第3話
洞窟から転移魔法で避難した先は現在この国を治めているフォミル王家が管理している王都『グリッツ』と他国との戦争を繰り広げている最前線のちょうど中心に位置している『フィオール』と言う都市である。
フィオールは現フォミル王家が100年ほど前に戦争で勝ち取った他国の王都であり、多くの冒険者や行商人が集まるため、利便性も良く、ルクスはこの都市に部屋を借りて拠点にし、冒険者まがいの事をして表向きの生計を立てている。
システィナと出会い、フィオールに戻ってきて、数日が過ぎた時、食糧の備蓄も少なくなったせいか、ルクスは懇意にしている宿屋兼冒険者の店『白き閃光亭』のドアを開けた。
「お。ルクスじゃねえか? 聞いたぞ。えらく別品なお嬢ちゃんを連れ込んだらしいじゃないか。そのお嬢ちゃんは連れてきてないのかよ?」
「……そんなんじゃない。それより、持ちかえりできる何か簡単なものを作ってくれ。2人分」
ルクスの顔を見て、元冒険者であり、この店の店主でもある『ダン』はニヤニヤと笑いながらシスティナの話題をふる。ダンの言葉にルクスは不機嫌そうな表情で、食糧を注文する。
「何だよ。そのお嬢ちゃんに作って貰えば良いじゃねえかよ」
「そんなんじゃないって言ってるだろ。こっちは厄介事を押し付けられてイラついてるんだ。あんたの暇つぶしに付き合ってるヒマはないんだよ」
「そりゃ悪かったな。サービスしてやるから、機嫌直せよ」
ルクスの様子にこれ以上からかうのは得策ではないと察したダンは苦笑いを浮かべると調理を開始する。
ルクスはその様子にやる事もなくなったため、冒険者の店が仲介している依頼が張り出されている掲示板を覗き込む。
「今はお前が受けるような仕事はねえぞ」
「だとしても働かないと金がないんだよ。この間の遠出は出費だけが多くてたいした収入もなかったんでね」
「受けるのか?」
「あぁ。無駄な食い扶ちを増やしておけないからな。簡単な所から依頼を受けさせるさ」
掲示板には特に実入りが良い依頼は張り出されていないものの我ままを言っていられる場合でもないようで、ルクスは掲示板から1枚の依頼書をはがす。
「そうか?」
「あぁ……しかし、この街は平和だな?」
「そりゃあな。第1王女様が権力欲しさに国王様を殺そうが、その王女様が反逆罪で討伐されようが平民の俺達の生活は何ら変わんねえよ。結局、誰が国を治めようが、戦争は起き、人が死ぬんだからな」
「……そうだな」
ルクスとシスティナがフィオールに到着した翌日にはシスティナが彼女の父親である国王『オックス=フォミル』を殺害した事になっており、国王殺しの罪でシスティナは彼女の腹違いの実兄である『ユリシス=フォミル』の命により、処罰された事になっており、空席になった国王の席をユリシスが受け継いだと国の隅々まで伝令が飛ばされた。
ルクスはシスティナを彼女の信頼する兵士『カムイ』に委ねられた事もあり、ユリシスまたは彼に近い者が王位を継ぐために仕組んだ事だとは気が付いているものの、システィナが殺されている事になっているため、彼女を追っていた兵士達の中にも迷いがある事を察しており、難しい表情をする。
「どうした? 新しい王様が反逆の時に死んだ。兵士や騎士の穴埋めのために人を集めているって噂もあるから、王都で一山当てようとか考えてるのか? 止めとけ、止めとけ。そんな事をしても頭の固い貴族様のなかじゃ、俺たちみたいな平民はただの捨て駒だぞ」
「……別にそんな事を考えてたわけじゃない。ただ、ずいぶんと新しい王様の得になるような事が起きたと思ってな。確か、ユリシス様は妾腹だったはずだろ?」
「……ルクス、口をつぐめ、あまりでかい声で言う事じゃない」
「そうだな」
普通に考えて、システィナの反逆は現状で言えば、彼女にはあまり利点もなく、ルクスは疑問を口にする。
その疑問にはダンも同意のようだが誰に聞かれているかわからないため、ルクスに黙るように言う。
「とりあえず、しばらくは王都に近付かない方が良いかもな。ユリシス様以外にも王位を欲しがった王族もいるだろうし」
「あぁ。この国は内外に恨みを抱えまくってるからな。そんな危ない時期には近寄らないよ」
「そうしろ。ほらよ。愛しいお嬢ちゃんによろしくな」
「……だから、違うって言ってるだろ。この依頼、貰ってくぞ」
「あぁ。好きにしな」
ダンの忠告にルクスは頷くと弁当の代金を払って、店を出て行く。
「……いつまで、そうしているつもりだ?」
「ルクス? お帰りなさい」
店を出たルクスは借り受けている部屋に戻るとベッドの上で膝を抱えて窓の外を眺めているシスティナを見てため息を吐く。
システィナは1度、ルクスの顔を見て、返事をするが直ぐに視線を窓の外に戻した。
「いつまでも落ち込んでるなら、王都にでも戻って父親殺しの処罰でも受けろよ」
「私はお父様を殺してなどいません!!」
「そんな事は知っている。ただ、世間一般ではお姫さまが王様を殺した事になってるからな」
ルクスは買ってきた食料とダンの弁当を部屋の中心のテーブルに下ろすと辛気臭い顔をしているシスティナに部屋を出て行くように言う。
その言葉には彼女を侮辱する言葉が混じっており、システィナは声を張り上げるがルクスは気にする事なく、弁当の箱を開け、中に入っていたサンドイッチを取り出すと口に運ぶ。
「……どうして、こんな事になったんでしょうか?」
「あんた達、王族の事情なんて、俺は知らない。ただ、あんたと王様の事を邪魔だと思った奴が居たって事だろ……なかなか、良い音がしたな」
「ありがとうございます……」
ルクスの様子に小さな声で不安を口に出すシスティナ。ルクスは彼女の座っているベッドに腰をかけ、買ってきた弁当を差し出す。
システィナは食べる気分ではないようだが、彼女の身体は栄養を欲しているようで、小さなお腹の音が響く。その音にシスティナは顔を真っ赤にすると遠慮がちにルクスの手から弁当箱を受け取る。
「とりあえず、落ち込んでるヒマがあるなら、自分の食費くらい稼いでくれ。無駄な食い扶ちを養っていけるほど、俺には余裕がないんだよ」
「食費?」
「……言っておく。いつまでもお姫さま気分でいられても困るんだよ。少なくとも表向きの情報じゃ、あんたは反逆者として処刑された事になっている」
「でも、私は生きてます。それなら、自分の無実を証明する事だって、お兄様と連絡を取れれば」
「その考えは捨てた方が良い。少なくともわざと残した剣を証拠にお姫さまを死んだと誤魔化してくれた人間がいるんだ。そこに出て行けば、お姫さまだけじゃなく、そいつらも殺される可能性だって出てくるんだぞ」
兄のユリシスと連絡を取れれば、自分の安全は保障されると言うシスティナ。
しかし、ルクスはわざと残した剣を拾い、システィナを見逃してくれた人間がいるため、その人間の安否を考えると直ぐに動くべきではないと首を振った。
「きつい事を言うが、現状で言えば、お姫さまを嵌めたもっとも怪しい人物は国王に 納まった王子さまだろ」
「それは……」
甘い事を言っている場合ではないため、ルクスは推測できるシスティナを嵌めたのはユリシスだと言い切る。システィナ自身も認めたくはないがその事は理解しているようで目を伏せた。
「それで、どうするつもりだ? 見逃して貰えたんだ。王家って事を捨てて、生きるのも1つの道だぞ。変に真実を求めるよりはずっと安全だ」
「そうですね……でも」
システィナはルクスの勧める事も理解出来るようだが、心に1つトゲが刺さっているようで、ベッドの隣に立てかけている剣へと視線を移す。
「この剣を渡された意味を知りたいと思う自分がいます。あの声が言っていた邪悪な意思と言うもの。それがお兄様を操っているとしたら、私はお兄様を助けたいです」
「助けたいね」
「ルクス、お願いです。私に力を貸してください」
「でもな……」
先日、洞窟の中で聞こえた声にシスティナは何かを感じ取っているのか、ルクスを真っ直ぐと見て、協力を仰ぐ。
しかし、ルクスはあまり乗り気ではないようで少し考えるような素振りをする。
「ダメですか?」
「……協力するだけの理由がない。あの声は確かに気になるけど、何も確かめずに動くほど俺もヒマじゃない。それに、もし、あの声が言う事が事実だとしたって、2人で大陸の平和を守れると思うほど、俺は単純じゃない」
「ダメですか?」
「……少なくともあの声に付いて調べるのが優先事項。それだけだ」
安全だった王宮から1人放り出されたシスティナは知り合いがいないため、自分の命を助けてくれたルクスを心の拠り所にしているのは明らかである。
彼女の視線にルクスは眉間にしわを寄せるが、彼自身もどこかであの声が引っかかっている事は否定できずに頭をかくと協力すると答えた。
「ルクス、ありがとうございます」
「お、おい。お姫さま、いきなり、抱きつくな!?」
「す、すいません」
ルクスの返答にシスティナは余程うれしかったようで、ルクスに飛びつく。ルクスは突然の行動に驚くもしっかりと彼女を抱きしめると目の前に移ったルクスの顔にシスティナは慌てて距離を取る。
「……良いか。協力はする。その代わり、お姫さま、間違っても自分が王女だってばれるような行動はするなよ。剣を証拠にお姫さまが死んだと言ってくれた人間もいるみたいだけど、それを信じていない人間がいる可能性だってあるんだからな」
「わ、わかりました……」
「何だ?」
「それなら、ルクスが私をお姫さまと言うのは良くありませんよね?」
王女とばれないように行動しろと言うルクス。システィナはその言葉にルクスが自分をお姫さまと呼ぶ事は良くないと言う。
「そうだな……どうするかな?」
「一先ずはこれからはシスティナと呼んでください。元々、私の顔は世間にはあまり知られていませんし」
「あー、わかった。システィナ」
ルクスに名前で呼ぶように言うシスティナ。ルクスはどこか抵抗があるのか苦笑いを浮かべるも承諾しないわけにもいかないため、小さく頷くと彼女の名前を呼ぶ。
「な、何か、照れますね」
「……なら、どうしろって言うんだよ?」
「い、いえ、別にイヤと言うわけではありませんので、このままお願いします」
「わかった。慣れるように頑張るさ」
ルクスと出会ってから、初めて名前で呼ばれた事もあるのかシスティナは照れているようでルクスから視線を逸らす。ルクスはそんな彼女の様子に戸惑っているのか視線を逸らすとシスティナは力を込めて言う。
「それじゃあ、とりあえずは情報収集だったり、食費を稼いだり、やることはたくさんあるからな。これからの生活を考えると何かあった時のために最低限の生きる術くらいは覚えて貰うからな。剣は扱えるんだから、それで稼ぐぞ」
「わ、わかりました。頑張りますので、ご教授、よろしくお願いします」
協力するとは言ったものの、状況によってはシスティナと離れる可能性もあるため、ルクスは彼女に冒険者としての生き方を叩き込むつもりのようであり、システィナはその言葉に真剣な表情をして大きく頷いた。




