ガレス
「よしよし、おいで。お前どこから来たの?」
馬の扱いなら慣れている。こうして額をなでてあげれば――
「馬扱いするな」
誰!?
ピタリとルナの手が止まる。
誰かいるのかしら? 飼い主? でも一体どこに――?
周りを見渡すが誰もいない。
「ルナ、どこを見ている。オレが話している」
えっ!? どこ!?
「ここだ、お前の目の前だ」
「馬!?」
「馬だが、馬扱いするな」
馬がしゃべるなんて聞いたことない。いや、そういえば夢の中の白馬は何かしゃべっていたっけ。
でもあれは私の夢だし、でもこれは夢じゃないし……。
「私、やっぱり今日は疲れすぎたのかな……」
「いい加減にしろ」
やっぱりしゃべってる!
「ルナ、オレはお前に用があって来た。これからオレが話す事をよく聞け、それから質問にも答えろ」
「は……い……」
驚きと緊張で声がかすれてしまう。でもこれはやはり現実だ。
なぜ私の名前を知っているのだろう? なぜ馬が人間の言葉を話すのだろう?
次から次へとルナの頭の中で疑問が湧き出る。
「ルナ、お前、瞳が金色の白馬を知らないか?」
「えっ?」
それって、いつも夢に出てくる王子様の馬のこと?
王子様はルナが勝手に思い込んでいるだけだが。
「あの……、実際に会ったわけじゃないですけど、よく白い馬が夢に出てきます……。あ、でも、昔父が飼ってたのが白馬だったから、ただ記憶に残ってるだけかも……」
黒馬の瞳が少し見開く。
「……そうか。そいつは多分オレのちょっとした知り合いだ。そいつは夢の中で何か言ってなかったか?」
なぜ自分の夢に出てくる白馬がこの黒馬の知り合いになり得るのだろう?
ルナは全くわけが分からない。ただでさえ混乱しているというのに。
「えっと、何か話しているようにも見えました。でも、いつも聞き取れないんです……」
「そうか」
黒馬は何かを考えているようだった。
「お前、父親は死んだと思うか?」
「父は死んでなんかいません!!」
――――えっ!?
私、どうして……。
自分自身に驚いた。父は12年前に死んだことになっている。何度も何度も自分にそう言い聞かせて生きてきた。そうやって納得させて諦めないと苦しかった。
自分も母も、12年間そうしてなんとか過ごしてきたのだ。
なのに、どうして。
無意識に一筋の涙が頬を伝う。
黒馬の鋭い眼光がルナを真っ直ぐ捉える。
「……すまなかった。とりあえず、オレとお前の目的は一致したわけだ。3日後、同じ頃にまた来る。旅に出る準備をしておけ」
「!?」
「断言はできないが、お前の父親は、まだ生きてるかもしれん。それと、オレの名は――ガレスだ」
黒馬――ガレスは、そう言い終わらない内にくるりと向きを変え、高らかな蹄の音を鳴らしてあっという間に走り去っていった。
ルナが振り返った時には、もうほとんど姿が見えず、沈みかけた夕日を背にルナの影だけが長く伸びていた。
お父さんが、生きている?
ザザッー……!
風がルナの髪を揺らした。
頬に手を当てる。
涙の跡はもう乾いていた。




