第4話「止まる」 あるいは「直そうよ」
雨上がり。
湿った播磨の道。
空には薄く陽が差しているが、
地面はまだ重かった。
ぬかるみ。
水たまり。
踏み固められた泥。
今日も万吉は外へ出ている。
守役は、
井上之正。
静かな男だった。
黒田家譜代。
文にも実務にも通じ。
若君付きとして、
万吉の世話と学びを任されている。
その隣には。
今日は珍しく、
黒田家の大人が二人ほど同行していた。
領内確認も兼ねているらしい。
「この辺り、
昨日はかなり降りましたのでな」
「川も増えておりました」
そんな話をしながら歩いている。
だが。
万吉は相変わらずだった。
地面を見ている。
水たまり。
泥。
車輪の跡。
雨の後に変わった地面を、
きょろきょろ眺めている。
その時。
前方が騒がしくなった。
「押せ!」
「もう少し右だ!」
荷車だった。
道の真ん中で止まっている。
車輪が、
深いぬかるみに沈んでいた。
商人達が押している。
だが進まない。
ぐぐぐ、と軋むだけ。
泥が跳ねる。
「駄目だ!」
「埋まってる!」
見ると。
同行していた黒田家の者達が、
すぐ動いた。
「後ろ押せ!」
「持ち上げるぞ!」
慣れた様子だった。
こういう事は、
珍しくないのだろう。
肩を入れ。
車輪を持ち上げ。
商人達と共に力を込める。
ずるり。
重い音を立て。
ようやく車輪が抜けた。
荷車が前へ進む。
商人達が、
何度も頭を下げた。
「助かりました!」
「ありがとうございます!」
黒田家の男達は笑う。
「雨の後は毎度だ」
「気を付けて行け」
荷車は去っていく。
その間。
万吉はずっと、
地面を見ていた。
ぬかるみ。
沈んだ跡。
崩れた土。
溜まった水。
井上之正が気付く。
「どうされました?」
万吉は、
ぬかるみを指差した。
「ぐちゃぐちゃ」
之正は少し笑う。
「そうですね」
「雨の後ですから」
万吉は、
まだ見ている。
やがて。
手伝いを終えた大人達が戻って来た。
「では参りましょう」
皆、
歩き出そうとする。
だが。
万吉だけ動かなかった。
ぬかるみを見ている。
じっと。
「万吉様?」
之正が呼ぶ。
すると万吉は、
不思議そうな顔で言った。
「なおそうよ」
大人達が、
きょとんとした。
「……は?」
万吉は、
ぬかるみを指差す。
「また、
とまるよ?」
その言葉に、
一瞬沈黙が落ちる。
大人の一人が苦笑した。
「いや……
そういうものですので」
雨が降れば道は悪くなる。
荷車は止まる。
皆で押す。
それが当たり前だった。
だが万吉は、
納得していない顔をしていた。
「つち、
のせるだけだよ?」
小さな手で、
道の脇を指差す。
「ここ、
もってきて」
「うえ、
のせたらいい」
まるで。
当然の事を言うように。
「やってみせてよ」
大人達は顔を見合わせる。
子供の思いつき。
普通なら、
笑って終わる。
だが。
万吉の顔は真面目だった。
本気で。
「なぜ直さないのか」
それが分からない顔。
井上之正は、
その横顔を見る。
そして。
ぬかるみへ視線を移した。
止まる荷。
困る商人。
毎回押す人足。
皆、
当たり前と思っている。
雨が降ればそうなる。
それだけの話。
だが。
万吉だけは違った。
「困るなら、
直せばいい」
そう考えている。
之正は、
少しだけ目を細めた。
幼子の言葉。
だが。
その考え方は、
妙に黒田らしくなかった。
武士よりも。
職人や商人に近い発想。
いや。
もっと別の何か。
万吉はまだ、
ぬかるみを見ている。
止まった跡を。
動けなくなった流れを。
そして。
どう直せば、
また流れるのかを考えていた。




