魔法少女は幼女の十八番
「……これはちょっと凹むなぁ…」
そのままの勢いで外に出たのは、単なる気分転換のつもりだった。
引き止める竜児をおいて、その気になれば距離などなんの意味も持たない。
たどり着いた場所には「建設反対」と書かれた看板がいたるところに建てられ、ひどい有様だ。
熱狂的な地元住民のやったことだろうが、もとからの自然が台無しになってしまっている。
後で竜児に頼んで何とかしてもらおうと、それだけは心に決める。
現在立っているのは山の入口だが、既にそこにはなんの気配も感じない。
山そのものが、既に死んでしまったかのように静かだ。
命が、感じられない。
「……予想より早い」
神を失った<返し風>がきている。
それは、この土地の地主だけではなく、やがてここに住むすべての住人に影響を及ぼすことになるだろう。
竜児はそれも考慮に入れた上で早急に事を進めるようだが、それでも間に合うかどうか。
人間の身勝手による自業自得とは言え、見過ごすこともできない。
どうするべきだろうかと、考え込んでいたその時。
「……よぉ。こんな所にいたのか」
ガサっ・・・っという音と共に現れたのはあの男。
なぜか腕にコンビニの袋を掲げている。
「…?あんたこそ、何をしてんの?」
「わかってここに来たんだろ?仕事だよ、仕事」
「それはもう終わったでしょ…」
見ればわかる。
男はやつれてはいたが、随分すっかりした顔をしている。
そして、以前よりも若干オーラのようなものが増しているように感じた。
「まぁ、な。実際にゃ、俺なりに礼をしに来ただけさ」
「礼?」
「食っちまったからな、俺が」
ここにいた、神の使いを。
「瀬織津姫。その神使なら、さぞや満腹になっただろうね」
「おうよ。腹いっぱいだ。…よく調べがついたな」
「こっちにもいろいろ伝手はあるって事。んで、礼って、何をするつもり?」
「こうするのさ」
そう言って男がコンビの袋から取り出したのは日本酒の瓶だ。
最近このあたりで有名になった可愛らしい巫女姿の女性の萌えキャラが書かれている。
確か、近くの神社の名前が由来になっていたはずだ。
「それ、余計に怒らすんじゃないの?」
酒を地面にばらまく男に、呆れた声を出す。
「男の方が良かったか?生憎いいのが見つからなくてな」
「そういう問題じゃないと思うけど…」
酒の瓶を地面に置くと、再び男が懐から何かを取り出す。
「?」
「約束したろ。ほら」
「……紙?」
それは、和紙で作られた靴の形をした御札だ。
裏に何か文字が書かれているが、さっぱり読めない。
「もってみろ」
そう促され、素直に受け取った途端、変化が起こった。
「わお」
「なるほど、そうなるか……」
靴が、一瞬にして変化した。
黒いエネメルで、真っ赤なベロアのリボンのついた、まるでどこかパーティーにでも行くかのような可愛らしい靴。
「ちょっと、その格好にゃ似合わなかったな……」
予想とは違っていたのか、頭を掻いて首を傾げる男に、じっと靴を見ていた高瀬は、にやりと笑った。
「いいよ、これで」
言葉と同時に、少し前に親戚の子供と見た魔女っ子のアニメの思い出しながら、意識的にポーズを決めてみる。
「変~身★」
「…おい?」
エフェクトもバッチリ用意した。
キラキラ輝くお星様が、目に眩しく姿を覆い隠してくれる。
本当はそんなことをせずとも一瞬え切り替えられるのだが、気分的な問題だ。
輝きが収まった時、男の前に立つ高瀬の服はすっかり変わっていた。
ふわっとした、まるでビスクドールのような黒いドレス。腰の部分には靴とお揃いの大きめなベロアのリボンが付けられている。
気分はお姫様。七五三とは違うのだよ。
「…はは…。まったく、器用なこったな……」
「こっちはそれなりに年季入ってるから、小ワザはいろいろ調整済み」
とりあえず何ができるかできないか、いろいろ試してみた経緯はある。
その実験に突き合わせたのが何を隠そうあの二人、竜児と賢治だ。
初めて見た時には賢治が腰を抜かすほど驚いたようだが、竜児の方はといえば実に冷静に「お持ち帰りは可能ですか」の一言。
テイクアウトはお断りさせていただいたが、いろいろ協力はしてもらった。
「よし、これで貸し借りなしね」
「……こんなもんで借りを返せるとは思っちゃいねぇよ。流石に今回ばかりは死を覚悟してたからな」
自嘲気味な言葉に、こてんと首をかしげる。
「前回のやる気はどうしたの~?俺が食ってやる!って張り切ってたのに」
「そうでも言わにゃ、気迫負けしてすぐに食われそうだったからな。…実際、かなりギリギリのところだった」
「ありゃ」
カラ元気だとは思ったが、やはりかなりの重症だったようだ。
「おかげで腕はまだしびれがあるが、なんとか元には戻りそうだ」
「おめでと」
それくらいで済んだならまさに御の字。
「そういや、名前も名乗ってなかったな」
「いいよ別に。私も教える気ないし」
わざと聞かなかったというのが本当のところだ。
ここまで深く関わるつもりはなかった。
「求婚してる男の名前くらいは覚えといてくれよ。…#四乃森__よのもり__#だ。四乃森龍一」
「りゅういち?」
「ん?なんだ?早速呼び捨てか?」
「いやいや、違うって。ちなみに漢字は?」
「立つ、の下に月がつく方の龍だ」
「ふむ。……難しい方ね」
竜児と龍一。なんだその兄弟みたいなややこしい名前は。
どっちもどっちだが、こうして見ると一番すごいのは何気に部長の「#崇敬__たかとし__#」かもしれない。
あがめうやまう。何を、とは指定していないのがミソだ。
「私の名前は教えないよ」
「…いいさ。今回借りを作ったのは俺だからな。ゆっくり口説くとする。いつか、本体のお前にも靴を送ってやるよ。揃いの服もセットでな」
「そんな日が来るといいけどね~」
「来る。必ずな……」
にやり、と笑われ、フンとそっぽを向く。
「その服を俺の手で脱がしてやる日が楽しみだよ」
「好きに妄想してれば?エセ陰陽師」
べーと舌をだし、足元の石を男に向かって蹴り飛ばす。
全く。少しの散策のつもりが、余計な面倒事を引っ張り込んでしまったようだ。