幕間1
――これは狂い月イベント開始前のちょっとした幕間劇――
風光明媚な湖水地方、フォーレ公爵領は恋人たちの聖地として知られる。
百年ほど昔、この地の領主アルマンド・フォーレ公は一人の平民の娘を見初め、周囲の反対を押し切って妻とした。病で長くは生きられない身だったが、生涯妻一人を心から愛し続け、妻もまた献身的に病床の夫を支えた。
最初は二人の結婚に否定的だった周囲の人々も、二人の愛の強さに心を打たれ、次第に理解を示すようになった。そしてフォーレ公が亡くなると、妻のイリアも後を追うように早逝したという。
二人の愛の物語は詩となり、歌となって多くの領民に親しまれた。やがて人気作家ウィリアムズ卿の手で戯曲化されると、「アルマンドとイリア 不滅の愛」は国民的なラブストーリーとして広く知れ渡り、二人が愛を育んだ館や湖畔の離宮は王国中から恋人たちが巡礼に訪れる聖地となった。毎年数百組のカップルがこの地の教会で結婚式を挙げている。
さて、リア充どもがどこで結婚式を挙げようと俺の知ったことじゃないが、この物語には一人の悪役が登場する。由緒正しいフォーレ家の血統を羨み、あの手この手の謀略を尽くしてまんまとアルマンドの許嫁の座を手に入れたダークレイ伯爵令嬢キャサリン。いわゆる悪役令嬢だ。
彼女はアルマンドを愛してはいなかったが、その高貴な血筋に執着し、まるで上等なアクセサリーを愛でるかのごとく決して許嫁を手離そうとしなかった。
愛し合うアルマンドとイリアの仲をことごとく邪魔し、ついには婚約を破棄されても二人を恨んで嫌がらせを続けた。二人が病で早逝したのはキャサリンの呪いによるものだという説もある。
しかしキャサリンがいくら呪っても二人の愛が揺らぐことはなかった。嫉妬のあまり狂人となったキャサリンは古い石の塔に幽閉され、やがてその屋上から身を投げて死んだ。その魂は怨霊となり、アルマンドとイリアがこの世を去った後も消えることなく、愛し合う男と女すべてを今も呪い続けているという。なんとも救いの無い話だ。
で?実際のところどうなんだ?キャサリン。
「ぁ゙あああああああああああああ愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……」
……まあ正気とは言えないな。
どういうわけかこのストーカー霊は、フォーレ公と縁もゆかりも無い俺に熱烈ご執心だ。
これまで世話にはなったが、ミョルヌを迎えてパーティーはもう満員。そろそろ成仏してもらいたい。
というわけでここにやってきた。
現在、フォーレ公の館は記念館になっていて、併設された劇場では毎月、アルマンドとイリアの物語が上演されている。正直俺はこんな臭い芝居に何の興味も無いが、女どもがどうしても見たいとうるさいから渋々付き合っている。さっきから欠伸が止まらねぇ。
「はぁぁ……お互いを深く想い合う二人……なんと素晴らしいんでしょう!わかりますかハイカキンさん!やはり一番尊く美しいのは愛なんです!愛こそが世界を救うんです!」
すっかり感化された天使が瞳をキラキラさせて、どこぞの消費者金融のCMみたいなことを言う。
「ぐすっ……本当に素敵でした………あ、あの、旦那様っ、私と一緒にあの列に並んでいただけませんかっ」
オリエはまだ劇の余韻で目を赤くしている。剣を抜けば無敵だが、頭の中は初心で世間知らずな箱入り娘。よくまぁこんな茶番劇に感動してそこまでウルウルできるもんだ。
そしてなんなんだあの行列は?姫騎士が指差す方を見ると、アルマンドとイリアの衣装を着たカップルが劇中のポーズで肖像画を描いてもらうサービスらしい。俺にアレを着ろってのか?バカ言ってんじゃねぇ。そんなことのためにここに来たわけじゃねぇんだよ。
「良きではありませんか!純白のウエディングドレスを汚す同志ハイカキンの薄汚い快復ポーションZ……実に捗るシチュエーションッ!絵ならこの天才にお任せあれッ!」
誰のナニが薄汚いって?みんなの感動をお前の薄汚い妄想で汚すな、腐れエロ同人絵描きめ。
「んなヒマはねぇ。さっさと呪いを解いて次のイベントに備えなきゃならねぇんだ」
「そっ、そこをなんとか!一時間だけでも……」
「あの行列が片付く頃には明日の朝だっつーの。絵なんか自分の城に好きな絵描きを呼んで描かせりゃいいだろ。エロ同人絵描きは論外だけどな」
「全っ然わかってないですねぇハイカキンさんは。今ここで描いてもらうから意味があるんじゃないですか」
天使がオリエに加勢する。女同士で結託しやがって。まさかお前も描いてもらいたいとか言わんだろうな?
「ぇへへ………ダメですか?」
「お前ら二人で描いてもらえよ。俺は絶対着ねぇからな、あんな服」
「そこをなんとかっ!」
「いっつも暑苦しい黒ずくめばっかり。たまにはいいじゃないですかっ!」
「ニョロロフッ!」
てめぇコワモテ、お前もそっちの味方かよ。
孤立無援でゲンナリしていると、いいタイミングで話題をぶった切り、一人の男が輪に入ってきた。誰だか知らんがナイスだオッサン。
「これはこれはオリエ様!まさかお見えになっているとは夢にも思わず、ご挨拶が遅くなり大変失礼いたしました」
「フォーレ公!こちらこそお忍びでご挨拶もせず申し訳ありません。実は前からずっとこの劇場に来たかったのですが、ようやく念願叶って……本当に、想像していた以上に素晴らしい舞台でした!」
ああなるほど。このオッサンが今のフォーレ公か。あそこに飾ってある肖像画のフォーレ公とはあまり似てないみたいだが。独り言みたいに感想を漏らした俺に天使がツッコむ。
「ちょっとハイカキンさん、失礼ですよ!」
オッサンは気を悪くした様子もなく朗らかに笑う。悪い人じゃなさそうだ。
「いえ、よく言われるんですよ。アルマンドは一粒種で、イリアとの間に子供はいませんでしたから、後を継いだのは傍系の血筋です。遠縁だから似ていないのかもしれません。お目にかかれて光栄です、ハイカキン様。ご武名は聞き及んでおります」
「様付けなんてよしてくれ。ただの庶民の冒険者だ。見ての通り、礼儀も言葉遣いも知らん」
「こういう方なのです」
フォローするオリエにまた笑顔で頷き、フォーレ公は俺たちを貴賓室に誘った。
「オリエ様か敬愛される方に礼を欠くわけには参りません。よろしければこちらで少しおくつろぎ下さい。何もなくて申し訳ありませんが、お飲み物だけでも用意いたしますので」
人目につかない部屋で公爵一人で相手をしてくれるなら好都合だ。ありがたくもてなしに応じるとしよう。
すぐに運ばれてきたのはちょっとした焼き菓子の盛り合わせと白ワイン。隣のダークレイ伯爵領の名産らしい。伯爵令嬢キャサリンの故郷だ。怨霊は今、呪い封じの護符で眠りについている。
「婚約が無くなっても伯爵家と仲が悪くなったりはしなかったんですね?……むぐむぐ。コレおいしい!」
天使が菓子をつまみながら、なかなか聞きづらいことをズケズケ聞く。お前も失礼だろ。苦笑する伯爵の代わりにオリエが答えた。
「両家は元々良好な関係だったのです。ダークレイ伯爵家はワイナリー経営の事業で成功し、大きな資産を築いていましたが、地方貴族ゆえに王都とのパイプが弱かった。そこで王家と姻戚関係もある名門のフォーレ公爵家が口利きして、ブドウ農園の拡大に過大な税がかからないようにした。代わりに伯爵家はこの劇場の建設に出資するなど経済的支援を惜しまず、互いに協力し合って栄えてきたというわけです」
「なるほど〜。仲がいいのは良いことですねっ」
お前絶対わかってないだろ。
「古のエチーゴ屋と悪代官みたいなモノですな。古き良き腐敗の香りッ!……どぅっふっふ……良いではないか良いではないか」
手掴みで菓子を口に詰め込みながら、腐敗したエロ同人絵描きが的外れな例えを持ち出した。この世界にもあるんだな、そういうの。
「まあ劇ですから多少、脚色されている部分もあります。伯爵令嬢のご不幸も、実際のところ婚約解消と関係があったのかはわかりません。そもそも親が決めた許嫁同士、さほどの面識は無かったでしょうし、アルマンドにそこまで執着する理由があったとも思えません。あくまで劇中の物語であって、現実は我々の預かり知らぬところです」
そう、そこなんだよな。
口を挟んだ俺に全員が注目する。
「あの劇を見ていて一番腑に落ちなかったのはそこなんだ。キャサリンはアルマンドを愛していなかった。なのにイリアとの仲を引き裂こうとした。そこが俺には腑に落ちない。だってキャサリンの愛がどれほど重たいか、俺が一番よく知っている」
「……と、仰りますと?」
俺の言葉に何か不穏なものを感じ取って、フォーレ公がゴクリと唾を飲み込んだ。悪いなオッサン。アンタは悪い人じゃなさそうだが、怨霊の返却先はアンタしか思いつかない。縁もゆかりも無い俺の元にいるより、キャサリンもその方が喜ぶだろ。
俺は首から提げていた呪い封じの護符を外した。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙愛してる愛してる愛してる愛してるわた私の私のたた大切な大切な大切なヒヒヒヒヒヒ人人人人人ハァァァァァァナハナはナ離さない離さない離さない離さない離さない離さないスズズズズズズずっとずっとずっとずっとずっと一緒に一緒に一緒に一緒ショショショショショショショォォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙」
途端に俺の周りに溢れ返る狂気。背後に可視化した凶相の女が黒髪を振り乱し、ザワザワと俺を包み込む。
「ひっ……なっ……こっ、ここここれは一体っ!?一体何がっっ!??……こっ、この禍々しい怪物はっっっ!??」
座っていた椅子から転げ落ち、尻もちをついたまま後退りするフォーレ公。恐怖で限界まで見開かれた目に、確かにキャサリンを映しているが、それがキャサリンだとは認識していないようだ。だったら教えてやろう。
「怪物とは酷い言われようだな。よくご存知だろ?ダークレイ伯爵令嬢キャサリン。アンタの先祖を呪っている女だ」
公爵は口をパクパクさせたまま言葉を失っている。
「どうだ?キャサリン。お前が愛したアルマンドじゃないが、同じ一族のフォーレ公だ。末代まで祟ってやってもいいんだぜ?」
「アルマンド………さま?………あああるあるあるあるあるあるマルマンドさまるまるまるまるまるまるマンドさまぁぁぁぁああああああいしてる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる……」
アルマンドの名前には反応するが、怨霊は俺から離れようとしない。
「やっぱダメか。直系の子孫ならワンチャンそっちに乗り移ってくれるかと思ったが……百年も後の子孫で、しかも遠縁じゃイマイチだよな。全然似てねぇし」
「そんなゲスいこと考えてたんですか!酷すぎます!」
「さすが同志ハイカキン!そこにシビレるッ!憧れるゥッ!」
「も、申し訳ありませんフォーレ公……こんな方で……」
女どもが口々に俺の評価を下方修正する。約一名逆のことを言ってるが、コイツの評価はむしろ俺の価値を貶める。まあどうでもいいが。
「うるせぇな、キャサリンのためだ。ただ追い払うだけなら天使の悪霊退散で一発だけどな、コイツにはなんだかんだ世話になってきたし、最後に悪いようにはしたくねぇんだよ!何か想いがあるなら遂げさせてやりてぇだろうが」
「それはそうですけど……」
「そ、その方は本当に……ダークレイ伯爵令嬢なのですか?」
まだ真っ青な顔でガタガタ怯えながらも、フォーレ公が聞いてくる。無理もない。だいぶ慣れたとはいえ、キャサリンの顔はマジで怖くて俺もまともに見られない。いつも後ろにいるから助かっちゃいるが。
「いや、本当のところはわからん。まったく関係ない別人の霊って線も無くはない。それも含めてアンタに会えばわかるかと思ったんだが……やっぱ行かなきゃダメか?なぁキャサリン……お前の故郷、ダークレイ伯爵領に」
「だぁ……くれい?……ふふっ………うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
笑った?俺に取り憑いてから初めて、この怨霊が笑うのを聞いた。やっぱり何かあるんだな、ソコに行けば。背筋の凍るような不気味な笑い声は、この先に待ち受けている触れてはいけない何かの存在を俺に予感させた。




