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「駄目じゃな」


 朝。

 金剛は帰ってくるなりそういって、居間に座りこんだ。


「”総社”のネットワークを使っても、”ヤミヨミの神父”とやらの居場所がつかめぬ」


 用意されていた酒瓶に口をつけると、グビグビと一気に飲み干した。所在なげにお猪口ちょことコップが並んでいる。


「ぷはー! もう一杯!!」


「春日君」

「はいッス師匠!」


 超一級のパシリと化した日和は、あえかの一言に台所の棚から”鬼ころし”を取りだし、居間へと運んでくると金剛にわたした。


「うむ」


 いとおしそうに抱く蟒蛇うわばみ坊主。


「駄目でしたか……」


 あえかはひどく残念そうにため息ついた。


「そういや、いっちゃんはどこ行ったんすか? 朝起きてもいなかったんすけど」


 日和は洗濯ものが乾くまで、師からグレーのTシャツとジーンズを借り受けていた。着るとブカブカで、サイズが合わないがこれこそ愛の証だ。

 実は金剛の私物である。


「俺ならここにいるぜ」


 境内けいだいから大沢木がもどってくる。


「彼は一番に起きていましたわ」

「二度目のまちがいを起こさねえ。それが俺の持論」

「まちがい?」


 日和がたずねると、すこしの間固まった。


「……朝は早起き。それが俺の持論」

「どこ行ってたんだ?」

「いや、ヤボ用でよ」


 大沢木は実家に帰って、母の様子を見てきていた。母は隣町でホステスとして働いている。年齢は33歳。子を一人産んだとはおもえない外見をしている。

 大沢木は殴られたほほを隠しながら歩いてきた。

 そういう仕事をしているくせに、息子の朝帰りにはきびしい。


「で、そっちはどうだったんだよ?」

「駄目でした」


 あえかは首を振った。


「なんだよそりゃ。早くしねえと美鈴――南雲がヤバイだろうが」

「下手に動くわけには行かぬ。相手もこちらの動向をうかがっているやも知れぬでな」

「ビビっててなにもしねえってのか? ”総社”ってのはふぬけの集まりか?」

「言い過ぎですよ。大沢木君」


 あえかの言葉にも反抗的な態度を崩さない。


「”舞姫”よ。うらなってはたか?」


 金剛がたずねる。


「はい。亀占かめうらと、湯立ゆたてを。ですが……」

「答えは振るわぬか」

「”ヤミヨミの神父”は異教の信仰者のせいか、八百万やおよろずへの神頼みではおもうとおりにいきませんでした。すみません」

「いや、ご苦労。できることはやったか」


 沈痛ちんつうな静けさが場を支配する。


「占うって、あの黒いオッサンをさがさなきゃダメなんスか?」


 日和の言葉に、金剛とあえかが顔をあげる。


「それはそうじゃ。やつこそが諸悪しょあくの根源、すべての元凶ゆえ――」

「美鈴が一緒じゃないんスか?」


「!」


「そうか!」


 金剛はひざを叩いた。


「でかしたぞ春日!」


 日和はできればあえかに誉めてもらいたかった。


「それでは今一度、今度は美鈴さんのゆくえを占ってみます」

「うむ。それが駄目なら、もう手がない」

「なんだよ、美鈴――南雲を捜してたんじゃねえのかよ」


 大沢木はひとりでむくれた。


「大沢木君、あなたも準備なさい!」

「師匠! オレは!」

「あなたは足手まといだからいいです」


 日和はいきおい余って床をゴロゴロ転がった。


「ちょ、た、確かにオレにゃたいしたチカラもないすけど、せめて荷物持ちくらいは――」

「あの男は手強いのです。なにもちからを身につけていない者が場にいればこちらが不利になる。これは、あなたのためでもあります」

「もう置いてけぼりはイヤッス! オレ決めたんス! 美鈴を助けるって!」


「わからないならちからずくでも」


 すっくと立ち上がったあえかに、かささっ、と後ろ手に移動フェードアウトする。


「と、止めてもムダッスからね!」


 廊下の奥から大声で叫んだのでは説得力がない。

 あえかが拳をにぎった。

 彼女に二言はない。


「まぁ、待て」


 金剛は禿頭とくとうをつるりとなでて腕を組んだ。


「どうしても行きたいか、春日」


 廊下の奥でうなずく日和。


「死ぬかもしれんぞ」


 うなづく――とおもいきや、ブルンブルンと首を振った。


「死ぬのはいやーーーー!!」


 彼の人生はまだ長いのだった。

 金剛はあきれた。


「それじゃ留守番しておれ」

「それもいやーーーー!!」

「ではどうする?」


「日和」


 大沢木は日和に向けて言った。


「おまえは、美鈴を見捨てて逃げるようなタマじゃねえよな」


「…………」


 親友のまじめな表情に、日和のこころの中で壮絶そうぜつなせめぎあいがくり広げられた。

 当然のように期待に満ちた目の大沢木。

 立ち上がる日和。


「おうともさ! オレはやるぜ! 美鈴を救いだし、そして――逃げる!!」


「そう――え、逃げる、の?」


 自信満々だった大沢木の表情が崩れた。


「ああ! 地の果てまでも全力ダッシュして逃げるさ!」


 せめぎあいの結果、ちょうど真ん中くらいで折り合いをつけた。

 大沢木は師と金剛を見た。

 目が泳ぎまくっている。


「……まぁ、戦う以外に使い道はあるということじゃな」


 あえかはため息だけを残す。


「だって、オレノーマルだもん! 普通人だもん!」


 日和は泣いていた。


「春日君。この件が終わったら、しっかりと修業をしましょうね。おもに、精神面の」


 生き残ってもたいして変わりなさそうだった。


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