第2話
ルクスが動いたのを見て、獣は咆哮を上げた。その咆哮に呼応するように大気中の水分が凍りつき、氷の槍が完成する。
氷の槍は完成すると同時にルクスに襲い掛かった。
「……炎の精霊よ。我に力を貸せ。我が身を守れ」
ルクスはその攻撃を予期していたかのように魔法を唱え、炎の精霊を呼び出し、その力を身にまとう。
まとった精霊の力なのか、ルクスに襲いかかってきていた氷の槍は蒸発し、そこには水蒸気が立ち込めている。
氷の槍が水蒸気に変わるのを見て、獣は再び、咆哮を上げ、氷の槍を生成するが、ルクスのまとう炎の精霊の力を簡単に排除する事はできないようで氷の槍は次々と溶けて行く。
「せ、精霊魔法? 使える人がまだいたの?」
震える手で剣を握りながら、視線の先に映るルクスの姿にシスティナは驚きの声をあげる。
精霊魔法はこの世界では失われた魔法であり、使い手と言われる人間はすでにいないとまで言われている。
その魔法がシスティナの前で使用されている。彼女はその様子に恐怖より、興奮が勝ったようでその表情は先ほどまでの恐れはなく、高揚し始めている。
「……厄介だな。ダメージを与えてる気がしない。精霊相手だから、予想していた事ではあるが、面倒だな」
システィナの興奮をよそに、氷の槍が解けるたびに少しずつ炎の精霊の力は削がれているようで、ルクスの表情にはわずかに焦りが見えるが口調は落ち着いている。
ルクスは短剣で獣を数度、斬りつけてはみたものの、その手には斬り付けた感触が残っていないようであり、獣が実態のない物だと言う事が理解出来る。
「ぐっ!?」
ルクスが思考に入った一瞬を獣は見逃さす。獣はルクスに体当たりを喰らわせるために一直線にルクスに向かってきた。ルクスはその攻撃に気づき、何とか交わそうとするが交わしきれず、右腕にダメージを喰らってしまい、ルクスは地面に転がる。
「……こっちの攻撃が効かないのにこのダメージは不味いな」
右腕の痛みに顔を歪めながら、ルクスは立ち上がった。痛みを抑えるように彼の左手は右腕を抑える。そんなルクスの様子をあざ笑うかのように獣は1度、咆哮を上げる。
その咆哮は先ほど氷の槍を生成した時より、大きく、獣はルクスのダメージを感じ取り、止めを刺しにきたようにも見える。
「……勝手に終わりを決めるなよ。まだ、相手をして貰う」
しかし、ルクスの戦意は衰える事などなく、その瞳には獣以上に獰猛な光が宿り始めた。
彼の瞳に宿る光に呼応するように先ほどまで大気中に舞っていた水蒸気が凍り始める。
「な、何? 何が起きるんですか?」
システィナは水蒸気の中で何が起きているのかわからないが、その異常なほどの冷気に身体を震わせ、視線を凝らして中の様子を覗くがルクスと獣を視界に捕える事は出来ない。
「……自分の冷気以上の攻撃を喰らったら、どうなるんだ?」
ダメージを与える事のできない獣が扱う氷の槍。ルクスは獣の正体をすでに見切っているようで楽しそうに笑う。
水蒸気は凍りつき、獣は足元から凍りつき始める。
獣は自分以上の冷気を扱い始めたルクスの様子にこのままでは自分が倒されてしまうと感じ取ったようで身体を動かそうとするがすでに足元は凍りつき、身動きなどできない状況である。
「最後の悪あがきか? 往生際が悪いぞ。それに攻撃がワンパターン過ぎるんだよ」
身動きが取れないためか獣は咆哮を上げ、氷の槍でルクスを狙う獣。
しかし、既にこの洞窟内の水分の支配者は獣ではなく、ルクスに移っており、氷の槍が生成される事はない。
氷の槍を生成する事の出来なくなった獣は威嚇するために唸り声をあげるがルクスは獣の様子をあざ笑うかのように距離を縮めて行く。
「これで終わりだ」
地面に転がった時に落した短剣を拾い上げ、獣の眼前まで移動するとルクスは短剣を握る両腕に力を込める。
それと同時に、ルクスの短剣は青く輝き出し、短剣は獣の首元に吸い込まれるように獣の首を落とす。
ルクスが斬り落した獣の首は一瞬で凍りつき、地面に落ちると砕けて大気中に霧散して行き、獣の頭が砕けると同時にその身体も朽ち果てて行く。ルクスはその様子に興味を示す事なく、短剣を腰に戻す。
「……守護者がこの程度なら、回収する必要もなかったか? まぁ、何かに使える可能性もあるから持って帰るけど」
砕けた獣の残骸の中から、ルクスは拳くらいの青く光る石を拾い上げると不満げに石を覗き込んで小さくため息を吐く。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「あ? 何だ。まだいたのか」
「まだ、居たって何ですか? ちょ、ちょっと待ってください!?」
システィナは獣が倒された事に胸をなで下ろすとルクスに駆け寄るが、彼の反応は鈍い。その様子にシスティナは頬を膨らませるが、ルクスは青く光る石を懐にしまうと部屋の中心にある宝玉に向かって歩き出し、システィナは慌ててルクスの後を追いかける。
「あの。これは何なんですか?」
「……お姫さまに説明する義務はない」
「何を言っているんですか? ここは王家にまつわる洞窟です。それに手を伸ばすなんてあなたは何様ですか?」
「……まだ、ここがフォミル王家に連なる場所だと思ってるのかよ」
宝玉に手を伸ばそうとするルクスの手をシスティナは押さえつける。彼女はまだこの洞窟が王家に連なるものだと思っているようで宝玉について聞くがルクスは呆れ顔で言う。
「何ですか?」
「何度も言っているが、ここはフォミル王家に連なる洞窟じゃないって言ってるだろ。嘘だと思うなら、それに触れてみたら良い」
「これにですか? ……襲いかかってきませんよね?」
システィナに説明するのが面倒なようでルクスは彼女の手を引き離すと目の前にある宝玉に触れるように言い、システィナはその言葉に少し警戒しつつも自分が目指した洞窟はここだと疑っていないためか、自分の主張を正しいと証明するために宝玉に触れた。
しかし、彼女が宝玉に触れても何かが起きる事はない。
「納得したか?」
「納得も何も」
「……どけ」
「何をするんですか? え、な、何ですか? 何が起きているんですか?」
ルクスはシスティナを宝玉の前から移動させると宝玉に触れる。ルクスが触れると宝玉は淡い光を放ちはじめ、システィナはルクスの背中に隠れた。
「この洞窟は精霊魔法を使う人間の修行場だ。この場所に眠る精霊との契約の場。わかったか? お前はお前を殺そうとしている人間に罠にはめられたんだ」
「そ、そんな事はありません。そんな事があるはずがありません」
「……頭の中まで平和だな」
再度、突き付けられる事実を認める事ができずに首を振るシスティナ。ルクスがその様子にため息を吐いた時、光をあげていた宝玉へと光が収束し始める。
「おい。まだ、契約は終わってないぞ」
「な、何ですか!?」
宝玉の様子にルクスは慌てた時、宝玉に収束された光は弾け飛んだ。
……ルクス、我が血と智を受け継ぐ者よ。そして、フォミル家の血を受け継ぐ運命の少女システィナ。
その瞬間にルクスとシスティナの頭の中に2人を呼ぶ声が響く。
「な、何ですか? この声は?」
「……落ち着け」
何が起きたかわからずに洞窟内部をキョロキョロと見回すシスティナ。ルクスは彼女の様子に呆れたように言うが、彼も何が起きたかわからないようで視線を鋭くして辺りの気配を探る。
しかし、その目には声の主を見つける事は出来ない。
……この大陸は今、邪悪な意思に飲み込まれようとしています。2人にはそれを止める力があります。
「邪悪な意思ですか?」
「そんなもん。そこら辺に転がってるだろ。それがあるから、戦争だ。何だって言ってるんだ」
2人の頭に響く声は2人の運命を予言しているようだが、その言葉はあまりに現実味はなく、システィナは首をひねり、ルクスはため息を吐く。
……2人の歩く道を示す力を。
「な、何ですか?」
「……剣と双剣」
状況が理解できない2人の事など気にする事なく、頭に響く声は話を進めていき、宝玉は2つに分かれ、剣と双剣へと形を変える。
「これって、私の剣ですよね? ほら、ここは王家に連なる洞窟だったんですよ」
「……どう言う事だ? 一先ずは1度、戻って情報を整理する必要があるな」
剣を握ると勝ち誇ったようにルクスの顔を覗き込むシスティナ。ルクスは情報を処理しようとしているのか眉間にしわを寄せて首をひねった。
「マスター、大変です。兵士達がこの洞窟を見つけたみたいです」
「……そうか? おい。お姫さま、行くぞ」
「行くって、どこにですか? 私には逃げる理由がありません」
その時、洞窟の入口の方から、多くの人の声が反響してルクス達の耳まで届く。ルクスはこの場所には逃げ道がないため、転移魔法に移ろうとするがシスティナはまだ、自分の命が狙われていると思っていないようで首を横に振った。
「そんな事を言ってる場合か? さっきのが何かわからないが、それを調べるためにお姫さまに死なれたら困るんだよ」
「何を言ってるんですか? えっ? ど、どう言う事ですか?」
「だから、言ってるだろ。お姫さま、あんたは命を狙われてるんだ。それにさっきの現実味のない話が仮に本当だったとしたら、その邪悪って奴があんたを狙ってるって事だろ」
兵士達は2人がいる洞窟最深部を目指しているが、兵士達にはシスティナの命を奪う事が最重要事項であるようで彼女を殺すと言う声がシスティナの耳にも届く。
その声にシスティナは状況は理解する事はできずに慌てるが、ルクスは頭に響いた声を思い出せと言うと彼女の手をつかんで、システィナを引き寄せる。
「な、何をするんですか?」
「……黙ってろ。あの声が本当だとしたら、時間稼ぎをする必要があるな」
「マスター、どうするつもりですか?」
「当然、逃げる。ただ」
ルクスの顔が目の前に現れた事で驚きの声をあげるシスティナ。ルクスはシスティナの様子を気にかける余裕などないようであり、真剣な表情をすると右手をこの空間の入口に向けてかざす。
「いたぞ。システィナ王女を殺すんだ!!」
「ど、どうしてですか?」
「……だから、言ってるだろ。悪いな。どうやら、捕まるわけにはいかないみたいだ」
最深部へと顔を覗かせ、システィナを見つけると剣を構える兵士達。システィナはまだ自分の命が狙われている事が信じられないようで呆然としているが、ルクスは兵士達に向かって火球を放つ。
その火球は洞窟の天井を打ち抜き、天井からは岩が落下し始め、兵士達は岩を何とか交わしながら、ルクスとシスティナへと視線を向けるがすでにルクスの転移魔法で飛び立った後のようでそこに2人の姿はなく、システィナが初めに持ってきていた剣が落ちている。
「に、逃げられた。探せ!! 探すんだ!!」
「……いや、これで何とか誤魔化そう。システィナ様はこの場所で死んだ。お前達もわかったな」
「隊長」
「……システィナ様の命を奪うのは我らだって本意ではなかったはずだ」
兵士の1人はシスティナを探すように叫ぶが、隊長格の兵士がシスティナの剣を拾い上げるとシスティナの逃亡を隠ぺいするように指示を出し、兵士達はその言葉に頷いた。