2.入学式
「新入生、入場」
その言葉が聞こえてきた瞬間、より一層の緊張を覚えた。
中学校の入学式もそうだったが、俺は卒業式とかこういうイベントがあると、喜びや悲しみよりも緊張の方が勝ってしまう。
他のクラスメイトは列の前後の人ともう仲良くなったのか、ゲームやアニメの話をしている人たちもいる。
もちろん俺にそんなコミュニケーション能力は搭載されていないので誰とも話さぬまま教室から体育館へ移動した。
俺と灯里の間には6人の生徒がいるため、この位置からだとその姿を確認することが限界だが、彼女の表情にも余裕がなさそうで緊張していることが窺える。
先頭にはA組列の最後尾が見え、それが完全に体育館へ収まったら俺たちの列も動き出す。
しばらく前列を眺めているとA組の列が入場を終えて、B組の列が動き始めた。
鳴り止まない拍手の中、吹奏楽部の演奏をBGMに体育館を進行していく。
自席に到着し、しばらくした後先生が手を下げるジェスチャーを送り、それを合図にB組全員が座った。
しかし、十クラス全員が座るまでかなり時間がかかる。
10分くらいしてやっと全員が座り、拍手と演奏が鳴り止むと騒がしかった体育館が嘘のようにシーンと静まり返った。
国歌と校歌の斉唱が終わると、校長先生の式辞が始まった。
深いようで浅い、よくある校長先生の話って感じだ。開始十分もしないうちに先ほどの緊張は解け、眠気が襲ってきた。
式辞が終わるころ、俺は完全に夢の世界に落ちていた。この後新入生全員の名前が呼ばれることを忘れて。
先生の説明だと、校長の式辞が終わった後A組からJ組まで一人一人の名前が順番に呼ばれるらしい。
名前が呼ばれたら起立と返事をし、次の人の名前が呼ばれたら座るということを約一時間かけて十クラス全員行う。
俺はそれをすっかり忘れて眠りに落ちてしまった。
「浜岡涼太君」
かすかに自分の名前を呼ばれた感覚がして、俺の意識は少しだけ現実世界へ戻ってきた。
しかし、夢の中での出来事だと思い込み、俺はまた夢の世界へ戻る。
多分この時、返事をしない俺に周りは少しざわついていたのだろうが、そんなことに気づく由もない。
「浜岡涼太君」
もう一回名前が呼ばれ、そこでやっと俺は完全に眠りから醒めた。
そして席を立ち、返事をしようとするが突然の出来事であることと寝起きであることが重なり上手く声が出ない。
「ひゃ、ひゃい」
間抜けな返事をした瞬間、会場のざわつきが増す。川島先生は失望したようにこちらを見ていて、灯里の肩は小刻みに揺れている。
最悪の入学式だ。顔から火が出るほど恥ずかしい。新学期早々こんなことになるとは夢にも思っていなかった。
そこから二時間ほどが経過し、入学式は終わった。教室へ戻り明日の予定を聞いた後、今日は解散になった。
「一緒に帰ろ!」
隣から灯里の声が聞こえたが、正直今は顔を合わせたくない。しかし断る理由がなかったので、いいよと伝えた直後、
「浜岡君、帰る前にちょっと話したい事があるんだけど」
と川島先生に言われた。灯里は、正門で待ってるねと言って、先に教室を出て行ってしまう。
絶対さっきの居眠りの事で注意されるんだろうと身構えていたら、先生の口からは意外なことが出てきた。
「さっきの質問、どうしてあんなこと訊いたの?」
「単純に気になったからです。この仕事を初めてする人とは思えなかったので。入学式でも、他の先生より表情に余裕があり、落ち着いているように見えました」
「そう?ありがとう。そう言われて先生嬉しいな。浜岡君は観察力が高いのね」
そう言って先生は軽く笑った。先生の笑顔にはどこか惹かれるものがあった。
「明日は八時半集合だからね?今日はしっかり睡眠時間を確保してね」
先生は俺の為を思って言ってくれたのだろうが、その言葉は今の俺の心にグサリと刺さった。
俺が顔を真っ赤にすると、先生はまた素敵な笑顔を見せて、じゃあねと手を振った。
正門に行くと、両親と灯里と、灯里の両親が俺のことを待っていた。
「あー!居眠りさんが帰ってきた!」
灯里が俺の事を指さして笑うと、父親が俺の頭に拳骨を落としてきた。
「大事な式典なのに、何居眠りしてるんだ馬鹿野郎。今日からしばらくの間、夜十時には就寝すること。分かったな」
俺は何も言い返せなかった。完全に悪いのは俺だし、今後のためにも睡眠時間はしっかり確保しようと思った。
帰り道、俺と灯里はお互いの中学時代の話をした。俺の両親は灯里の両親と仲良さそうに話していた。
家も近所だし、よく遊んでいた頃は親同士もよく話していた。
灯里の家の方が学校から近いため、途中の交差点で灯里とは別れ、両親と三人で再び帰路についた。
家に到着し、リビングに行くと既に始業式から帰ってきた美琴がノートパソコンを広げ今朝夢中になっていたオンラインゲームをプレイしていた。
「おかえり。入学式どうだった?」
「その質問はやめてくれ・・・」
美琴はニヤニヤし、何かを察したかのように何も言わなくなった。
このまま会話を終わらせてしまうのが嫌だったので、再びゲームに戻る美琴に俺は声を掛けた。
「面白いのか・・・?それ」
「うん、面白いよ。可愛い女の子たくさん出てくるし。兄さんもやってみたら?」
「うーん、戦闘ゲームはちょっと・・・」
意外かも知れないが、俺はほとんどゲームをしない。やるとしたらパソコンにプリインストールされているソリティアとかマインスイーパーとかだ。
とりあえず今はあのことを早く忘れたい。気を紛らわすために新しいゲームを始めてみるのも良いかもしれない。
そう思い、俺は自分の部屋にあるパソコンの電源を付け、美琴が熱中しているゲームをダウンロードしてみることにした。
人の噂も七十五日。時間が経てばみんなあのことは忘れるだろう。しかし、七十五日・・・。とてつもなく長いと感じるのは俺だけだろうか。




