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 授業中の廊下には誰一人いなかった。

 教室から、各教科の担当教師の声が聞こえてくる。


 内山は、保健室までの廊下を黙々と進んでいる。あまりしゃべったことはないが、こんなに寡黙かもくなクラスメイトだったろうかと、美鈴は思った。


――ひょっとして、わたしだから、かな。


 いやな考えが頭に浮かぶ。だが、それも当然のような気がした。

 外を見ると、吹きぬけていく風がこずえをゆらしていた。グラウンドでは、高飛びしている生徒たちが並びながら声を上げている。


「あの、内山くん。もういいから」


 美鈴は前を歩くクラスメイトに声をかけた。


「わたし、ひとりでも保健室まで行ける。教室にもどって、いいよ」


 内山は何の反応も示さず、廊下を歩いて行く。


「あの」


「南雲」


「え?」


 内山が自分をみた。だが、何かがおかしい。ぼう、とした目で、どこか夢うつつのような顔つき。


「な、なに?」


「南雲美鈴」


 ゆっくりと歩いてきた。


 すぐに壁にぶつかり、逃げ場はなかった。グラウンドから聞こえてくるかけ声が、ずっと遠くから聞こえる。

 クマだらけの目が美鈴だけをうつし、手を伸ばしてきた。


「いや!」


 その手をはらい、別方向へ逃げた。

 つかまる。


「だれか――」


 口をふさがれる。

 胸をもまれた。

 汗ばんだ手がからだをいまわる。

 気持ちわるい。美鈴は吐きそうになった。

 イヤだ。

 イヤだ。

 内山なんてイヤだ。


 日和。


 日和助けて!


 ふいに拘束がけた。

 涙に濡れた視界に、学生服の男が怒気をむき出しにして立っていた。


 日和――?


「美鈴になにしてやがる」


 大沢木はたおれた内山を紅い視界で見下した。怒りに頭が沸騰ふっとうしそうだった。

 授業をサボってブラついていたことは天の采配さいはいだ。美鈴のピンチを救うことが出来たのだから。


 それでも――


 たまたま自分が見かけたからよかったものの、あのまま事が進んでいたらとおもうと、押さえつけていた怒りが急激に加熱して全身を支配した。


 タガが外れるのは簡単だった。


 内山を引きずり起こすと、思いっきりヘッドバットをらわせる。

 ガクン、とちからなく首が倒れた。

 その顔面に向けて、拳をぶつける。


 一発。


 二発。


 三発。


 四発。


 五発。


 六発。


 七発――


「もうやめて!」

 つかまれた腕をふりはらう。


 八発。


 九発。


 一〇発。


 十一発。


 十二発。


「大沢木くん!」


 美鈴が抱きすくめるように拳をかかえこむ。

 紅い視界がもどる。


「南雲……」

「もう、だいじょうぶだから――」


 ふるえる肩をみて、大沢木は叩き落とすように内山を廊下へほうり投げた。


「無事か?」


「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」


 美鈴は何度も同じ言葉をつぶやいた。

 まるで、大沢木ではなく、自分自身に言い聞かせるように。


「そうか。わかった」


 大沢木はやさしく肩に手を置いた。

 おおげさに反応し、美鈴が距離をとる。

 おびえていた。


 くそ――と、大沢木は床でノビている内山の顔を見た。殴りつけてピクピクと赤く充血じゅうけつしていた。


「つぎに美鈴に手ェ出してみろ。今度は殺してやる。半ゴロシじゃすまさねえ。本気で生かすつもりはねえ。死んでからすら後悔させてやる。分かったかッ!」


 と言って、大沢木は内山を蹴りつけた。


「やめて!」


 美鈴は涙を流して懇願こんがんした。


「おまえが泣く必要はねえよ」


 自分でもおどろくほどやさしい声音こわねで声をかけた。


「こんな時間にどこ行くんだ? 保健室か?」


 大沢木は、美鈴が至極まじめな生徒だと知っている。日和や自分のように、サボるということが出来ない女の子だ。

 まじめだけでがないというヤツがいるが、チャラチャラとしてブームに流されるだけの馬鹿女どもとは一線を画していた。


 芯を持っている女は強い。

 それを、彼は母親から学んだ。


「ついて行ってやろうか?」


 美鈴はメガネをはずし、取りだしたハンカチで目元をぬぐった。


「いい。ひとりで、いけるから」


 眼鏡をかけ直し、赤い眼でうしろを向く。


「そうか」


 大沢木はそれ以上何も言うことはなかった。


「気をつけろよ」


 そう言うと、保健室とは逆の方向へ歩いた。

 美鈴はこぼれでてくる涙を一回一回メガネをとってはハンカチできながら、保健室にたどり着いた。

 保健の先生はいなかった。

 誰もいないベッドに腰をかけ、えきれなくなって嗚咽おえつをもらす。

 誰もいない場所で、彼女は涙がれるまで泣いた。


 グラウンドで体育をしていた一年生の生徒は、保健室の窓のすぐ下で、座りこんで煙草を吸っている”狂犬”を見かけた。

 するどい目をおそろしく尖らせ、殺伐さつばつとした表情でテリトリーをまもるように壁に身を預ける姿に、教師にチクるなどという命知らずなマネをする生徒は、一人もいなかった。


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