↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白樫騎士寮の旦那さま――隊長を婿に迎えようとしたら、寮生たちの様子が何だかおかしい  作者: 遠野 文弓


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/10

10.生活

 白樫(シラカシ)騎士寮は、何も変わらず騒がしいものでした。

 朝の食堂では、長卓にすでに何人もの騎士さまが集まっていらっしゃって、その真ん中にアルノーさまがいらっしゃいます。


 昼食の支度が始まるより先に、午前中の用事はあらかた終えられました。事務室で明日以降の予定を確認しておりますと、開いたままの扉からアルノーさまが顔を覗かせます。


「マーガレット。今日の昼は空いてる?」


「昼食のあとでしたら。夕方に一件、納品の予定がありますが」


「じゃあ、それまでに戻るならいいのかな?」


「ええ。何かございますか?」


「ちょっと町に出ない?」


「何かご入用ですか?」


「ないよ。ただの散歩」


「まあ」


 夕方の納品まではまだ時間があります。わたしは机の上の予定表をもう一度見てから、アルノーさまへ向き直りました。


「ぜひ、ご一緒させてくださいませ」


「よかった」アルノーさまは嬉しそうに笑いました。「行きたいところはある?」


 行きたいところと言われても、すぐには浮かびません。町へ出るときにはいつも用事があります。考えてみれば、散歩などほとんど記憶がございません。

 どこへ行きたいかとあれこれ考えてみて、一つだけ思いつきました。


「……以前、ロベールさまのお宅へ伺ったことがございますでしょう。そのとき、坂をずいぶん上ったのです。そうすると、海が見えまして」


「ああ」


「あの道の先へ行ってみたいです」


「いいねえ」


 アルノーさまは、すぐに(うなず)かれました。


 *


 昼食を済ませてから、わたしたちは白樫(シラカシ)を出ました。

 商店の並ぶ通りへ入ると、人通りがぐんと増えます。以前、ダニツァさんとここを通ったときにも同じ道を歩きましたが、その日はロベールさまのお宅へ急いでいましたから、店先をゆっくり見ることはありませんでした。


 馬具屋の軒先には、鞍や手綱に交じって、馬の額につける飾りがいくつも吊るされていました。赤や青の房の先で、小さな真鍮の飾りが揺れています。その一つが風に回って光ったので、わたしは歩きながらそちらを振り返りました。


 数歩先を進んでいらしたアルノーさまが、足を止めました。


「欲しいの?」


「馬も持っておりませんのに」


「じゃあ、馬から買わないとな」


「大きすぎる買い物ですね」


 アルノーさまは笑って、また歩き出されます。わたしもそのあとに続きました。

 通りを抜ける頃には、人の流れも少なくなってきました。細い横道へ入り、石敷きの坂を上ります。


「ああ、ここからも行けるんだな。いつも別の道を通ってたよ」


白樫(シラカシ)から向かうには、少し遠回りですものね」


 ロベールさまのお宅に伺う前に職人を呼びに行ったからこそ通った道です。そうでなければ、わざわざ通ることもなかったでしょう。

 そのまま並んで坂を上っておりますと、アルノーさまがふと思い出したように口を開かれました。


「前にさ、手は出さないって約束しちゃったでしょ」


「そうでしたか? わたしは、それでは困ると申し上げましたよ」


「そうなんだよねえ。あれ、俺が勝手に決めただけだったんだよな」


 アルノーさまが何か続けようとしたところで、坂の上から車輪の音が聞こえて参りました。見上げると、樽をいくつも積んだ二輪の荷車が、馬に引かれて下ってくるところでした。


 アルノーさまが、ごく自然に、わたしのほうへ左手を差し出しました。

 手を取りますと、アルノーさまはわたしを引き寄せるように道の端へ下がりました。ご自身は荷車の通る側に立ち、二人で立ち止まって荷車をやり過ごします。


 荷車が過ぎたところで、アルノーさまにゆっくり手を引かれて、そのまま二人で坂を上ります。


 先にロベールさまのお宅の大きな庭木が見えてきましたが、今日はそのまま通り過ぎました。

 そこから先は、わたしも知らない道です。


 坂を上るにつれ、家々の屋根が下のほうに見えるようになりました。風も強くなってきます。

 やがて道の右側の家並みが途切れ、視界が大きく開けました。


 赤茶けた屋根が坂の下に重なって、その向こうに海がありました。

 家々の隙間から見たものよりも、ずっと広い海が。


「うーん。なかなかいいね」


 アルノーさまは海のほうを向いて、眩しそうに目を細めていらっしゃいます。

 わたしもその隣で、海の岸に近いところは明るく、沖へ行くほど色が深くなっているのを眺めました。

 髪が風に煽られ、頬へかかるのを手で押さえました。ふと隣を見ますと、アルノーさまの髪もずいぶん乱れていることに気づきました。


「アルノーさま」


「うん?」


「後ろがほどけておりますよ」


 片手で髪を押さえながら、アルノーさまは困ったように笑われました。


「散歩のつもりで油断したな」


 坂の先へ目を向けると、道は少し先で右へ曲がっています。わたしはその角を見てから、またアルノーさまを見上げました。


「あの角のほうまで行ってみませんか」


 アルノーさまは、わたしの手を握ったまま笑いました。


「いいね」


 わたしたちは、また坂を上り始めました。



【了】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。