鬼の冷たい視線
「何をやってるの!?あんたたち!!」
水色の髪をもつ彼女は、眼鏡の奥の鋭い視線を、沙紀、高貴、栄輝に向けた。
「そう怒るなよー、泉希ー。」
栄輝が、恐る恐るそういうと、眼光と言う名のレーザービームが、栄輝に向く。
かなり怖そうな彼女は、泉希という女鬼である。頭領屋敷で働いている鬼の中でも、頭領である菊の世話をしていることが多い。
「怒るなっていう方が無理!何よ、あの穴は!?」
キンキン声で、泉希は栄輝が開けた裏庭の穴を指さした。
「いいじゃんか、ここは鍛錬場なんだし。」
栄輝はそんなことで怒っているのかと、開き直る。
しかし、泉希の怒りは増す一方だ。
「明日は何の日だと思っているの!?幹部会が行われるのよ。幹部の方たちに、こんな無様な庭が見られたら、誇り高き頭領屋敷の恥よ、恥!!」
泉希の怒りはとても収まりそうもない。
「わかった、わかった。直せばいいんだろ。」
沙紀は泉希の様子にびくびくしていたが、栄輝は慣れているのか、反省の色は見えない。
「開き直ってるんじゃないわよ!そもそも、穴を開けないようにしなさいよ!!」
怒りが収まらない泉希の矛先は、高貴へと向く。
「だいたい、高貴がいながら、なんでこんなことになるの!?」
「ごめん、ついつい。」
高貴が苦笑いをして謝ると、泉希はやっと落ち着いたようで、ヒステリックな声をあげるのをやめた。
そして、泉希は、初めて沙紀の方を見た。
「ところで、なんでここに『つのなしの子』がいるの?」
その視線は、さきほど二人に向けられた怒りの中にも親しみのある視線ではなく、どこまでも冷たい視線だった。
それを向けられた沙紀が思い出したのは、人間たちが鬼に向ける視線だった。あの、別の生き物を見るときの冷たい視線…。
「泉希、その言い方はよくない。」
いつも優しい声色の高貴には珍しく低い声だった。
それに、高貴が泉希に向ける視線も、鋭さがある。
「ふん。そんなことより高貴。菊さまが、『あなたも明日の準備を手伝いなさい』だって。いきましょう。」
泉希は、高貴の低い声にたじろぐことはなく、ただ不機嫌そうに去っていった。
高貴もそれ以上、泉希を咎めることはしなかった。
「沙紀、申し訳ないけど、そういうことだから、特訓はまた今度。今日は君の自由に過ごしてくれていいよ。」
少し暗くなってしまった高貴になんと声をかければよいか分からず、沙紀はただ返事をして高貴を見送った。
重たい空気の鍛錬場、その空気を浄化するような明るい声が響く。
「めんどいけど、ちゃちゃっと、やりますか!沙紀、手伝ってくれる?」
明るく振る舞う栄輝の様子を見て、沙紀は元気よく返事をした。
栄輝が開けた穴はかなりの深さがあったが、栄輝が穴に手を向けると、穴の底から土からわき出し、穴を埋めていく。
「改めて見ると、本当にすごいね。」
「ふふん、そうだろ。」
栄輝は、沙紀が感心していると、鼻高々といった感じだ。
「でも、土を出せるなら、なんで裏庭の土を使ったの?」
沙紀の鋭い質問に、栄輝はバツが悪そうな顔をする。
その様子に、沙紀は慌てた。
「責めてる訳じゃなくて、ただ疑問に思っちゃって。」
慌てる沙紀を見て、栄輝はふっと笑った。
「大丈夫、分かってるから。きっと、沙紀は初めてのことばっかで、いろいろ知りたいだけだろ。」
「うん、知りたい。」
「確かに、俺は何もないところから土を出せるけど、その能力も無限大じゃないんだ。使いすぎると疲れるし、最悪、能力が使えなくなる。だから、大量になればなるほど、そこにある土を使った方が、能力の節約になるってわけ。」
「ああ、なるほど。」
「あっ!でも、いつもなら、あのぐらい出せるんだからな!!今日は、その、任務で疲れてたからで…。」
「はいはい。」
「信じてねーだろ。」
「ふふっ。」
「あ!笑いやがった!つーか、沙紀、何もやってなくないか?」
「だって、栄輝が全部やっちゃうから。」
二人でふざけていると穴は埋まり、真新しさはあるが、地面ができていた。
「まあ、能力については沙紀も実際に使えばわかるだろ。」
「どうやったら、その能力っていうのは、使えるようになるの?」
「さあな。こればっかりは、個人差があるから。生まれてからすぐ使える奴もいれば、大人になって、能力が開花する奴もいるし。」
「栄輝は?」
「俺は物心ついたときからだな。使えるのは当たり前だと思ってたし。」
沙紀は、自分は今使えるのだろうかと考えたが、鬼の力すら引き出すのに苦労したのに、その特殊能力を開花させるなんて、さらに時間がかかる気がしてならなかった。
そんな気持ちになったとき、泉希の言葉が頭をよぎった。
「ねえ、栄輝。私が能力を使えないのって、私が『つのなしの子』だから?」
栄輝は驚いたように、目を見開き、少し気まずそうな顔をした。
「ああ、泉希の言ったアレか。でも、それは関係ない。」
「じゃあ、『つのなしの子』って何?」
「あんまり、いい話じゃないぞ?」
「大丈夫。覚悟はしてる。」
泉希に良く思われていないことは、彼女の態度からは明らかだ。『つのなしの子』の意味も決していい意味じゃないことも、なんとなく予想していた。
それでも、沙紀は意味が分からず、敵意を向けられることは耐えられなかった。
「言ったでしょ?私、今はいろいろ知りたいの。」
「…わかった。このあと暇だろ?少し、付き合えよ。」
栄輝はいつになく真剣な顔でそう言った。




