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「わらわの敵となった愚かもの。どう嬲ってくれよう」
あえかは鈴を持ち、口元に手を当て妖艶な笑みを浮かべた。
「ば、馬鹿な――」
目の前の現実を認めたくなかった。
「師匠は家庭的で大和撫子で日本女性の鑑な女性のはずなのに!」
やぶれた服を一生懸命に隠しながら、
『コラッ。見ちゃダ・メ・ダ・ゾ♥』
なんてほほを染め、大胆にひらいたスリットをそっと見せつけてイタズラを誘うように誘惑してくるオレの理想的な女性のはずなのに!
※出血多量により、脳ミソに理性が働いていません。
「オレの幸せな家庭生活が音を立てて崩れていくぅ!!」
日和は、地面に手をつき男泣きに涙した。
「残念ながら、それは一生来ないでしょう」
別の意味で告げた神父の一言がとどめを刺す。
風とともに彼の身体が風化していく。
「そんなものを持ったとてなんだというのです?」
日和を捨て置き、聖書の御言葉を唱えた。
「神」
いやしい笑みを浮かべたイタチが開いたページの上に乗っている。
「――!!」
「貰うでぇ」
言うやいなや、キセルでバチン! と腕が叩かれた。思った以上に重い衝撃に、痛みに耐えかねて聖書を取り落とす。
「はいキャッチ」
下で待機していたガマガエルが、からだに似合わぬスピードであえかの元へと跳ねていく。
「よくやったよ、おまえたち」
「そ、そりゃぁ、ワイら姐さんのしもべやさかいに」
イタチが底意地悪そうな顔をできるだけにこやかに変えてヘコヘコ愛想を振りまく。
「タマ」
「あいよ」
化け猫が三本ひげの口元に竹筒をくっつけると、高音の音がピーヒャララと流れはじめた。
大タヌキも負けじと太った腹を両手で打ちたて、重い太鼓の音を鳴らす。
「ガマ公」
「合点」
ノドをふくらませたガマガエルがひれの手で叩くと、ゆたかな小太鼓の音がはじける。
イタチが当たり鉦を打ちつけ拍子をとる。
あえかは神楽鈴をそれぞれの手に持ち、おおきく「シャラン」と鳴らした。
祭り囃子でもはじまるような音が鳴りはじめる。
「化け物どもの合唱コンクールですか。――葬送曲にならねば良いですな」
神父は口調を溝口のものに変えると、舞を踊りはじめたあえかに向けて地を蹴った。
その目には、彼女の足元にある聖書が映っている。
「小僧!!」
シャララン――、と音を鳴らしながら、あえかが日和に呼びかけた。
「は、はい!!」
シャキリとする日和。
「さっさと拾え! この黒い本を持って逃げるのじゃ!!」
日和はあえかの足元に転がる聖書を見た。
それめがけ、迫ってくる黒い影も。
「ム、ムリっすーーーーー!!」
「やれねば殺す」
日和の直感がささやいた。
その言葉は真実であると。
「うおおぉぉぉぉぉ!! オレの来世に幸あれぇぇぇ!!」
おもいっきり後ろ向きな発言とともに、タッチの差で本を拾いあげる日和。
「やった! オレはやればできる子!!」
「安心するのは早い」
ピタリと背後に張りついた神父が、彼の耳元でささやいた。
隙だらけの足元へ片足を差しだす。
「うひぃぃい!」
もんどり打って日和は転がった。
「ああっ!! なんという阿呆ゥ!!」
几帳面に舞を踊りつつ、呆れた声をだすあえか。
聖書は地面を転がり――大沢木が手に取る。
「こいつを持って逃げりゃいいのか」
こころの傷を負った不良少年は、美鈴への汚名挽回のチャンスをうかがっていたのだ。
駆けだす大沢木。日和よりもはるかに早い。
しかし――
「ガキの遊技だ」
すぐに追いつかれた。
「ちぃ――ざけんな!!」
大沢木が爪を振る。
神父は己が切り刻まれるのもかまわず手を伸ばした。
あやういところで方向転換する大沢木。
「日和!!」
大沢木は立ち上がったばかりの日和に向けて聖書をぶん投げた。
「へっ?」
バシン!
派手な音がして、ほほを分厚い紙の束がはたく。
「なにやってんだひーちゃん!!」
「オレが悪いの?」
涙にくれながら、黒い本を拾う日和。
「――やってくれたな」
「!?」
ボディーブローが腹をえぐる。
うめいた拍子に腕をとられ、人間が動かせる可動範囲と真逆の位置へと折り曲げられる。
ボキリと折れた。
大沢木がさけび声を上げる。
「足も折っておくか」
冷静に告げる神父の溝口。
「こっちだこのクソ野郎!!」
ふりむくと、日和がリュックから取りだしたライターに火をつけ、聖書にかざしていた。
「馬鹿なマネはやめておけ。友達の命が惜しいならな」
大沢木の片足に手をかけ、溝口が声を上げる。
「くっ!! いっちゃんを放せ!!」
日和は人質である聖書をよく見えるように掲げた。
「燃えるぞ! 燃えちゃうんだぞ!!」
「その前におまえのノドをカキキル自信がある」
ゾォ、と日和の顔が蒼白に変わる。
「そ、それがかわいい教え子へのセリフでしょうか?」
「退職届なら昨日の消印でとどいているはずだ」
フッ。と笑うと、大沢木の足を持ちあげ、気合いの声とともに投げつけた。
人のものとは思えない膂力で、人間の身体がボールかなにかのように日和へとつっこんでくる。
「えええ!!? そんなんアリ?」
巻き込まれて地面を転がる二人。
「これ以上手間をかけさせるな」
神父が日和たちの元へたどり着くと、聖書はどこにもなかった。
顔を上げたその先に、胸もとに教典をいだいている少女を見つけた。
「……返してもらおうか。”サキヨミの巫女”」
「い、イヤです」
美鈴はふるえながら、近寄ってくる担任を見つめた。
「聞き分けのないガキはきらいだ。趣味ではないが、方法ならいくらでもある」
溝口が片手を突きだし、ゴキゴキ、と指を動かした。
血管が波打ち、武器のような印象を与える。
「せ、先生が、元の溝口先生にもどって――くれたら、かえします」
「覆水盆に返らずという。一度おこなわれた過去にもどることなどできはしない。任務の遂行が最優先でな」
ヒュッ、と振った指先がまるで剣のようにまっすぐ伸びる。
美鈴は堅く目を閉じた。




