第5章 舞士道と偽士道3
「あれ……」
マナーモードにしていた僕の携帯が震えた。メールを通知する震え方だった。
正直、家族からとは思えない。両親は未だに僕ではなく兄を求め続けている。日暮家時期当主に相応しい、兄のことを――。
「誰だろう」
携帯を取り出し、液晶画面を覗く。そこには〝フィーカ〟アプリの通知マークが付いていた。
「確か、夏生に入れて貰ったアプリだ」
それは初めての実践任務を終えた夜のことだ。
入寮する前に「〝フィーカID〟を教えろ」と夏生に責っ付かれたのだ。
『ごめん……その、〝フィーカID〟って……なに?』
『マジか』
今まで連絡をとる友人などろくにいなかった僕は、そういった世情に疎かった。
夏生はそんな僕の問いに呆れはしたものの、馬鹿にすることはしなかった。
それどころか連絡がしやすいようにと率先してアプリを入れ〝フィーカID〟を交換してくれたのだ。
ちなみに〝フィーカ〟とは、全世界に普及しているチャットアプリの総称らしい。
耳にするくらいはあったものの、必要性を感じず今までアプリをインストールすることすらしなかったツケが今になってくるとは思わなかった。
『少しずつ使い慣れておけよ』
そう言っていた夏生の言葉を思い出す。
恐る恐るアプリをタップし、チャット画面を立ち上げるとそこには短い文章で「学食のカフェエリアに集合」とだけ記されていた。
「学食……なんだろう? と、取り敢えず了解っと」
【クカカッ、まるで何処ぞの年寄りのようだのう。いや、年寄りでもそういった機器類に長けた者もおるか】
「そう言わないでよ。慣れない物って、緊張するんだから」
【ククッ、初々しい反応じゃのう。たかがめーるを返すだけであろう?】
「リツの口からメールって言葉が出ることのほうが意外だよ」
苦笑しながらも、携帯をポケットにしまうと集合場所の学食へと向かった。
「……よう。来たか」
「あっ、れん君! お帰りなさいです!」
「おや、ご帰還か。無事なようで何より何より」
「れん。そろそろ帰って来るのではと、皆で待っていたぞ」
夏生に秋葉さん。零に藤治郎――。
八百万学園に入学してからできた友人の面々が、そこには集まっていた。
「あ……、みんなしてどうしたの? 何かあった?」
グループワークのような課題は出されていなかった筈だ。
「えへへ、実はみんなで話し合いをしてたんです」
「……。まあ、気まぐれだけどな」
「今回の任務で、何やらめでたいことがあったと秋葉から聞いたのでな」
「それならお祝いをしようという話になった!」
いまいち話が見えてこない。
だからつい曖昧な返事と共に首を傾げてしまった。
「うん……? 誰のお祝い?」
「ありゃりゃ?」
「マジかお前」
そこまで鈍感か、と溜め息を吐く夏生と苦笑する秋葉さん。
「……決まってんだろう」
「れん君のですよ!」
「え……」
「今回の任務でお前、気張ってみせたろうが」
それは夏生なりの配慮なのだろう。
〝開花〟ができていなかったことを、暗に告げている。
「だからですね、何かお祝いしたいねって話をしていたら……なんとカフェのお姉さんが相談にのってくれたんです! それでですね――」
「カフェの配慮でデザートプレートとやらを作って貰ったそうだ。キミ用の」
秋葉さんの言葉を引き継ぐ形で、零がテーブルの奥を指さして見せる。
そこには複数のケーキを生クリームや果物で盛り付け彩られたデザートが置かれていた。
【ほう。仔どもらも良きコトを考えるものだのう。感心感心】
「…………」
リツの言葉の半分も耳に入ってこない。
それは初めて誕生日を祝って貰ったのと似た感情だった。
「……僕、の?」
改めて問い返す。辿々しいその言葉にすら、チームメイトの二人は力強く頷いてくれた。
ありがとう、というたった五つの言葉。
けれどその言葉を言い切ることができなかった。
目の前が水彩絵の具のように滲み、熱い涙がこぼれ落ちた。
「な……! だ、大丈夫か? れん、何処か痛むのか!」
「ち、違うよ……藤治郎」
慌てふためく友人に返事を返す。
つい先ほどまで泣いていた筈なのに、また涙が止まらない。
震える息を吸い、吐き出す。
「――……ありがとう」
嬉しい気持ちを形にして丸ごとぶつけられたらいいのに、そんなことを思いながら精一杯のお礼を口にすることができた。




