血の涙
「詳しくは言えませんが、ご期待に応えられない可能性がある事は、留意して下さいと最初に伝えておきます」
「その点は折り込み済みですので、ご心配なく」
信護はあらかじめ予防線を張ったが、相手もその事は想定しているため、簡単に承知の旨を伝えてくる。
信護はその反応を見て、相手もそれ程期待していないのではないかと推測する。
是が非でも解明したいという執念が感じられないのだ。
「これがかの吸血鬼の落とした"アイテム"ですか。噂には聞いていましたが、本当にあったんですね。本物なら効果が不明でも、欲しがる人はたくさんいますよ」
「そうですね。きっと実物を見るのは初めてでしょう。あなたは運が良い。HAHAHA」
信護が言外に本物なのかと探りを入れてみると、ダンテスは爽やかな笑顔で応じてみせる。
その反応からは何も伺えなかったが、自分は専門家ではないしと、特に気にしない。
気になるのは巫咲の反応だけだったが、彼女は真紅の宝石と難しい顔でにらめっこしたままだった。
「春野センセイ。難シイ顔してマス。どーされまシタカ?」
「何か困った事があるのかい?もし尋ねたい事があれば、私に遠慮なく言って欲しい」
エデは心配そうに、たどたどしいながらも、声をかける。
そんなエデをフォローするように、ダンテスが流暢な発音で後を引き取った。
対話役はあくまでもダンテスで、エデではないと示ししたいようだ。
信護としても、円滑な対話がしやすい相手の方がやり易いため、その事には異論はなかった。
巫咲が何を言い出すのかとハラハラさせられたが、結局、「別に……何でもないわ。気に触ったらごめんなさい」と無難な返事をするにとどまった。
信護がホッとしていると、巫咲は確認するように、二人に声をかける。
「この綺麗な綺麗な宝石を解析してほしいわけね」
「ええ。もちろん、お礼はしっかりさせて頂く。また、失敗した場合も同様です」
「でも、何故今頃になって私の所へ?吸血鬼ザンブロッサが討伐されたのは、7年も前でしょう」
「この"アイテム"が彼女の元へ来たのは、3年前でした。でも当初、これがかの吸血鬼が落とした"アイテム"とは、誰も思いませんでした。それどころか、"アイテム"とすら思わず、美しい宝石とだけ思われていたんです」
血の涙という宝石との関係について、ダンテスは語り始めた。
「そもそも吸血鬼の落としたこの"アイテム"は、早い段階で行方不明になっていたんです。その時の詳細については、混乱期という事もあり、誰も正確に何があったかは知りません。一番有力なのは、生き残った兵士の一人が、血の涙の美しさに魅いられ、持ち逃げしたという説です。ですが、その容疑者である兵士は、ほどなく遺体で見つかったため、真相は今でもわかっておりません。」
「その兵士ハ私も知っていル人でス。彼がそんなコトをしたとハ思えないのデス」
沈痛な表情で語るエデの言葉に、ダンテスは同意するように頷いた。
二人にとって旧知の仲だったようだが、それ以上は語ろうとはしなかった。
「エデは装飾品として愛用していました。最も、社交界よりも仕事としているフィールドワークを重視しているため、血の涙を身に付けて人前に出る機会は、限られていたのです。ちなみにエデは、成果こそいまいちながらも、その道ではベテランなのですよ。外見からはそう見えないでしょうが、彼女はそれだけの歳を、ぐはっ!」
目にも止まらぬ早業で、ダンテスの脇腹に肘鉄を放ったエデだが、その顔には穏やかな微笑みが浮かんだままだった。
エデは自分に視線が集まっているのを、不思議そうにしながら首を傾げていた。
信護は禁句だと悟り、心のメモ帳にその事を記載すると、強引に話の軌道修正を図る。
「と、とにかく、しばらく"アイテム"には気付かなかったというわけですね」
「そ、その通り。困ったものです。HAHAHA」
「ねえ、早く続けてよ。わくわくし始めた所だったのにぃ」
信護とダンテスが取り繕うのを余所に、巫咲はマイペースに不満を口にする。
その空気の読まなさと、神経の図太さを恨めしく、もとい羨ましく思いながら、本題へと戻っていく。
「事態が動き出したのは、2ヶ月前の事です。あるパーティーにエデが参加したのです。その際、血の涙を胸に付けて、参加者に挨拶をしていると、突然エデを指差し、血相を変えて騒ぎ出した男がいました。その男とは、吸血鬼ザンブロッサの討伐を指揮していた将軍だったのです。将軍は、ザンブロッサ討伐で名声を、"アイテム"の紛失で嘲笑を買っていました。そのため、汚名を返上したくてしょうがなかったのでしょう。躍起になって探していたそうです。それでも見つからず、失意に苛まれていた中、突如本物としか思えない代物が目の前に現れた。その時は無礼な態度と思いましたが、経緯を思えば、無理からぬ事だったのかもしれません」
「でも、あの時ハ困りまシタ。盗人扱イをされテいい気分ハしまセン」
「まあまあ。将軍からは正式に謝罪をされて、それを受け入れたでしょう。受け入れた以上、その事を持ち出し、引きずってはいけませんよ」
その時を思い出し、膨れっ面になるエデをダンテスはあやしていた。
その姿にいじけた巫咲をあやす自分を重ねてしまう信護だった。
「その後、鑑定を行い、それが紛失をしていた血の涙で、間違いないだろうと判明しました。エデとしては、馴染みの宝石商からの紹介で購入したため、寝耳に水でしたが。裏市場に流れ、いつしか表へと渡り、巡り巡ってエデの元に流れ着いたようです。さて、では血の涙をどうするかという話になりました。今の所有権はエデに間違いあります。でも、国へ引き渡す選択肢はあります。正直、私はそれが一番かとは思います。得たいの知れない"アイテム"なんて、持て余すものですから。ましてやあの忌むべき吸血鬼の落とした"アイテム"なのですから、呪われたような代物かもしれませんしね。こうなっては普通に宝石として扱うのは困難です。ですが、エデはなかなか強かで、肝が据わっている女なのですよ。血の涙の効果を知ってから、どうするか判断したいそうなのです。効果次第では、多少危うい代物だろうと構わないと主張するものですから」
「どんな物デモ、使い方しダイですカラ」
「確かに。良い事言うわね」
エデの主張に感じ入ったのか、巫咲は大いに同意した。
その様子に苦笑いをしてしまう男二人ではあったが。
そんな中、巫咲は再び確認するように口を開いた。
「知っているかもしれないけど、忌まわしい怪物から落とされた"アイテム"だろうと、その"アイテム"まで忌まわしい効果を持っているとは限らないわ。無論、怪物との関係を連想させるような"アイテム"がある一方で、関連性がわからない"アイテム"もある。未だにその法則はわかっていないわ」
"アイテム"には謎が多く、落とす怪物との関連性もその一つだ。
怪物との関連性が垣間見えるような"アイテム"を落とす事がある一方で、まるで繋がりがわからない"アイテム"もある。
信護はふと、不死王の落とした"アイテム"とそれにまつわる騒動を思い返した。
「だからね、悪いものが付いてるんじゃないかと、いたずらに懸念する事はないわ。もし、心配していたなら、もっと気持ちを楽にして欲しくってね」
「まあ、ありがトウございマス」
ウインクしながらエデを気遣う言葉をかける巫咲を見つめ、思わず震え声で信じられないものを見たように、信護は声を絞り出す。
「春野さん……。今日は優しいんですね……。何か変な物でも食べたのですか……」
そんな信護のお尻を、巫咲はにこやかな笑顔のまま、引きちぎらんばかりに思いっきりつねるのだった。
読んで下さりありがとうございました。