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旧 月光のサルヴァトーレ  作者: 天宮 悠
4章:惑わす者
106/106

04

 騎士達が踏み荒らした聖堂。濡れた足跡が続く石畳の床を呆然と眺めていると、突然肩を叩かれてレナは意識を取り戻した。

「レナ、大丈夫か?」

「え、あ……うん」

 気のない返事にどこか異変を感じ取ったのか、エドガーはレナの両腕を掴むと自分の方へ向き直らせる。

 彼の顔が吐息の触れる距離に近づく。レナは胸の動悸が早まるのを感じた。

 が、それで年相応の少女のように取り乱したりはせず、レナは一度頭を振ってから冷静に言い放つ。

「大丈夫よ、私は」

「そうか……ならいいんだが」

「それよりも、これから先のことを話しましょう。リザ達を呼んできてくれる?」

 快諾したエドガーは、数分もしない内にリザ達を連れて聖堂へと舞い戻る。

 全員揃ったことを確認してから、レナは一つの長椅子を囲むようにして先に大公から持ち出された話を説明した。

 当然のように皆が首を傾げ、同時にその裏に隠された目的を察しかねて良からぬことばかりが脳裏を過るのか見せる表情一つ一つが芳しくない。

「正直言って、今度は何が起こるかわからない。もし……いいえ、私の力が関係するのなら、最悪の事態も考えられるわ。だから……」

「だから?」

 聞き返すリザに、だがレナは努めて冷静に答えた。

「今日一日は待つわ。よく考えて、ついてくるかどうかを決めて」

「ちょ!? 今それ言う!?」

「今だから、よ」

 声を荒げるリザに、しかしレナは低い声音を保ったまま諭すように呟いた。

 今まで伝説の英雄や竜やらを相手にしてきたのだ、これで精霊王なんてものはいません、では通らない。おそらくレナを呼び出したのは本当に精霊王だと、そう仮定して今後起こり得る事態を想定する。

 あちらから出向くわけでもなく、精霊王の力を行使してレナを襲うわけでもなく、庇護下にある地に呼び出すには相応の理由があるはずだ。単に話し合いがしたいからとも取れるが、それならば今更何を語るというのだろうか。レナの起こした騒動は決して小さなものばかりではない。精霊王が伝承通り世界で起こり得る事象全てを視ることができるならトーリャを倒した時点で、いや、もしかしたらレオンを打ち倒した時点でレナの存在に気づいていてもおかしくはないのだ。それを今まで黙認してきたというのなら、なおの事このタイミングで接触してくるのが解せない。

 ともあれ、ここから先はもう何が起ころうと不思議ではない。ちょうどエレイソンが仲間達にレナに関して警告を言ってくれた事もある、だからここが、分水嶺だ。レナを諦めて去るか、あるいはレナを理解した上で共に進むかの。

あの子(エレイソン)も言っていたでしょう? きっとこのままあなた達がついてくれば、私はあなた達に依存する。正直、私はそれが怖い。もしまた失ってしまったら、今度こそ……」

 それ以上先の言葉を、レナは紡げなかった。これは詭弁だ、既にレナはリザ達を信頼し、その存在を心の拠り所としている。きっとここでリザ達がレナの元を離れてしまえば、その事実がレナ自身を苦しめる。自分はその程度の存在でしかなかったと、そう言われているのと同じなのだから。

 だがそれと同時に、このまま共に旅をして、どこかで彼女達を失ってしまうという光景を想像しただけで胸が痛むのだ。

 レナとて万能ではない、それはこれまでの道程を振り返れば分かることだ。仲間の存在がいて、首の皮一枚で繋がってきた場面の方が多いかもしれない。それだけの負担を既に掛けているというのに、今度はレナのせいで仲間が命を失うことになったとしたら、その時は――

「……分かった。今日までね、考えてみる。あなた達も、それでいいでしょう?」

 リザの言葉に、ユーとエイラ、ルークが頷く。それ以上語ることのないレナを一瞥して、皆はそれぞれの部屋に戻っていった。ただ一人、エドガーを除いて。

 彼は無言で、だが決してレナを見つめる瞳を逸らすことはない。暗雲立ち込める心中に、今はそれだけが救いの光をもたらした。

「……何も、言ってくれないのね」

「言ってほしいのか?」

「ううん……そうしてくれるだけで、嬉しい」

 俯いた顔で見上げれば、そこには笑う親友の姿。答えを問うまでもない、彼はいつだってそうなのだから。

「そっか。んじゃあ、あれだ。これからもよろしくな」

「うん、よろしく」

 無言で差し出された大きな拳、レナも同じく拳を作っては軽くぶつけ合うようにして返礼する。

 淀んだ心に潜んだわだかまりは、いつの間にか彼という存在が全てを拭い去ってしまった。なんだかんだと言っても、結局今のレナには彼が一番なのだろう。それは決して、恋という感情ではないのだけれど。それでも――

 ふと、このまま飛びついて抱きしめてしまいたくなる童心の衝動を押し留めて、『レナ』は親友に向け精一杯の笑顔を送った。

「ありがとね、エドガー」





 翌日。

 予想していなかったわけではないが、さも当然のようにゴールドコーストへの旅支度を目の前でされると、さすがのレナも昨日の言葉を皆が理解しているのか不安になってしまう。

 そんな昼下がり、レナ達は聖堂の一角で信徒達の邪魔にならないよう旅の準備を始めていた。と言っても、レナを含め軽い装備しか持たない面々ばかりなので、道具は背嚢(はいのう)一つに収まる程だ。

「えっと……本当に、その、いいの?」

「何がよ。今更アンタ置いて逃げるほど薄情じゃないわよ私らは。まー安心しなさいって、この通り今までもなんとかやってこれたんだし、なんとかなるっしょ。やばくなったら丈夫なアンタ盾にしてでも逃げるわよ、安心なさいな」

 どこか不安を覚えつつも、不意に安堵してしまう自分にレナは苦笑した。

 これが仲間という優しさで、レナにとってかけがえのないものの一つ。それが手の触れる場所にあるという幸福に感謝して、レナは再び決意する。彼らを必ず守ると。



 神父が描いてくれた地図を片手にやってきたシュテルン工業区。

 工場から漏れる熱気、そして油と鉄の臭いが鼻を突く。ここでオスティアが誇る銃器その他諸々の大半を生産しているのだから、その規模は計り知れない。シュテルンの土地の三分の一を占めるこの区画は、現大公ストゥルティ・レガリア・フォン・メンシスが即位した際に大規模な拡張を施されたらしい。もともとヴァイス帝国譲りの高度な技術力を更に突き詰める方向に方針を転換したおかげで今のオスティアがあるのだから、あの大公のやり方も一概に否定はしきれないだろう。

 だが、そんな歴史に興味の無いレナからすれば、ここは猛獣ひしめく森の中以上に居心地が悪いだけの空間だ。鉄を打つ耳障りな音、もうもうと煙突から立ち上る黒煙、淀んだ空気。どれをとっても気に入らない。

 早めに立ち去りたいのは山々だが、さすがにここまで来て徒労に終わることは出来ない。なんとか目当ての工房とやらを探してはいるが、あるのは物々しく立ち並ぶ工場だけ。

 が、ふと通り過ぎかけた通路の一角。地下へと続く階段横の壁に打ち付けられたプレートに、もともと下書きされていた文字をつぶしてからイルファの古工房と書き足された看板を発見する。

 探さなければ誰も気づかないような場所にひっそりと。これではまるで人目に触れてはいけない何かを扱っているような、やましい何かを抱えていると勘ぐってしまいそうになる。だがあの大公が知っているくらいなのだから、一応は正規に認められた施設であることに間違いはないだろう。あるいは大公の庇護の元存在を許されている、という可能性もあるが。

 早速レナ達は階段を降り、距離で言えば二階分ほど降った先で鋼鉄のドアが立ちふさがった。真ん中には、可愛らしい文字でご用の際はノックしてくださいと張り紙がしてあったのでレナはその通りの数度鉄製のドアを叩いた。

 すると中から女性、それもまだ少女のような幼い声が返ってくる。そして間髪入れずに開け放たれたドアから覗いたのは、レナの予想通りの金髪碧眼の少女。

「はぁい、いらっしゃいまセ~……おお、団体さんですカ。狭い工房ですがどうぞごゆっく……リ?」

 そこでなぜか首を傾げ、懐を弄っては一枚の紙を取り出した後少女は手を打った。

「あぁ~、大公様から連絡があった方ですかネ~?」

 レナが首肯すると、少女は眼鏡の奥に潜む丸い瞳を輝かせて工房の奥へと手招きした。

 それに従い工房内に入ると、内部は天井や壁などいたるところに武器が並べられたいかにもな内装。しかし、作業場と思しき奥のスペースは割と小ぢんまりとしている。あれでは物を弄ることはできるだろうが作るのは難しいはずだが。

 視線を凝らすと、武器や機材の隙間に見える壁の意匠に七天教会の物と見受けられるものが点在するのをレナは発見する。だが、身なりや振る舞いからしてもこの少女が教会の関係者とは思えない。あの塗りつぶされたプレートは、過去にここが教会の所有地であった名残なのだろうか。

「あ、気になりますカ? もともとここは教会の工房だったんですけど、工場が拡張されていく内になんやかんやで出て行っちゃったみたいで、それを私が使わせてもらっているんデス~。殆ど器具もそのまま放置されてたので、ラッキーでしたヨ」

 おっとりとした抑揚のない口調は、どこか眠気を誘う。背中を見れば、歩き疲れたアティが見事少女の話術に引っかかり頭を支える力が抜けかけていた。

 アティを傍らの椅子に座らせ、魔女達とルークは武器を用いないため隅の方で見学。レナとエドガーの二人が少女に引きつれられて商品棚へと案内される。

「お二人はどんな得物をご所望ですカ~? ……ん~とりあえず色々見てみましょうカ」

 言って、工房主は商品棚に上半身を突っ込んで奥の方を弄りだした。やがて取り出したのは、一見すると普通の剣、しかし鞘の先端には銃口のようなものが備え付けられている。

「あの時代の仕掛け武器としては王道なんですが~、銃弾の発射機構が付いた剣ですネ~。旧式ライフル弾が八発、こうして剣を鞘に入れてから柄を叩くと撃てますヨ~」

 少女が身振り手振りで操作の解説をする。聞き取りにくいわけではないが、彼女の声は独特で言葉を言葉として認識できないというか、声音のせいでどこか別の地方の言語を聞いているようにすら錯覚してしまう。

 レナは耳を傾けながら、剣に用いる銃弾を手に取った。これは現在オスティア軍が採用している銃より数世代前のライフルで使われていた大口径弾だ。オスティア製銃器の小口径化が進み、これは市場への流通も最近ではあまり見られなくなった型なので、弾を切らした際に補充が困難であるのは容易に想像がつく。

「これは弾の確保が難しいわね。それに複雑な機構の物は整備の知識がないと大変だし……というか、もしかして鞘に剣を入れておかないと撃てないのこれ?」

「はい~、切っ先で弾を発火させるので納刀していないと駄目ですネ~。まあ仕込み武器なんてそんなものです~、半分は愛情で使ってあげるものですかラ。特にギルド関係の工房製の物はだいたい思いつきで作ったやつとか皆のアイディア全部乗せとかの癖の強い一点物ばかりですしネ~。あ、じゃあどうしましょうか~、お二人は宗教的な理由で七天教会の道具を使えないとかそういうのはありますカ~?」

 少女の質問に、レナとエドガーは揃って首を振る。すると彼女はおおと手を打って、奥の棚から数点、新たな武器を取り出しては手近な台の上に並べはじめた。

 今度の物は、どこか先程の剣や壁に並んでいる武器とはどことなく雰囲気が違う感じがする。いたるところに丁寧且つ荘厳な意匠が施され、素材もどうやらただの鉄だけではない。銀、あるいはミスリルなど高価な物を用い、形状もさほど奇抜な物は見受けられない。

「これ、工房に残ってた教会の武器デス~。使った跡があったのでおそらく中古品ですが整備に不備はありませんヨ~」

 けらけらと笑いながら、工房主の少女は並べた教会の武器、その一つをエドガーに手渡した。それは赤銅色をした長さ一メートル程の槍――というにはいささか太すぎるか。刃の根本は工房を支える柱ほどの幅があり、だがその切っ先は槍のように鋭い。どちらかと言えば、杭と呼んだ方がいいのかもしれない。

「ええと~、じゃあ先を天井に向けてから、柄を引っ張ってみてくださイ」

「あ、ああ。こうか? おわっ!?」

 瞬間、杭から鋭利な針のようなものが無数に飛び出した。しかも細かい針は幾つもの返しが付いていて、一度この杭に貫かれたものがどうなるかは想像に難くない。

「すごいでしょう~? むか~しむかし、ずぅ~と前の教会は悪い人達もこういう武器で悪い血とか穢れた肉を外に出しちゃえば救われるはずだろうって、そういう感じでこんな武器をたぁ~くさん使って一杯()っちゃってたみたいですネ~」

 レナは背筋に寒気を感じながら、台に置かれた剣を取る。これも鞘に七天教会の紋章。すなわち教会の武器なのだろう。一見すると普通の剣に見えるが、ふと手に握った瞬間、ずしりと来る重さに驚愕した。不可思議な力で身体能力が向上したレナだからこそ持てたものの、これを常人がただの剣だろうと片手で握ったその時には、きっと取り落としていたことだろう。

 明らかに長剣の重さではない。訝しげにレナは鞘から剣を抜くと、驚くことに剣自体の重さは既存の長剣のそれを遥かに凌ぐほど軽かった。つまり、およそ三十キロ近いこの剣の重さの大半は鞘のみのものだということだ。この重量、そして石を削り出した鞘には果たしてどんな意味があるのだろうか。だが、無骨な鞘に対してこの古い文字が彫り込まれた銀の刀身はおそらく魔除けの意味も込められているものだろうが、これだけはなんというかとても教会らしい。

「それは教会の剣ですネ~。剣を鞘にしまったまま振れば鈍器になりまス~。骨とお肉を潰して悪い血を――」

「わ、わかったからこう、もう少しまともな武器はないのかしら」

「えぇ~? 教会の武器はシンプルでいいと思ったんですケド~……後は製造者不明の、炸薬を仕込んだ爆発する盾とか収納式の爪が付いてる腕輪とか~、おっきな銛を火薬で打ち出す武器や……ああ、これなんてどうでしょう~? オリジナルは別にあるみたいですけど、それを模倣して使いやすくしたらしい武器デス~。この二本の長剣の柄をくっつけて……ほい! 弓になります! どうでしょう? あ、矢は専用のものしかつかえまセン」

 話を最後まで聞いてから、レナは嘆息した。一昔前の冒険者やギルドの者達の苦労は、想像するよりもずっと大変なものだったらしい。今の冒険者たちがシンプルな刀剣や強力な狩猟用の銃にばかり目を向けるのも頷ける。

 だが、かつてはこれらの武器を持った、本物の力と技術を持った魔物を狩る者達がいたおかげで今こうしてレナ達は魔物の侵入の恐れもない街の中で暮らせてるのだから、先人達には感謝してもしきれない。

「なんというかこう、そうね……もう少し持ち運びしやすい物で、そう、短剣とかそういうのは無いの?」

「おお、手数で勝負なお人でしたカ! むむむ、では出し惜しみしてしまいましたが十分なお金はもらっていますし……これはどうでショウ?」

 言うやいなや少女は奥の作業場から木箱を一つ抱え、早足で舞い戻る。

 その木箱は使われた素材もさることながら蓋には金の装飾が施され、その中身の価値を語っていた。

「これはかの財団が作った仕掛け武器デス」

「財団?」

「おや? ご存じナイ? ……その起源は七天教会と同じ時期とも言われ、歴史の中に時折名を見せはするものの実体は未だ知れず。そもそもどんな組織なのか、規模も目的も全てが謎の集団です。そもそも財団という呼び方すら、誰かが勝手に呼び始めただけとも言われていますしネ」

 少女はそっと木箱を台に置くと、木箱の蓋に手をかける。金の装飾の中心には、輝く瞳の紋章。まるで心の中全てを見透かされているような瞳のシンボルに息を呑んで、レナはその中に収められた品物に視線を落とした。

 それは、一振りの剣。刀身は中心に沿うように縦に僅かばかり隙間があり、左右で長さが違う。一方はやや短めの長剣ほどで、もう一方は大型の短剣といったところだろうか、まるで片刃の剣を二つ合体させたような奇妙な形状だ。その刃に用いられている素材も、おそらく特別なものだろう。鉄のような質感ではなく手触りは絹地のようで、だが鋭利でごく薄い刃は透き通って向こう側が見えるほど。

「あの超激レア魔物、霞蜘蛛の爪を加工した剣デス~。柄の所に突起があるでしょう? それを親指で押さえながら剣を振ってくだサイ~」

 言われるままにレナは右手に握った剣を振る。すると、小気味いい金属音を立てて短い方の刃が滑るようにせり出し、切っ先が長剣側に合わさるようにして動きを止めた。だがそれだけのものというわけではあるまいとレナは剣を凝視する。と、短い刃の固定が緩み外れるようになっていることに気づいた。

「二本異なる長さの剣に分離する仕掛け武器デス~。霞蜘蛛の爪は魔物の皮膚もミスリルの鎧も容易に切り裂きますが~……魔物戦を想定したというには扱いが難しい二刀になるだけですし、対人戦を想定した武器のようにも思えますネ~」

 そんな少女の言葉が、果たして今のレナの耳にどれだけ入っていただろうか。

 刃を外すと固定具からきんと耳心地のいい金属音が響き、再び刃を戻して上下に振れば自重で元の位置に収まる。古い武器のようだが、現代の銃器に劣らない作り込まれた機構と堅牢さは賞賛に値する。これだけの技術が今や廃れかけているとは、なんとも嘆かわしいことだ。

「…………」

 レナは無言で、剣を分離させては合体させるを繰り返していた。その行為に意味などはないが、なんというかとても楽しい。

 そうしてひとしきり可変分離合体を堪能した後で、レナは剣を丁寧に木箱へ戻してエドガーに向き直る。その瞳は、木箱に描かれた紋章と同じくらい輝いていた。

「エドガーエドガー! これ楽しい!」

「お、おう……」

 童子のようにはしゃぐレナにエドガーは気圧されつつもぎこちない返事を返す。だが、ここまで生き生きとした彼女を見るのも久しく、だからか意図せず顔が綻んでしまっていた。

「お~、じゃああなたはこれでいいですカ? 正直売るには高すぎて誰も買ってくれませんし、何しろ財団製なのでずっと懐に抱えているのも怖かったのでちょうどよかったデス~。木箱は……いりませんかネ。どうぞ」

 レナは少女から剣を受け取ると、腰のベルトに差し込む。動きの邪魔になる大きさというほどでもない。

 今や霊刀夜桜はレナのものだが、完全に力を引き出すには桐枝の技術が必要不可欠。彼女の知識はたしかにレナへと引き継がれているが、今のレナではそれを完全な形で戦闘時に行使するのはほぼ不可能なのだ。頭では理解できていても、体がついてこない。そもそも桐枝が生涯をかけて磨いてきた剣術を、刀の扱いも知らぬレナが真似しようなどという時点で土台無理な話である。

 だからレナの力を十分に活かす事のできる武装は、これからの道程の上で確保しておく必要があった。その点でいえばこの剣は、レナの希望に対して十分すぎるほどの力を秘めている。しかも、触っていて楽しいというおまけ付きだ。

「さて、あなたはどういうのがお好みですカ? ギルド系統のものなら他にも鋸状の刃が可動する剣、ガトリング銃が付いた大盾、大砲付きの騎槍とかありますケド~?」

「いや、もうちっと俺もましなやつで頼む。できれば……もう少し普通な感じで」

「お~、普通ですカ~。しばしお待ちを~」

 エドガーの声音に疲れが見えた。奇抜な発想の武具が多いとは聞いていたが、たしかにこれはエドガーの手に余るようなものばかりだ。下手をすれば彼自身が怪我をしかねない。

 そんなエドガーの心中を察したのかどうかは定かではないが、手早く木箱を片付けて少女は再び奥へと姿を消す。戻ってくる頃には、見た目だけは鞘が少し太めだけの『普通』の剣が抱えられていた。

「これは?」

「教会の剣をベースに作られたものデス~。かの有名な教会の執行者でありながら魔法の学徒でもあったヴェリタの作品ですネ。剣を鞘に入れたまま、もう少し押し込んでください~。あ、足元注意ですヨ」

 エドガーは頷いて、柄を握ると力を込めて剣を鞘に深く刺し入れる。瞬間、鞘の先から突き出た幅広の刃が石畳の床を落雷の如く穿ち貫いた。恐る恐るエドガーが地面から剣を引き抜くと、姿を現したのは鞘と一体となった一振りの大剣。

「さすが元教会という感じですネ。この通り変形時は魔物の外殻や鉄鎧くらいなら簡単に貫く槍としての使い方もありますし、鞘から抜けばただの長剣デス。ただ見ての通り刃は鞘から飛び出た部分にしかついていないので、切っ先で斬って鞘で叩くといった使い方になるですヨ。どうです? わりといい線いってると思いますケド。ああ、床はお気になさらず。知ってました」

 それからエドガーは何度か試し振りをして、納得がいったのかこれを譲り受けることにしたようだ。少なくとも、あのいつ折れてもおかしくない剣をずっと使われるよりはレナも安心できる。

 これで準備は整った。後は、不安ではあるが飛空艇でゴールドコーストに向かうだけ。未だ拭いきれぬだけの不安はあるが、今やレナを支える手はこうして近くにある。

 客人を満足させられたことが嬉しいのかどこか工房主の少女も誇らしげに胸を張って礼を言い、彼女に見送られつつレナ達一行は気を改めてシュテルンの飛行場へと歩き出した。

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