、今日の昼過ぎのこと――ゼファルス達が八日の旅を経て、このハニエ村に到着する少し前のことだ。

 確かに六日で旅を終えていれば、少なくとも彼らだけはこの災難に見舞われることはなかった。


 だが、それは今、この場の現状を知っているから言える話だ。

 まだリルハの先導で街道から大きく逸れた地域を彷徨さまよっていた頃のゼファルス達には、ここで異変が起きていることなど当然ながら知る由もなかった。

 ゼファルスが先導役を代わり、旅の遅れを取り戻すべく急いでいなければ、村への到着はもっと遅れていたことだろう。


 だから、この時機に間に合ったのはむしろ幸運。

 あの三人を救助できただけでも素直に喜んでいいと思うのだが。


「私が霊導の務めにのめり込み過ぎたせいで、こんなことに……」


 リルハはそう受け止めず、ただ悔しそうに自分だけを責めていた。

 霊導士の役目に関わることだけに、どうやら強い負い目を感じているようだ。


 責任感が強すぎるきらいはあるが、己の非を認め省みることができたのは悪くない。

 

「そう思うなら、これからは後悔せずに済むようによく考えて行動することだ。

 いくら亡霊を救ったところで、そのせいで人々が犠牲になるようでは意味がない。

 今回は幸いにもあの子供達を助けられたが、次も都合良くいくとは限らないからな」


「そうですね……」


「それに、俺達の仕事はまだ終わっていない。

 被害が村にまで及ぶ前に、全ての元凶を断つ必要があるからな。

 思い悩むのは後にしておけ。

 今は目の前のやるべきことに集中しろ。

 まあ、どうしても気持ちの切り替えができないというなら、ここから先へ連れて行くわけにはいかないが――」


「いえ、できます。

 やれます。

 どうか、私も一緒に手伝わせてください」


 ゼファルスの厳し目な叱咤に、リルハはそう答えて向き直った。

 動揺に震えることのないしっかりとした眼差しと、決意に満ちた表情。

 気弱で頼りなげな印象の彼女だが、失敗に引きずられない強い意志を確かに持っている。

 これなら、もう大丈夫だろう。


 血統霊導士として不死体(アンデッド)の対処法も教わっているようであるし、戦うことにも躊躇ためらいがない。

 この先へ連れて行く資格としては十分だ。


「――いいだろう。

 ここから先はもう敵だらけだ。

 気を抜くなよ」


「はい、心得ています」


 こくりと頷くリルハを見届けるとゼファルスもまた振り返った。


 はるか向こう、進むべき道の先で、無数の魔の気配が不気味にうごめいていた。

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