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「……このように、古文の言葉というのは一見むずかしそうな単語にみえても解釈を知れば現代の国語となにも変わりはない。”とても・美しい”という感情を”いと・をかし”という表現のちがいだけで、言葉としてはどちらもおなじだ。朝日がのぼることをみて美しいと思う、その感受性は諸君らにもわかることとおもう」
溝口おどろが担当教科の授業をしている。
日和はペンダントをながめつつ、にへら~としまりのない顔でにやついていた。もちろん、授業などうわの空である。
ただの鉄の塊だというのに、あえかから手渡されたことでその価値は10億倍にも跳ねあがる。
それに、ふところから取りだしたということは、その直前まであえかの肌とじかにふれあっていたということではなかろうか。直接、つまりはダイレクト。肌に触れていた品物を渡してくる=日和への愛のしるしなのであった。
人、これを妄想という。
ストーカーまであと一歩という見方もある。
……違った。
ペンダントからはじまる恋もある。
(早く授業が終わらねーかな)
まだ三時限目だというのに、日和は気が早かった。
きっとあえか様はオレのことを待ち焦がれているにちがいない。「わたしのプレゼント気に入ってくれたかしら」「師匠」当社比1.5倍のオレ。バラの花をくわえて登場。「ようやく授業が終わりました。これを」「まぁなんてステキな花」「あなたのために校庭にある校長の花畑から無断で刈りとってきました」「あっ!痛」「気をつけなさい。きれいなバラにはトゲがある。手をみせて」「ああ、ダメよ」「男と女、一つ屋根の下。やましいことなどなにもない」「わたしを抱いて!」「がっつりと!」
当初の目的を完全に忘れていた。
「春日ー。いいかげん目を覚まして問題にこたえろー」
溝口の声が教室にひびくが、日和はすでに夢のなかだった。
「減点3だ」
メガネをクィと持ちあげ、夢のなかにいる生徒に告げた。
「東ー。この古事記の一説を要約してみろ」
「はい」
車椅子の東は返事をすると、立ち上がれないため椅子に座ったままで、答える。
「素戔嗚尊をおそれ天岩戸に閉じこもった天照大神により、高天原は暗闇につつまれ、魑魅魍魎と禍の跋扈する別世界なり果てた。思金神は一計を案じ、長鳴鳥の声と石凝姥尊の鏡を用意させた。天児屋尊の祝詞をBGMに、天宇受売尊が、乳房もあらわに腰のひもが下がるほどみだらに神楽を踊った。八百万の神々が笑い声をあげると、天照大神はにわかに外が気になりはじめた」
クラスがざわめく。
「あー、うん、だいたいあってるな」
「ええ、そうでしょう」
「だが今は授業中だ。極端な表現はひかえるように」
「僕は原文のとおりに訳したまでです」
東はまじめに答えた。
「ふむ。まあいい。上出来だ東」
溝口は「古事記はソースとして不向きだったか」とつぶやく。
「次、南雲。つづきを訳してみろ」
「……はい」
美鈴は立ち上がると、すこしフラついた。
「……天照大神はたずねました。なぜ皆楽しそうなのですか。天宇受売尊は答えました。あなたより尊い神が現われたからです。すこしだけ戸を開けた天照大神は、用意された鏡に映る分の姿におどろき、そこを天手力男神が天岩戸をこじあっ――」
ガタッ、と身体が崩れる。
全員が美鈴をみた。
机に寄りかかるようにして、浅い息をくり返している。
「どうした-。南雲ー」
溝口は平坦な声で美鈴へたずねる。
「す、すみません。気分が、わるく、て」
「そうか。保健委員は誰だー?」
「げぇ」
内山が声を上げた。
「内山ー。保健室まで南雲を連れて行けー」
「せ、せんせい、だいじょぶ、です」
「ウソをつけ。顔がまっ青だぞ。さっさと連れていけ」
「めんどくせーなー」と言いながら、内山が「オラ来いよ」と言って強引に美鈴の手を引いた。
ちらりと日和の方をみた美鈴は、爆睡している彼にあからさまな落胆を示すと、引きずられるように教室の出口へ向かう。
「内山くん」
呼び止められた内山は、声をかけてきた東に視線をやった。
「なんだよ」
「保健室の先生への連絡用紙。美鈴さんが欠席できるようにこの紙をわたしておいて」
「ふーん」
そう言って、紙片を取りあげた内山に、東は薄く笑みを浮かべた。
「そう、しっかりみておいてくれ」
二人は教室を出て行った。
「よーし、それでは授業を再開する。志村-。春日を起こせー」




