第2話:工場をスキャンする
「おはようございます!」
昨日のスプレーの理由もわかり、今日は何をスキャンするのだろうと思い出社しました。
「おはよう楠野さん、今日は工場にいきますよ」と林原さんが声をかけてくれた。
「工場ですか?どこ?」
「同じ敷地内にあります、行った事ないありませんよね?ってまだ2日目でしたね」
「はい、まだ2日目です...」
「スキャナは準備してあるからクルマまで運んでおいてください」
「はい、測定室ですか?」
「そう、先に行って待っていてください」
「はい、承知しました」
そう言って私は、昨日の測定室に行きました。測定室に着くとそこには、昨日は無かった箱がいくつも並んでいました。
「ん?これかな?なんだろこれ」
「楠野さんおはよう、今日もよろしくね」
「あ、川上さんおはようございます。今日は工場に行くと言われたんですが...」
「そうそう、これで工場をスキャンするの」
「これでスキャンするんですか?」
「そうだよ、エリアスキャナって呼んでいてね、建物とかスキャンするのに適したスキャナだよ」
「そうなんですね、って建物ですか?」
「そうそう、建物」
と言われて、昨日スキャンした事を思い出しました。ペンキ塗りのようにむらなく建物をって…。大変だ!
「建物をペンキ塗り?何時間かかるんですか?」
「アハハ、昨日のスキャンを思い出したのね、昨日のアームとは違って置いておくだけで良いんだよ」
「え?置いておくだけ?」
「まぁ、説明するより実際に見た方が早いね、運ぼうか」
「はい…」
川上さんと私でいくつもある箱を台車に乗せてクルマまで運んでいくと、林原さんが待っていました。
「林原さん、お待たせしました」
「川上くんも一緒にいきますよ、積んで乗り込んでいてください」
「え?聞いてませんよ」
「今、言いましたよ」
川上さんは早く言って欲しいと言わんばかりの表情を浮かべて、しぶしぶスキャナを積み込みクルマに乗り込みました。
もちろん私も一緒に。
「工場までどれくらいかかるんですか?」
「時間かな?5分くらい」
「ちかっ!すぐじゃないですか?」
「すぐだよ、ってもう着いた」
そんな会話をしていると、工場って言うか倉庫みたいなところに着きました。
「ささ、早くやってしまいましょう」
「もういつもその日に言うんだから、今日やろうとしてたのどうしよう」
「まぁまぁ川上くん、明日もありますから大丈夫です」
「ほんと他人事なんだから、林原さんは...」
この二人のやりとりはなんだか漫才を見ているようで笑えます。
「んでは、作戦会議です」
林原さんはそう言うと、先ほどとは違い真剣な顔になりました。
「楠野さんも一緒に聞いてください、工場のような広くて大きなモノをスキャンする時は、適当にスキャンすると取り残しはもちろんですけど、データのズレが発生するから段取りがとても重要なんです」
「前にもありましたよね、スキャン終わってデータ見てたらずれていて大変でしたよね」
「そうそう、そうならないようにどこから撮るのかを決めます」
「それとデータ合成用のスフィアの場所もですよね、林原さん」
「そうです、では場所を決めましょう」
そう言うと林原さんが工場の図面を拡げて、コンパスを手に持ち何やら円を書き始めました。
図面上に無数の円を書いて番号を振ります。
「こんな感じですかね、川上くんどう思います?」
「はい、良いかと、真ん中からですよね?」
「そうです、真ん中から時計回りに順番に撮っていきます」
「あの~、どう言う事ですか?この円はなんですか?さっぱりわかりません」
「楠野さん、そう言うと思いました。これから説明します」
「この円はスキャンする範囲です、およそ半径10mの範囲です、エリアスキャナは300m先まで3Dデータを撮る事が出来ますが、離れすぎると点間ピッチが広くなりすぎて形状がわからなくなります。形状を維持しつつスキャン誤差を最小限に抑えられる範囲が約10~20mとなると我々は考えています」
「そうなんですね、遠くまでスキャン出来てもカタチが分からないって事ですね、わかる範囲がだいたい10mか20mくらいって事ですね」
「そうです、飲み込みが早いですね」
「それでこの順番はどういう意味ですか?」
「エリアスキャナは、設置したら自動で360度スキャンします、撮り終えたらスキャナを移動させてスキャンします。これを繰り返して工場全体を3Dデータ化します」
「端っこからスキャンするではダメなんですか?」
「いい質問です、ダメでは無いです。たしかに工場の端からスキャンすればわかりやすくて良いですが、データを合成していくと位置合わせ誤差が発生します。端っこから繰り返していくとその誤差が多くなっていきます。1+1=2みたいになる、例えば10回スキャンしたとするね、1+1+1+1+1+1+1+…=10になります。それを真ん中からスキャンして合わせていくと、右も左も1+1+1+…=5になって合わせ誤差を少なくする事ができます」
「そうなんですね、でも5+5=10にはならないんですか?」
「数字だけをみるとそうなるんだけど、実際の計算誤差はそうはならないと考えています、精度検証をしてわかっています」
「なるほど、真ん中からスキャンして合わせて行くと誤差は小さくできると...わかりました」
まだはっきりとは理解していないけど、やってみればわかるって事だと思いました。考えているだけじゃなくて行動ですよね。
「あ、スフィアってなんですか?」
「これの事」
と言って、川上さんが丸い球を見せてくれました。
「これがスフィア?ですか?」
「そうだよ、この球を使ってデータを合成するんだけど、置く場所にちょっとだけ気を付ける」
「単に並べて置くだけではダメなんですか?」
「一列に並べるように置くのはダメね、球同士を線でつないだ時に三角形ができように置く、それと高さを変えながら置く」
「高さを変える?」
「三次元的に考える、高さを変えて並べる事で空間を作る事ができる、同じ高さで三角形を作っても良いけど高さを変えるだけでより合成精度を高める事ができる事がわかってる」
「そうなんですね」
「説明はこれくらいにして、スキャンしましょうか」
林原さんがそういうと、川上さんは頷いてスキャナとスフィアを持って1番目って決めたところにスキャナを置きました。
「あの~、ところでなんで工場をスキャンするんですか?」
これから始めるって時に、言ってしまいました。邪魔しちゃったような気が…。
「あ、そうだね、目的を言ってなかったね」
「工場の生産ラインはCAD上で設計してるんだけど、実際の現場で設置する時にどうしても設置場所が設計通りにいかない場合があります、場所の問題、柱とか床とか、それとロボットの稼働範囲とか安全区域とか、いろいろな要因です」
「そうなんですね、それがスキャン目的なんですか?」
「ちゃんと設置出来ているのかと、そういった少しのズレをCADに反映する為なんだ、他の工場に設置した際に参考にするのが目的って言うか、そんな感じかな」
「そうなんですね」
「それがすべてではありませんが、今はそうだと思っていてくれて構いません」
「わかりました、ありがとうございます。作業の前にすいません」
「いや、なぜスキャンするのかはとても重要だから、いいよ」
と、川上さんが言ってくれ、少しほっとしました。
「では、スキャンします」
林原さんはスキャナを操作してスキャンを開始しました...
「ん?くるくる回ってる...だけですか?」
「そうです、くるくる回ってスキャンしてます、このまま待機です、あまり動き回らないようにしてください」
「はい、なんだかもっと大変かと思ってました」
「スキャン自体は自動でやってくれるから簡単に見えますが、頭の中でデータ合成する事を考えながらスキャナを移動させる、スキャンする、を繰り返します。単純に置いている訳ではありません」
「ですよね、わかりました」
林原さんと川上さんは慣れた手付きで、スキャンが終わるとスキャナとスフィアを移動させ、またスキャンをしてを繰り返していきました。私はと言うと、手伝う事がなかなかできず、どう見ても足手まとい…スキャナをしまっていた箱を台車に乗せてあとを付いていくのが精いっぱい…。
「よし、これでOKですね、川上くんデータはどうですか?」
川上さんがタブレットを見ながらデータチェックをしています。
「細かい部分はあとで見ますけど、たぶん大丈夫です」
「ありがとうございます、楠野さん、これで終わりです。片付けを手伝ってください」
「はい、いま台車持っていきます」
台車を押してスキャナが置いてあるところまで行き、片付けをして、それ以外は何も出来ないまま一日の作業が終わってしまいました。
「お疲れ様-」
事務所に戻ると菅野さんが声をかけてくれました。
「どうだった?工場は楽しかった?」
「何も出来ないまま、終わってしまいました」
「アハハ、まだ2日目だからしょうがないよ、勉強勉強」
「はい、ありがとうございます、ガンバリマス」
「んじゃ、お疲れ、先帰るね」
「はい、お疲れ様でした」
「楠野さん、お疲れ様でした、帰っていいですよ」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ~」
林原さんと川上さんが2人で同じPC画面を見ながら言ってくれました。さっきのデータ
合成をもうやっているみたいです。
すぐに終わるのかな、明日聞いてみよ。そう言えばエリアスキャナってどう言う原理でスキャンいているんだろ、くるくる回っているだけでスキャンできている?元次さんに聞いてみよう。
帰宅してから、コンサルタントの従兄の元次さんに電話しました。
「もしもし、元次さん、みつです」
「なんだ、またお前か、毎日なんのようだこんな時間に」
「またそんな言い方して、かわいい娘からの電話は嬉しいでしょ?」
「あ、じゃあな、切るぞ」
「あ、ちょっとまって、また聞きたい事があって」
私は、昼間のスキャンの事を話して、どうやって3Dデータが撮れるのかを聞きました。
「なんだ、今日は工場をスキャンしてたのか、昨日と違って楽しい職場だな」
「まだ2日目なんですが、何も出来なくて、それで何で3Dデータが撮れるの?」
「今日お前が見てたスキャナの計測原理はToF、Time of Flightって言ってレーザーを飛ばす、壁にレーザーが当たる、レーザーが反射して戻ってくる、その時間を計算して壁が空間のどの位置にあるのかを三次元的に見るスキャナだ」
「レーザーってレーザーポインター?会議とかで使う」
「そうだ、レーザーは直進性が高いから何かに当たるまで届く、だから300mとか400mとかまでデータ化する事が出来る、まぁやらないがな、せいぜい10~20m、スキャンするワークが壁なら40mくらいの範囲だな」
「あ、職場の人も同じ事を言ってた、10mくらいって」
「お?その人は良く知ってるな、今度紹介してくれ、俺を雇ってもらう」
「え?紹介?できるかな、ちょっと考えるね」
「あ?いろいろ教えてやってるんだから、それくらいの事はしろよ」
「はいはい、ありがとうございました、また電話しますね」
「おお、じゃぁな」
いつもは一方的に電話を切る元次さんだけど、今日はちょっと違う感じがしました。
林原さんを紹介して欲しいみたい。なんて言えば良いんだろ。いろいろと教えてもらっているからちょっと考えてみよ、はぁ今日も疲れました。
まだ2日目なのに、いろいろな事をしているような気がします。明日は何をスキャンするんだろと思うと、ちょっとだけ楽しくなってきました。
つづく・・・




