第4話
「……すいません」
「謝るならいい加減、慣れてくれ」
システィナがルクスと一緒に冒険者の仕事を始めて2週間ほど過ぎたが、システィナは未だに自分でお金を稼ぐと言う事になれておらず、ルクスの足を引っ張っている。
今日も依頼を終えると時間は少し早いが報酬を受け取りと夕飯を兼ねて、ダンの店である『白き閃光亭』を訪れるが、ルクスは不機嫌そうな表情で眉をひそめており、その向かいの席でシスティナはしゅんと肩を落として小さくなっている。
「ルクス、そんなに責めるなよ。なんだかんだ言いながらもシスティナも報酬を貰うくらいまでの結果は出してるんだし、問題ないだろ」
「そ、そうですよね」
「甘やかすな。その甘えが命を落とす事になるって事を身に付かせないといけないんだからな」
ダンは2人分の料理を運んでくるとシスティナをフォローしようとするが、ルクスがきつく当たっているのはシスティナのためだと言い切った。
「まぁ、それもわかるけどよ。システィナ、何なら、冒険者を止めて、ウチでウエイトレスでもしねえか? そっちの方が向いてるかも知れねえぞ」
「そ、それは……ダ、ダメです。私は冒険者として頑張るって決めたんです」
システィナに冒険者は向かないと判断したのか、ダンは店で働かないかと誘うが、システィナはルクスからユリシスと戦争になる可能性もあるとは言われているようで戦いの場所に身を置くと決めたようである。
「そうか? 勿体ねえな。システィナなら直ぐに人気になると思ったんだけどよ。まぁ、ルクスに愛想を尽かせたら、いつでもウチに来てくれよ」
「くだらない事を言ってないで、働けよ。店主が遊んでて良いなら、この店も直ぐに潰れるぞ」
「そうだな。ルクスがシスティナを取られると思って不機嫌そうにしてるから、俺は仕事に戻るな」
「そ、そうなんですか?」
「……くだらない事を言うな。システィナ、お前も騙されるな」
ダンはルクスとシスティナの関係を怪しんでいるようで楽しそうに笑うと仕事に戻って行き、システィナはダンの言葉に顔を赤らめてルクスへと視線を向ける。だが、ルクスの表情が変わる事はない。
「……」
「ルクス? どうかした?」
「いや、現状で言えば、良くない状況に向かってるなと思ってな」
「良くない状況ですか?」
食事を始めるとルクスは依頼の貼り付けてある掲示板からいくつかの依頼書を持ってきており、彼が依頼書を覗きながらしかめっ面をしているため、システィナは首を傾げる。
「あぁ。わかってた事だけど、王様が殺されて世代交代した事で各地に火種が起きてるな」
「そうですか……あの。どうして、この依頼書でそんな事がわかるんですか?」
ルクスはユリシスが王位を継いだ事で、各地で小競り合いが起きているようであり、システィナは情報を共有しようと依頼書を覗き込むが、依頼書の内容は調合材料集めと言ったものでシスティナはどこからルクスがそこに行きついたかわからないようで遠慮がちに聞く。
「……後で説明してやる。そろそろ行くぞ。あんまり、人が集まる時間帯に動きたくないんだ」
「は、はい。わかりました。ダンさん、お金、置いて行きます」
「あぁ。毎度あり、今後ともごひいきに」
ルクスは冒険者の中にシスティナが王女だと知っている者がいないとは言えないため、店に長居はしたくないようでシスティナの食事が終わった事を確認するとテーブルに料理の代金を置き立ち上がるとシスティナは慌ててルクスの後を追いかけて行く。
「……そろそろ、この街も潮時か?」
「え? フィオールを出るんですか?」
「……あぁ。フィオールもフォミル王家に戦争で負けて従属を強制された国だから、まだこの国を治めていた王族の血は絶えていないからな。おかしな事を考える奴が出て来てもおかしくないからな。そうなると王都から兵士がくると見つかる可能性があるからな」
ダンの店を出て、ルクスの借りている部屋へと向かう途中で、ルクスは依頼書から何かを感じ取ったようでフィオールから出る事を考え始めたようであり、フィオールにはフォミル王家への恨みが消えていないと言う。
「でも、そんなに簡単に戦争と言う話には」
「あぁ。簡単にはならないだろうけどな。あくまで可能性の問題だ。ただ、依頼書に治療薬だけじゃなく爆薬と言ったものの調合材料の採取の仕事が増えてきた」
「でも、それだけで判断して良いんでしょうか?」
「依頼量が急に増えてるんだよ。それも俺が記憶する限り、爆薬のようなものを取り扱っていなかった商人からな。少なくとも商人を使って、怪しい動きをしている人間がいる事がわかる。フォミル王家に戦争を吹っ掛けるが周辺の都市と連携を取って独立って可能性もある。ここと最前線はちょうど真ん中、ここで戦争でも起きると補給線が絶たれる可能性もあるから、フォミル王家と戦っている国はフィオールを援助する可能性だってある」
「そうなるとダンさん達はどうなるんですか?」
ルクスの読みはあくまでも推測でしかないが、戦争が起きる可能性は充分である。システィナは少しの間しか滞在していないものの世話になった人もいるため、顔には影が曇る。
「駆り出される可能性は充分にあるな。ダンは元冒険者だ。それに冒険者にはこの街に思い入れの多いヤツだっている」
「それって、ダンさん達を見捨てるって事ですか?」
「結果で言えばな」
「そんなのダメです!!」
ルクスは表情を変える事なく、フィオールを見捨てると言い切るが、システィナはそんな事はできないと声を上げ、道を歩く人々の視線が1度、システィナに集中するが直ぐに人々は自分の生活に戻って行く。
「……こんなところで、でかい声を出すな」
「ル、ルクス!? み、耳を引っ張らないでください!? い、痛いです!?」
「……帰るぞ。続きは戻ってからだ」
「わ、わかりましたから、放してください!? 耳が取れちゃいます!?」
システィナの様子にルクスは呆れたようにため息を吐く。そのため息を同時に彼の左腕はシスティナの右耳に伸ばされ、彼女を引きずって歩きだす。
「……痛いです」
「考えも無しにでかい声をあげるからだ」
部屋に戻るがシスティナは引っ張られた右耳が痛いようで涙目であり、ルクスに怨みがましい視線を向ける。しかし、ルクスは気にする事なく、システィナが来てから自分の寝床になってしまったソファーに腰を下ろすと前にある木製のテーブルの上に持って帰ってきた依頼書と大陸の地図を広げた。
「ルクス、何をするつもり? と言うかこれって地図? 待って、こんな地図どこで手に入れたの? 王宮にだってこんなに詳しい地図はなかった」
「……当たり前だ。市場になんか出ていないからな。俺が自分の足で歩いて作った地図だからな」
「へ? な、何があるんですか?」
システィナは直ぐにルクスの隣に座り、地図を覗き込むがその地図は彼女が長く暮らした王宮にも存在しない正確な地図である。
ルクスは驚きの声を上げているシスティナの相手をする事なく、目をつぶるとルクスの身体は淡い光を放ちはじめ、それに共鳴するように地図には様々な色の光が灯り始める。
「……良いか。白い光は俺が転移魔法のマーキングをしているところだ。青い光が現在のフォミル王家の主要都市。完全にフォミル王家と敵対しているのが赤。まぁ、これは現在の国境だと思って良い。そして、1番問題なのはこれだ」
「黄色い光ですか? フィオールも黄色ですね」
「あぁ、現在、反乱、独立を考える可能性が高いのが黄色だ」
「こんなに敵が多いんですか?」
「元々、武力で無理やり支配している国だからな。王様が変わる時は多い。システィナの父親が王位を継いだ時にもあったはずだ」
地図に浮かび上がった黄色い光は20ヶ所近くあり、その数の多さにシスティナの表情は曇るがルクスの表情は変わる事はなく、当然の事だと言い切った。
「確かにそれは戦史で習いましたけど、その時は小さな争いで直ぐに解決したと」
「あぁ。だけど、先代が後を継いだのは先々代が後継者を決めて、存命のうちに王位を譲ったはずだ。今回とは違う。今回は新しい国王の能力が未知数だからな。スキを見せれば現政権を打ち倒して、自分がそこに納まろうってヤツはいくらでもいる。そして、戦争になれた国民が多いからな。誰かが取って替わろうとあまり興味がないだろうな。今はその準備期間って感じだ」
「それなら、お兄様なら、何も問題ありません。お兄様は私と違って何でもできましたから」
「なるほどね……そこら辺が今回の事の発端か」
謀略による王位の継承はやはり各地に火種を落としている。その原因は優秀ではありながらも妾腹の子として生まれたユリシスの悲劇でしかなかったかも知れない。
しかし、それは多くの民にとっては迷惑な事でしかなく、ルクスは眉間にしわを寄せた。
「どうかしましたか?」
「いや、もう少し、システィナが優秀だったら状況は変わってたんだと思ってな」
「あの。今、私はバカにされてます?」
「そう思うなら、確認するな」
まだ少しとは言え、システィナをともに過したルクスはユリシスを少し哀れに思いながらも、当の本人はあまり状況を理解していない。彼女の様子にルクスはため息を吐くとフィオール以外の黄色い光を3つ指差して行く。
「『グランジール』、『フォレスアイ』、『ランシル』、この3つがもっとも反乱の可能性が高い。グランジールとランシルは併合されて浅いからな。旧家の威光が残っている。それとランシルは貴族意識が強かったはずだ。妾腹の王様なんて認めたがらないだろうからな」
「それなら、直ぐにそこに行って、反乱を起こさないように説得をしましょう」
「……お前はバカか?」
「……すいません」
3つの都市の反乱の危険性を話すと勢いよく立ちあがるシスティナ。ルクスはそんな彼女の反応に冷たい視線を向け、システィナはその視線に小さくなってソファーに座る。
「反乱の可能性があるところに反逆の汚名を着せられたシスティナ王女が現れたら、それこそ、戦争を起こす口実を与える事になるんだよ。現状で言えば、消極的ではあるが流れを見ながら動く必要がある。その中でシスティナ=フォミルではなく、システィナ、お前に力を貸してくれる人間と縁を結ばないといけない」
「私ではなく私? ルクス、あなたは何を言っているんですか?」
「……俺はこんなバカ相手に1から説明しないといけないんだ?」
フォミル王家の威光などなくてもシスティナの力になってくれる人間を探したいと言うルクス。しかし、システィナはルクスの言葉の意味を理解できず、ルクスは苛立ちを隠す事なく乱暴に頭をかいた。
「平和を訴えるにしても、今のお前には何もない。お前はこの世界では死んだはずの人間なんだからな。お前が王女様って身分で何かを訴えれば表向きでは協力してくれる人間は出てくる。だけど、腹に何を抱えているかはわからない。それに対して、今のお前には王女って身分はない。それでもお前を信じて協力してくれる人間はお前を裏切らない。そんな人間を見つけなければ、このままでは何もできないって事だ」
「私を信じて協力してくれる人間? ……ルクスのような味方を増やすと言う事ですか?」
「……悪いな。俺はそこまでお前に協力するつもりは今のところない」
「ど、どうして、そんな事を言うんですか!? 一緒に頑張りましょうよ」
言葉を砕いて説明するとシスティナは理解できたようだが、ルクスの反応は冷たい。システィナはルクスを一方的に信頼しており、彼の身体を揺する。
「そう思うなら、少しは手がかからないようになれ。あれだけ、足を引っ張られて信頼も何もあるか」
「わかりました。頑張ります。絶対に、ルクスからの信頼を得て見せます!!」
「……うるさい。近所迷惑を考えろ」
冒険者として仕事をしているが、結果を見せないシスティナでは信頼はできないと言うルクス。システィナはその言葉に自信はないようだが努力すると拳を握り締めて声高に宣言するもルクスの反応は酷く冷たい。