〇第12話『"能技《スキル》"』
案内された大浴場はメチャクチャ広かった。
大理石で作られた浴槽は広くて一度に百人以上が入れそうな大きさ。
浴槽の中心にある竜の石像からはお湯が滝のように流れている。
「ふぅ~……」
肩まで浸かりしっかりと疲れを癒す。
にしてもホント今日は色々あったなぁ……。
幻獣の王『竜』との出会い、
鳥獣での遊覧飛行、
魔族との取引、そして自分のこの体の正体。
しっかり肩まで浸かり、今日起こった出来事を少しずつ脳内で整理していく。
これが一人だったらゆったり寛げたんだろうけど……。
ただ一つ物申していい……?
どうしてリーシャも一緒に入ってんだよ!?
てっきり男女で分かれてるかと思いきやまさかの混浴!!
最初は一緒に入ると言われた時は最後まで抵抗した。
必死に抵抗したんよ? 本当よ?
けどリーシャの上目遣いに俺の理性はあえなく敗北。
「はぁ~、気持ちいいねユウヤ」
「そ、そうだな……」
お、落ち着かねぇ……。
さっきから心臓が鳴りっぱなしだ。
隣に裸の女の子がいると思うと鼓動が止まらないし、血の巡りが早すぎてのぼせそう。
女子に対してあまり免疫のない〇貞な俺にとって女子との混浴はハードル高すぎるって!
「んん~~……ふぅあ……」
ダァーーーッ!? 背伸びをするな! 色々見えちゃってるから!!
「ユウヤ、どうしたの?」
「な、なんでも、ない、よ。ちょっとのぼせてきたかな……」
「のぼせって……まだ入って五分くらいしか経ってないよ?」
「やかましい。俺のことは気にすんなっての」
「…………フフッ♪」
リーシャはさらに身体に寄り掛かるように密着させてくる。
いやホント、何でここまで懐かれてんだろうか……。
「なぁ、なんでそんなに俺に拘ってるんだ? 俺、リーシャに何かしたか?」
「ユウヤ、助けてくれた」
「助けたって……いやだからって俺と一緒にいる理由はないだろ。あの奴隷商から解放されたんだからリーシャは自由なんだし、好きに生きることだって――」
「ユウヤと一緒がいい」
リーシャに言葉を遮られ、腕に寄り掛かられる。
まぁ、こうやって懐かれるのも悪い気はしない。
だけどさぁ、女子に免疫のない俺には余りにも刺激が強すぎるんよなぁ。
煩悩塗れのオタ男子なら踊りながら喜ぶんだろうけど……。
だと言って今更リーシャを蔑ろにする気もない。
リーシャにはもう俺が異世界の人間というのはバラしてるし。
ここまで色んな苦難を共にしてきた仲だし。
リーシャの気が済むまで一緒にはいるつもりだ。
「分かった、気が済むまで一緒にいてやるよ。嫌になったらいつでも離れてくれていいからな?」
「イヤ、ユウヤとずっと一緒にいる」
断固とした言葉を聞いて、俺はリーシャの頭を優しく撫でる。
撫でられるとリーシャは満面の笑みを浮かべ、俺の二の腕に頭をすり寄せる。
ホント可愛いなぁ、リーシャは。
ここまで懐かれて何だか信頼されてるみたいで嬉しい。
今まで罵倒や蔑まされることはあっても信頼される事なんてなかったからなぁ……。
ただ、リーシャの裸体を見て一つ気になった点がある。
リーシャのヘソの下にある紋様はなんだ……?
漫画や同人誌なんかじゃヘソの下の模様は淫紋と相場が決まってるけど……。そんな性的な模様がリーシャに付いてるとは考えづらいし。そうなると奴隷の時に付けられた模様か。だとしたら聞くのは避けた方がいいか。嫌な事を思い出せちゃうかもだし……。
「にしても、ホンットと今日は疲れたなぁ」
「色々あったもんね」
「これからやる事は多いだろうけどな。とりあえず今晩は休ませてもらおう」
「うん、何か濃密な一日だった気がするよ……」
「にしても、改めて思うとホント凄い世界に来ちゃったんだなぁ俺って……。まさか人生で生きてて『異世界』なんて存在を目の当たりにするなんて……」
「ユウヤはこの世界とは違う別の世界から来たんだっけ。どんな世界だったの?」
「んーー……そうだなぁ……クソだらけのクソッたれな世界、かなぁ……」
「……? ユウヤは自分の居た世界が嫌いだったの?」
「人間って生き物が『醜悪』って事を嫌と言うほど分からせられる世界だったからな。無能な俺には地獄みたいな世界だったよ。ま、だから俺は死んだんだけどな」
「ユウヤは何で死んだの? なにかの事故とか?」
「自殺したんだよ。あんな世界でこれ以上生きていても仕方なかったからな。俺なんか生きていてもなんの役にも立たないし、こんな無能生きていく価値もないからな」
「…………」
「何度も考えたなぁ。『何で俺みたいな無能が生まれたんだろう』って……。勉強も運動も仕事も人との交流も、何をやってもダメでどんなに努力をしてもそれが実ったことなんて一度もなかった。やること全部が空回って周囲からは蔑まされてからの罵詈雑言の嵐。理不尽な暴力は当然の如く降りかかって身体も心も傷だらけ、周囲からしたら俺は鬱憤を晴らす砂袋だったんだろうな。はぁ……ホント、こんな人間死んで当然――」
「そんなことないッ!」
俺の自らを蔑む言葉をリーシャは声を荒げながら遮り、俺の前に立ちはだかる。
というか前ぐらい隠して!
胸とか下とか色々もろ見えなんだけど!?
「ユウヤは役立たずなんかじゃない。ユウヤは僕を助けてくれたもん、僕を傍に置いてくれたもん! 僕の恩人のこと悪く言わないで!」
「いや、そうは言うけどな……俺が役立たずなのは紛れもない事実だぞ。それは自分でも嫌って言うほど自覚あるし、足も引っ張ってきた。こんなお荷物が今の今まで生きてこれたのが奇跡なんだよ」
「なら無能な人は奴隷魔物化した竜鱗族を正気に戻せるの? 僕を奴隷商から助けれるの?」
「いや、でもそれは……この身体の力であって俺の力じゃあ……」
「ユウヤは、無能じゃないもん……。僕のこと助けてくれたし、あの竜だってユウヤに助けられたもん。ユウヤは役立たずじゃない。僕の……僕の命の恩人だもん!!」
声を荒げて必死に俺の無能を否定するリーシャ。
頬を膨らまし怒ってはいるけど、その目はウルウルと必至に涙ぐんでいた。
「な、なんで泣いてるんだよ……」
「ユウヤが自分のこと、僕の恩人を悪く言うから……」
まさか自身の無能主張がここまで怒られるとは思わなかった。
無能なんかじゃない、命の恩人なんて言われたのは生まれて初めてだ。
無能を否定されて、自分のした行いがこんな感謝されるなんて……。
確かに結果的にはリーシャを助けた。
でもそれはこの魔族の身体、魔魂喰の力があったからこそだ。
結果、リーシャを助けることができたけど純粋な俺の力じゃない。
そう説明してもリーシャはここまで俺に恩義を感じて慕ってくれてる。
その慕ってくれるリーシャの気持ちに俺は感激に心を打ち振るわせていた。
「わかった、俺が悪かったよ。だからそんな泣くなって」
「グスッ……。もう自分のこと悪く言わない……?」
「言わない言わない。そこまで感謝してくれてるなら俺も助けた甲斐があったってもんだ」
俺はまた宥めるようにリーシャの頭を優しく撫でる。
にしても、リーシャは頭を撫でると分かりやすい程に嬉しそうな表情を浮かべるな。
フリフリと尻尾を振っている辺りなんか嬉しい感情がモロバレだ。
ホントにカワイイなぁ、リーシャは。
「とにかく何日ぶりの風呂なんだ、肩まで浸かってしっかり温まれって」
リーシャは再び俺の隣に座り、肩までしっかりと温かいお湯に浸かる。
「それにしてもこの身体がそんな大それた魔族の身体だったなんてなぁ……」
「大昔の魔族って言ってたよね。僕も初めて聞いたよ、昔にそんな魔族がいたなんて」
「相手の魂を食べることで無限に強くなり、相手の能技を奪って自分のものにする。んで奪った能技は自由に使えていくらでも奪えちゃう。もう反則だよな……」
「相手のを能技奪う……。もしそれが本当なら魔族間どころの話じゃないよ、全種族の力関係が一気に崩れちゃう。戦士や魔術師にとって能力は生命線とも言えるものだし、有名な戦士や魔術師であればあるほど希少な能技をいっぱい持ってる」
ここでリーシャ先生の異世界講義が始まった。
能技はこの世界の人間を含む全ての種族が持つ各種能力や体質の総称。
所有者の鍛錬次第で強くなり、まだまだ未知数なことも多い。
この世界にいる者なら誰もが能技を持ち、一切にも満たない赤ん坊ですら能技を所有するケースもあるぐらい能技は世間に浸透している。
常人が持つ能技の数は平均で5~10。
他種族によってその数の平均は変動するがこの世界で働く者、特に ”戦い” を生業とする者は必ずと言っていい程を能技を持っている。
「なるほど。自身がどんな能技を持ってるってどうやって解るんだ?」
「依頼すると能技を鑑定してくれる鑑定商会ってのがあるの。その鑑定商会に頼めば自分が今、なんの能技を持ってるのか解析して教えてくれるんだよ」
「鑑定商会なんてもんがあるんだ……」
鑑定商会には能技を鑑定・解析する特殊な魔眼を持つ専属鑑定士がおり、その魔眼で見ることで相手がどんな能技を持っているのか解るんだとか。
さらに追加料金を払うことで能力の詳細やその能力の熟練度なども解るらしい。
そして、その能力の数は地上に存在する生物の数だけ存在すると言われており、存在する全ての能技を把握している者はいない。
そんな数多い能技はいくつかの分野に分類される。
・戦士能技
剣術、格闘術、弓術、槍術、柔術など。
対人戦、物理戦闘に特化した能力で冒険者や王宮騎士は必ず持っている能技。
・魔法能技
各属性魔法、召喚魔法、身体強化魔法、精霊魔法、呪術など。
魔法や魔術に関わりがある能力で魔法を生業とする職業は必ず必須な能技。
・職人能技
採掘師、人形師、料理、建築、馬術、詩人、鍛冶など。
物作りや商業、曲芸に関する能力で文明発展に欠かせない能力。
・身体能技
気配察知、隠密、能力解析、瞬間記憶、身体強化、超脚力など。
肉体自身、脳や神経などにも作用し、肉体の能力値を一時的に向上させる能技。
・希少能技
次元収納、完全記憶、絶対音感、認識阻害など。
会得が困難または不明な能力。その威力は強力なものが多く才能が絡む能技も多い。
・混合能技
魔剣士、魔闘士、探求者、魔獣使い、亜空間操作など。
二つの能力が混ぜ合わさり生まれる能技。
合わさる相性もあるが合わさることでさらに強力な能技となる。
・個性能技
自身の特殊体質や才能から生まれる能力。
有益なものから害悪なものまで、場合によっては危険視される能技。
・危険能技
自身に、または他人に危険に及ぼす能技。
禁忌の能力とも呼ばれており、会得と使用を禁止されている能技。
・神域能技
神にも匹敵する能力と言われている能技。
希少能技よりさらに希少な能力で会得は不可能と言われ、伝説の能技とも呼ばれている。
・未知能技
その名の通り"未知"の能力。
その存在、性能、全てが不明。下手をすれば危険能力より危険な能力とも言われている。
以上が各分類される能力の分類だ。
能技はとにかく数が多くその性能は様々。
混合能技や未知能技も加わってくるとその数は数億とも言われている。
「それじゃあ、まさかこの身体の魂を喰うっていうのもまさか――」
「多分、能技によるものだと思う。特に魂に干渉する能技……使い方によっては神域能力……ううん、もしかしたら危険能力に分類される能技かも」
危険能技って周りに危険を及ぼすヤバい能技のことだよな……。
確かに魂を抜き取る能力は確かに捕らえようによっては危険な能技かもしれない。だって相手の背後からこっそり近づいて魂を抜き取ることができれば簡単に相手を殺せちゃう。
しかも殺した凶器も殺した形跡も残らない。殺した人物の特定もほぼ不可能。その魂を食べて己を強化し、その相手が持つ能技も自分のものにしてしまう。
改めて考えるれば考えるほどヤバい能技だな……。
「となるとその鑑定商会に依頼すれば俺のこの身体が持つ能技も分かるかな」
「分かるとは思うけど……」
「え、なに? なにそんな不安そうな顔すんの?」
「鑑定商会は基本、国がお抱えにしている商会なの。もし能技が鑑定されてその能技が危険な能技と判断された場合、危険分子と判断されて国に拘束される場合があるの」
「はぁ!? うそだろ!?」
「最悪の場合、危険人物に認定されて国から追われる種族も居たみたいだから……。ユウヤみたいな未知の能技を持ってる人は正規の鑑定はオススメしないかも」
それってかなりマズイじゃん……。
異世界来て早急に危険人物認定されるなんて洒落になんねぇよ。
ただでさえ元の居た世界で人生が詰んだのに、異世界での今後の人生も詰ませてたまるか。
それだけは絶っっっっっっっ対に阻止しないと。
「とりあえず今後の俺がこの世界でやっていく方針は決まったな」
「方針ってあのフィーリアって魔族の元で働くことを言ってるの?」
「それもあるけど、この身体のことはまだまだ謎だらけだ。どうして俺がこの身体になったのか、この身体には他にどんな能技があるのか、まずはそこからだな。そして異世界はどんな世界なのか……個人的に色々調べていくつもりだ。あと、色んな種族とか魔物とかも見てみたいしな。人生初の異世界だ、色々と楽しみたいし、自殺で病んだ心を異世界で癒したい」
正直、まだ自殺した時の心の傷は癒えてない。
あれだけ心も身体も傷だらけにされたんだ、そう簡単に癒えるもんじゃない。
だからしばらくはこの異世界でその傷を癒していくつもりだ。
とにかく、生活と働き口の心配はなくなったんだし、今後の方針は決まった。
まずはこの身体の正体を突き止めること。
この身体が魔魂喰という魔族の物ということが分かったとしてもまだまだ謎が多い。
その謎を突き止める。
次にこの身体に秘められた能技の解明だ。
魂に関する能技、この能技にどんな力が秘められているのか、他にどんなことができるのか。
出来る事なら実践で試していきたい。
その他の能技も色々と試しておきたい事もあるしな。
最期にこの異世界の世界観や文明を調べることだ。
俺はまだこの世界のことをほとんど知らない。知っていることは人間以外に様々な異種族がいること、そして魔法や能技という力があることだけだ。どんな国があるのか、どれほどの文明力なのか、どんな種族がいるのか、言語、通貨、その他もろもろ。
今後はこの三つを目的に動いていくつもりだ。
「にしても、リーシャはいいのか? これからも俺と一緒で」
「やっぱり……一緒は迷惑?」
「だから違うって! だってリーシャにも帰りたい故郷とかあるだろ。それにやっと奴隷から解放されたんだ。帰りたい気持ちとか、自由になりたいとかそいう気持ちはないのか」
「故郷なんてない、僕はずっと一人だったから。ずっと、ずっと一人だったから……」
リーシャの今の感情が外からでも痛々しく伝わってくる。
リーシャもよほど辛い人生を送って来たんだろう。
頼れる人がいない、味方もいない、両親もいない。
それがどれだけ辛い事なのかは俺もよぉーーーーく知ってるつもりだ。
その辛さに限界が来ると精神は崩壊し、もう生きていくことがどうでもよくなってくる。
リーシャも下手をすれば俺と同じ最後を辿っていただろう。
「そう落ち込むなって。少なくともここ最近ずっと一緒にいてリーシャのことを迷惑だなんて思ったことはない。リーシャが良ければその……ずっと一緒にいてもいいぞ」
「ユウヤ……」
パァッと表情が明るくなり、リーシャは嬉しそうに腕にしがみ付いてくる。
ちょっ――! 二の腕に柔らかい膨らみがッ――!!
「…………………」
あぁ、そっか。俺の今までの人生ってホントに不幸だったんだなぁ……。
その不幸だった反動が今こうやって幸福になって返ってきてるんだろう。
ケモ耳女子の裸体を拝ませて貰ってしかも胸をこうやって二の腕に押し付けられて……。
ホント、どこぞのラブコメ主人公にでもなった気分だ。
こんな事言うのもなんだけど……死んでマジで良かったッ……!!
と、心の中でひっそりとガッツポーズをとる。
「まぁ、今更こんなこと言うのもなんだけど……」
「……?」
「これからもよろしくな、リーシャ」
「――ッ! うんっ!!」
元気の良いリーシャの返事が大浴場内に響き渡り、ゴタゴタした長い一日が終わった。
さてさて、これからどうなることなら……。




