11. 王立大図書館
その名を耳にした途端、オリエと騎士たちが硬直した。なぜかと言えば、そこは王国の黒歴史そのもの。存在自体が禁忌とされている場所だからだ。厳重に封印が施され、何人たりとも立ち入ることは許されない。それこそ国王直々の許可でも無い限りは。
「………目的を聞いても構わないだろうか?」
なんとか声を絞り出すようにそう尋ねたオリエに対し、俺はさらなる禁忌の名前をあっさりと答えた。
「ミョルヌだ。王国の闇……禁書魔術師ミョルヌを俺の手札に加えたい」
その場にいる全員が絶句した。
約40年前、先々代の王の時代に、不世出の天才と謳われたエルフの魔術師がいた。古今東西のあらゆる知識に通じたソイツは、どんなに難解な魔術書も一読しただけで簡単に理解し、記憶してしまう。一度目を通した書物はもう不要とばかり、膨大な蔵書のすべてを王立大図書館に眠らせていた。
ただし、地下の禁書庫に集めた本だけは別だった。天才魔術師ミョルヌはそれらに特別な執着を持ち、決して他の誰にも見せることはなかった。
禁書はどんどん増え続け、図書館の地下はどこまでも拡大し、次第に地下迷宮の様相を呈していった。
ついにミョルヌは禁書庫に閉じこもったまま出て来なくなり、そこで何が行われているのか、もはや誰も知ることはできなかった。
地下迷宮は魔界へとつながり、魔術師は悪魔と契約して魔界の住人となったと噂する者もいた。その説を裏付けるように、やがて地下迷宮から次々と魔物が現れるようになり、王国の叡智の殿堂である大図書館は危険な禁忌の地として封印されるに至った。
以来、誰一人としてそこに足を踏み入れた者はいない。
というのがミョルヌイベントの導入部分の説明だ。序盤の最難関とも言われる入手難度だが、オークイベントでレベルも上がったし、オリエが加わって戦力も整ってきた。最後の一枠、SS最強の魔法キャラをゲットする頃合いだ。
「………すまないが、いくらハイカキン殿の頼みでもそれは難しい。何より危険すぎる!」
オリエは俺を思い止まらせようと真剣に訴える。まあそう言うよな。でもコイツは一つ勘違いをしている。
「俺はお前に頼んでるんじゃない」
首輪に繋がれた鎖を手に取り、姫騎士を跪かせる。
「命じてるんだ」
「そ、そんなっ……」
ここぞとばかりに悪人顔になった俺は、調子に乗ってさらに要求する。
「あと俺のことはハイカキン殿じゃなくて旦那様と呼べ。俺がゲットしたのは姫騎士オリエじゃなくて限定メイ奴隷オリエだからな。ほら、言ってみろ」
「あ……うぅ……だ、旦那様……」
聴き取れないほど小さな声でそう言うと、オリエは真っ赤な顔で下を向いた。まんざらでもなさそうだ。どうも旦那の意味をはき違えているような気はするが、まあどっちだっていい。俺の思い通りに動いてくれるならな。
それから数日後、俺たちは晴れて禁忌の地・王立大図書館に潜入することができた。オリエがどうやって国王を説得したのかは知らんが、中に入っちまえばこっちのもんだ。
キスマイアスとの契約はオークキング討伐イベントの間だけだったから、今回は出番なし。またいつか世話になることもあるだろう。
「楽しかったよ~ハイカキンちゃん。またブチ上がる仕事があったらいつでも駆けつけっから」
あくまでも握手を拒む俺に笑って肩パンすると、おネェ傭兵は去って行った。これマジで痛てぇんだよ。
今回のパーティーはコワモテ、天使、怨霊、メイ奴隷って面子だ。
「は、ハイカキン殿……なぜまたこの格好を……」
メイド服姿のオリエがまたモジモジとミニスカの裾を引っ張っている。モリスに頼んで同じ衣装を揃えてもらった。スカート丈をさらに少し短くしてもらったのは俺の胸だけにしまっておく秘密だ。
「旦那様だ」
「も、申し訳ありません旦那様……」
偉そうにマウントを取る俺を天使が白い目で見ている。別に主従プレイを楽しむためにこんな態度で接してるわけじゃない。これは必要なことなんだ。
「お前は姫騎士の姿でいるよりも、その方が強くなれる。自分の殻を破って生まれ変わる……そのための修行だと思え」
「は、はいっ!精進します、旦那様!」
うむうむ。悪くない響きだ。
「……で?この広い図書館のどこから禁書庫に行けるんですか?」
心なしかひんやりとした天使の声で、俺はプレイを中断して周囲を見回す。
「見たところまだ普通の魔物しか出てきてねえな。もう少し異界化が進まないと禁書庫の入り口は見つからん」
「異界化?」
俺は足元を跳ねていたコワモテを蹴っ飛ばして、高い書棚の上からこっちを狙っていた動く石像に突撃させた。
「ムッキィ~~~モッ!」
「ギャアアアアアアッ!」
ただの石に戻ってガラガラと崩れ落ちる雑魚モンスター。秒殺だ。見違えるように強くなったな、コワモテ。
「ムッキ!」
俺は崩れて散らばった石を拾い上げると、何やら貴重らしい古書を展示している壁際のガラスケースに投げつけた。
ガシャァァァン!と大きな音が響き、そこら中から魔物が集まってくる気配がする。俺はモリスから買った呪い封じの護符を首から外し、キャサリンの力を開放した。
「ああああああああああ愛してる愛してる愛してる愛してる……」
さあお前ら、戦闘態勢だ。
天使は鈍器を、メイ奴隷は王家の宝剣を構えて魔物たちの襲撃に備える。
「巷に言われてるように、この図書館の地下は別の世界に繋がっている。だがそれは物理的な繋がりじゃない。異なる次元が何かの要因で近付き、ふと重なった時、そこに異界への入り口ができる」
「えっと……つまりどうするんですか??」
頭に行くべき栄養を無駄肉に取られている天使と、筋肉に取られているメイ奴隷がちんぷんかんぷんな顔をする。このパーティーには頭脳が足りない。やはりなんとしてもミョルヌを仲間に加える必要がありそうだ。
「要するに、もっとヤバい魔物が大量に出てくりゃいいんだよ。異界の瘴気が濃くなるほど、入り口の出現率が高くなる」
「なるほどっ!では一つ派手に暴れるとしましょうか」
筋肉姫は嬉々として魔物の群れに飛び込み剛剣を振るった。
「絶対障壁っ!」
天使の防御魔法が俺以外を包み込む。別にハブられてるわけじゃない。俺には守護亡霊が憑いてるからな。
ハブられてるわけじゃないよな?おいマノン、こっち見ろって。
「ムキッ!ムキッ!ムキムキムキムキッ!」
コワモテの新技・ピンボールブレイクが炸裂する。敵が多ければ多いほど攻撃回数が増え、連続攻撃を重ねれば重ねるほどダメージが上がっていく乱戦向きの技だ。
「やるなっ、コワモテ殿!」
負けじとオリエも新技を繰り出す。
「聖花流剣術奥義っ……炎天大輪乱咲!」
足下を舐めるように燃え広がった炎が、一斉に吹き上がって魔物たちを包み込んだ。耐久力のあるデカい奴も、ウジャウジャ寄ってきてキリがない小さい奴もまとめて焼却。やっぱ強ぇなメイ奴隷オリエは。雑魚の殲滅能力もピカ一だ。
俺たちはどんどん増える敵を蹴散らしながら、図書館の奥へ奥へと進んでいく。するとはるか先まで立ち並ぶ高い壁のような書棚の迷路の奥から、ズゴゴゴゴゴゴゴッと巨大な何かが這いずるような音。そして「ギボエエエエエェェェェェエッ!!」となんとも形容しがたい異様な遠吠えが聞こえてきた。
「ななななんですか今の!?こんな気味の悪い鳴き声、聞いたこと無いですよ!?」
「確かに……明らかにこれまで遭遇したことの無いモンスターだ……」
天使とメイ奴隷が身震いしながら前方の暗闇を窺う。そこに姿を現したのは、ブヨブヨしたゼリー状の何かでできた巨大な芋虫みたいな奴だ。体の表面が半透明で、体内に蠢く臓器みたいのが透けて見えている。実にいらないサービスだ。こんなに透けて見えて嬉しくないモノもそうは無い。
「き……気持ち悪いぃ……」
「旦那様っ、コレは一体……」
「出やがったな……コイツは文字通りこの世のモノじゃない生き物だ。剣も魔法も、こっちの世界のどんな攻撃も通用しない」
「ではどうすればっ!?」
透け透けゼリー芋虫が近付いてくる。通路幅いっぱいの巨体で、避けることも難しい。
「決まってんだろ。逃げるんだよっ」
俺は百八十度方向転換し、全力で逃走を始めた。
「ちょっ……待ってください!自分だけさっさと逃げないでくださいよっ!」
「ムッキィ〜!」
天使とコワモテが慌てて後に続く。
姫騎士として敵に背を向けたことのないオリエは一瞬反応が遅れた。そこに芋虫が吐き出した得体の知れない粘液が盛大にぶっかけられた。
「ひぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!??」
頭からモロに粘液をかぶってドロドロのネチョネチョになったオリエが泣き叫びながら俺たちを追ってきた。
「あんまこっち来んなお前っ、臭せぇっ!」
「ひ、酷いっ!待ってください旦那様ぁっ!」
見た目は芋虫のくせになかなか素早い化け物だ。だが幸いここは入り組んだ書棚の迷路。追っ手を撒くには都合がいい。と、思いきや……
「はっ、ハイカキンさんっ!あっちからも来ましたっ!」
「うおぉっ!?」
曲がった先からまた別の化け物だ。ヘタすりゃ囲まれちまう。
「とにかく逃げ回りながら異界の入り口を見つけろ!怪しいドアを見つけたら片っ端から開けていけ!」
「は、はいっ!」
畜生どこだ!広すぎて全然見つからねぇ!
「ひぃぃぃっ!開けたドアからまた怪物がっ!?」
「くっそ!キリがねぇな」
「ムキッ!ムキィ〜モッ!」
「おいコワモテっ、どこ行って………あ、あった!そこか!」
ムキモの声の出所を探して視線を上げると、高い書棚の上、なんと天井に立派な両開きの扉が出現している。間違いない、あれが異界への扉だ。
「よくやったコワモテ!みんなあの扉に飛び込めっ!」
馬鹿力のメイ奴隷が手近な書棚をなぎ倒し、ドミノのように折り重なった書棚が扉までの階段のようになる。集まってくる芋虫の化け物どもに追い立てられるように、俺たちは天井に開いた扉の向こうに転がり込んだ。
ズザザザァッ
上に向かって飛び込んだはずが壁から横向きに次の部屋に転がり込む形になり、平衡感覚を失った俺たちは仲良くゴロゴロと床に転がった。これぞ異次元って感覚だな。
「はぁ……はぁ……こ、怖かったぁ……」
「うぅぅ……旦那様にいただいた服がこんなにグチョグチョに……」
オリエがメイド服にこびりついた粘液をバタバタと払っている。意外に気に入ってくれてるようで何よりだが、ここでノンビリしてる時間は無いぞ。ミョルヌの禁書庫にたどり着くにはここから三つの「知恵の試練」をクリアする必要がある。要するに謎解きミッションだ。もちろん俺は散々このイベントをやり込んでるから攻略法自体は知ってるし問題ない。問題は……
「あ!ハイカキンさん、あっちにまた同じような扉がありますっ!」
ハズレ天使がこの部屋の出口を見つけて駆け寄ろうとする。残念、そこはハズレだ。開けようとした扉からまた怪物が姿を現す。今度はウニョウニョ触手に囲まれたイソギンチャクみたいな奴だ。
「っ……きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
触手が腕に絡みつき、その見た目と感触の気色悪さに天使が絶叫する。
「天使殿っ!」
すかさずオリエが触手を切り飛ばし、自由になったマノンは後ろに尻もちをついた。
「なんでこんな気持ち悪い敵ばっかりなんですかぁっ!」
「異界の生物だからな。こっちの美的感覚とはズレてるんだろ」
メイド剣士がイソギンチャクと向かい合ったまま守りの型で構える。
「それより旦那様、この部屋に他に出口はありません!この生き物も私たちの攻撃が通用しないのですか?」
「ああ、もう新しい触手が生えてきてる。いくら斬ってもキリがねぇよ」
そうこうするうち、さっき俺たちが入ってきた後ろの扉からまたズゴゴゴゴゴッとデカ芋虫の這いずる音が聞こえてきた。追いついてきやがった。
「ハイカキンさん!こっちからもさっきの怪物が!挟まれちゃいましたよ!!」
「さぁて万事休すだ。どうするお前ら?」
「どっ、どうするって!?どうしたらいいんですかぁっ!」
「ムムムッキ!」
俺は半泣きで座り込んだままのヘタレ天使を引っ張り起こすと、そのまま横抱きに抱き上げた。
「えぇっ!?ちょっ、は、ハイカキンさんっ!?」
「正解は……ここだっ!」
部屋の隅の鉄柵で囲われた一角に天使を放り込む。
「ふわわっ!?きゃあっ!」
ドスンと痛そうな音がした。
「いきなり何するんですかぁっ!」
抗議の声を無視して俺も柵の内側に入る。思った以上に狭い。
「オリエ!コワモテ!お前らもこの中に入れ!書物を地下に運ぶリフトだ!」
「ムキ〜モッ!」
「な、なるほどっ!しかしこれは少々定員オーバーでは……」
「じゃあお前だけここに残るか?」
「の、乗りますっ!」
全員がリフトに乗り込むと、俺は床のレバーを引いた。ガクンと足元が揺れて、ゴゴゴゴゴゴ……と床が下がり始める。しかし遅っせぇ!おい……あの芋虫まさか、こっちに向かってアレを吐こうとしてねぇか?待て待て待て、鉄格子ってモロ被りじゃねぇか!
半透明の体がブクブクと脈打ち、顔なのか何なのかよくわからん部分から大量の粘液が発射される。
俺たちの断末魔の叫びは、続くビチャアッと粘着質な水音にかき消された。




