エピローグ
牧夫の葬儀、そして四十九日も滞りなく終わり、私はしばらくのんびりと休暇を過ごしていた。
今はディナーのあとのコーヒータイム。
一口、カップに口をつける。
ふと、サイドボードの上に飾られた写真が目に入った。
「……」
若いふたりは、幸せそうな笑顔をこちらに向けている。
まあ、別れたときに一度、真っ二つに破いたから、セロテープで貼り付けたんだけどもね……
なぜだか、捨てることができなかったのよ。
ううん……
ほんとは、理由なんてわかっているわ……
私は窓を開けると、空を見上げながら思いっきり空気を吸い込んだ。
「ふ〜、あれから30年かぁ……
ほんと、なんで、あんなバカと結婚なんてしたんだろう」
私はジュエリーボックスから、ひとつの青いリングを取り出した。
彼から、唯一贈られたもの。
―― それは、結婚して数日が経った、或日の夜……
『ほれ、風月よ。
これを見ろ』
眼の前に、青い輝きを放つ美しいリングが差し出された。
『きれいな指輪!
ブルーゴールド?』
『いや、違う。
ちっちっち』
眼の前で人差し指をチラつかせるその仕草が、妙に鼻につく。
『アンタがしても全然格好良くないのよ!』
全力否定しても、牧夫は平然と話を続けた。
『ブルーゴールドは、金46%+インジウム54%の組み合わせが有名じゃが、それでは、ここまで濃い青にはならん。
それに耐久性に難もあるからのう。
これは、ワシのオリジナル金属、その名も【スーパードラニュームZ】!』
『わざわざ、指輪のために作ってくれたの!?』
迂闊にも、私は少しだけ感動してしまった。
『いや、今、開発中である人工知能のボディにと思ってのう。
この指輪は、ついでじゃ』
バッコーンッ!
私は牧夫の顔面を思いっきりグーパンした。
『あんたねえ!
そこは嘘でもお前のためって言うところでしょうが!』
『そう怒るな。
結局、どう言葉を添えようが、この指輪を渡すことに変わりはないじゃろうが』
『ほんとに、アンタのそういうところよ!
なんでもかんでも科学と結びつけて!』
『少し、話を聞け。
これは素晴らしい金属でな。
形状を記憶するだけでなく、画像もじゃな……
この指輪の中には……』
『うるさ〜い!
そんなのどうだっていいのよ。
科学の本ばっかり読んでないで、たまには恋愛小説でも読みなさい!
私はもう寝る!』
結局、私は牧夫の話を最後まで聞かなかった。
―― あのとき、アイツは何を言おうとしてたんだろうか……
私の頬を涙が伝う。
「あれ?
アイツのこと考えたら……
よしっ!」
私はパンッと手を叩き、車のキーを握りしめた。
「高速を使えば一時間ぐらいかな?」
はやる気持ちを抑えながらも、私はアクセルを思いっきり踏み込み、目的地を目指す。
なんだか無性にあの場所へ行きたくなった。
いや、行かなければならない気がした。
原則もほどほどに、勢いよくETCを通過する。
家を出てから50分後、目的地に到着し車を降りた。
観光地でも、なんでもない、小高い丘の上にある小さな公園。
柵の向こうには街の明かりが灯っている。
私と牧夫は、この地で育った。
アイツは私の一つ上の先輩だった。
―― 牧夫を初めて見たのは高校のときの文化祭。
なんたら研究会と称して、怪しげな実験教室を催していた。
当然、誰も見向きもせず、教室の前を通過する。
牧夫は、腕組みしながら受付に座っていたのを、今でもなんとなく憶えている。
二回目は大学のとき。
研究棟の廊下を歩いていたとき、前方の部屋から、教授らしき人物の怒鳴り声がしたかと思うと、見覚えのある人物が、ぶつくさと不貞腐れた態度で扉を開け廊下に出てきた。
藤春牧夫である。
『なぜ、教授はワシの話を否定する。
なぜ、この理論が理解できんのじゃ。
おい、そこの君も、そう思わんか?』
突然話しかけられた私は頭にクエスチョンマークを浮かべながらも、気がつけば、半ば強引に、中庭のベンチで彼の話を聞かされていた。
『ここまでで、何か質問があるかのう?』
『なんで、ワシって言うんですか?』
『聞きたいのはそこかあ……
ワシって言うほうが、お茶の水博士っぽいじゃろう。
カッカッカッカッ』
『アトムかい!』
私は、そのときの、屈託のない笑顔を今でも憶えている。
彼との不思議な関係はそれからである。
彼は大学院に進んだが、私は大学卒業後、製薬会社に勤めた。
数年後、彼が海外に渡ることになり、私も彼のあとを追った。
狭き門ではあったが、彼の口利きもあって、私も同じ研究所に勤めることができた。
彼にプロポーズされたのは、それから一年後のことである。
ふたり揃って休暇をとり、実家のあるこの地に戻ってきたある夏の夜。
私たちが、高校の頃からよく足を運んだこの公園で、牧夫は少し顔を赤らめながら言った。
『日本に帰ってきたことじゃし、ついでに籍でも入れていこうか』
『アンタ、もっと気の利いた言葉なかったの?
ハァ〜』
『う……う……
つ、月が……』
『月がどうしたのよ』
『月は地球の衛星じゃ』
『ばっかじゃないの?
当たり前じゃない』
今思うと、あのときのアイツは、いっぱいいっぱいの気持ちで、言葉を振り絞っていたんでしょうね。
――私は牧夫とあの日、並んで座ったベンチに腰掛けた。
「あれ!?
また涙……」
目から涙が溢れ出さないように、空を見上げた。
「ダメだ」
両手で顔を覆い、私は泣き崩れた。
「どうして、また独りにするのよ……」
私は涙を拭い、遠い空を見つめた。
偶然、流れ星が夜空を横切る。
そのとき、遥か彼方に、小さな物体が目に入る。
「UFO!?
……まさかね」
私が自嘲していると、その物体はフラフラとこちらに近づいてくる。
やがて、それがなんであるか、私にはハッキリとわかった。
「青いドローン!
牧夫!?」
私は両手を目いっぱい広げた。
ユラリ ユラリ
「もう少しよ」
柵の手前で力尽きそうになった小さなドローンに、私は思いっきり手を伸ばし、そして引き寄せた。
「アンタなのね」
小さなドローンは静かに二回点滅した。
時折、ボディの隙間からは、異音が聞こえ、今にも崩壊しそうなぐらいに苦しそうである。
一ヶ月半かけて太平洋を渡り、日本へ、いや、ここへ帰ってきたのね。
その小さなドローンを手のひらに乗せ、私がベンチに腰を下ろすと、上部の小さな扉が開いた。
そこには、牧夫の指輪が嵌められており、その横には私の指輪も填め込めそうな窪みがあった。
私は指輪を外し、その窪みに嵌めてみた。
クイーン
扉が閉じられると、空中へホログラムが映し出される。
そこには12本のバラ……
ダズンローズを両手で抱える、若かりし頃の牧夫の姿があった。
そして彼は、はにかみながら私に向かって囁いた。
「月が綺麗ですね」
プロポーズのあの日、私に言おうとしていた言葉はこれだったんだ。
この指輪の中に仕舞っていた言葉はこれだったんだ……
牧夫はこれだけを私に伝えるため、最後の力を振り絞ってここへ帰ってきたんだ。
私は小さなドローンを……
……いえ……
牧夫を力の限り、強く抱きしめた。
「月は、昔も今も、そしてこれからも、ずっと綺麗よ」
私の答えを聞いた牧夫は、最後に、力強く点滅したかと思うと、まるでゆっくりと目を閉じるように、静かに光は消えた……
「お帰りなさい。
そして……
お休みなさい」
ここまでお読みいただいた方々、ありがとうございました。
なんとか、最後まで書き上げることができました。
さて、わたしの目指すところは、マンガを読んでいるような感覚になれる小説です。
そして、エピローグは少し真面目に静かに閉じる。
作品を作るときは、最終回をまず最初につくり、ゴールを決めてから、ワクワクしながらそこに辿り着くという手法をとっています。
アタマの中でアニメを思い浮かべながら、それを文章にしております。
物語の最後は、風月が動かなくなった牧夫を抱きしめる。
「お帰りなさい。
そして……」
暗転して、最後は画面に文字だけで「お休みなさい」。
皆さまの心にも、 少しでも何かが残ってくれたなら幸いです。
まだ、他にも完結していない作品がたくさんありますので、これからも執筆活動を続けていきたいと思います。
仕事の合間に執筆しておりますので、なかなか更新できないときもございますが、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
marry




