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「
吐菩加美依身多女 吐菩加美依身多女 吐菩加美依身多女
祓い給え清め給え
天御殿 天御鏡 天御劔 天真珠
天岩屋戸に隠れし大日女
ありし思金神の知恵に崇め奉らむ
ありし天手力男神の御力知ろし召し給へ
ありし八百万の御声 長鳴鳥の勝鬨に耳を傾け給へ
我天宇受売尊の玉依姫 御身の再来乞い願ふ
吐菩加美依火多女 吐菩加美依火多女 吐菩加美依火多女――
」
●
「とぅ!」
横から突撃してきた日和に押しだされて美鈴は地面に倒れた。
凶器の右手は空振りする。
「春日」
冷酷な目をした神父がまるで死を宣告するかのような口ぶりで、地に這いつくばる少年の名を呼ぶ。
「日和」
美鈴が目の前にある顔の名を呼ぶ。
彼女には、とても格好良く見えた。
たとえ野ウサギのように全身ブルブル震えていようとも。
「逃げるぞ!!」
日和は美鈴の手をとると、当初の予定通り一目散に逃げだした。
「無駄だというのにわからんやつらだ」
「ああ、わからねえな。頭悪いからよ」
片腕をぶら下げて大沢木が行く手をふさぐ。
「ガキは黙って大人のいうことを聞いていろ」
「あいにくそういうのが嫌ェでよ」
あぶら汗を浮かべた狂相が、皮肉に笑う。
「なら指導してやろう」
「いっちゃん! やめとけ!」
日和が立ち止まる。
「とっとと美鈴を連れて逃げろ!!」
「よそ見をするな。教訓その一」
溝口は無事な腕をつかむと、軽くひねりあげた。
「いっちゃん!!」
「教訓その二。強いものには手向かうな」
軽く力をこめると、露骨な破砕音が弾けた。
「ぐっ…!」
奥歯を噛みしめ、声を殺す大沢木。
「教訓その三。無駄死には親への最大の裏切りだ」
蒼い顔をした頭を髪の毛ごとつかむと、血管が浮かび上がるほどに強く締めつけた。
人とは思えない絶叫があがる。
「いっちゃん!!」
「これ以上やれば、頭蓋骨がくだけるか」
冷静に分析している溝口に、日和は恐怖と怒りの入り交じった顔を向けた。
美鈴が腕を強くつかむ。
「わかった! こんなモンくれてやらぁ!!」
日和は聖書を思いっきり溝口に向けて投げた。
とどかずに地面に転がる。
「……バチ当たりも良いところだな」
意識をうしなっている大沢木を捨て、歩いて教典の元へ向かう。
その手にとると、彼はページを開いた。
「神は云われた。黙示録。青い馬駆りし騎士よ。生あるものに死の病を」
御言葉とともに、蒼い影が神父の側に滲み、次第に容貌をもっておどろおどろしい髑髏の鎧甲を着た馬上の騎士が出現する。
「うわっ!! でたぞ幽霊!」
「聖書を読んだことがないか? これは、終末予言書にでてくる四番目の騎士だ」
髑髏の眼窩は確実に日和たちを狙っている。
神父は帽子を深くかぶると、「アーメン」とつぶやいた。
蒼い騎士が首のない馬の手綱を引いた。
するどく尖った槍が冷気を纏い、神の仇を串刺しにするために駆けだした。
しゃららん
鈴の音。
祭り囃子の中で一層高くひびいた。
全員がひとつの方向を見る。
そこにあえかはいなかった。
「うふふ」
蒼い騎士の槍先を素手でつかみ、あえかが妖しく笑う。
「そぉれぃ!」
おおげさな身振りで拳を撃ちこむと、終末の騎士は低い怨嗟の声をだして胡散霧消した。
「なんだとっ!!」
溝口が動揺を口にする。
「なんじゃ終わりか。わらわにはちと役不足よのう」
淡い燐光に包まれたあえかは、不満げに声をだした。
「これではわざわざ我が君を降臨させた意味がない」
神父を見る。
「雑魚相手にずいぶん大立ち回りをしとるよのぅ」
ゆたかな尻をふりつつ、あえかは胸を反らせて歩いた。
形の良い乳房が一歩ごとに服の切れ端からはみでようとする。
「こい! そこだ! もうちょいッ! ああ、もう惜しい!」
後頭部に美鈴のゲンコツが炸裂した。
「……天照大神。日本の国の最高神、ですか」
神父は乱れた気を落ち着かせ、帽子を目深くかぶりなおす。
「数多ある神のなかの一柱にすぎない。ただ唯一の我が神にはかなわず」
聖書をひらくと、御言葉を口にする。
「神の――」
――ピーヒャラピーヒャラドンドンドンチンチン
言葉は祭り囃子の音に紛れてさらわれる。
「これは――」
四匹の魔物が神父をみて、イヤミたらしい笑みを浮かべた。
「魔物どもが!! 我が神は云われた!! あ――」
ピーヒャラピーヒャラドンドンドンチンチン!!
また声が消される。
「くっ、あの怪物ども!!」
神父が目を向けた場所へ、スラリと肢体をなびかせてあえかが行く手を塞ぐ。
「下郎、相手をせい」
「いい気になるなよ」
溝口は聖書を服のポケットにしまうと、腰だめに構えをとり、距離をとりつつ隙をうかがった。
一歩踏み込み、持ちあげたひざから鋭いつま先の刃が放たれる。
あえかはそれを打ちはらった。
弾かれた反動を利用し、もう片方の足が逆方向から下段を狙う。
一歩引いて避けるあえか。
地に手をつき、回転をくわえながらおおきく両足を振り回す。
アクビをしながら避けられた。
「くっ」
足を縮め、バネのように跳ねあがって顔面を狙う。
パシッ、とつかまれた。
「つまらぬ」
一言。
防御できない腹部へ、光りかがやく拳を叩き込む。
「――ッ!!」
横倒しになったまま、神父は地面とぶつかった。
苦しそうな声を出しながら、みぞおちを押さえてもだえ苦しむ。目を一杯に見開き、口から大量の吐瀉物がこぼれた。
「ぐえ」
美鈴はおもわず日和の背中で目を覆う。
「なんじゃ。その様は。まだわらわにかすりもしておらぬではないか」
あえかは神父服のえりをつかみ、軽々と持ちあげて無理矢理立たせた。
「ほれ。今一度踊り狂うてみい」
ハァ…ハァ…
口元をぬぐうと、ぐらりとよろめいて膝をつく溝口。
「現世の男はもろいの」
「……返す言葉も、ありませんね」
帽子を脱ぎ捨て、腹筋に力を込める。
「神よ、感謝致します。これほどの試練」
神父服を脱ぎ捨て、シャツ一枚になる。
引き締まった筋肉で前へと踏み込む。
「フッ!」
さきほどより数段早く片足を振り上げる。
細腕をかかげたあえかに、溝口は目を細めた。
上段を描く軌道が残像のようにかき消え、中段へと切り替わる。
あえかはおどろきの表情をうかべ、フェイントに対応しようと防御が崩れる。
(甘い)
さらに下段。
多段式のフェイントはあえかを捉えるかと思えた。
「!」
しっかりと溝口の足をあえかの腕がつかんでいる。
「人の身にしてはやる」
「――おおおおおおぉ!!」
溝口は腹の底から声をしぼり、たった五本の指につかまれた足首をふりほどこうとする。
あえかが手を放した。
顔をしかめ、地に着いた足がふらつく。
「容赦がないな」
折れている。
「これではまともに闘えない」
「腕が動くじゃろう?」
「なるほど」
あえかの言葉に両手を見下ろし、彼は地面に手をついた。
地面を蹴りつけ、残った片足をまさかりのように上から振り降ろす。
あえかはすねへ拳をぶつけた。
「ぐッ……」
跳ね返された溝口は、すべったように尻もちをついた。
両足を潰され、諦観した笑みを浮かべる。
「やれやれ。これまでか」
体からちからをぬくと、足の軸を固定して気力だけで立ち上がる。
「ほほう。まだ立てるか。よしでは」
「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな」
静かに聖句を口にする。
あえかが眉をひそめた。
「かつてありし、今ありし、のちの世に来たりたもうたる我が神に捧ぐ」
神父は手刀を己に向け、左胸を一気に刺し貫いた。
全員が目を剥く。
「神よ。禁忌をやぶりし我に最後の祝福を与えたまえ」
大量の血とともに抜きだされた手のなかには、ドクン、ドクンと波打つ心臓が握られている。
「なにを――」
ズボンのポケットから取りだした信管を押しこむ。
まるでねんど細工のように、たやすく呑み込まれる細い管。
心臓がはげしく脈打つ。
「――おまえたち!!」
身の危険を感じたあえかが声をかけると、モノノケたちは演奏をやめて散った。
かがやく太陽に照らされた心臓の中心に、黒い影が映しだされる。心臓の内側からはげしく明滅をくり返す光。
動こうとしたあえかを、己の臓腑を突きだして止める神父。
「なにをする気じゃ!」
「春日」
「お、オレ?」
脱ぎ捨てた服から聖書を取り出せ、と命令する。
不安な気持ちに包まれながら、言うとおりにする。
「渡してはならぬ!」
「開けてみろ」
日和は最初のページを開けてみた。
真っ白だ。
次のページもその次のページも、なにも書かれてはいない。
それはただのメモ用紙だった。
「信仰とは、そういうものだ」
溝口は日和に向けて、まともな目で語りかけた。
「へ?」
赤い口で笑う。
「立つ鳥跡を濁さずという」
心臓を握りつぶす神父。
「”ヘクサ”の加護あれ」
仕掛けられた爆弾が、旧校舎を跡形もなく吹き飛ばした。




