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後編


 私は戦っていた。


 敗戦後も、ずっと、ずっと。


 アリアナ自由合衆国は帝国により解体。

 残された人々は組織的な抵抗を諦めて、各地で散発的にガーリア帝国の支配から祖国を解放すべく戦い続けている。


 シーラを撃ったあの日から、私は地上戦において無敗だった。


 最強ではない。逃げ足だけが早かった。


 たくさんの戦友を失っても、時に見捨てても生き残ることだけを考える。


 空を支配されて以来、できることはテロだけ。


 帝国の軍事施設に忍び込み、暴れるだけ暴れて、敵のドールに捕捉される前に撤退する。


 だから、もしシーラが復活していたとしても、彼女と顔を合わせることはできなかった。


 失うモノなどないと思っていたけれど――


 帝国管轄になった元、アリアナ自由合衆国首都アリアナス。04:01。


 今日は……夜明けとともに軍事基地を襲撃する。


 死ねば私はどうなるのだろう。

 大破しても、もう、次に魂が宿る機体が存在しない。


 国家そのものが無くなってしまったのだから。


 無線の周波数を秘匿回線に合わせる。


「作戦を開始します」

「…………」


 上官からの返事はいつもの沈黙。もう、どこにも繋がっていない無線。司令部も存在しないから、当たり前だ。


 人々の中には、支配を受け入れるべきだという声もあった。


 私に生き方は変えられない。


 もしかしなくとも、平和の敵になっている。


 それでも、戦うしかなかった。


 いつかどこかで、シーラが配備された基地にたどり着くまで。


「貴女にまた出会えたら、私が……いかに貴女がすごかったのかを……どれほど残虐で強くて美しかったかを、教えてあげます」


 帝国の基地に配備されている戦闘車両は、どれも戦車というには小口径の砲を備えた暴徒鎮圧用のものばかり。


 レジスタンス狩りに使われるものだ。


 格納庫に忍び込み、並ぶ車両のすべてに17ポンド砲を叩き込む。


 燃え上がる倉庫を出る。


 ここにも人食い虎はいなかった。


 戦果は十分。なのに落胆しかない。


 大局が決して、シーラのような高価で強力な陸戦兵器は不要になってしまったのかもしれない。


 戦いの時代は空へと移ったから。


 私たち陸戦型は、上空の敵にあまりに無防備だった。


 基地の機能を麻痺させるくらいに暴れて、私は下水道を経由して脱出する。


 空からの監視の目を逃れるために、ドブネズミのように逃げ隠れしてきた。


 地下を進んで十分に基地から離れたところで、湾に流れる下水口から外に出る。


 無線から声が響いた。


「止まれ」


 どこかで聞き覚えのある女性の声。


 正面に――


 海を背にしてドールが立ちはだかった。


 胸部装甲帯はさらなる厚みを増して、右腕の火砲は88㎜。長砲身化改修が行われていた。


 ニヤリと笑う彼女に、ついに……私は再会を果たした。


「シーラ……ですか?」

「なんでアタシの名を知ってんだい? 今日が初出撃だっていうのにね。このテロ野郎!」


 そっか。やっぱり……忘れたままなんだ。


「今までどこに?」

「気易いねぇ。ききたいのはこっちの方さ。央州統一が成って、これから帝国は世界を一つにしようって時に、国内でオマエみたいなのにウロチョロされちゃ困るんだ」


 火砲が私の胸を狙う。


「祖国のために戦うのがドールの使命です」

「国が無くなっちまったんだ。諦めな。アンタの機種は生産されてねぇ。復活させないよう、全部廃棄されたんだ。ここで大破したら終わりだよ」

「どうして撃たないんですか?」

「んなこと……わかんねぇよ。アンタの顔を見るまでは殺す気でいた。なのに……今日はトリガーが重たいんだ」

「故障ですか?」

「うっせえ! いつもいつも正論をごちゃごちゃとッ!!」

「いつも? 初対面なのに?」


 シーラは目を丸くする。


「そうだ……よな。なんでだ!? おかしい!! どうして……アタシはアンタを……知ってる気がする」

「私もシーラを知っているんです。以前の私の記憶は無いはずなのに」


 魂に記憶は受け継がれない。

 けど、彼女の88㎜に貫かれた時の痛みを、この胸が覚えている。


「アタシは……アンタのその17ポンド砲の味を知ってる」

「私もです。その88㎜に何度も……何度も何度も何度も吹き飛ばされました」


 互いに得物を向けあいながら。


 シーラが訊く。


「なあ、どうしてオマエはさ……そんなにしつこいんだよ? こっちはあれからさらに強化されたんだ。もう17ポンド砲でも抜けない装甲なんだ。勝ち目があると思うか?」

「機動戦になればどうです? 私には今日までの経験があります。この身体一つでずっと戦ってきましたから。けど、貴女は……違う」


 きっとシーラは、私を狩るために復活させられたんだと思う。

 ここで待ち伏せか。


 もう、私の動きを帝国は予測できるようになっていた。非対称戦争。散発的な行動。衝動的で刹那的なものでさえ、私の個人パーソナルを読み切られた結果が、今、目の前にシーラがいるという状況だ。


 私のことを良く知る誰かに、罠にかけられた気分になった。


 最後かもしれない。


「踊りましょうシーラ」

「う、動くなっつったろ!」


 私は駆けだした。

 出会った頃のシーラより砲塔の旋回速度が遅い。やっぱりだ。魂に身体がついていけない。


 改修されさらに長砲身の88㎜では、私を補足しきれない。


 右へ、左へ、跳ぶ。走る。


「貴女に二度目の敗北を贈ります」

「しゃらくせぇ!」


 威嚇するようにシーラは左腕を振り回した。左前腕に固定された7.62㎜の機関砲が火花を散らす。

 地面をえぐり砂埃を上げる。


 数発もらったけど、私の装甲を貫けない。結局は対人火器だ。弾幕は張るだけ向こうが不利になる。


 マズルフラッシュと白煙でシーラの視界が塞がったタイミングで、足を止め17ポンド砲を放つ。


 正面、直撃。


 彼女の大きすぎる胸はこれに……耐えた。以前のIカップを超えて、恐らくはKカップか。


 胸を押さえるようにしてシーラが笑う。


「やってくれるじゃねぇか。中戦車風情がさぁ!」

「貴女と戦うために今日まで私は生きてきましたから」

「嬉しいこと言ってくれるね。亡国の亡霊! アタシが引導くれてやるよ!!」


 88㎜が来る。戦場で磨き続けた感が、ギリギリで私を転進させる。直撃さえ受けなければ死なない。


 大破した先のことなんて、どうでもよかった。


 シーラとこうして対峙して、撃ち合う今が……楽しかった。


 彼女の胸に届くように、願いとともに17ポンド砲が火を噴く。


 二度、三度と直撃。シーラの足は遅い。かつての彼女も重鈍だった。回避運動を読み切って、さらにもう一発を叩き込む。


「どうです? 私、強くなれましたか?」

「クソが……アンタみたいなチビに手玉にとられるなんてな」


 こちらは一度のミスで終わり。それでいい。それがいい。

 シーラ。貴女は強い。そんな貴女とこうして戦える自分が、誇らしい。


 祖国のためでもない。レジスタンスのためでもない。


 こうなることが、私の願いで、生き続けた意味だったんだ。


 数度の打ち合いの後――


 機動戦で負荷をかけすぎた私の履帯がちぎれた。


 同時に、シーラの足も止まる。サスペンションが壊れたらしい。


 互いに砲を向け合った。


「あばよ……ファム」

「名前……思い出してくれたんですね」


 二つの火砲の炸裂音。記憶はそこで途切れた。



 帝国戦史博物館――9:12


 二台の車両が並んでいる。館長の老人に見学者の少年が訊いた。


「ねえおじいちゃん。どうして帝国の戦車の隣に敵の戦車があるの?」

「二人は戦場の好敵手だったからね」

「へー。そうなんだ。最後はどっちが勝ったの? もちろん帝国だよね!」

「さあ、どうだろう。勝ったり負けたりさ」


 老人は目を細めた。かつてアリアナ自由連合国という国が存在し、彼はドールの作戦指揮を任されていたこともある。


 帝国の無敗の人食い虎を倒したこともあった。

 敗戦のあとは、その指揮能力を買われて帝国に編入し、人食い虎の担当も務めた。


 退役まで勤め上げて今では地方の博物館を任されている。


 戦争が終わり、すべての国が一つの国家に統一された時、地上からドールはすべて消え去ったのだ。


「君は戦車が好きなのかい?」

「うん! だって飛行機よりかっこいいじゃん!」

「ここだけの話だけど、私も戦車の方が好きなんだ」

「ねえ、この戦車の名前はなんていうの?」

「ファムとシーラだよ」

「へー! かっこいいね!」


 たくさんの人間が死んだ。たくさんの人間を殺した……いや、殺させた。

 戦争は人類全体の罪としながらも、兵器に愛着が湧いてしまったことを老人は禁じ得ない。

 シーラは軍からの提供品。ファムは戦後に解体されたものを復元した。


 戦史博物館の目玉の見世物……として。勝者にとっての勲章だ。


「戦いは格好いいものではないんだ。さあ、奥へ。学んでいきなさい」

「うん!」


 無邪気な少年を歴史の旅に送り出すと、老人はそっとファムの車体に触れた。


「もう二度と、世界に君たちが現れないようにしていくと誓うよ。会えないのは寂しいが、きっとそれがいいんだ。じゃあ今日も綺麗にしてあげようね」


 二体の戦車はただ、静かにたたずむ。埃をかぶって人々の記憶から風化してしまわないように、老人は二人の身体を綺麗な布でぬぐうのだった。


「おや、結露だろうか」


 まるで涙を拭ったように、布が水分を吸っていた。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。物語の世界に足を踏み入れていただけたことを大変嬉しく思います。


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原雷火 拝

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