Episode 14 記録されなかった世界史
部屋には、悠真とソフィアだけがいた。
モニターには、過去の転移関連記録が静かに流れている。
悠真は、不意に尋ねた。
「なぁ、ソフィア……異世界転移犯罪ってさ、いつごろからあるんだ?」
ソフィアは一拍置いてから、ドライに答えた。
「——最古の記録は、5世紀末期。
有名なところでは……悠真、浦島太郎の話を知っていますね?」
「……まさか、あれも?」
「そうです。亀に乗せられ、異界へ招かれ、時間の流れが違っていて、帰ったときには全てが変わっていた……典型的な“初期型転移症例”です」
悠真は言葉を失った。
「……誰も、それが“犯罪”だとは、思わなかったんだろうな」
ソフィアの仮想ボイスに、わずかな抑揚が混じる。
「信じたい物語は、真実よりも受け入れられやすい。
だからこそ、神話は“装置”として利用されてきたのです」
悠真は黙って立ち上がり、虚空を見つめた。
「……だったら俺たちは、“信じたくなかった真実”を見つける係、ってことか」
ソフィアの返事はなかった。
ただ、彼女のモニターの波形が、一瞬だけ揺れた。
ソフィアとの会話はまだ終わっていなかった。
悠真は、先ほどの「浦島太郎」発言の余韻を引きずりながら、ぽつりと問うた。
「……それじゃさ、歴史上の人物で、“異世界転移”に巻き込まれた人って、いるの?」
ソフィアの仮想ホログラムが一瞬、点滅する。
「推定は可能ですが、“確定”は困難です。
記録が曖昧であるほど、“転移の痕跡”は自然に紛れます」
「でも、誰かいるんだろ? “可能性あり”ってやつでいいから」
ソフィアはわずかに沈黙してから、表示画面を切り替える。
次の瞬間、いくつかの肖像画や古文書の断片が浮かび上がった。
「候補例——
・卑弥呼:30年近く消息不明だった期間あり、突如“巫女王”として再出現。
・平将門:討たれたあとも“首塚から話しかけてきた”という記録あり。
・空海(弘法大師):晩年に“大陸由来の異形書物”を所持していた記録。
・レオナルド・ダ・ヴィンチ:明らかに“時代錯誤”な設計図と思想。
・サン=ジェルマン伯爵:永遠に死なず、姿を変えて現れ続ける伝説」
悠真は思わず目を見開いた。
「なんでそんな連中が……?」
「“異世界転移”は、選ばれた者が望んでするものではありません。
“世界の隙間”に飲まれるほど、深く知を求めた者に——時に、転移は訪れます」
「……知を求めた代償、ってわけか」
ソフィアは、静かに同意の音を発した。
「“賢者”や“魔術師”と呼ばれた者の一部には、異世界での知見を“持ち帰った”者も存在すると見られます。
それが後に、技術・宗教・思想の“飛躍”として現れる場合もあります」
悠真の口元が引き締まる。
「……じゃあ、今の俺たちが向き合ってるのは、
神話でも、犯罪でもなく——“歴史そのもの”なんだな」
ソフィアの表示が、静かに光を帯びた。
「その通りです、悠真くん。
あなたが踏み込んだのは、“語られなかった世界史”の中です」
ソフィアの仮想映像は静かに揺れていた。
悠真は、まるで何かを覚悟したように、さらに一歩踏み込む。
「じゃあ逆に……誰か、“帰ってこなかった”有名人っているのか?」
ソフィアの光が、一瞬だけ陰る。
まるで、その問いそのものに“重み”があったかのように。
「……います。
ただし、ほとんどは“事故死”や“失踪”として記録され、
表向きには異世界との関係は完全に否定されています」
「たとえば?」
数秒の静寂。
そしてホログラムが映し出したのは、以下の名前だった。
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《未帰還者・記録不明リスト》(極秘指定)
•義経(源義経)
→ 奥州で自害とされるが、遺体未確認。実は異世界“ナズ・ベリム戦争”に召喚され、将軍として転用された痕跡。
•天草四郎
→ 島原で斬首とされるも、処刑後の遺体は「金属鎧に包まれていた」という謎の記述あり。異界神格化の初期症例。
•アメリア・イアハート(1937年失踪)
→ 太平洋上空で機体ごと消失。転移ポータルの干渉が濃厚。異世界にて「空の女王」として目撃例あり。
•ツングースカ隕石落下事件・周辺調査隊
→ 記録上は全員失踪。調査隊は“意識操作型ゲート”の実地踏破に成功したが、帰還不能となった可能性。
•織田信長(?)
→ “本能寺焼失の直前に、肉体の痕跡なし”という異聞あり。確証は乏しいが、敵対組織のプロト転移実験との関係が噂されている。
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悠真は、信じられないという顔で息を呑む。
「……それ、本気で言ってんのか……?」
ソフィアは感情のない口調で告げた。
「“歴史”とは、常に“記録されたもの”の集合体。
ですが、“記録されなかった現実”は……確かに存在します」
悠真の手が、無意識に拳を握る。
「……だったら。もし、その誰かがまだ“あっち側”にいるなら……
救い出すって選択肢も、あるんだよな?」
ソフィアの反応に、ほんの一拍の“間”があった。
そして、ゆっくりと光が収束し、言葉が落ちる。
「その問いに、答えを出すのは——あなたたち《探索人》です」
ソフィアがリストを閉じた直後だった。
ホログラムの光が消えると、部屋はほの暗い静寂に沈んだ。
悠真は、何かを噛みしめるように黙り込んだまま、ぽつりと呟いた。
「……もしかして、サン=テグジュペリも?」
その名に、ルナがわずかに眉を上げた。
芦屋も小さく反応する。
「……『星の王子さま』の?」
悠真は頷いた。
「第二次大戦中、偵察機で飛び立って、そのまま帰ってこなかった。
海上で行方不明になって、遺体も機体も長い間見つからなかった……
小さい頃、本読んでて、ずっと思ってたんだ。
“この人、もしかして本当にどこか違う星に行っちゃったんじゃないか”って」
ソフィアは一瞬の間を置いてから、静かに答える。
「……一件、該当事例があります。
当時のフランス軍パイロット“記録抹消処理済”。
“絵と文の記録”を持ち込んだ者の観測例、あり」
悠真の瞳が、わずかに揺れた。
「……マジかよ」
ルナが小さく呟いた。
「“心を持った旅人”……異世界では、そういう者のほうが生き延びることがあるのよ」
芦屋が静かに締めくくる。
「そして時に……
“そういう人”こそ、異世界で最も危険な“希望”になるの」




