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中間地帯にて、過去を思い出す

かなり大規模な調査団になった。

前もって打ち合わせを重ね、手配をする時間があったのが功を奏したのだろう。

人員充分、装備充実、準備万端という赴きだ。

これ幸いとばかりに他の研究員も参加する事になり、当初の予定を大幅に上回る規模となったのだ。


この施設に常駐している研究員も、フィールドワークは気軽に行えない。

常に危険と隣り合わせ故に、いざ行くとなると、手続きやら準備やらで、膨大な手間と時間が必要になるからだ。


そのため、この機会を逃さないとばかりに、我も我もと同行希望者が殺到したという。

最も、同行希望者の目当ては研究目的ばかりではないようで……。


「ねえ、信護くん。ここの人達って記念写真を撮るのが好きなのね。会った人達と一緒にたくさん写真を撮っちゃった」

「……。ちなみに私は一度も一緒に写真を撮ってくれとは言われていないので、必ずしも記念写真好きとは限らないかと」

「え、そうなの?まあ、信護くんはとっつきにくい雰囲気があるから、話しかけづらかっただけじゃないの」

「はは……」


信護は乾いた笑いを浮かべながら内心でぼやく。


(相変わらず巫咲さんは自分の人気に鈍感だ……。引きこもった生活送ってる癖に、SNSをやらないしなあ)


今の所ではあるが、この国唯一の”アイテム”鑑定士という事で、滅多に表舞台に出ないにもかかわらず、有名人なのだ。

その上、少ないが存在する映像資料から、外見が見目麗しい事が知られているため、ファンも実は多かった。


「私って自分が思っている以上に人に好かれる女なのかも。うふ。うふふふふふ」


ニヤニヤ笑いが抑えられないといった姿の巫咲を尻目に、警備責任者と打ち合わせを信護は始めていた。


「巫咲さんには研究員であろうと決められた人間以外は近づけさせないで下さいね。先方にもその話は通しています。あ、これがその近づいていい人間のリストです」

「ありがとうございます。ふむ……。今回もこれだけでいいんですね?」

「ええ。安全には変えられません。ファン達には遠巻きに眺めるで我慢してもらいましょう」


安全上のため、巫咲と接する事が出来る人間は事前に決めてあるのだ。

先程巫咲は会った人達にたくさん写真を求められてご満悦だったが、それ以上の人数に実は求められている事を知ったら喜んでばかりいられるだろうかと考えてしまう。

彼女は人混みを苦手としているのは、普段の隠居生活でもわかっているからだ。

だが、その事実は信護に一抹の安堵感も同時に与えていた。

しかし、信護はそんな自分に気付き、動揺する。


(会う人を限定しているのは警備上のため、仕事だからだ。そこに別に私情はない、はずだ……!決して、出会いの機会を恐れてではない……)


誰に問われたわけではないが、自分に言い聞かせるように内心独り言ちる信護を、さっきまで打ち合わせしていた警備責任者は不思議そうに眺めていた。

警備責任者は、時々こうやってフリーズしちゃうんだよなあと思いながらも、この後の部下との打ち合わせも考えると、ここでボーっとしているわけにもいかないため、呼びかける。


「えっと、冬崎さん!これ以上連絡事項がないようでしたら、私は戻らせていただきますが、よろしいですか?」

「え、あ、はい。結構です。すみません。考え事をしていました」


そんなやりとりを眺めていた巫咲は、呆れたように信護をたしなめる。


「もう、信護くんてば。朝っぱらから気が抜け過ぎよ。もっとシャキッてして」

「は、はい。すみません……」


格好悪い姿を見せてしまったと思いながら、自分のやるべき事をこなしていく。

ちなみに、巫咲は既に自分の準備を終えており、退屈そうに欠伸をしている。

そんな風にあれこれとやっている内に出発の時間となり、一路、ヘンルーダがあると思わしき植生地へと遠征が始まった。


その過程で、巨大アリに齧られそうになったり、巨大な蜘蛛の巣に絡まったり、隠れ沼に嵌ったり、歩道に迷ったりと冒険を繰り広げる事になったが、それは閑話省略。


とうとうヘンルーダも植生地と思わしき地に辿り着いたが、その目に前にある光景に、思わず信護達は言葉を失ってしまう。


「これは…………」


目の前には、巨大な草花の植物群が、山の如く視界を覆っていた。

背丈は人間の身長を優に超え、見上げるばかりだった。

そんな圧巻の光景を見て、誰もが言葉を失う中、巫咲が声を絞り出す。


「すっごい……。まるで恐竜の時代に紛れ込んだみたいね」

「こ、ここまで巨大とは聞いていませんでしたが……。どうなっているんでしょう」


戸惑う二人に、すぐ近くにいた恭子が慌てて釈明の言葉を発する。


「わ、私もこれは想定外です。ちょっと前まではここまでの大きさではなかったのですが……」


同行していた研究者の一人が、ブンブンと首をもげんばかりに相槌を打っている。

そんな中、ある研究員が思い出したと大きな声を上げる。


「そうだ。カメラを設置していたんです。そこに何があったかの映像が残っているはずです」

「あ、そうでしたね。どこに設置していたんでしたか?」

「はい。そこの樹木の近くに……。あっ!」

「……回収できるチャンスに望みを託しましょう」


その研究員が指さしたその先には、巨大化した植物の密集地帯が鎮座していた。

それを見て、誰しもがため息を付いた事は言うまでもない。

そんな戸惑う一行に、一早く気を取り直した恭子が、キリリとした面持ちで皆に指示を飛ばす。


「とにかく、いくら巨大化していようが、我々の成す事は変わりません。むしろ、これは研究者としてチャンスと思いなさい」

「所長代理……」

「各々の役割を果たしましょう。早速サンプル採取の用意や野営地の確保を始めて。あっ、この巨大化の広がりがどこまで続くかわからないから、念のため、予定よりも距離を取った場所で野営地を作りましょうか」

「わかりました。所長代理」

「この異常事態を観察したいのは山々ですが、状況次第では予定よりも早く撤収せざるを得ないかもしれません。ですので、迅速にやるべき事を始めて下さい」


恭子の指示を受けて、慌ただしく一同動き出す。

そんな中、恭子は申し訳なさそうに信護と巫咲に話しかけた。


「本当を言うと、初日はもっとゆっくりしたかったのですが、そうも言ってはいられなそうです……。ですので、皆さんにも早速ご協力して頂きたいのですがーーー」

「ええ、そのつもり。仕方ないわ。出来る事からちゃっちゃと始めましょう」


恭子の言葉を最後まで聞く事無く、全てわかっているといわんばかりに頷き、やる気をみせる巫咲に嬉し気な様子の恭子だった。

信護はその傍らで、黙々と荷物から必要な物資を取り出していた。

予定外の事態には慣れたものであり、今回はやる事がわかっているため、いつもに比べたら楽なものだと言わんばかりの滑らかな動きを見せる。


そうして、まず目の前にあるとげとげしい葉が特徴の植物から取り掛かることにした。

目の前にある巨大な草は、特徴が異界の住人から教えられていた事といくつかの相違点があり、目当てのヘンルーダでない可能性が高かったが、元から他の植物もついでに解析する予定だったため、構わなかった。


そもそも、候補の植物の元に辿り着こうにも、巨大化した他の植物群が行く手を阻んでいる状態だったため、刈り取りながら進むしかないのだ。

信護達のすぐ傍には、刈り取るための刃を煌めかせた実働部隊が控えている。

こうして、緑の大海に挑む刻が始まったのだった。


その後、どれくらいの時間が経過しただろうか。

空では陽が西へと落ち始め、今日という日の黄昏を迎えている。

周囲では闇が侵食を始めており、設置された灯りが、煌々と辺り一帯を照らす事で、懸命に闇から抗っている。


「ふーっ。なんか思ったよりも進まなかったわね」

「しょうがないですよ。色々アクシデントが重なったんですから」

「いやー。まさかあんな大きな芋虫が出て来るなんてねえ」


しみじみ呟いた巫咲がちらりと視線を見やると、そこには倒れ伏した研究員が眠りに着いていた。


「でも、いくら巨大芋虫にのし掛かられたからって、あんな風にお寝んねしてるようで、ここの研究員なんて務まるのかしら?」

「それはそうですね。新人なのかもしれません。精進して頂かなくていけませんね」


信護は記録長を手にしながら、巫咲の言葉を受けて肩を竦める。

二人が言いたい放題の中、恭子が意外な見解を示して来た。


「進まないと言っても、初日としては上々な滑り出しです。明日もこの調子でいきたいですね」

「そんなもんですか?」


ニコニコ顔で恭子が言ってくるのを受けて、意外そうに聞き返す信護だった。


「ええ。悪くないペースですよ。……それにしても、意外でした。春野さんの鑑定方法ってああいう形なんですねえ」

「ええ。私も最初見た時は驚きました。あそこだけ見ると、人によってはボーっしてるだけと思われてしまうかもしれません。でもこれで、あまり公開したがらない理由もわかるでしょう」

「ええ、はい。そうですね。まさか、”アイテム”かもしれない物を持ったまま、じーっ見ているだけなんてね」


苦笑いをしている二人に対し、巫咲は不本意と顔に出しながら、反論する。


「ちょっとぉ。しょうがないでしょ。色々試したんだけど、ああやるのが一番良いんだから!」

「まあまあ。怒らないで下さい。一般論を言ってるだけですから。だいたい、巫咲さんも言っていたじゃないですか。これじゃあ、不思議ちゃんみたいねって」

「うっ!ま、まあそうだけど……」


言い返す事が出来ず、バツが悪気に下を向いた巫咲に、恭子が興味津々に問いかけて来た。


「でも、不思議ですね。手に取り、じーっと見つめ続ける事で、"アイテム"が使い方を教えてくれるなんて」

「使い方を教えてくれるというのは、あくまでイメージよ。実際に会話をしているわけじゃないわ」


恭子の言葉を訂正する巫咲だが、そう言われてもいまいちピンと来ない様子だ。

その様子に自分と同じだなと、しみじみ思う信護だった。

信護の脳内では、巫咲の能力について初めて知った時の、かつての情景が思い出される。


それは、巫咲の担当になり、挨拶に訪れて早々の事だった。

巫咲がいきなり自分の目の前で、”アイテム”を見つめながら固まってしまった。

とにかく見ててと言われていたため、言われるがままに見守っていたが、一時間近く心ここにあらずといった形で微動だにしなかった。


その間信護は、最初こそそんな巫咲を黙って見ていたが、刻々と時間が経つにつれ、その姿勢でまったく動かない巫咲の事が心配になり、気が気でなくなっていった。


僅かに呼吸をしているため、死んでいるわけではない事ぐらいはわかる。

だが、何かの発作を起こし、失神等の異常事態に陥ってしまっているんじゃないかいう懸念が生じ、救急車を呼んだ方がいいか、上司に連絡して指示を仰いだ方がいいかと、あたふたしてしまった。


そうこうしていると、突如、巫咲の瞳に光が戻り、それまでの硬直状態がなかったかのように、体を動かし始めた。

呆気にとられた信護を余所に、テキパキと動いていると、巫咲は呆れたように信護を注意する。


「ちょっと、冬崎くん。そこでボーっとされていると邪魔なんだけど」

「その言葉、ちょーっと気にしますね」


さっきまでボーっとしていた人間に言われたくないという気持ちが、全面に顔に出ていたのだろう。

巫咲が恥ずかしそうに頬を染めながら、弁解する。


「だ、だから言ったでしょ。変に思うだろうけど、とにかく最後まで見ててって。これが私の解析スタイルなの。こうやっていると、そのうち”アイテム”の事がわかるんだってば。……まあ、これじゃあ不思議ちゃんみたいに見えちゃうだろうけどね……。だからあまり人前ではやりたくないのよ。でも、色々試した結果、これが一番いいんだってば」

「なぜ”アイテム”をずっと見ていると、使い方がわかるんですか?」


信護の至極最もな質問に、巫咲はどう言っていいか迷い、逡巡した上で、観念したように口を開く。


「自分でもはっきりした事は言えないのよ。ただ、これは感覚的なものなの。直感的にこうすればわかるって、いつの間にか理解しているのよ」

「はあ。テレパシーでも使えるんですかね」

「さあ?私の事を調べたお医者さんや、科学者の皆さん達も、首を捻っていたわ。ただ、私から言える事は、いつしか頭に浮かんでくるという一点だけ。不思議な話よねえ」

「ええ、確かに。これで何も成果を出せない人でしたら、とっくの昔にお払い箱でしたでしょうけど、現実に成果を出してますからね。でもなるほど。その解析方法を真似できる人間がいない理由がわかりましたよ」


このやりとりを、まるで昨日の事のように信護は思い出す事が出来る。

巫咲と恭子のやりとりを見てると、そんな過去の記憶が自然と再生されるのだった。


読んで下さりありがとうございました。

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