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第一話『ゴーヤの苦さを知る夜』
(語り:わたし)
夕暮れの街を歩く足どりは、少しだけ緊張をまとっていた。
久しぶりに会う友達とのご飯。
でも本当は、ただ美味しいものを食べるだけじゃない気がしていた。
居酒屋の扉をくぐった瞬間、やさしい光とあたたかい匂いに包まれる。
運ばれてきたゴーヤチャンプルー。
少し迷って、それでも一口。
あの独特の苦みが広がったとき、なぜだろう――
わたしの中の“話せなかった記憶”が、ふと顔を出した。
「実はね……」
気づけば、過去の傷を、すっと言葉にしていた。
震えるかと思ったけど、意外と静かだった。
彼女は黙って聞いてくれた。
「そうだったんだね」
それだけの言葉が、心の奥にすっと染みていった。
ゴーヤの苦さと一緒に、わたしの記憶も、胃袋の中にゆっくり溶けていった。
苦いだけじゃない味。
それは、やさしさの形をしていた。
帰り道、心はまだふわふわとしていたけれど、
その夜の空は、やけに澄んで見えた。