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「なんで委員長のおまえが、率先して校則違反なんか冒すんだよ」
重心がブレないように気をつけながら、美鈴にむけて疑問をぶつけた。二人乗りは生徒手帳の禁止条項のひとつに上げられている。
さらにはノー・ヘルメットである。
「た、たまには、わたしだって、校則ぐらい、やぶるもん」
美鈴らしくない小声の答えに、日和は「ふ~ん」と適当に返事した。
「そうやって少女は不良へと転落していくのであった」
「か、勝手なこと言わないでよ!」
「よくある話だ」
日和の家から月代高校までの自転車でなら一五分。わりと近い距離にある。
風を切って走るスピードは心地がよい。頼りない日和の背中すらひとまわりおおきく見える。
弓が丘公園をとおり過ぎる。
この前、日和が助けてくれた場所だ。
あのときは無我夢中だったが、考えてみれば何のかかわりもないはずの日和が手をひっぱってくれたおかげで、自分はこうして無事でいられる。頼りないとおもっていた幼なじみは、思ったより男らしかった。
すこし顔が赤くなったかも。と下を向く。
別に好きとかそういうのじゃない。
日和なんてタイプじゃないのだ。
もっと男らしくて格好良くて、そう、お仕事のときたまに見ることができる俳優さんとかがいいに決まってる。背も高くてハンサムで、話したこともないけれど、ああいう人が普通は好みなはずだ。
自分の母親と日和の母親が昔なじみで、幼い頃は連れられてよくあそんでいた。
ままごとで父親役をやってほしいと言ったら、ヤだとつっぱねられた。どうやら家庭でおそろしく父親の地位が低いため、自分が将来そうなることをおそれたらしい。
そのときはまったくそんなことは知らないので、せっかくのままごとが出来ないと泣きだしたら、しぶしぶ引き受けてくれた。
昔から、この男は人にやさしくできるタチだった。からだが弱かったせいで、寝ていることも多かったが、部屋でできることはいくらでもあった。手当たりしだいに遊びを思いついてはなんでも実行し、今から思うとばからしいと思えることも、ちからいっぱいに楽しんだ。
くす。と笑う。
「なんだよ」とたずねてくる日和に、
「なんでもない」と、美鈴は答えた。
――わたしがわたしだと分かっても、優しくしてくれるのかな。
ひょっとして、日和は自分を美倉みすずと知ってたから助けたんじゃないのか。本当の自分ではなく、新進気鋭のアイドルだったから助けたんじゃないだろうか。
そう思うと、こころの片隅にモヤモヤしたモノが生まれてきて、それをなにかと気づく前にあたまをふって否定する。
日和は誰でもやさしくするだろう。それが自分だけじゃなく、ほかの女の人にも――
そんなことを考えた途端、日和が急ブレーキをかけて自転車を止めた。
美鈴は反動で日和の背中にぶつかり、おでこをぶつけた。
「いった! 止めるなら言ってよ!」
「委員長さんよ! 降りてくれ!」
校門が見える交差点で、日和は切羽詰まった様子で言ってきた。
「あ、そうか。校門だもんね」
「いや、ちがう! いや! 違わないんだが、それもある! さっさと降りろ!」
「わ、分かったわよ!」
ズレた眼鏡を直しつつ、日和の自転車のカゴに入れていた鞄を手にとる。
「あ、ありがと」
素直に目をみることができず、美鈴はそっぽを向いて言った。
これでも精一杯に感謝の気持ちを示したつもりだった。
「かまやしねえよ!」
日和は歯を見せて笑った。全然魅力的じゃない、と美鈴は否定した。
「あの、代わりに今度、勉強見てあげるから」
「んなもんイイって。オレはあたまで身を立てるつもりねーし」
「ダメよ! このまま赤点ばっかりとってると、留年するじゃない!」
美鈴は必死になって言った。
「留年なんざこわくねーよ」
「ダメ! 勉強しなさい! じゃないと――」
おなじ学年にいられないじゃない――
口からついてでようとした言葉を、美鈴はくちびるを噛んで止めた。
なにを言おうとしてるのよ。わたし。
「じゃな! さっさと教室行けよ、けっこうぎりぎりだぜ?」
日和はふたたび自転車を漕ぎだすと、校門のなかへと消えていった。
ため息を吐くと、おなじように校門へ向かう。
「おはよう、南雲さん」
下を見て歩いていたせいか、目の前に来るまで気づかなかった。
顔を上げると、車椅子に乗った東正龍が笑みを浮かべていた。
「あっ、東君、おはよう」
すこし、距離をとり、美鈴は朝の挨拶をかえす。
「一緒に教室まで行こう」
「あ、はい」
東に声をかけた生徒がついでに自分にも挨拶する。それでも律儀にかえしながら、彼のスピードにあわせて歩く。
車椅子は電動ではなく、自分の腕で車輪をまわすものだった。
月代高校はバリアフリーを学校紹介のパンフレットにまで載せてうたっているので、田舎の学校の割にエレベータなどと言う文明の利器がある。
「あの、わたしこれで」
エレベータのある場所まで見送った美鈴は、東に挨拶して徒歩で教室へ向かおうとした。
「乗りなよ。どうせめったに使われないしさ」
エレベータの『開』ボタンを押したまま、東は閉じようとはしなかった。
美鈴はこころの中で嘆息し、一緒に乗りこむ。
扉が閉じて上へと向かう振動にゆれながら、ちいさな密室で東といることに、多少の息苦しさを感じる。きっと教室へもどると、またみんなからいやな目で見られるのだろう。
「今日の放課後、時間ないかな?」
話しかけられた美鈴は、肩をふるわせて車椅子の少年を見下ろした。
「今日、放課後。委員会とかじゃなく、個人的な用で会いたいんだ」
いつものように愛想のよい笑みをうかべ、美鈴の言葉を待っている。
「あの、今日も用事が――」
「一〇分くらいで終わるよ」
引かないつもりのようだ。
「……わかり、ました」
他にことわるすべを知らなず、しかたなく頷いた。
「よかった。それじゃ、授業が終わったあと裏庭まで来てくれるかな」
チン、と音が響き、校舎の三階へエレベータが着いた。
「それじゃ、待ってるよ」
そう言うと、美鈴の表情もみずに教室へと向かっていった。
エレベータから降りたあと、鳴り響くチャイムの音を聞きながら、美鈴はとても憂鬱な気分で教室へ向かった。




