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不穏な影

魔獣コカトリスとの戦いは、さして時間が掛からずに終わった。

結果は人間側の惨敗。

原因はいくつもあった。


その一つは、想定していた対コカトリスに対する武装や戦い方の欠如、認識不足だった。

正確には、人間側もそれらの用意をしていた。

だが、人間側が想定していたのは、通常のコカトリスであり、変異種相手ではなかった。

変異種に関する情報はあったはずだが、遭遇する可能性は低いと見なしたのか、重視せず、用意していなかったようだ。


また、他の原因として、戦闘要員の練度不足もある。

異界の生物との大規模な戦争が終結してから早数十年。

正確には和平を結んだわけではなく、なし崩し的に終わっただけで、いつまた再会されるかわからない状態ではある。


そのため、今ある平穏は砂上の楼閣ともいえるのだが、ここ数十年は、大規模な衝突はなかった。

戦争が終結後、混乱期を経て、仮初めとはいえ平穏が訪れ、一部の異界の住人との穏やかな交流も始まって、早数十年とも言える。


大規模な失地奪還作戦は、初期から中期にかけて、何度か行われたが、帰還者がほとんどおらず、失敗が相次いだため、現在は休止となっている。

その間、小競り合いレベルの諍いや、調査団との接触からの争い等はあったが、年々減っている。


そのため、対異界の住人達との戦いを想定した演習も、形骸化する傾向にあり、練度不足に陥る所もあるという。

それでも、下級~中級の通常種相手ならば、問題はなかったのだが、今回はいささか相手が悪かった。


この事態の原因には、社会情勢の変化も大きかった。

昔は領土の奪還や報復を求める声が強く、そのためにリソースを割いてきたが、幾度の失敗や負担の増大からの厭世気分や諦めの広がり、定着した新秩序による一応の安定から、軍事面へ以前程は予算が割かれなくなっていた。


それでも領土の奪還を強く叫ぶ政党が、多くの議席を常に得る事が出来ているため、その悲願達成の声は根強いのだが、現状は、多くの国で熱心ではないのが事実として残る。


結果として、この度の戦いで敗北を喫してしまったが、根本的な原因が、平和ボケ故だったのか、予算の縛りによるものからだったのかは、詳しく調査される事になるだろう。

何にせよ、何人かのクビが飛び、又は、左遷ラッシュが起こるのは、待ったなしだろうが。


不幸中の幸いだったのは、怪我人は相次ぐも、死人はいなかった事だろう。

どうもコカトリス達は、人間には本当に、興味も用も無かったようだ。


それらの事を内心考えながら、目の前で意気消沈し、力無く俯いてしまっている警護責任者に言葉を掛ける。

この警護責任者とは、この度の調査で、初めて組んだ相手だった。

短いながらも、会話を交わした印象としては、覇気に溢れた気持ちの良い人間といったものだったが、今は思わず別人かと思いたくなるぐらい覇気がなかった。


「う~ん。どれも変異種だったのは、運が悪かったと言えますが、それでもフォローはしづらい結果ですね」

「ううう……。面目ありません……」


信護の言葉を受け、無念さを滲ませながら、警備責任者が謝罪する。

フォローしようにも、言葉に困ってしまう現状に頭を抱えてしまいたいのだが、今はそれよりもやる事があるため、自重する。


「死人がいなかったのは、不幸中の幸いと思いましょう。こうなったら、撤収の準備を進めつつ、出来るだけデータを取らなくては」

「はい!可及的速やかに進めます」

「ところで、つかぬ事を伺いますが、何故、支給されていた"アイテム"を使わなかったのですか?こういった時のために、配られたはずですが?」


信護には、どうしても腑に落ちない事だったため、忙しいとわかっていながらも、尋ねる事にした。

すると、意外な事を聞いたとばかりに目を見開いた。


「ええっ!"アイテム"……ですか?そんな話は届いていませんが……」

「何ですって……。書類上では、レーザー兵器に当たる"アイテム"を始め、いくつかの"アイテム"が支給された事になっているんです。それを有効に使えば、また事態も変わったはずなんですが……」


戸惑いながらも、自分の認識を説明すると、警護責任者は、怒気を孕みながらも、暗い顔で答えた。


「そうだったんですか……。しかし、もし"アイテム"が手元にあったとしても、どこまで我々の部隊が活かせたかは、わかりませんね……」

「どういう事ですか?」


訳がわからないと聞き返す信護に、警護責任者は、皮肉混じりに答えを吐き出す。


「派閥争いですよ。最近、組織のパワーバランスに変化が起きています。実を言うと、我々の部隊は、その煽りを受けてか、最近では"アイテム"を使用した訓練を、やらせてもらっていません」

「なっ!そ、そんな事があったなんて……」


思ってもみなかった言葉に驚愕する信護だった。

そんな信護を尻目に、警護責任者は思う所を口にする。


「みっともない言い訳にもなりますので、ここだけの話ですが、最近は、演習の回数も減り、新たな戦術を試せる機会が減りました。また、情報や装備の流通も滞りがちで、難儀しています」

「では、コカトリスの変異種については……?」


信護の問いかけに、ゆっくりと頭を振る。

唖然とする信護に、警護責任者は、憂いを帯びた懸念を口にする。


「今回のが、何かの手違いならいいのですがね。ただ、もし誰かの意図だとしたら、冬崎さん達も、巻き込まれている事になります。ご注意を」

「……はい。貴重な情報を、ありがとうございます」


警護責任者と別れ、巫咲達と合流すべく歩き出す信護だったが、足取りは重かった。


(何かの手違いなら、いや、それはそれで問題だけど、まだマシだ。これが誰かの悪意からだとしたら……)


暗い面持ちで、歩いてきてしまったからだろう。

巫咲の心配そうな顔が出迎えた。


「どうしたの、信護くん。貧乏神に取り憑かれたような辛気臭い顔をしてるわよ」


信護としては、迷っていた。

今仕入れた情報を、巫咲に告げた方がいいのかを。

まだ裏付けも取れていない情報なため、今伝えては余計な混乱を招くかもしれない。

しかし、知らない事で、罠に嵌まる可能性も捨てきれない。


信護が黙ったまま俯いていると、唐突に両手で頬を挟まれ、力ずくで上向かされる。

その行為に驚き、目を丸くしていると、巫咲はジト目で信護の瞳を見つめていた。

思わず巫咲を見つめ返すと、自分の姿が巫咲の瞳に写っている事に気付く。

こんな至近距離で見つめ合った事はなかったため、ドギマギしていると、諭すような響きを秘めて、鈴の音の声が信護の耳をくすぐった。


「信護くんには信護くんの考えがあるだろうから、私も無理に聞き出そうとしないわ」

「巫咲さん……」

「でもね、何か苦しい事があったら話してみると、楽になる事があるわ。もし、私が重荷に感じるんじゃないかと思ったのなら、それは過保護過ぎ。私は情報にどっぷり浸って、自分の行動を決めたい女なの」


そう言うと、信護の頬を引っ張り、いじくり出す。

さすがに困るため、抗議するように、彼女の名前を呼ぶ。


「ちょっ、巫咲さん」

「クスッ。信護くんは、難しい顔しているより、慌てふためいた顔をしていた方が、可愛いいわよ」

「男に可愛いは誉め言葉じゃないですよ……」


巫咲の言葉に思わず頬を染めながらも反論する。

そうしながらも脳裏によぎるのは、さっきまで悩んでいた事に、答えを得たような気持ちだった。


(ははっ。そうだよな。何悩んでいたんだろう。巫咲さんはただ守られるだけの存在じゃないのに)


「巫咲さん。後でお時間を頂きます。伝達事項がありますので」

「わかったわ。でも、何はともあれ、今はあれね」


巫咲の言うあれとは彼女の視線の先にあった。

コカトリス達が仲良くモグモグと目の前に植物群をついばんでいる。

あれから二匹増えて計4匹となった。

その光景を、恭子は恍惚とした様子で映像に記録している。


「あれ?そういえば、映像記録に残せたんだっけ?情報を遮断する何かがあるんじゃなかったの?」

「データを長距離で送受信する場合、妨害電波でも出ているのか、問題が生じますね。近くで直に撮影した場合は、影響を抑えられます。最も、いつの間にかデータが消えてるという、謎の事例が発生する事がありますが。我々はそれを、グレムリンの仕業と呼んでいます」

「へー。そうなんだ」

「ふっふっふ。こんな近距離で撮影出来るなんて、凄い幸運ですね〜。まずあり得ませんから。えっへっへ」


少々心配になる恍惚な笑みを張り付け、だらしなく笑う姿は、普段のイメージを破壊する威力が十分あったが、スルーする事にする。

それよりも気になる事を尋ねる事にした。


「あり得ないというのは、ここまで近づけないという事ですか?」

「そうですね。人間に気付いたら、まず威嚇し、それでも立ち去らなかったら、実力行使に出るのが一般的です。で、寄せ付けないと。あいつら、結構気配に敏感みたいなんですよ。最も、遭遇する事が今や少なく、更には生きて帰ってこれた者は、もっと少ないため、データが少な過ぎて、断言出来る程ではありませんけど」

「という事は、目の前の事態は、異常な出来事という事ですか?」

「そうとも言えますね。少なくとも、私は初めて見たし、聞きました。ああ、凄い。これを見たら、皆驚く事請け合い、唖然呆然待ったなし。おお、さっきから思い切りの良い排泄ぶり。健康な証拠ね。素敵」


糞を盛大に排泄している姿にさえ、黄色い声を上げる恭子を見て、これは打つ手なしとばかりに頭を振る。


信護が横にいる巫咲を見ると、同様に呆れた様子だったが、すぐに何かを思い出したような表情を浮かべ、恭子に近寄り、その肩に手を置く。


「ねえ、あいつらが出してる糞も、サンプルとして持って帰ったら?」

「ええ、ええ、もちろんです。いやあ、ご指摘ありがとうございます。危うく忘れる所でした。何せ、同伴した研究員が、運悪く怪我してダウンしているため、人手が足りてないもので」

「なら、私が行ってきてあげる。あそこのだったら、たぶん、大丈夫でしょ。ここからと同じくらいの距離だし」


そう言ってたかと思うと、器具を手にして、足早に向かってしまう。

その巫咲の行動に慌てたのが信護だ。


「ま、待って下さい。危険が伴う事は、極力謹んで頂かないと。巫咲さんはご自身でも言われた通り、重要人物なんですから。藤堂さん達、巫咲さんを止めて下さい」


慌てて駆け寄り、藤堂達が巫咲を押し留めている間に、その手から採集器具を取り上げ、信護が代わりに行う事にする。

大丈夫だから、過保護過ぎるからという抗議の声が、後ろから聞こえてくるが、黙殺し、慎重に目的物に歩み寄る。


移動しながら食事をしているため、コカトリスの現在地から幾分離れており、恭子達の距離と同じくらいだった。

ちなみにコカトリスの内、3匹はゆっくりと草をついばみ、残りの1匹は、地べたに寝そべり、くつろいでいる。


排泄物は、象を糞を思い出させる類いの物だが、パッと見ただけで、消化仕切れていない草が目立った形で混じっていた。

臭いはさほどではないのが幸いだが、好んでやりたい作業ではないだろう。


信護は警戒しながらも、大量に鎮座している排泄物の一部を採集し始めた。

その作業を行う内に、ある傾向に気付く。


(もしかして糞に混じっている草は、特定の種類だけじゃないか?)


好奇心に駆られ、範囲を広げて調べてみると、やはり特定の種類だけのようだ。

コカトリスの食事風景をよく観察してみると、ある草は避ける一方で、特定の草は集中して食している。

避けられた草の多くは、コカトリスが移動する過程で踏み潰されていたが。


その光景を見て、信護はある仮説を閃いたため、急いで巫咲達の元へ戻る。

戻ると、信護が閃いた事を、丁度話していた。


「やっぱりコカトリスは、一部の植物だけを食べてるわね」

「はい。そういった特定の植物のみを食べて生きる生物は、珍しくはありません。ここで注目すべきは、今食べている植物が、私達が求めている可能性が高い事です」

「やっぱり気付きましたか。ではこれで、答えに近づけそうですか?」


信護はそう言って、巫咲に採集して来たサンプルを渡す。

受け取った巫咲は、さっそく取り出し、解析にかける。


「いいですね、それ。そういう能力があれば、機材や施設の確保なんていらなくて済みますし」

「言う程便利じゃないらしいですよ。気を付けないと、余計の事まで聞いちゃって、心をあらぬ世界に持ってかれちゃうとか言ってましたし」

「ひえっ。何ですその唐突なホラーな話!?」


巫咲は集中しているため、代わりに信護が答えると、悲鳴混じりの質問となって返って来る。

信護はそれ以上は答えられないため、後は沈黙を答えとして、巫咲を見守っていると、1分くらいで解析を終えて、我に返っていた。


「早いお帰りですね、巫咲さん」

「まあね。中身がほとんど詰まってなかったもの。でもこれで確信したわ。ヘンルーダはあそこにあります」


巫咲の指し示し先は、現在進行形でコカトリスがゆっくりと頬張っている植物郡をだった。


「予想していた答えでしたが、取りには行けませんね」

「いーえ。そんな事ないわよ。あの鶏達の前菜タイムは、もうじき終わるでしょうし。後は、私達が好きに摘んでも、目もくれないでしょうね」

「え……?そうなんですか?本当に本当に、絶対的に安心安全だと、そうおっしゃるので?」

「嫌な聞き方ね……。この世に絶対はない。でも、今言った事は、限りなく"ない"に近いと保証してあげる」


恭子のねちっこい聞き返し(壁を超えると遠慮がなくなるらしい)に、本当に嫌そうな顔をしながらも、自信満々にそう言い切った。


その少し後、コカトリス達は食事を止め、体を動かすのも億劫な様子で寝そべり出す。

その様子を受け、厳正なくじ引きの結果、新人の河本隊員が実行者に選ばれた。


最初こそ泣きべそをかいていたが、熱苦しい説得劇場の末に、逆にやる気満々となり、意気揚々と進んで行った。

コカトリスのすぐ側を通る際は、さすがに緊張した面持ちであったが、臆する事なく歩き続けると、最初こそは瞼を気だるげに上げたがそれだけで、後はまったく反応を示さなかった。

その様子に気を大きくした河本隊員は、持てる限界まで採取し、堂々と帰還したのである。


藤堂は涙を流しながら締め上げるレベルで喜びを爆発させ、他の隊員たちも狂喜乱舞した。

正に胴上げせんばかりに盛り上がっている一部の界隈は放って置くとして、さっそく採集して来た植物を解析した結果、見つけたと高らかに宣言する巫咲の声が響き渡った。


「やりましたね。不幸はありましたが、目標達成は素晴らしい結果です」

「その素晴らしい結果も、コカトリスのおかげだけどね」

「ヘンルーダ以外に、栄養分豊富な"準アイテム"も見つかったのは、嬉し過ぎるおまけですね〜」


口々に喜びをあらわにすると、巫咲は今度は打って変わって、厳しい顔付きの仕事モードに切り替わっていた。


「さあ、目標達成ね。では速攻で帰るわよ。さすがに準備は終わって、いつでも帰れるようなってるでしょうしね」

「え?まだですよ」

「…………は?まだ?」


巫咲は彫像のように凍り付くと、再起動までの間、美しいオブジェとなり、君臨し続けるのだった。

読んで下さりありがとうございました。

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