ドキドキ☆魔法学の時間
それからチャイムがなり、授業が開始された。一限は文法学。これは平和でしたよ。ええ、本当に。意外にも文法学の教師はスティオール先生だった。馬鹿でかい声で教科書に乗った物語を読み上げ、ここで筆者はなにを思ったのかとか、何を指し示しているのかとか、眠くなるような授業が進められる。
俺は独学かエスカとのワンツーマンでしか勉強したことなかったけど、学園だとこういうやり方なんだな。なんつーか、大変だ。ぶっちゃけ文法学なんて読めて書ければなんでもいいと思ってたから勉強したことなかった。うん、すげえ面白い。
だから俺がスティオール先生に当てられて立って教科書を読んでいたとき、『能無しもそれくらい読めるんだな』とか聞こえたことは忘れてやる。
あとね、消しゴム落とした子がいたから拾ってあげようとしたら、物凄い早さで俺より早く拾ってた。さすがの俺も傷つきましたよ。
二限と三限は鑑賞授業とかいって、なんか五年前に凄い発明をしたとかいう学者のドキュメンタリー映画観た。これは月に一回の授業らしいけどね。寝たわ。だって俺こいつ知ってるもん。あーあー、随分美化されちゃって。なんか人間性まで凄い人みたいになってるけど、こいつ超女好きの浮気性だからね。最低だからねほんと。だがしかし、俺は大人なのでそんなことを言いふらしたりはしませんでした! 流石俺! 超偉い! 別に誰も信じてくんないだろうから言わなかったんじゃないんだからね!
あとセリスがヨダレ垂らして寝てたね。なにも言わずティッシュで拭いてやる俺マジイケメン。『セリスくんにさわらないで』とか女子に言われたことも忘れてやろう。で、ここまではいいんですよ。俺の心が多少傷ついただけだから。
問題なのはここから。
そうです。第四限。魔法学。
こえぇええ!! ほんと恐い!! 皆の目も恐いけど、何が恐いって自分の力量をよく分かってない自分が一番恐い!
魔法学は教室移動だった。アークやエリ、ティリーやセリスたちと教室を出たが、ティリーの顔色が悪いことに気付く。
「ティリー、平気か?」
「あ、フィ、フィアさん!」
びっくりして振り向くティリー。やっべ超良い匂い。
「なんかめっちゃ顔色わりーぞ」
「つ、次、魔法学だから。きん、緊張しちゃって……」
そんなことを気にしてたのか! そうかそうか。でも俺がいるんだからもう大丈夫だ。情けない方の意味で。
「大丈夫だって! 一緒に頑張るんだろ?」
「う、うん!」
「ちょっとフィア! なにティリーの肩抱いてんのよ!」
「痛いッ!!」
笑いながらティリーの肩を叩いた瞬間、エリが凄い勢いで俺の手を叩き落とした。こいつもしかしてアレじゃね? マリムタイプなんじゃね?
「おいエリ! そんな思いきり叩くな!」
「なによアーク。あんたフィアに対して過保護じゃない?」
「当たり前だ! こいつを誰だと思ってる! ギル……」
「あばばばばばば!!!」
慌ててアークの言葉を遮ったらなんか意味わかんないことを叫んでしまった。慌てすぎた。皆の目線が突き刺さる。
「すまん、フィア。つい……」
「変なアー君っ。フィア、僕と行こーね!」
俺の腕を引いてセリスが駆け出した。散歩中の犬に引っ張られる気分だ。恐らくセリス親衛隊と思われる女子の視線が痛い。ふ、残念だったな。セリスはもう俺のもんだ。そうして無事についた先は、朝校門に立ったとき『科別の実習棟か?』と思った建物だった。渡り廊下を進み、実習棟へ入って室内用のスニーカーに履き替える。ローファーと違ってスニーカーのサイズはぴったりだった。シジイ、わざとか。
みんなはさっさと履き替えて中に入ったが、俺は入り口でぼーっと壁を眺めていた。ここには特に頑丈にコーティングが施されてる。かなり質が良いし、丁寧だ。凄いなあと見入っていたとき、一人になっていた俺にジルがニヤニヤと近付いてきた。
「ようG。見学か? 怪我しないように帰った方がいいんじゃねえの?」
腹立つくらいの薄ら笑いを浮かべるジル。顎を突き出して俺を見下してるあたり完全に舐めくさってるな。なんだその腹立つ顔。鼻の穴にありとあらゆるものを突っ込んでやろうか。
「見学なんかしねえけど」
「は?」
「つーかさっさと入れば? ほんとお前暇人……、ッ!」
ジルに対する反論を最後まで言いきることは無かった。俺の腹にはジルの拳がめり込んでいる。めちゃくちゃ痛い。こいつ身体硬化の魔法使いやがったな。
一方の俺は無意識に腹に強化の魔法を使ったつもりだったが、Gランクの魔力で詠唱もせず発動出来るわけがなく、結果なにもしてない無防備な腹に硬化された拳がめり込むことになった。
「うっ、ゴホゴホゴホッ! てめッ!」
「……調子のんなっつったろ能無し」
憎悪の瞳で俺を睨み、ポケットに両手を突っ込んで中へ入っていくジル。俺はむせながら座り込み、深呼吸を繰り返した。いやいや待って。信じられないんだけど。ふつう身体強化も出来ないレベルの奴に硬化した拳打つか!? 馬鹿じゃねえの!? あーもう超いてえ。
だが残念だったな! 俺は鍛えている! ということで足に力をいれ、立ち上がった。こんくらいは慣れている。マスター舐めんなバーカバーカ! ハゲちまえ!
ちょっと涙目だった目を擦り、俺も中に入る。中は何もないトレーニング場のようで、物凄く広々としていた。いーなー。うちの訓練所より広いかもなー。
「どこ行ってたのよフィア。ちょろちょろしないでよね」
「ごめんお母さん」
言った瞬間また殴られた。冗談なのに。またエリに突っ掛かりそうになったアークをなだめながら右頬をさすっていると、俺たちが入ったところとは別の入り口から教師が現れた。
「こんちゃー! みんな元気かな!? 授業始めるぞーう!」
またなんか凄いの来たな。皆はもう慣れているのか、普通に『はーい』とか言ってる。無駄に潤んだ瞳をキラキラさせ、めっちゃパーマをかけたショートヘアだ。エリと同じくオレンジ色。そんな先生は視界に俺を捉えた瞬間真っ直ぐこちらに向かってきた。
「こんちゃーっす!」
「こ、こんちゃーっす」
「私は魔法学専門のルー! 君が噂のGランク編入生ね? うーん可愛い! 食べちゃいたいっ」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。なんだこいつ。食べちゃいたいとか言ったぞ。すみませんがそれは性的な意味ですか?
「でもね、私はGランクだからって特別視するつもりはないのっ。皆と一緒に頑張りましょうね!」
「よろしくお願いします」
こんなキャピキャピしてるけど、結構しっかりした先生のようだ。頼れそうな気がする。Gランクを特別視しないなんてのは当然だ。むしろ『一緒にとか無理だろ』的な瞳で哀れんでくる奴の方がよっぽど腹立つ。
いやーでもどうかな。やっぱ足引っ張っちゃうんかな。どうすっかなー。
「さあみんな! 昨日の授業の課題はクリアしてきたかなっ? 今から十分だけ練習の時間あげるから、そのあと一人ずつ実演してもらいまあーっす! じゃあ適当に広がって始め!」
ポーズを決めてウインクするルー先生。そうか、学園ではああいうポーズをするのか。やっぱりピースは時代遅れだったな。あとで実践してみようと心に決めたとき、アークがそばに寄ってきた。他の三人はすでに練習を開始している。その様子をみていると、発動させようとしているのは恐らく……
「爆炎か?」
「そうだ。先週から授業で始まった。拳大の爆炎が出せたら合格だそうだ」
「拳大? それだけでいいの?」
「学生ならそんなもんだろ」
訓練所でも頻繁に使われる爆炎。これは実は初級魔法だ。だが俺がやったようにアレンジのしがいもあるし、応用もきく。訓練所で隊員たちが詠唱破棄で放ってもバスケットボールサイズにはなる。
詠唱ありで拳大の爆炎が出せたら合格に対して、威力の落ちる詠唱破棄でバスケットボール大が出せる聖白の隊員はやっぱり優秀と言えるだろう。
でも俺は忘れていないぜ。今の俺は素晴らしきGランク!! 『拳大? それだけでいいの?』なんて言ってる場合じゃなかった。すいませんほんと。
「俺、詠唱したって出せる気がしねえわ」
「仕方ないさ。本来は出せるんだからそれでいいだろ」
「ていうかお前練習しないの?」
「必要ない」
すっぱり言い切るアーク。クラスでの皆の怯えようと、この余裕は……こいつ学園だとランクいくつなんだろう。