〇第11話『魔魂喰《ソウルイーター》』
グリフォンでの移動を堪能して二時間後。
大森林の景色とは一変。
また多くの種族たちで賑わう街の景色に移り変わった。
鳥獣から見下ろすとそこは大都会の景色。
ビルのような建築物が建ち並び、立派な舗装道路が敷かれて、今見ている景色だけでも盛んな文明というのが分かる。露店や公共施設らしき建物もあって何よりも街全体がデカいし異種族の数も多い。全体を見渡しただけでもエルトワールの倍、いやそれ以上の広さを感じる。
「でっかい街だなぁ……ここがフィーリリアの治める領地って場所か?」
「王都『ダルタリア』。代々ダンタリオス家が治め統治する都市国家だ」
「国家ってつまり、国ってこと!? 道理でデカいはずだわ……」
国ならこの広さは納得がいく。
エルトワールもデカかったけどあっちは何処か田舎町の雰囲気があった。
でもダルタリアはエルトワールとは違いまさに発展した大都会。
文明社会に相応しい街並みだ。
そして、そんな街並みの中に堂々と佇む巨大な城。
中世時代をイメージしたような西洋風の大きな巨城だ。
筒状の塔が並び、その周囲は分厚い石煉瓦の城壁で守られている。
そして俺達はその巨城の門に伸びる石造りの橋の上に俺たちは降り立った。
「ご苦労だったな。あとはゆっくり納屋で休むといい」
フィーリアは労うように鳥獣の頭を摩り、鞍から降りる。
俺も別れを惜しむように鳥獣の頭を撫で、首元をギュッと抱きしめる。
「あのさ、この城ってまさか言うまでもなく……」
「もちろん私の城だ」
「もしかしてフィーリアさんって……すっごいお金持ち?」
「まぁ、一応この国の国王ではあるかな」
「こっ、国王ッ!?」
「言っておくが今更畏まる必要はないぞ。今のお前と私は対等な立場、フィーリアと呼び捨ててくれて構わないさ。"お前"呼ばわりは部下に示しがつかなくなるからやめてもらえると助かるがな」
驚いた。
領地とか言うから偉い立場とは予想してたけどまさか国王だったとは……。
まぁでも国王でもない限りこんなデカイ城を住まいとは言えないわな。
「それじゃあさっそく……と言いたいとこだが、まずは二人とも身なりを整えないとな。メリス、二人に着替えを用意してくれ。済んだら応接室に通してくれ」
「畏まりました」
そのあと俺とリーシャはそれぞれ別の更衣室に案内され、メリスがリーシャを案内し、俺は別のメイドさんの案内で更衣室へと通される。
まぁ、確かに俺もリーシャも場違いな服装だもんなぁ……。
リーシャに至ってはもう服すらなのかも危ういし、俺もこんな豪華絢爛な城にこの平民みたいな服装はちょっと気が引ける。場違いもいいとこだ。
別室で用意された服装に袖を通し、メイドさんの手を借りながら着替える。
見た目はフィーリアの着てた軍服に似てる。
あれほど豪華な飾りも付いてないし肩章も付いてないけど着心地は中々。
無事に俺の着替えが終わりリーシャが着替え終わるまで城内の通路で待つ。
しばらくして着替え終わったリーシャがメリスと共に姿を現した。
「遅かったなリーシャ。着替えは終わった、の……か……」
「…………」
俺はリーシャを待ってたはずだけど、メリスの隣の小さいメイドは誰だ?
整えられたサラサラの赤い長髪のポニーテール。
褐色の肌に金色の瞳……ってまさか……。
「リーシャ、なのか?」
リーシャは赤面しながらコクリと頷く。
マージか……。これはびっくりだわ。
リーシャを一目見た時からかなりの美少女と予想はしてたけど、これは予想以上。
髪型が整えられたからケモ耳の姿が際立ち可愛さがさらにアップ。
褐色肌に純白のメイド服が良い感じにマッチしていて、白いメイド服に対して見え隠れする褐色の肌が美しさを主張している。
「にしても、なんでメイド服?」
「仕方ないでしょう、女性用の服で彼女に会うのがこれしか無かったのですから。それにフィーリア様と対談するのですからある程度の身だしなみは心得て貰わないと」
まぁ、可愛いからいいけど。
ケモ耳で褐色肌、んで恰好がメイド。
これがアニメとか漫画のキャラなら全世界の人類が嬉々として発狂するぞこれ。
「では行きましょう、二人ともこちらへ」
そのまま俺たちは応接室に通される。
大きな絵画や骨董品らしき壺などが飾られ、下には赤い高そうな絨毯が敷かれている。
この部屋に開いてある物、どれを取っても高そうだ。
日本円なら軽く億は超えそうだな……。
そのまま二人でソファーで待つこと数分。
「スマン、待たせたな」
フィーリアが部屋に入り、俺たちの向かいのソファーに座る。
隅で待機していたメリスが傍へと駆け寄る。
「とりあえずメリス、二人にお茶を」
メリスは近くのテーブルに置かれていた紅茶道具で三人分のお茶を準備。
手慣れた手つきで出来上がると俺とリーシャ、フィーリアの三人分の紅茶をテーブルに並べていく。
「さてと取り引きと移りたいところだが、まず何所から話そうか……」
「その前に俺の話を聞いてもらってもいいか」
「話とは?」
「さっき俺が記憶喪失って言ったのは覚えてるよな。正確に言うと記憶喪失じゃないんだ」
「それはどういう事だ」
「これ以上話す前に約束してほしい。今から俺が話すことは全部が本当で一切の嘘はない。だから嘘と一方的に決めつけないでほしい」
「わかった、約束しよう」
「ユウヤ、まさか喋っちゃうの? あのこと……」
「取り引きとは言っても相手はほぼ無償でこの身体の情報をくれるんだ。なら俺も自分の素性を明かさないと筋が通らないだろ」
「…………」
「だからいちいち心配そうな顔すんなっての。大丈夫だから」
ワシャワシャとリーシャの頭を撫でて不安を取り除いてあげる。
そして、俺はフィーリアにここまで起きた出来事を全てを語った。
俺が実は元は人間であること。
その人間だった俺は別の世界から来た人間であること。
リーシャとの出会いも話し、ドラゴンの魔物を元に戻した方法など話せることは全部話した。
その話を聞き終わると、フィーリアは考え込むように黙り込む。
疑ってる様子はないけど、なにやら口元を押さえ深く考えてるみたいだ。
「俺も色々と分かんない事だらけなんだ。どうして自殺した俺が生きてこの世界に来たのか、何でこんな意味不明な魔族の身体になってるのか。ホント自分が正気なのか疑っちまうレベルだよ」
「異世界の人間……」
「やっぱり、信じられないか……?」
「魔族の身体に異世界の人間の人格……。人間の身体が魔族の身体に変質した? いや、そんなことあり得るはずがない。だとしたら、人格……もしかしたら"魂"が関係してるのか? さっきの竜鱗族を元に戻したのもそのせいだったのか……」
「なにをブツブツ言ってんだよ。この身体のことを知ってるんだろ?」
「あ、あぁスマン。だが正直私が持っている情報も所々が虫食い状態だ。詳しく話せるのはその魔族の過去と一部の能力だけ。それでもいいか?」
「とりあず話してくれよ。これ以上出し惜しみされても気持ち悪いって」
「そうだな。まずどこから話せばいいか……」
俺が急かすと、フィーリアは深いため息を付き語り始める。
「ユウヤはこの世界には様々な種族がいるのは知っているか?」
「それはリーシャから聞いた。獣人とか妖精とか竜とか、人間もいるんだろ?」
「現代は友好関係を築いている種族同士も多い。相性や互いの理解など"課題"もあるが、よほどの理由が無い限りは険悪な関係の種族同士はあまりいない。だがその昔、他種族同士での争いが絶えなかった時代があったんだ。それこそ一つの種族が他の種族と共存するなんてその当時からしたらありえなかった。もう、5億年以上も前の話だがな」
「それって互いに仲の相性が悪かったってことか」
「それもあったが一番の理由は単純に"強さの序列"だよ」
「強さの序列?」
「どの種族が一番強いか、当時は互いの種族は武と魔法を極め、どの種族が戦いに優れているか競い合ってる時代だったんた。その競争は大規模な戦争にも発展したこともあって違法な手段や禁術にまで手を出し強さを求める種族もいたそうだ、悍ましくも醜い、争いの時代だよ……」
「異世界も殺伐としてんだなぁ。でも何でそんなに強さを競ってたんだ?」
「この世界では弱肉強食が基本、強さがあれば相手を力ずくで従わせられるし過度な力は権力や発言力にも値する時代。強さを極め、全種族最強の称号が手に入れば全ての種族を支配できる。それが当時の強さを極める種族達の思考だったんだ」
「強さによる支配ねぇ……」
フィーリアの語り口調が当時の重々しさを物語っていた。
その当時がいかに厳しい時代だったのか。
この世界の住人からしたらさぞ辛い時代だったんだろう。
争いってのは本当に醜いは俺も十分理解してる。人間同士の争いは特にな。
人間同士の争いはどちらか強いかだけでは済まされない。
人間同士争いには必ず穢れた私欲が含まれている。
嫌悪、嫉妬、怒り、強欲、嘘偽り、差別……。
人間同士の争いってのはそんな穢れた私欲が混じって初めて成立する。
そして強さを競う争いも然り。
ホントどの世界も争いってのは絶えないんだな。
「そんな争いの時代と俺のこの身体、一体何の関係があるんだ?」
「その”強さ”が全てだった五億年前の時代、一人の特殊個体の魔族が現れたんだ。その魔族は不気味な体質のせいで同族から忌み嫌われ辛辣な扱いも多かった。血族は一人もおらず、どうやって生まれてきたのかも分からない、とにかく謎の多い不気味な魔族だったそうだ。そしてのちに当時の魔族たちはその不気味さの正体を存分に味わう事になってしまったんだ」
「一体、何があったんだ?」
「…………蹂躙だ。その魔族が当時『最強無敵』と謳われた強者達、そんな実力ある種族達をその魔族は皆殺しにしていったんだ。冒険者や賞金稼ぎ、傭兵、王族騎士、裏世界の犯罪者、魔術師、職業に関係なく戦いで名を連ねた者達を屠り続け、ついには最強種である竜鱗族ですら単騎で簡単に倒すようになってしまった」
「な、何でそんな……」
「もっと早く魔族の異常性に気付いていれば手は打てたんだろうが、気付いた時にはもう手遅れだった。気付いた時には魔族の強さは異常なまでに膨れ上がり、絶滅寸前にまで追い込まれた種族もいたそうだ……」
「その魔族は一体何者なんだ? 竜鱗族ですら適わないってそんなに強かったのか?」
「誰一人として魔族の異質な強さに気づかなかった。気づかなかった故に周りは罵り放置し、魔族を強くする時間と経験を与えてしまった……」
「全種族が太刀打ちできないってどんだけ強かったんだよ……」
「魔族が同族から忌み嫌われる理由、その理由は奴が独自に持つ一つの能力にあった。その能力は非人道的と罵られ、他と差別される原因だったが、使い方を誤れば大量殺戮に繋がりかねない危険な能力……。その能力で魔族は当時の名を連ねた強者たちを蹂躙し、全種族最強の強者にまで上り詰めた」
「その能力って?」
数秒沈黙を置いた後に、その異質な魔族の能力について語りだした。
「生物の"魂"を喰らい強くなる、それがその魔族の能力だった」
「え、ちょっと待て。魂ってあの "魂" のこと? あんなのただのオカルト的な存在だろ」
「魂というものは存在する。肉眼で捕えられず実体がないというだけで生物にとってはむしろ肉体よりも重要な存在と言えるだろう。実際、この世界にはその魂から生まれる魔物も多く居るし霊的信仰を重んじる種族も複数といる」
「いや、そんな事言われてもなぁ……うちのいた世界じゃ魂なんて存在してるのかも分かんなかったし実際"魂"を肉眼で見るなんて不可能だったし」
「確かに生物の魂というのは肉眼では捉えられないし触ることもできない。だがその魔族は他者の魂を容易に肉眼で捉えることができ、あまつさえその魂を実体として掴み、肉体から引き剥がすこともできたらしい。魂に物理的に干渉し、それを引き剥がした魂を喰らう能力……」
何か急に話がオカルト染みてきたな。
つか、魂を見るとか肉体から剥がすとか、どんな反則だよ。
「それも肉体的な強さだけじゃない。魔力の容量や単純な身体能力、ありとあらゆる戦いに関する能力値が強化されていき、その強化は際限を知らない。無限に強くなることができたそうだ」
「確かに際限ない強さは凄いと思うけど、単純な強化ならそんな脅威にならなくないか? いくら能力値が無限に強くなるっていったって自分より格上に殺されたらそこで終わりじゃん。そうなれば強くなることだって出来ないし……。そんな強さになるまで他がそこまで放置してたなんて考えにくいし」
「確かに単純な能力値強化なら大した脅威にはならない。しかしそれは魔族の異端のほんの一部に過ぎなかったんだ」
「まだ何かあるってのか?」
「魔族のもっとも恐れる能力、それは喰らった魂の能力を奪い、自分の能力にすることが恐るべき能力だったんだ……」
「スキルを奪う……? スキル……?」
「能力はこの世界の者たちが持つ技能・技術・体質・個々が持つ特殊な力、それらを称してこの世界では"能力"と呼ぶ。強弱はあるがこの世界の者全員が能力を持っていてそれぞれの職業に適した能力を所有している。技術職なら技術にまつわる能力を持っているし、科学者なら錬金系や化学系の能力、そして戦士や魔術師なら戦いにまつわる能力を多用に所有している。しかも奪える能力の数にも際限はない。その魂に刻まれた武術、魔法、知識、固有で持つ特殊能力、ありとあらゆる能力を自分の能力として奪い、奪った能力は自由に使うことができたそうだ」
「ちょ、ちょっと待てよ? それってつまり相手が特殊能力を持ってた場合その特殊能力すらも奪える。しかも奪える容量に限界がない。いくらでも奪えて自分の能力にできる……。そして戦って相手を殺して相手の魂を喰らえば喰らうほど自身の強化されてく……。しかもそれも際限なく……そんなの無敵じゃんか!?」
「実際、奴の蹂躙は鏖殺に等しい行動だったそうだ。どんな相手だろうと魂を喰らう事で相手の能力を無限に奪い、殺戮を止めようとはしなかった。その殺戮が自身を強くするためだったのか、または虐げられてきた全種族への復讐だったのか、詳しい理由は分かっていない。生物の魂を喰らい、喰らう数だけ無限に強くなる、当時の全種族たちはそいつを魂を喰らう魔族『魔魂喰』と呼んでいた」
「魔魂喰……」
魂を喰らう魔族、か……。
魂を食べて強くなって相手の能力を奪うなんて、そんなん反則も反則じゃんか。
そんな反則能力適うわけがない。
しかもその魂を肉眼で見れて物理的に抜き取るって……。
それも使い方次第じゃあ即死能力もんだぞ。
「その存在が脅威となった魔魂喰は特級討伐対象となり全種族から狙われる身となった。それでも魔魂喰を倒せる者はおらず魔魂喰の討伐は困難を極めた。そこで全種族の代表たちはその時だけ一致団結し、多くの犠牲者を出しつつも魔魂喰の討伐に成功した。結果それが他種族同士が共存する切欠となり、そこから時代は強さを競う時代から共存する時代に移り変わったと言われているんだ」
「めでたしめでたし……で、話が終わるわけじゃないんだろ」
「魔魂喰は確かに死んだ、これは間違いない事実。しかし我々が研究調査をしたところ、死後から現代まで歴史上の節々に魔魂喰に似た魔族が現れては各地で様々な伝説を残しているんだ」
「え、それっておかしくないか? 魔魂喰は死んだんだろ?」
「死んだのは間違いない。そしてその魔族が魔魂喰なのかは分からんが、その伝説は悪名から英雄まで様々、凶悪な犯罪者として裏世界で語られていたり、某大国救った英雄として詩にされていたり、歴史的発明を生み出した科学者として書物に名を遺すなど偉業など、内容は各地によってバラバラだがその魔族にはどれにも”魂”という言葉が関わっていた」
「んー……考えれば考えるほど謎だな。仮に魔魂喰が生きてたとしてもそんなバラバラな伝説が作られてるのは何でだ? 魔魂喰は全種族と敵対してたんだろ? 生きてたんならまた大量殺戮が起きそうなもんだけど」
「我々はその歴史上に現れているのは魔魂喰の血縁者、または同じ一族と推測していたんだがな……ユウヤの存在がその推測を完全に否定されてしまったよ」
「え、俺のせい? 」
「それはそうだろ、私の推測した中に "人間" という推測は一切無かったのだから」
「え? え? それってどういう――――」
「魔魂喰は魂を司る能力もそうだが外見もまた他の魔族とは一線を画して不気味でな、例えば魔族とは思えない小さい角、そして死人のような蒼白の肌……それが魔魂喰の特徴だったそうだ」
「小さい、角……? 青白い……肌……」
――――ッ!! ちょっと待て!?
俺は確認するように自分の腕の肌と額の角を触る。
小さい角、死人のように青白い肌。
まんま俺のこの身体の特徴じゃないか!?
「それじゃあ俺のこの身体はまさか――!?」
「そう、魔魂喰の特徴と完全に一致するんだ。そしてお前があの森で見せた魔物の竜鱗族を元に戻した魂に干渉する力、まず間違いなくその身体は魔魂喰と同じ、同等のものと言えるだろう」
魔魂喰。かつて全種族たちを恐怖で震撼させた魔族。
それが今の俺の身体だって言うのか……。
それなら竜鱗族の魂に干渉できたあの能力にも納得がいく。
そして今までの身体能力にも説明がつく。
「でも、そんな魔族の身体にどうして俺みたいな人間なんかが……」
「しかもお前は異世界の人間。元人間ってだけでも混乱するのに "異世界" という概念が干渉してくるなんて……。こちらとしては完全に予想外だ……」
いや、そんな落ち込まんでも……。
でも驚いた。
この身体がそんな化け物じみた魔族の身体だったなんて……。
そういう事なら今までの戦いでの凄まじい怪力や動体視力。
そして竜を元に戻したあの魂に直接触れることができた能力。
何もかも辻褄が合う。
でもそんな凶悪魔族の身体になんで俺みたいな人間なんかが……?
この身体の正体が判明したとしてもまだまだ謎は山積みだ。
大体、死んだ俺がなんでこの世界に飛ばされたんだ?
異世界への転移……? 俺の身体が魔族なのは人間の肉体が死んだから?
まさか、この事にも"魂"が関係してるのか。
だとすれば今俺の魂はこの魔魂喰の肉体に宿っている形なのか……。
ん? だったら顔はなんで元の俺のままなんだ?
既存する身体に俺の魂が宿ったなら顔だけが俺のままなのもおかしい……。
「さっぱり分かんねぇ。大体、俺がこの世界にいる時点でもう色々とおかしいんだよなぁ」
「今後もこちらもまだ調査と考察の必要がある。まだまだ分からないことだらけだからな、異世界なんて概念が関わってくるとなるとまた一から調査し直さないと……」
「一つ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「フィーリアとメリスはどうしてあの森に? 俺の事を待ち構えてたみたいな感じだったけど……」
「正確にはエルトワールにいた時からユウヤのことは尾行していたんだ」
「え、あの時から!?」
「私の部下に一人、予言を得意とする宮廷魔術師がいてな。その予言を元に調べてお前があの街に現れることは予め知っていたんだ。アイツの予言の的中率はかなり高いが、外れることも覚悟してここ数日あの街でお前が現れるのを待ってたってわけだ、一種の賭けではあったがな」
「ぜ、全然気づかなかった……」
「メリスは暗殺や隠密に長けていてな。ド素人ならまずメリスの気配を感じるのは不可能だ。だがびっくりしたぞ、魔物の騒動が広がるや否や、お前はあの森に無造作に向かうなんて」
「そ、それはまぁ……ちょっと色々とあってな」
言えない。
子供の頃から憧れの幻獣を一目見たかったから、なんて。
「そ、それよりもだ。そんな最強最悪の魔族の力をフィーリアはどうして必要としてるんだ? 今回の取引の本題はそこだろ」
その言葉にフィーリアは意外そうな表情を浮かべた。
まるで俺が取引の件を切り出すことを予期していなかったみたいに。沈黙を置いたあと祈るように両手の掌を握り合わせ、深刻そうな表情を浮かべながら語りだした。
「……私はな、変えたいんだよ。今のダンタリオス家をな」
「ダンタリオス家を変えたい……?」
「魔族の王族間は血筋や実力を重んじる階級社会。その社会ではダンタリオス家は下級も下級でな、王達の間でも発言力が弱く、魔族の間では頭でっかちの力のない魔族として辛辣な扱いを受けることも多いんだ」
「何でなんだ? あの発展した都会を見る限り、国としては凄いと思うけど」
「ダンタリオス家は代々学者の家系なんだ。高い解析力や記憶力を持ち、代々の国王たちが積み重ねてきた様々な知識と技術力を誇る歴史ある家系。その高い知能のおかげで多くの魔族の生態を解明し、魔物を飼いならす技術や魔物の解体技術を発展させ、多くの文明発展に貢献してきた。そのおかげでこの国には多くの種族たちが移り住むようになり、様々な種族たちと友好関係を築くこともできた。だが他の魔族からしたらそれがどうしても許せないらしくてな……」
「許せない? 魔魂喰がいた時代ならまだしも今の時代、共存は普通なんだろ?」
「言っただろ、魔族の王族は血筋を強く重んじる実力主義の種族。だから私が他種族と仲良くし、他種族の血が混ざることを他の王族は激しく嫌悪していてな。おまけに他種族の力がなければ何も出来ない役立たずとバカにされたこともあった……」
役立たず・無能。
その言葉は今でも心の奥底に根付き、前の自分の姿を鮮明に思い出す。
惨めで愚かな姿。思い出すだけで胸の奥がズキズキと痛む。
魔族になってしまったとは言え、やっぱり根は脆弱な人間のままだな。
こんな言葉にいちいち取り乱してんだから。
「故に今のダンタリオス家には敵も多い。同族はもちろん、敵は人間独立を謳う人間の国、国の平和を妬む犯罪組織、上げるだけでも切りがない。そんな敵だらけの中でダンタリオス家が魔族の王達から認められるのは不可能。未来永劫ダンタリオス家は役立たずの称号を押されたままだ。だが私は絶対諦めない、どれだけ周りの魔族を敵に回そうと私は上級魔族になりダンタリオス家を発展させてみせる」
「なるほど、大体話は読めたよ。つまりその上級魔族への出世のために俺の……この魔魂喰の力が必要ってわけか」
「出世……いや確かにその通りだ。私はお前を利用しようとしているのは事実だしな。魔魂喰の能力は無敵だ。その能力を使えば我が国に背く敵を全て排除し、ダンタリオス家が進めている研究開発にも応用ができる。ユウヤその能力を……ダンタリオス家に貸してくれ……!」
「…………」
深く頭を下げるフィーリア。
実質、俺を利用しようとしていることを否定しないんだな。
それを踏まえての懇願。
その懇願に俺は嘘はないと感じた。
切実さが伝わり、フィーリアの一族が追い詰められているという過酷な現状。
俺に相手の嘘を見破る才能はない。
それでもフィーリアの言葉には真実を感じた。
王としてのプライドを捨て、何者かも知らない赤の他人に頭を下げて懇願する。
実際、それぐらいまでフィーリアの家系は追い詰められているんだろう。
だとしても、一族の危機を助けるなんて大役、俺に務まるだろうか……。
「頭を上げてくれ、王様がただの素人に頭を下げるなんてマズいだろ」
「私にはもう道が残されていない。ユウヤの力が必要なんだ、どうか…………」
「だとしても俺にそんな大役は無理だ。大体この世界のことなんてまだ殆ど知らないし、自分自身この身体のことさえ分からないんだぞ? それに今後この世界で生活をしていくためにも住む場所とか仕事とか色々探さないといけないし――」
「それについては心配ない。もし力を貸してくれるなら生活の面倒はこちらで見よう。もちろん連れの霊獣族も一緒にな。この世界の分からない事ならこちらから色々教えることも出来るし、魔魂喰に関して新しい情報が見つかればすぐに共有することも約束する。あとはそうだな、こちらから頼んだ依頼をこなしてくれるならそれに見合う報酬も払う、これなら金銭面も問題ないだろう」
「そ、そこまですんのかよ……」
「それほどにお前の力が必要だと言うことだ。実際、有能な人材が加わってくれるならこれぐらいの事は大したことじゃない。二人分の生活の面倒を見るぐらい容易いことだ」
でも、確かにそれなら悪くない取引だ。
一番困っていたのは今後の生活だった。
でもこの取り引きが成立すればそれが一気に解決する。
しかもこの世界の情報と働き口のおまけ付き。
単純と笑われるかもしれない。
けど安定した生活が約束されているのは嬉しいことだ。
実際、前の世界じゃあ明日のご飯すらも危うい生活だったからな。
しかも借金取りが押しかけてくる恐怖もないし住む場所も保証してもらえる。
至れり尽くせりとはまさにこのことだ。
「…………分かった、その条件なら今の俺に断る理由はないな」
「では――」
「あぁ、生活の面倒を見てもらえるってなら今後の生活に困ることにはないしな。単純と思うかもしれないけど……これからよろしく頼むよ」
そう言って俺は手を差し出し、握手を求める。
「――ッ! ありがとうユウヤ。これから宜しく頼む」
フィーリアの表情が明るくなり、俺とリーファは握手を交わした。
その後、緊張の糸が一気に途切れ、俺はソファーに深く背もたれに寄り掛かった。
「ふぅ~、緊張したぁ~」
「フッ、フフッ」
「な、何だよ? 何か可笑しな事したか?」
「いや、魔魂喰がこんな気の抜けた奴とは思いもよらなかったものでな。全種族を恐怖で震撼させた魔族がどんな性格なのか心配していたんだが……どうやらその心配は無駄だったみたいだ。じゃなければこうもすんなり取引に応じてくれる筈がない」
「だから言ったろ? 俺はそもそも元は人間なんだって。ただただ非力で無能な人間だよ」
「そうだったな。とりあえずもう日が暮れる、今日からしばらくはこの城の一室を寝床として使うといい。すぐに準備させる。霊獣族の部屋も別に――」
「ユウヤと一緒が良い……」
「いや、男女一緒はさすがにマズいだろ。大体ここまで来たら俺はお前を――」
「ユウヤと一緒が良い」
「…………(汗)」
「フフッ、随分と懐かれているようだな」
「……俺もここまで懐かれるようなことした覚えないんだけどな」
「リーシャと言ったな? 安心しろ、泊まる部屋はユウヤと同室だ」
「ちょッ!?」
「リーシャはまだ子供だ、何の問題もないだろ。それとも何か不都合が?」
いやいや、問題ありまくりだろ!?
確かにリーシャは子供かもしれないけど、肉体的には中学生くらい。
立派に発育した女の子だ。
そんな女の子が二十代の男性と一つ屋根の下というのはヤバいのでは……。
そんな考えとは裏腹にリーファは俺の腕にしがみ付き離してくれない。
「決まりだな、とりあえず今から部屋を準備させる。それまでは大浴場で溜まった疲れを癒してくるといい。その後は今後の話し合いも兼ねて食事でもしよう」
「わ、わかりました……」
結局、同室を強制された後、俺とリーシャは部屋を出ようと席を立った。
そして出口の扉を開けようとした瞬間――。
「ユウヤ、最後に一つ聞いていいか?」
「ん? なんだ?」
「ユウヤはこの世界の異種族を見てどう思った?」
「どう思ったって……?」
「そのまんまの意味だよ、異種族を見た第一印象を聞かせて欲しいんだ」
「第一印象ねぇ……。ん~…………正直、ワクワクしたかな」
「ワクワクした? それはどういう……」
「俺の中での異種族ってさ、ある意味 "憧れ" の存在なんだよ。俺の居た世界じゃあ異種族って存在は知られてはいるけどそれは空想上の話で実在はしない。そんな実在しない異種族を見て正直感動したし、本物を見れてメチャクチャ興奮した。特にリーシャを見た時はホントに感動したよ、全オタクの憧れ『ケモ耳美少女』をこの目で拝めたんだからな。これからも色んな異種族に会えるなら会ってみたい、そして交流してみたい……! そんな感じかな」
「そうか……。ホントにお前は面白い奴だな」
フィーリアはホッとため息をついた後、軽い笑みを浮かべる。
そして、何処か満足そうな感じも伺える。
「でも何でそんなこと聞くんだ?」
「深い意味はなんいだ。呼び止めてすまない、早く大浴場に行くといい」
「…………?」
質問に疑問を持ちながらも部屋を後にし、扉前で待機していたメイドの案内で大浴場へと向かった。
にしても最後の質問、何だったんだろ……?




