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「はっ!?」


 日和は目覚めた。


「ここはどこ? わたしは誰?」


 答えを返してくれるものは誰もいなかった。

 しかたなく、自分で確認をとる。

 彼は居間の布団に寝かされていた。


「おかしい。師匠のみそぎぎ姿をのぞこうとした以降記憶がない」


 かなり重要な場面が記憶からなくなっていた。


「なぜだ。暗闇につつまれたところしか思い出せん!!」


 不必要なところだけ覚えている。


「あえか様ー!! 師匠ー!! オレのマイスイートハートー! フォーリンLOVE!」


 つっこみを入れてくる人影もない。


「どうしてしまったんだ。みんな一体どこに行っちまったんだ」


 日和は立ち上がると、自分がトランクス一丁で寝ていることに気づいた。


「とりあえず服を」


 裏手にまわり、落ちてあった自分の学生服を一枚一枚拾いながら着替えていく。


「おかしい。やはりオレは大事な記憶をくしている気がする」


 学生服がここに落ちていることを覚えていることが証拠だった。

 みんなして自分を置いてどこかへ行ってしまった。

 日和はさびしかった。


 いや。待てよ。と考える


「師匠の部屋を物色し放題じゃないか」


 逆転の発想だった。


「そうと決まれば――」


 二階の師匠の部屋へ向かおうとして、ふと、目の端に引っかかった。


「……美鈴?」


 あり得ないはずのものが見えた。

 裏手から見える境内けいだいに、南雲美鈴が立っている。

 そんなバカな。


「オレは幻覚を見るほどに委員長のことを気にしていたというのか!?」


 だが委員長の幻影は消えることなく、境内を歩いて神社の奥へと入っていく。

 境内の奥には鎮守ちんじゅもりがあり、鬱蒼うっそうとしげった樹が乱立するちょっとした樹海と化している。方向音痴な日和はまず迷いこんだが最後、北も東も分からず迷ってしまうだろう。

 ついでに言うなら、そのさらに奥に、入門テストの洞窟がある。


 日和はついて行ってみることにした。


 美鈴は鬱蒼うっそうとした樹海のなかを、脇目わきめもふらずに進んでいく。まるで目的の場所が分かっているかのようだ。

 日和はついて行きながら、飛んでくる羽虫や渦巻いている蚊柱かばしらをのり越え、たまにヘビとの格闘も経験し、見うしなわないようにその後をつける。


 なぜか、声をかけることは出来なかった。


 やがて、目的の場所へたどり着く。

 小さなほこらがある。あえかが毎日おそなえに来ているのか、咲き誇る一輪の花と、饅頭まんじゅうが二個、置かれていた。そして、燃えるロウソクが一本。

 その隣に、つるやツタで隠されるようにして、入門テストで使われる洞窟がある。


 美鈴は祠の前で手を合わせ、洞窟のなかへと入っていった


「マジで?」


 日和はビビった。またあの洞窟に入らなきゃダメなの?

 しばらく待ってみるが、出てくる様子がない。

 日和は決意した。

 中へと入る。

 洞窟は暗い。懐中電灯かいちゅうでんとうぐらいもって来るべきだった、と後悔する。


 あっ。


 入口までもどると、燃えているロウソクを燭台しょくだいごともってくる。ないよりはマシだ。

 おっかなびっくり進むと、あいも変わらず吸血コウモリに血を吸われた。骸骨につまずく。クモの巣に引っかかった。暗くて行き先が分からない。オレは出口というより入り口にもどれるんだろうか。唯一の救いは、熊に出会わなかったことくらいだ。


 滝の音が聞こえる。


 良かった。ちゃんと道はあっていたみたいだ。日和は心底ほっとした。

 その音の方向へとゆっくりちかづく。


 ゴオオオォォォォ――


 ものすごい量の水が落ちる音がはっきり耳にとどいてくる。


 光が差してきた。


 洞窟をぬけた先は、水しぶきを上げて巨大な滝壺へと吸い込まれていく幾本もの水柱に囲まれた場所だった。膨大な量の水がまっ逆さまにはるか高みから地の底へと流れおちていき、それぞれが荘厳な太い柱と化している。


 見上げると中天にさしかかった太陽が中央に輝き、それを支えるように水柱がそびえ立っているようにみえる。

 そこは、地図のどこにもない場所だ。この洞窟からだけ行ける場所。隠れた秘境。からすま神社が守る御神体ごしんたいまつった場所。ここが、入門テストの終着点だった。

 その滝壺へ申し訳程度にせり出したがけの上に、御神体は祀られている。


 御神体は小さな鏡である。


 直径50センチほどのきれいにみがかれた鏡。なんの変哲へんてつもなく、特別な意匠いしょうもなく、ただ、映す者を映すだけの機能的な鏡が鎮座ちんざしている。


 その鏡の前に、美鈴がいた。


 ゆっくりと手を伸ばし、鏡を手にとる。「ゴトリ」と音がして、支えていた台から鏡が外れた。

 御神体は、少女の両手におさまる。美鈴にはすこし重そうだった。

 手にとったあと、迷うように辺りを見渡した。

 あきらめたように息をつくと、トボトボと帰路きろにつく。


「なーにしてんだよ」


 その前に日和が現われた。

 美鈴はおどろいて鏡を落としそうになる。


「あっ! コラ!  それ落としたら師匠におこられるだろうが!」

「ご、ごめん」


 素直にあやまった美鈴は、思い出したように日和を見た。


「ど、どうしてここにいるの?」

「つけてきた」


「このストーカー男!」とおこられるかと思ったが、美鈴は「日和…」とつぶやいてボロボロ涙を流しはじめる。

 とんでもない不意打ちだった。


「な、なぜ泣く! つーか、それどこもってく気だ! 師匠にバレたら危険だぞ! 元にもどせ! 黙っててやるから!」


 美鈴は首をふった。


「なんでだ!」

「これ、取りに来たから」


 美鈴は簡潔に答えた。


「鏡なんて、今時100円ショップでも売ってるだろうが。それで我慢がまんしろよ!」

「ダメ! これじゃないとダメなの!」

「だからそれはダメだって言ってるだろうが! 聞き分けのないヤツだな! そんなにビンボーならオレが100円ショップで買ってやるよ!」

「ムリよ! わたしは――」

「いいからほら」


 と言って、日和は美鈴をつかもうとした。

 キン、と音がして、日和は宙を飛んでいた。


「あれ?」


 どしゃ、と地面にぶつかる直前で反射的に受け身をとる。


「イタタ……あれ?」


 美鈴が遠くにいる。いつの間にか、洞窟のなかにもどっていた。汚れてしまった服をはらい、首をかしげる。


「おっかしいなー」


 ふたたび美鈴に駆け寄ると、その服をつかむ。


 キンッ――どしゃ。


「いつつ……」


 日和は起き上がって、美鈴を見た。彼女はふるえながら泣いている。


「なんのマジック?」


 日和はたずねた。


「……あいつに、おかしな術をかけられたの。誰も、あたしに触れることはできない」

「はぁ? なんだよそれ。ちょっと待ってろ」


 と言って、日和は猛ダッシュして美鈴の服を掴――


 キン――


「ぐおっ!」


 美鈴の泣いている顔が遠ざかっていく。


「ぐあ!」


 壁にぶつかり、今度はモロにダメージを喰らった。


「ぐ……い、いてぇ」


 ずるりと壁からすべり落ち、起き上がる。その目は真剣だった。


「のやろー。春日日和をナメンなー!!」


 4度目のチャレンジ。


「もうやめてっ!」


 キンッ、とはじかれた彼は、洞窟のほうではなく、滝壺のほうへとはじかれた。


「え」


 飛び跳ねてくる水しぶきがほほに当たる。

 急激に落ちていく浮遊感に体中から血の気が引いた。

 腕を伸ばす。

 ガッ、とがけの端になんとか腕を引っかけた。


「く、くそ」


「日和!」


 青ざめた美鈴が崖の端っこで四苦八苦している日和に近づき、手を伸ば――しかけて、あわてて引っこめた。

 触れられない。

 助けられない。


「コンチクショー! ふんぬー!!」


 いくらがんばっても腹筋が足りない。


「待ってて! 今たすけを呼んでくる!」


 そう言って、美鈴は鏡を持ったまま、暗闇の洞窟を駆け抜けた。

 コウモリが襲ってきてもそのすべてが弾かれて悲鳴を上げる。

 今の彼女は何者も寄せ付けない。受け入れられない。そういう術を、アイツにかけられたからだ。

 入口までもどると、その本人が出迎えた。


「よくやってくれました。美鈴さん」


 ヤミヨミの神父はほほえみを浮かべて祝福した。


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