第5章 舞士道と偽士道2
「よう、日暮。帰ってきたか」
八百万学園に戻るや否や、声を掛けてきた人物がいた。
それは担任の目黒先生その人だった。
「随分早く戻ってきたな。ご両親には会えたのか?」
それはもしかしたら、目黒先生なりの気遣いの言葉だったのかもしれない。
僕が〝開花〟できたことについて、既に目黒先生は知っている。
だからこそ、日暮家の反応について気に掛けてくれたのだろう。
「はい。二人とも、元気そうで安心しました」
曖昧に笑ってやり過ごしたかった。
けれど、目黒先生は僕の表情から何かを感じ取ったのだろう。
近くにあった自販機のうちスポーツ飲料のボタンを押すと、
「……そうじゃねぇだろ。なんか言われたりしなかったのか?」
そっと渡してくれた。その優しさに言葉が詰まる。
(どうして……)
八百万学園で出逢った人達のほうが、優しいのだろう。
つい先刻まで逢っていた、血の繋がりのある人達のほうが冷たいのだろう。
「…………」
今思うと、生まれてから今まで優しさに触れる機会が少なかった。
日暮家という名は、僕にとって誇りでもあったが枷でもあった。
名家日暮というだけで、疎まれ一方的に悪意をぶつけられることもあった。
それは仕方のないことだと思い、諦めることも多かった。
けれどこの八百万学園では、我慢をしなくていいのかも知れない。
「実は……」
気づいた時には、両親に言われた言葉を、日暮家に求められていることを訥々と話していた。
「まだ十六のガキになんてモンを強要してやがンだ」
どれくらいの時間が経っただろうか。
すべてを話し終え、黙って僕の話に耳を傾けてくれていた目黒先生は、開口一番にそう吐き捨てた。
「失踪した退禍師の捜索なんて、一朝一夕でできるモンじゃないことくらい判っているだろうに……」
「……でも、それでも捜さないといけないんです」
「……だから時々侵入ってるのか? 黄昏刻に」
「…………はい」
肯定する僕の言葉に、フゥと目黒先生は溜め息を吐く。
正直、叱られると思った。けれど、目黒先生は叱らなかった。
ただ、ワシワシと優しく頭を撫でてくれた。いつぞやの時みたく――。
「……大変なモン、架せられてンだな。お前は」
「…………」
肯定でも、否定でもなく。ただ、共感をしてくれる。
それがどれだけ有り難かったことだろう。
それがどれだけ僕の心を救ってくれたことだろう。
兄以外で、そんな言葉をかけてくれる大人はこれまで出逢って来なかった。
だからつい、声が、感情が、繕っていたモノが瓦解した。
「すみ、ません……」
「謝らんでもいい。……よく頑張ってきたな」
目黒先生はただ優しく、言葉を掛け頭を撫でてくれた。
いつぞやの、兄のようだと思った。
ピロン……、
その時、乾いた電子音が響いた。
「あー、呼び出しだ……」
携帯を取り出した目黒先生。数秒、液晶画面を眺めていたが渋々といった呟きをもらすと携帯を再びしまい込む。そして、チラリと僕のほうを一瞥した。
「それじゃあ話は此処までだ。何かあればすぐに相談しに来い。わかったな?」
「……はい」
ペコリと会釈をし、目黒先生に礼を言う。
すると目黒先生は少しだけ気恥ずかしそうな表情を浮かべると、
「大人だからな。ガキが悩んでんなら聞いてやるくらいはしてやれる」
それだけ言うと、ヒラヒラと掌を振り職員室のほうへと歩いて行った。
【……。なんとも不器用な男のようだのう。あの教師は】
「……いい先生で良かったよ」
【そうだのう。大丈夫か? れん】
「ん……、少し落ち着いたよ」
ゴシゴシと目元を拭い、呼吸を整える。
友達に見られたら、心配させてしまうだろう。
そんなことを思っていた時だった。




