失敗は成功のもと
「なあアーク。お前ここでのランクは?」
「Aだな」
あ、そうですか。それはそれは。
「あ、いや、フィア。気にするなよ。元の魔力の量が違いすぎるだろ? たくさん持ってるお前の方が、魔力封印は段違いに難しいんだから……」
「いや、お前が俺みたいにならなくて良かった。お前こそ気にするなアーク。あとでアイス奢ってくれれば俺はそれだけで元気になるから……」
そう、俺の大好きなアイス。チョコミントアイス。それさえ食べられればこの苦しみから解放される気がする。って、そんなことしてる場合じゃないから。ヤバイヤバイ。俺も練習を……
「はあい終了ー! 集まってー!」
出来ませんでした。俺って、ほんとバカ……。みんな額に汗を浮かべながらルー先生の元へ集まっていく。なんの疲労も見えないのはエリとアークと俺だけ。でもなんか俺だけ恥ずかしい。
「先生が名前呼ぶから、呼ばれた人から実演ねっ? フィア君は今まで授業に出てなかったから出来なくても大丈夫! 先生が付いてあげるからちょっと頑張ってみてね! はいそれじゃあ……ロア・リール君から!」
緊張した面持ちで前に出ていくみんな。何だかんだ言いつつみんな詠唱して爆炎を出せている。けどよく見ると魔力がまばらだったり、すぐ消えちゃったり、魔力濃度が薄かったり、完璧なのはあまりない。……とか上から目線でなんか言ってるけど俺は発動すら自信がありませんごめんなさい。
そんな中、余裕の表情を浮かべたエリが前に立った。きっと得意なんだろうなー。みんなも同じことを思っているのか期待の瞳をエリに向けている。エリはすっと片手を前に出し、息を吸った。魔力が完璧に集まっていくのが分かる。
「爆炎!」
詠唱破棄きたああ! 初めての詠唱破棄! やっべ、これテンション上がるわ。そして出されたのは魔力濃度も申し分ない綺麗なバランスの爆炎。もちろん拳大。いやー格好いいわエリさん。
「エリすごーい!」
「さすがエリだな!」
「いーぞーエリ!」
一番最後に叫んだの俺ね。俺が叫んだせいか周りが静かになった。どんな苛めだ。
ていうかぶっちゃけエリたち以外は興味ないんで割愛。どうでもいいわ。それからやっとこ中盤すぎた辺りでセリスが呼ばれた。女子から黄色い声が上がる。ニコニコと手をふるセリスが小悪魔に見えた。でも結構真剣な表情をするセリス。魔法の自信がないのかと思ったが、セリスが手に魔力を込めた瞬間その理由がわかった。多分、セリスの得意魔法は水だ。
魔力を込めるのを見ただけでそういうのが分かるようになったのは、俺がいろんな隊員を見てきたお陰なんだけどね。力の込めかたは魔法の属性によって少し違う。火は多くの魔法を素早く勢いよくバババッて込めてつくるのに対し、水は多くの魔力をゆっくり丁寧に混ぜ合わせるようにつくる。その発動の仕方が、他の属性の魔法を打つときにも癖として出てしまう。
つまり爆炎の発動はセリスと相性が悪いんだ。
「炎の呼吸。乱れて弾け。爆炎!!」
それでも完全詠唱で見事拳大の爆炎を出したセリス。これって結構凄いことだ。たくさん練習したんだろうなっていうのが見るからに分かる。
そっか。学生じゃなければ自分の得意分野の属性をひたすら鍛え上げれば良いけど、学生だと苦手でもやりきらなきゃいけないんだな。大変だ。
成功したことに安心したのか、ため息をつくセリス。ルー先生に誉められて帰ってきた。
「お疲れ! 凄いなセリス!」
「成功して良かったあ。僕、火って苦手なんだ。まだどきどきしてるよ」
胸に手を当ててヘラっと笑うセリス可愛い。俺が爆発しちゃいそう。
「そんなことよりフィア。次はティリーよ。あの子大丈夫かしら」
「そうだね。ティリーちゃん、顔色悪いよ」
エリとセリスの言葉に慌てて俺は前を向く。ティリーは目をつむり、手をグーパーしてるのが見えた。みんなティリーの方を見てもいない。どうせ出来ないんだろうみたいな空気だ。
「じゃあ次、ティリー・フォールね! 緊張しないで頑張ってえっ!」
「は、はい……」
弱々しく返事をするティリー。なんかこれ……ヤバイな。身体から漂う魔力がふわふわしてる。不安定だ。ティリーは震える両腕を前に出して魔力を集めはじめるが、やっぱり不安定なままだった。あれ、ちょ、これほんとヤバイかも。
「え、炎の呼吸。み、みだ、乱れて弾け……」
ヤバイヤバイ。これはマジでヤバイ。
考えるよりも先に足が動く。急に駆け出した俺にびっくりして反射的に制止させようとしたアークを振り切り、俺はティリーの元へ走った。結構後ろの方で見ていたため距離が長い。
爆炎は手をつき出して魔力を込めて発動する。普通ある程度安定した質の魔力を持って発動すれば、発動したときの勢いで勝手に前に飛んでいくんだ。だけどティリーの場合はあまりにも不安定すぎる。ふやふやしている。これだとたぶん爆炎は前に飛ばず、ティリーの手元で爆発する。
「ティリー!! 待っ……!!」
「ば、爆炎!」
俺の叫びは届かず、ティリーはそのまま発動させた。俺の予想通り爆炎はティリーの手から離れないまま拳大まで膨張し、みるみる勢いを増す。ティリーもようやく異変に気付いたのか、目を丸くして顔を青くさせた。
「え、うそ……。ど、どうして……」
「ティリー!!」
俺の叫びと共に爆炎が凄い勢いで弾けた。ティリーを中心にして起きた爆発にクラスの皆からも悲鳴が上がる。しかも異変に気付いたティリーが途中で発動を止めようとしたから、爆炎は不安定さに加えて中途半端な中止も受け、規模の大きい暴発となった。間一髪ティリーに手が届いた俺も巻き込まれ、爆風と煙で辺りが見えなくなる。
心配するエリやアーク、セリスの叫び声が聞こえた。でも大丈夫。華麗な身のこなしで庇ってダメージ最小限にしたはずだから。そう、華麗な身のこなしで……あれ、でもなんか結構痛ぇな。おかしいな。
俺が飛びこんだ時に異変に気付いたルー先生が水の魔法を放ってくれたお陰で、視界を邪魔する煙はすぐに払われる。現れたのは目をつむるティリーと、ティリーの顔の横に手をついて被さる俺。いやらしいな。
爆炎が手から離れないなら、ティリーが離れるしかない。俺は追いついたと同時にティリーの服を思いきり引っ張り、引き離すことに成功していた。よってティリーは無傷だ!! 俺グッジョブ!!
痛いってのは多分あれね。ティリーを引っ張った勢いで転がった時に腰がグキってなったっぽい。
「二人とも大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってくるルー先生。つられてアークたちも駆け寄る。ティリーはその声でようやく目を開き、俺の顔を見て現状を把握したようだった。
「ご、ごめんなさい!! ごめんなさいフィアさん!!」
やべー。やっぱ超いい匂い。もうこれだけで俺生きていけるわ。
「もう、なにしてんのよ! 怪我したらどうするの!?」
「びっくりしたねえ」
「フィア、大丈夫か?」
それぞれ心配げに顔を覗きこんでくる。俺は腰を叩きながらティリーの上を退いた。
「俺とか全然平気だわ。それよりティリーは?」
「わ、私は全然! フィアさんごめんなさい!」
涙目のティリー。あれ!? これフラグ来たんじゃね!? ちょっと今の俺カッコいいんじゃね!? よし、ここでもう一押し……
「気にするなよティリー。君のためならこれくらい……」
「ばかティリー! だから無理すんなって言ったじゃない!」
「うえぇぇ、エリちゃんごめんね」
うおおい。ちょっと俺を見てくんない!? このキメ顔の俺を見て! おいエリ! ティリーの頭を撫でるな! それは俺の立ち位置だ!
とは言えず、黙ってエリとティリーを見守る俺。ルー先生はすぐに焦げた床を直し、ティリーを叱って、そして慰めていた。
「ハッ。出来ねえんならやるなよ下手くそ」
そんな空気に水を差す邪魔者。声のした方を振り返れば、薄ら笑いを浮かべるジルがいた。ビクッと震えるティリーを嘲笑っている。他のみんなは他人のふりで、ティリーを心配するどころかこっちを見てもいなかった。
「さっさと保健室でも行ってくれば? 邪魔だよお前」
こいつ、この態度は俺にだけじゃなかったのか。残念だな。俺にだけだったら許してやったのに。すぐさま何か言おうとしたルー先生やエリを制して立ち上がる俺。沈黙が流れる。そんな俺をせせら笑うジル。
「お前もGのくせになに格好つけてんの? 馬鹿じゃね?」
こいつも結構残念な奴だよな。こんなに性格悪くなきゃモテそうな顔してんのに。
「超ウケる。馬鹿はお前だろ」
こっちも馬鹿にしたように言い返してみれば、ジルの眉毛がピクッと動いたのが分かった。笑みを消すジルに畳み掛ける。
「お前、なんでこの実習棟が他の校舎より頑丈に強化コーティングされてるか分かるか?」
「はあ?」
「いいか馬鹿! 学生ってのは失敗して学んでいくもんだ! その為の頑丈な実習棟だろうが! そんなんも分かんねえの?」
めちゃくちゃ小馬鹿にしたように言ったら、眉間にシワを寄せたジルが俺の胸ぐらを掴んできた。口より手が先に出るタイプか。単細胞だなぁ。
「うっせーよお前。能無しの言い訳なんか聞きたくねえんだよ」
「そうか?」
段々ほんとに腹が立ってきたので胸ぐらを掴むジルの手首を握り、思いきり捻ってジルの体を浮かせた。突然のことに受け身もとれず、そのまま床に叩きつけられる。チラチラこっちを見てたみんなやルー先生が驚いたように俺を見た。
「俺は『自分は失敗なんかしねえ』って高をくくって人を笑うやつの方が、よっぽど危ないと思うけどね。ティリーは今ので暴発する時の感覚を掴んだはずだ。それってめっちゃ大事なことなんだぞ」
「はッ、どうだかな。結局また失敗して死んじまうんじゃねえの?」
「そんなん、お前もそうだろ」
お前もっていうか、ティリーなんかよりこいつの方が先に死ぬタイプだな。こういう奴に限ってすげえくだらないミスで死んでいったの、何回も見たことある。
「ここにいる皆、いつどんな失敗で死ぬかなんてわかんねえよ。失敗なんてのは学生時代にしか許されない特権だ。こういう恵まれた場があって、守ってくれる先生がいるからできることなんだよ。学生にとって、失敗がないことが誇りになるわけじゃねえ」
ギルドに入ったら、失敗なんてのは死と同意語だ。暴発や不発の感覚を知らないやつはその分危険が増える。だから俺は、時々聖白隊員たちにわざと失敗する訓練をさせたりしてるんだ。なのになんでこいつらはそういうことが分からないんだろう。皆は「なに語ってんの?」と言った呆れ顔で俺の言葉を聞いている。唯一、ルー先生とアークだけが微笑んでくれていた。
そうなんだよな。俺結構大事なこと言ってるはずなのに伝わってる感じがねえんだよ。やっぱりあれかな。俺が最低ランクだからかなー。説得力が無いのかなー。やだぁ、分かるー。
ジルなんか馬鹿にしたように笑ってるし。立ち上がってポケットに両手を突っ込んで俺に顔を近づけてきた。うわウゼえ。なんでお前が顔近付けてくるんだよ。これがティリーとかだったらそのままチュウとかかましてやるのに。
「馬っ鹿じゃねえの? そりゃ能無しの強がりか? 失敗なんてしねえ方が優秀に決まってんだろうが。少なくとも、俺はあの女みてえな失敗は死んでもしないね」
「爆炎くらいでよくそんな偉そうなこと言えるよね~。お前、自分を過信しすぎ。えー超はずかし~」
「Gランクに言われたくねえよ!!」
「ぐはッ!!」
ぶちギレたジルに殴られた。ごもっともです。ほんとすみませんでした。あ、でも今回は硬化使ってねえな。こいつやれば出来る子か。
「お前、マジでいつかぶっ殺す……」
俺の耳元で呟くジル。うお、結構本気だぞこいつ。そして舌打ちし、そのまま実習棟を出ていった。す、すげえ。なんて堂々としたサボりなんだ……。
「はあいそこまでー!」
微妙な空気のなかルー先生の明るい声が響いた。ジルを追う気はないようだ。ニコニコしながら俺のもとに近寄り、また頭をなで回してくる。
「偉いぞおフィアくん、よくぞ言った! その通りだよ! 失敗は学生の特権なのに、あんまり生かしてくれないんだもの。ちゃんと覚えといてねみんな!」
ルー先生の声に皆が頷いた。そんなことよりあんまり頭さわらないでほしい。茶髪の魔法がバレそうだ。
「ていうかあ、なんだかんだやってたら授業の時間終わっちゃったっ! 続きは今度ね! みんな帰っていーよー」
頭にコツンと拳を当てるルー先生。次はお昼だからか、みんな嬉しげに出ていった。でもなんかスレ違いざまに俺の方をチラ見する人が何人かいた気がする。なんだろう。俺に惚れたかな。




