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 目を覚ます。


「ふっ。夢か」

「日和っ」


 がばっ、と首に巻きついてくる柔らかい腕。


「よかった。よかったよー」


 美鈴がわんわん泣きながら抱きついている。


「あれ? ここは?」


 見晴らし良い光景が広がっている。

 あれに見えるは水蛭子山。

 昔々に恵比寿えびす様がたどり着いたと伝承がある。

 すでに辺りは暗くなっていた。


「これで全員ですね」


 あえか様がにこりと微笑む。いっちゃんに金剛のオッサン、あと首に巻きついている美鈴。


「コラなにすんだはなれろ!!」


 あえか様に誤解をあたえちまうだろうが!!


「な、なによー!!」


 涙をぬぐいながら恨めしそうに日和を見上げる美鈴。

 どきん。


「やはり心の臓に病が」


 あくまで認めたくなかった。

 その頭をペンペン。と叩くイタチがいる。


「おどれ、目ぇ覚ますのおそすぎるんとちゃうんかい? もうちょっとで嬢にどつきまわされるとこやってんぞ?」


 板吉がさもおそろしげにあえか様を見上げ、ブルブルと器用に体をふるわせる。

 動物のくせに、本当に人間くさい奴だな。


「師匠、オレのことを心配して……」

「あなたには特別な特訓が待っていますから」


 にっこりと笑うあえか様。その壮絶そうぜつなほほえみが素敵だ。


「ワイらきちん、とおつとめ果たしましたよってに、ほな、これで」

「待ちなさい」


 立ち去ろうとした4つの獣の背中を、あえかが声で威圧する。


「いつ、誰が、自由にするといいましたか?」

「え? えーと、たぶん」

「いやどすえ。ついさっき嬢が言ったじゃありやせんか」

「そ、そうだで。もう一人の嬢が」

「そうゲロそうゲロ」


 四匹とも、口をそろえてうなずきあう。

 ああ、なんか必死だ。


「なっ――そ、それは本当ですか?」


 金剛を見る。


「すまぬ。ちょっと意識がもうろうとしていてな」


 覚えていない。


「美鈴さん」

「す、すいません。ぼんやりしてて」

「大沢木君」

「知るか」

「そうですか」

「あれ、師匠、ひとり忘れてますよ」

「しかたありません。本当にそうであれば――うぁ!?」


 突然色っぽい声を上げる師匠。

 日和の目が輝く。


「師匠、大丈夫ですか!?」


 今の衣服はぼろぼろだ。ポロリだってあり得る!!

 あえかのもとへ駆けつけ「げぺ!」また踏まれて下敷きにされる。


「言った覚えはないねェ」


 高慢こうまんあえかが胸を張り、四匹の獣に向けて告げた。


「あ、畜生ちくしょうもう一歩だったのに」


 と言った畜生どもが落胆らくたんとともに肩を落とす。


「鏡はあるかえ?」


 日和にたずねる。

 下敷きにされた日和は気づいた。

 ここから見上げると、下着がダイレクトに見えるのではないか。


「は、はい! すぐ探すんで足をどけて」


 尻を蹴られてリュックのところまではじき飛ばされる。


「一秒だよ」


 今回もはなはだ時間制限は厳しい。

 必死に探し始めた日和をさておき、あえかは金剛のほうを向いた。


「かばってやったんだ。礼くらいお言いよ」

「うむ。助かった」


 金剛は巨体を丸め、深々と礼を言った。


「なぁに。それほどでもないさね」


 まんざらでもないあえか。


「……あいつ、消えちまったねえ」


 跡形もなく、ガレキの海となった旧校舎に目をむけ、フン、と鼻で息を吐く。


「ひょっとすると、この下に埋まってるかも知れないよ。さがしてみちゃどうだい?」

「無茶を言うな。このガレキをのけるのに数日。秘密裏に捜索などできはすまい」

「まったく、どいつもこいつも、やる前からあきらめおる」


 あえかは機嫌が悪そうにつぶやいた。


「どいつもこいつも、独りよがりで勝手ばっかり。誰かのせいにすることに慣れてしまって、自分で何とかしようと動きもしない」


「あの」


 美鈴がこわごわ、様子の変わったあえかにたずねる。


「あえかさん、ですよね」

「ん。うふふ。どう思う?」


 たのしそうな顔を浮かべて美鈴を見るあえか。


「あの、あたしのせいで、その、鏡を割っちゃってご免なさい」


 精一杯に頭を下げる美鈴に、あえかは不可思議な笑みを浮かべる。


「うふふ。お手柄てがらだよ。なんたって、わらわの封印を解いたのだから」

「え?」


 ワケもわからず目をしばたかせる美鈴。


「そうだ。ご褒美ほうびをあげないとね」


 手招きするあえか。


「おいで」


 無防備にちかづいていく美鈴。

 近くまで来た美鈴はあえかを見上げた。

 女性にしては高い身長のあえかは、美鈴よりもずっと背が高い。女性の目から見ても見惚みほれるほどのスタイルを、女優を目指す美鈴はうらやまましいと思っていた。

 そのあごがクィと持ち上げられる。

 ごく自然に、あえかは美鈴のくちびるに自分のくちびるを当てた。


 パリン。


 日和が見つけた鏡を取り落とす。

 大沢木が誰かに殴られたかのようにグラついて地面に手をついた。

 金剛。無感動。


「最高のご褒美だよ」


 くちびるをはなしたあえかは、美鈴に言った。


「あえかお姉様」


 お姉様!?

 大沢木と同じように日和も地面に手をつく。


「師匠のファーストキスはオレがうばう手はずだったのに……」

「美鈴……おまえには目の前にいる男の姿が見えないのか……」


 思い思いにこころの中身を吐露しなければならないほどに落ち込んでいる。


「ふむ。これがいわゆるれずびあん」


 金剛は興味深げに見つめ合うふたりを見ている。


「うふふ。まだ生娘じゃないか。おいしそうな子――うぐっ!」


 苦しそうにあえかが呻く。


「お姉様!?」


「「お姉様って!?」」


 日和と大沢木が同時に同じ言葉を口にだす。


「ダメだ! そんなのはゆるさん!! 人間としてまちがっている! 女は男と付き合うもんじゃァ!!」

「そうだぜ日和!! おまえは正しい! それが未来のこの国を豊かにしていくんだ!!」

「バカなこと言ってないでふたりともお姉様を」


「だ、だれか、鏡を……」


 苦しい息の下で、元のあえかが言葉をつむぐ。


「か、鏡っすね」


 言った後、日和は自分の足元で割れているものを見て、目をそらした。


「すいません持ってきていませんでした!!」

「鏡なら、なんでもいいですか!?」


 美鈴は制服のポケットからコンパクトを取り出し、中身を開いてあえかに渡した。両面が鏡になっている。


「これ」


 あえかはそれを受け取ると、まず逃げようとした四匹の獣に向けた。


「天御鏡 吐菩加美依身多女 寒言神尊利根陀見 地の理 祓い給え 清め給え」


「うひぃぃぃぃ」

「オタスケぇぇぇ」

「イヤアアアア」

「冬眠厨……」


 四匹のモノノケが鏡のなかへと吸い込まれて消える。

 次にあえかは鏡を地面の上に置き、自身が映るように向きを調節すると、二礼二拍手して祝詞をとなえた。


「天御鏡 吐菩加美依身多女 寒言神尊利根陀見 天の理 祓い給え 清め給え」


 苦しそうなあえかから影絵のようにもう一人がにじみ出る。

 誰もを魔性ましょうに陥れるような魅力を秘めた薄衣一枚の裸女。

 鏡の上に透けて身を立てると、あえか以外の全員を睥睨へいげいし、美鈴に向けて意味深な微笑を向ける。

 ふっ、と鏡のなかへと消えた。

 一礼するあえか。


「……終わった」


 ふぅ、と息を吐き、あえかはストン、と尻もちをついた。


「美鈴さん、このコンパクト、いただいても宜しいかしら」

「はい。お姉様が望むなら」

「お姉様」


 耳ざとく聞き取ったあえかは、自分を見つめる美鈴のまなざしに底知れない違和感を感じ取る。


「あの、お姉様って、だれ、を」

「イヤですわそんな、お姉様」


 美鈴は手をほほに当てると、あえかを見て顔を赤くした。

 目の前がまっ暗になる。


「……やはり、あれは封印を解くべきものではありませんでした」


 日和と大沢木が何か言っていることも、もはや耳には入らなかった。


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