第5話 プログラマ、ヴェルードに出会う
◇
ヘスティア。
現在俺やティアがいる街。
小さな街で、良くいえば自然豊かな街、悪く言えばド田舎。
今俺はこの前の魔物襲来騒動で壊された城壁の修繕をティアと共に手伝っている。
そんな中、俺たちを統率しているのはトカゲ頭の男だ。
「ティア、あの前に立っているトカゲ頭の男ってどんなやつなんだ?」
するとティアは笑いながら、
「守さんは知らないのでしたね、彼のこと。彼はヴェルードという人です。だから彼にはトカゲと言わずにヴェルードさん、と言ってあげてくださいね。結構彼、その見目形のことを気にしているみたいですし。気さくな人なのでぜひ話しかけてあげてくださいね。」
と言った。
◇
「おいトカゲ!お前、その泥臭そうな仕事、しーっかりやってるかぁーー?」
そう言って乗り入れてきた馬から降りてきたのはいかにもおぼっちゃま、という感じのぶくぶくに太った男だった。
「お前、あの約束守れるんだろうなぁ?」
「ドラスティア様、私の名はヴェルードです。」
そう言ってヴェルードはその男を睨む。
「そういえばそんな名もあったな。まあ、そのような名前、お前のような亜人風情には必要ないと思うがな!」
そう言ってヴェルードが積み上げたレンガを蹴り飛ばした。
「これが終わらなかったら、わかっているよな?」
「はい。承知しております。」
「守れなかったら今度こそ出て行ってもらうぞ!」
「ティア、あれはどういうことなんだ?」
そう俺が尋ねるとティアは少し悲しそうな顔をしてこう言った。
「あそこに立っている男はこの街の領主で、ドラスティアというんです。汚職や不当な税金、お金の無駄遣いなどひどい政治をしているのですが、国王直系の子供で誰も何も言えないのです。それをいいことにああして視察公務という名目のもと亜人たちをいじめに来るのです。特にヴェルードさんのことは気に食わないみたいで……」
そう言ってティアは俯く。
▽
俺は前世でのことを思い出す。
俺もああしていじめられていたっけ。
クラスの中で誰かがいじめられている。
しかし皆次に自分が標的になるのが怖くて何も言い出せずにそんな状況を鵜呑みにする。
自分がいじめられるのは嫌だから、誰かにその役を押し付けておけばいいや。そのほうが楽だし。
そうして一人ぼっちという大役を押し付けられた人間はいつしか無気力になっていく。後悔を積もらせることになってしまう。
そうやっていつの間にか俺は後悔の塊のような人間になってしまったのだ。
あの時俺は必死に祈った。誰かが助けに来てくれることを願ったのだ。
なのに、今立場が逆転しているのに、俺は助けにいかないのか?
◇
「俺、少しイライラして来たからあいつのところに行って来るわ。」
沈黙の中、俺はそう切り出した。
「ま、守さん何言ってるんですか!? 彼は国王直系の一族なんですよ!手を出したりしたらその時点で死罪確定です!」
「大丈夫さ。手を出したりはしないから。」
知っているか?言葉は時に剣術よりも強くなる。苦労しておいて良かった。上司に叱られたことが生きてくるとはな。社会人舐めんなよ。
「お初にお目にかかります。私は井上守と申します。」
「なんだお前は、下民風情で俺様に何か言うつもりか?」
「いえ。そのようなことはございません。」
イラつく気持ちを抑える。深呼吸深呼吸。こういう時は冷静になるのが一番だ。
「ふん。だったら何の用だ。」
「いえ。あなた様のような素晴らしい方が領主でおられていると聞きつけまして、ご挨拶をさせて頂きたく参上したまでです。」
そう言って俺は嘘八梃を並べる。まずは褒め称えて相手の出方を見るのだ。
「はははは。そうか。ならよかろう。余がいかに素晴らしいかその目にしかと焼き付けるのだぞ!」
俺は確信する。
こいつはちょろい。そろそろ押してみるか。
「先ほどこの男に何か仰られておりましたが、私に何か手伝えることがあればお手伝いさせて頂ければと思いまして。」
そう言いながら俺は必殺技、揉み手を使う。
「ふっ。お前もわかっているじゃないか。そのトカゲ男にこの城壁の修繕をするように言いつけていたのだ。」
ヴェルードが歯噛みをする。
「今日中にこの城壁を全て修繕する、という約束でな!もし城壁が今日中に直せなかったらこのトカゲ男にはこの街から出て行ってもらうということになっているのだ!上出来だろ!」
後ろでティアが「えっ」と驚愕の声を漏らす。
俺は後ろで組んでいた手でティアに安心しろと伝える。
「流石ですドラスティア様。素晴らしい。しかも今日中に城壁を全て修復、ですか。流石にその男でも不可能でしょうね。今日中に完成させなければその男はこの街から追い出すのですね?」
ごめんよヴェルードさん。あとでしっかり謝ろう。
「はははっそうだ。今日中に出来なければ、だがな。まあ、無論無理だとは思うが。」
▽
俺は城壁を見渡す。壊れているレンガの数からして今日中にレンガを全て焼き上げるのは流石に無理がある。しかもレンガの材料が圧倒的に足りない。普通に考えればこの男の言う通り無理だろう。逆に無理だからこそこのような無理難題を吹っかけているのだろう。
しかし逆に言えば材料があって、しかも全て焼き上げることができれば可能だと言うことだ。
今俺のいる地面にはケイ酸塩という物質が多く含まれている。これを魔法でエネルギーを与えて化学反応を起こすと粘土ができる。この世界では職人が一つ一つ天然で取って来た粘土をこねて形を整形し焼き上げているのだが、俺は今回現代科学技術を使わせてもらうつもりだ。
まず粘土より扱いやすい物質、「セメント」を作る。道路にも使われているあれだ。すぐに固まってしかも丈夫なのでこれを使うことにした。セメントは本来「ロータリーキルン」と呼ばれる高温の回転釜を使用して作られるのだが、魔術が使えるこの世界では物質に直接干渉して1450℃に熱することで実現できる。職人の釜でも使わせてもらってやってみよう。
次に型の作成だ。こればかりはどうしようもないので、俺を助けてくれた救助隊にでも助けてもらおう。
最後にレンガを一気に焼き上げる。型枠にはめたらそのまますぐに焼き上げる、という行程をやればいい。魔術は便利なものだ。
▽
時は満ちた。
あいつの悔しがる姿を見てみたいな。ここからが正念場だ。
「ドラスティア様、このヴェルードという男を試してみるというのはいかがでしょうか。」
「ほう。それは楽しみだな。どんな方法で余を楽しませてくれるのか。」
「いわば賭けです。このヴェルードという男が城壁を完成させることができなければこの街から追放する。そしてもしも完成すればドラスティア様が領主をやめる。これでどうでしょうか?」
「なっ。」
「賭けをする時、絶対に負けるとわかっている賭けを本気でやりますか?」
「本気でない賭けは楽しくありません。あの男に少しでも希望を与え、最後にどん底に落とすのです。どうせこの勝負、ドラスティア様が勝つに決まっているのですから。」
「そ、そうだな。確かにそうだ。た、楽しそうだ!その勝負、乗ろうではないか!」
そう言ってドラスティアは高々と勝負する宣言をした。
「では、我は屋敷で待っているぞ!ヴェルード、我はお前が泣きながら俺に縋ってくる様が見て見たい。はっはっはっは!」
そう言って領主、ドラスティアは去って行った。
◇
「おい、お前。さっきのはどういうつもりだ。」
そう俺に言って来たのはヴェルードだった。
「ヴェルードさん、お気持ちはわかりますが、今はそうも言っていられません。私の言うことを信じてください。」
「ま、守さん!流石に無理ですよ!そもそもレンガの数が圧倒的に足りないんです。勝てるわけないでしょう?」とティア。
「ティア、それは大丈夫だ。俺には考えがある。」
広場にいるのは手伝いに来ていた人々を合計するとやく400人だ。このくらいいれば大丈夫だろう。
「みなさん!」
そう俺が発すると皆からヤジが飛ぶ。
「お前!言っていることがわかっているのか?」
「あの領主の味方だったんだな!失望したぞ!」
落ち着け俺。焦らずゆっくりと説得だ。
もう広間には領主がいないことを確認してゆっくりと話し始める。
「みなさん。私には考えがあります。レンガを調達する方法、組み上げて修繕する方法まで計画済みです。これだけは私の命にかけてでも言わせてください。私はヴェルードさんの仲間です。皆さんの仲間です。そして今ヴェルードさんを助けるには、そしてあの領主に好き勝手させないためには、みなさんの力が必要です!」
広場が静まり返る。
不意に声を上げた人物がいる。
「みなさん!彼は彼なりの計画があってこのように言っているのだと思います!私は彼のことを信じます!私とともに彼を信じてくれる人はいますか?」
ティアだ。
すると強面のおっさんが手を挙げた。
一人
二人
三人。
気づくと皆が手を挙げていた。
「確かにやってみなくちゃわからないよな!」
「ティアちゃんがそう言うなら」
「身を呈して皆を守ってくれたやつだもんな!」
そう言って広場からは静けさが消えていた。
代わりに出てきたのは熱気だ。
俺は少し嬉しくなった。
そして俺はこれから始まる逆転劇に胸を踊らせながら改めて決心をした。
今度こそこの世界で後悔しないように生きていこう
と。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回は4/18の午後6時過ぎに投稿します。
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