〇第13話『シド』
その夜、風呂から上がると豪華な寝室に案内された。
五人は余裕で寝れる大きなベッドに入り、俺は横になり布団を被る。
もちろん、リーシャはベッドにまで俺の傍を離れず俺の寝る隣で静かに眠った。
リーシャもよっぽど疲れてたんだろう。ベッドに入って数分で眠ってしまった。
しかも俺の手を握ったまま。
……メチャクチャハズイけどな。ま、カワイイからいいけど。
「おやすみ、リーシャ」
枕に頭を沈め、ゆっくりと目蓋を瞑る。
視界を暗くすると眠気はすぐに襲ってきた。
そして静かに、静かに、俺の意識は深い眠りについた。
……………………。
………………。
…………。
……。
「えーーっと……?」
気付くと俺は真っ白な謎の空間に立っていた。
白い靄のようなものが下全体を覆い漂い、それ以外は一切なにも無い空間。
俺は間違いなく案内された寝室のベッドの上で寝たはずだ。
なのに気付いたら今度は真っ白な空間? どうなってんだよこれ……。
「これは……夢か……?」
「少し違うな。ここは我が用意した精神空間、お前に今後のことを話しておこうと思い、話し合い場として我が用意した異空間だ。夢と現世の狭間、と言うべきかな」
「――――ッ!!」
背後から唐突に聞こえた声。
この声、忘れるわけがない。俺が身体の力を使うたびに脳内に響く声と同じ声だ。
まさかと思う、俺は後ろを振り向いた。
「…………ッ!」
「まずは、初めましてと言うべきかな」
そこにいたのは魔族らしき成年の男が立ちはだかっていた。
年は俺と同じぐらいか……?
髪は青色の長髪、民族衣装のような衣服に身を包んでいる。
でも俺が瞬時に目を奪われたのはそこじゃない。
今の俺と同じ形の二本の角、そして死人のような青白い肌……。
その特徴を目の当たりにした瞬間、俺はその男が誰なのかすぐに分かった。
「初めましてじゃないだろ。アンタとは何度か喋ってるはずだ」
「だがこの姿を見せるのは初めてだろ。その様子だと色々と勘付いてるみたいだが」
「それじゃあやっぱりアンタが……」
「そう言えばまだ名乗っていなかったな。我名はシド。太古の昔『魔魂喰』と呼ばれ全種族たちから恐れられた異端の魔族だ」
やっぱり……コイツが魔魂喰……。
何か……想像してたのと違うな。
もっと凶悪な化け物を想像してたんだけど……。
結構な美青年、目もキリッとしてて鼻も高い……。
下手な雑誌モデルよりも遥かにイケメンだ。
「それでお気に召したかな? 全種族最強と言われた魔族の身体は」
「それじゃあやっぱりこの身体は……」
「ご察しの通り、お前のその肉体はかつて異形の魔族として恐れられた『魔魂喰』の身体だ。弱体化はされているが全種族を絶滅させるには十分な力が秘められ、肉体の潜在能力は当時のままに生物の魂を喰らう能力も顕在。どんな最強の種族も一切敵わなかったのが今の魂が宿るその肉体だ」
「なぁ、俺はどうしてこんな身体になってるんだ? 俺は死んだはずだろ、しかもこの異世界とは違う別の世界で。なのにどうして俺は今、魔魂喰なんて魔族になってるんだ?」
「その説明を我はここでするつもりはないが……ただ、お前は選ばれたんだ。魔魂喰の"適合魂"としてな」
「適合者……?」
「その身体はどんな魂でも制御できるわけではない。肉体と魂の相性もあるが『魂に干渉する能力』は精密な操作性と上に膨大な魔力を制御する集中力を必要とするため素人がそう簡単に使いこなせる能力ではないんだ。しかし! お前は見事に我身体を使いこなした。いくら我の教えがあったからとは言え、お前は竜鱗族の呪いを解き正常な姿に戻した。これは初めてでは出来ない事だ」
「そう言われてもな……。俺はただアンタの教えた通りにしただけだけど」
「だがお前は我能力を使いこなす素質がある。 肉体も予想以上に適合しているようだし、我能力とその身体について教えてやろうとこうやって話し合いの場を用意したんだ」
「え、教えてくれるのか?」
「お前は我の身体との適合率が異常に高い。お前ならこれから存分に我の身体と能力を引き出せるだろう。その素質がお前には十分にある」
「その前に一つ質問していいか?」
「なんだ?」
「死んだ俺をこの世界で生き返らせたのは……アンタなのか?」
「……少なくともお前がその身体がなったことに我は絡んでいない」
「じゃあどうして俺はこの世界に――」
「残念だがその質問答えることは出来ない。我が答えられるのはその身体が持つ能力とその能力の詳細だけ。今後もう我はお前の前に現れないし助言もしない」
「なッ!? どうして――」
「言ってしまえばお前の今後の生きていくための目標が一つ無くなってしまうだろ。それはこちらにとって大いに困る。何が何でも今回の適合魂には長く生きて貰わないと」
「意味がわかんねぇよ! いいか、俺は死んだんだぞ!? しかも事故とか病死とか偶然な死に方じゃない! 自分自ら命を絶ったんだ!! そんな俺が……なんでッ――!」
「死を選んでしまったからこそ、今度こそお前は生きるべきなんじゃないのか」
「だとしても、こんな無能な俺に生きる価値なんか……」
「生きる価値はお前が決めるべきじゃない。そもそもお前が現にこうして生きていたからあの奴隷の獣人は助かったんじゃないのか? そんな者を無能とは呼ばんよ」
「だからそれは俺自身の力じゃあ――」
「どんなに力があっても他人を助けない奴などこの世には吐き捨てるほどいる。強き力はそれほどに人を傲慢にさせ平気で弱者を見捨てる。しかしお前はどうだ? 最強の魔族の力を持っていたにも関わらず見捨てるどころか助けを求めた小さい獣人を助けた。これは決して誰にも出来ることじゃない」
「………………」
「それにもうお前には生きる目的が出来たんじゃないのか?」
「そ、そりゃあこのまま現状何も分からないまま死につもりもないぞ。魔魂喰の謎とこの世界のいろんな事、それに何で俺がこの世界に来たのかを知るために――――」
「いや。それ以上にもうお前の傍には ”大切な存在” がいるだろう。お前がまた死のうと思えばあの娘はまた泣いて悲しむ。せっかく助けた命をまた悲しませるのはどうかと思うぞ」
そう言われ、頭を撫でたリーシャの無垢な笑顔が脳裏に浮かんだ。
そうだ……。
あの笑顔がまた奴隷商に捕まった時の表情に戻ってしまうなんて……。
それは絶対にあっちゃいけない。
あんな可愛い笑顔を……あんなに慕ってくれたリーシャを……。
また悲しませるなんて絶対にあっちゃいけないんだ。
守らなくちゃいけない、絶対にッ――。
「ふははっ、その表情からしてもう生きる決意は固いみたいだな」
「ふん、うっさいわ。大体アンタがもう会う気はないなんて言うからだろ」
「それについては申し訳ない。でも別に意地悪で言ったわけじゃないんだ」
「どういうことだ?」
「今の我はお前の身体に残った僅かな意思の”残滓”に過ぎない。こうやって肉体の形を維持するのも今晩が限界……朝日が昇る頃には我はお前の身体から完全に消滅し、こうやって姿を現すどころか助言することすらも出来なくなる」
「それってどうすることも出来ないのか?」
「残念だがな。今晩中にその身体に備われている全能力、そして魔魂喰が残した遺物の在処。その詳細を教える。それどう生かすかはお前次第だが、まぁ頑張ってくれ」
その後、俺はシドから能力の詳細を教わった。
現状の俺の身体が備えるいくつかの能力を教えてもらい、その詳細を聞き終えた後、俺はその能力のイカれた性能に項垂れるしかなかった。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
「…………ちょっと待て」
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ! 何だよそのイカれた驚き唐突能力!? そんなのマジで使いようによっては反則だぞ……」
シドの説明はこうだ。
俺が竜の魔物化を戻した能力はこの世でただ一人、魔魂喰しか持たない特別で異質な能力なんだそうだ。
能力名は『魂神』。
『魂神』は生物の魂を視覚化し、魂を食べる事で己を自己強化する。
食べた対象の持つ全ての能力と能力値を奪い自分の物にするというもの。
フィーリアが話してくれた魔魂喰の伝説になぞる能力がこれだ。
ここだけ聞いても反則級に強い性能……。
でも実際の性能はそれだけじゃなかった。
魂神は攻撃だけじゃなく補助面でも反則級の性能を持っていた。
それが俺が魔物化したドラゴンを正常に戻した魂神の能力技『霊埠の腕』だ。
この『霊埠の腕』こそが『魂神』の中でもっとも応用が利く性能だという。
『霊埠の腕』は生物の魂に直に触れることができる。
魂に触れることで対象の病気や呪いなどの状態異常を取り除いたり、肉体の欠損や知能障害をも治すことができるそうだ。さらに魂に改造を施すことで対象の肉体に強化を施すことが可能になる。改造に関しては肉体強化だけではなく、魔力の容量を大きくしたり、使える魔法の適正属性を増やしたり、制御できない魔力体質を作り替えて使えるようにしたりなど。
「それってつまりあれだろ……相手の魂に触れることで相手の病気や状態異常を負担なしで治したり、相手の魂をいじることでどんな肉体改造もできるってことだろ」
「簡略に言えばそうだな」
「どんだけだよそれ……。攻撃面だけじゃなくて補助面でも無敵とか……」
「魂の形を作り替えるとそれは対象の肉体にも反映される。仮に相手が足を失っていた場合、魂の改造を施すことで欠損した足を再生させることも可能、だ」
「魂神のことは分かったよ。俺も実際使ったしその性能も凄いのはよく分かった。でもさ、他の能力は何なんだよ! こんなの誰も勝てるワケないじゃん!」
「他のとは?」
「とぼけんな!『魂神』意外のこの身体に常備されてた能力のことだよ! 何だよ『不老不死』とか『無限魔力』って!?」
「あぁ、そのことか。いくつもの魂を食べて能力を奪っていくとな、その中の幾つかが混ざりあったり、変異したりする場合があるんだ。例えば同じ能力を何度も奪っていくとその数に比例し強くなる能力もあれば、相性が良い能力同士が勝手に融合して一つの能力が生まれる場合もあるんだ」
「俺が言いたいのはそこじゃねぇ! 不老不死ってあれだろ、年を取らないし絶対しななってことだろ!? なに? この身体は死なないの!?」
「そうだな。その身体には死ぬという概念が無い」
「なっ――!?」
そう『魂神』だけじゃない。
この俺の今の身体には『魂神』以外も他にも能力がたくさん備えられていた。
その能力たちもバカげた性能で最早ため息が漏れる。
・『不老不死』
年を取らず、あらゆる死を否定する。
つまり死なない。どんな攻撃でも身体が原型を崩すことはない。
・『無限魔力』
肉体から魔力が無限に湧き出る。
どんなに魔法を連続で行使しようと魔力が底を尽きることはない。
瞬間完全回復というおまけ機能付き。
・『状態異常無効』
毒効果、弱体化、呪い、病気、意識混濁、衰弱、などなど。
あらゆる状態異常を完全無効化。
常に健康状態を維持。病気にもならない。
・『身体極化』
腕力、聴力、視力、脚力、あらゆる身体能力が強化されてる。
危機察知力や第六感など神経能力も強化される。
・『全属性適正』
この世に存在する魔法の全属性に適正。
全ての属性に適合し、この世に存在する全ての属性魔法を行使できる。
・『神羅創造』
能力『錬金術』の究極系。
無から生物を生み出し、無から万物を生み出す。
・『負担無効』
魔法行使にかかる負担の一切を無効化する。
禁術の使用際にかかる犠牲、負担、条件を一切無視し、無条件で行使する。
つまり、禁術使い放題。命を取り引きする悪魔との契約もし放題。
その他もろもろ。バカげた能力のオンパレード……。
能力性能の衝撃のせいで他に説明を受けた能力が頭に入らなかった。これらの能力は他種族からの魂を奪い、それが変質と融合を繰り返して生まれた能力たちらしいけど……。
いやいや強すぎる。そりゃあ勝てねぇよ誰も……。
だって身体は死なない。
魔力は無限に出続けるから魔法も使いたい放題。
どんな属性の魔法も関係なく使える。
身体能力も強いから近接戦闘も無敵。
どんな状態異常も通じない。
無から生物も万物も生み出せる。
悪魔と取り引きする禁術もリスク無視で使える。
こんなの例え相手が誰だろうと勝てっこないだろ……。
食べた魂の中には異常な強さを持つ種族や魔物。
特異体質を持つものや神の使いなんて者もいたらしい。
そして今の俺は今後の魂神の使い方次第でまだまだ強くなれるらしい。
いやいや、これ以上どう強くなるのよ……。
隕石でも降らす? 洪水とか竜巻とか大災害を起こす? 神でも殺す?
正直、これ以上強くするのは怖いな。
肉体の強化はとりあえず保留にしておこう……。
「その身体は魂神を使わなくても竜鱗族でも軽々と捻じ伏せる腕力を持っているからな。仮に一億の魔物の軍勢が来ても負けることはありえんよ。あとはそうだな――」
そう言われてたのが魔魂喰が主食としていた生物の"魂"の仕組みに付いて。
魂神をより効率的に使うには
「 能力を使いこなすには"魂" というものを理解しておいたほうがいい」
と言われ、生物における魂という存在の解説も受けた。
その他にも色々な説明を受けて、数時間後……。
「そ、そうですかい……。んで、能力の詳細は以上か?」
「いや、最後にもう一つ――」
シドが俺の右手を指さすと俺の右腕の甲が光り出す。
光が止むと手の甲に不思議な深紅の紋様が刻まれた。
四つの火の玉が円陣を描き、その中央に角の生えた骸骨が不気味な表情をしている紋様。
「な、なんだよこれ……入れ墨?」
「その紋様を手掛かりに我の遺物を探せ。魔魂喰の秘密を知る手がかりとなってくれる」
「そう言えばさっき遺物がどうのって言ってたな、何だよ遺物って?」
「その紋様は過去の魔魂喰たちが残した遺物を指し示す標だ。遺物は情報であり、叡智を記した魔導書であり、強大な力を秘めた魔道具、それらを見つければ確実に我の秘密に近づける。そして中には残酷な事実もあるかもしれないがな……」
「ちょっと待て! 今しれっと変なこと言わなかったか。過去の魔魂喰たち……? つまり魔魂喰は過去複数にいたって事だよな!?」
「…………お、そろそろ時間だな」
するとシドの身体の下からチリチリと塵になるように崩壊していく。
「え、ちょっと待てよ! もう時間切れ!?」
「そのようだ。では今後の魔魂喰の人生、存分に堪能するといい」
「おいずるいぞ! 最後の最後に気になる単語残していきやがって!!」
「そ魔魂喰の軌跡を辿っていけば分かることだ。自力で歩んでいくといい」
徐々に身体が塵となっていき、タイムリミットが着々と迫ってくる。
「それじゃあ最後に一つだけ聞かせてくれ! お前は――シドは何で他種族達を、同じ魔族たちを殺してまで最強になったんだ? その理由だけでもッ!!」
「―――――………………
その最後の質問の答えも聞けず、シドの身体は塵となってその場から消えた。
空間全体が眩い光に飲まれ、俺自身の身体と意識もその光に飲まれていった……。




