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「先生、オレ、幽霊みたんすよ!」
「ほう、どんなのだ?」
「黒髪ロングの女の子で、見た目けっこうお嬢さま系なのに実は経験豊富で手取り足取りイロイロ教えてくれそーな、上級生のお姉さんっす!」
「んー」
溝口は宿直室=自分の部屋をひっかきまわし、ゴミ溜めのような底から目的のモノを探し当てると、日和にむけてほうり投げた。
ぱしっ
キャッチした日和がおもてのタイトルを読みあげる。
「女子校生淫乱課外授業ワタシが教えてあ・げ・る……上巻」
「使え」
あわれみの表情を崩さず、溝口は日和の肩をたたいた。
「そう言うのは、日頃から溜めとくものじゃない」
「ちがうっすよ! これじゃないっすよ!」
「なんだ、こっちのほうがよいのか?」
わたされた本のタイトルを読む。
「緊縛女子大生――恍惚のあえぎ」
「高1でずいぶんハードだな」
「ちがうっつってんでしょーが!」
「じゃ、返せ」
腹にこっそりDVDと本を挟みこもうとしていた日和は、突然の返却命令に驚愕の表情を浮かた。
「……ち、違わないっす」
「そうだろ。幽霊なんてモノはこの世にはいないんだ。生身のほうがよ
いだろ」
「もちろんっス! それで、この、下巻のほうは……?」
「ああ、それレンタルだから返しておいてくれ」
日和はなさけない顔になって、DVDを溝口のほうに差し出した。
「すごいぞー。あっはっはっは」
溝口のカラ笑いに日和の手が止まる。迷ったのは一瞬だった。
DVDは日和のふところにおさまる。
「それにしてもおまえら、こんな時間までなにしとるんだ?」
溝口は万年床でありそうな布団の上にあぐらをかき、眼鏡の奥から日和をみた。
「こんなおそくまで残っていては、ほかの先生がたが帰れんだろう」
「だいじょうぶっすよ。ナミヘイから許可もらってるし」
「そういえば言ってたな」
空き缶に入った数本の巻きタバコを一本手にとると、溝口はライターで火をつけて吸いはじめた。
日和は自分の部屋とたいして変わらない男物のひとり部屋を見まわした。コンビニで買ったらしき弁当箱や、つぶれた缶ビール(空き缶)、ウイスキーのボトル、下着などがざっくばらんに散らかって、ゴミ捨て場で暮らしているようにしかおもえない。
「先生って、ガーデニングの趣味なんかあったんすね」
見つけた先には、おおきな葉をつけた鉢植えが三つほど、きれいに窓辺にかざられて置かれていた。
「ああ、それはオレの趣味だ」
「なんつー花っすか?」
「大麻だ」
「へー、大麻――へ?」
「輸入物の上等な品種でな。愛用している。こいつだよ」
と言って、溝口はくわえた巻きタバコを示した。
「犯罪じゃないっすか!?」
「犯罪というものは国法に依存する。外国ならよくてこの国なら悪いというのがよくわからん。違法や合法が他人によって押しつけられる。それが自分の正義や悪に反しているとしても、従わなくば罰則や懲罰のペナルティを受ける。お前たち学生だってそうだろう。なぜ髪を染めてはいけないんだ? なぜミニスカートではいけない? 学校という社会が決めたルールに押しつけられて自己主張すらできない。”自主性を重んじる”などと称してその実、生徒のなかから取締役を決めてカタキ役を打ち立てる。ナチスのユダヤや魔女狩りの魔女となにがちがう? 同族同志で殺し合い、それを見て笑うヤツがいる。まったく下衆な世のなかだと思わんか?」
饒舌に語る溝口に向け、日和は「はぁ」とわかったようなわからないような返事をかえす。
「意味がわからん、といった顔をしているな」
「はぁ。オレ、勉強得意じゃないっすから」
ハハハ、と笑う日和に、溝口は死んだような目を向け、ぽつり、とつぶやく。
「補習、やるか」
「いや! わかったす! もう完璧! そうっすよね、解せない世のなかっスよね!」
「人は他人に迷惑をかけないかぎり自由だ。タバコがよくて麻薬が悪いか。くだらないパターナリズムで人類統制か、馬鹿馬鹿しい。趣味嗜好すら強制された世界は、偽善と欺瞞に満ちている。正しいとされていることのどれだけが真実なのか。正義だって戦争につかわれる口実に過ぎない。信じるものなどなにもないよ。世のなかは不平等に満ちている」
「でも先生、タバコだっていま規制が入ってきてるっすよ」
日和は唯一思いついた反論を述べた。
「……そのタバコが全面禁止となれば、それにかかわる職種の人間は職を失くす。廃絶運動をしている連中は勝利にうかれさわぐかもしれんが、その裏で何人が首を吊るだろうな。戦争だって同じだ。世界平和がおとずれたなら、軍需産業にかかわる人間が職を失くす。結局、どちらも都合のよい落としどころに落ち着くのがもっとも良い。最善の結末とは、そういうものだ」
日和はハハハ、と乾いた笑いをあげた。
自分の担任がこれだけしゃべるところを見たことがない。
しかも、戦争がよくて平和が駄目? とか言っている。教師としてまちがっていると思うぞ。
「先生の言ってることって、その、まちがっているんじゃないかと思うんすけど……」
口に出してみた。
「間違ってるか、それはお前が若いからだ」
若さのせいにされてしまった。
「世のなかのきたない部分を隠されているがゆえに、正直に生きられる。まったくおまえらがうらやましい。だがそれだけ、一度社会にでれば絶望というものに押しつぶされる。昔の――」
言葉を切り、溝口は口を閉じた。
窓の外を見て、「もう帰れ」と言った。
「おまえの腹にあるDVDと本とで取引だ。このことは、秘密にしておけ」
「あ、はい、いいスよ」
日和は腹のふくらみを大事そうにかかえて立ち上がった。
「扉を開けたらさっさと帰れ」
溝口はそう言って、日和を手早く追い出した。
廊下にほうり出された日和は、戦利品となった腹のなかのイチモツをさする。
「……そいや、オレ、なにしに来たんだっけ?」
遠くから、だれかの駆けてくる足音がする。
日和は気づいて声をかけた。
「あっ、師匠! それにいっちゃんも!」
「春日君! 今までどこに行っていたのですか!!」
いきなり説教された。
「す、すんません。ちょっとDVDを――」
「みすずさんが大変なんです。荷物を持ってきてください!」
そう言うなり、あえかは奥へと駆けだしていく。
その様子に常ならぬモノを感じ、背中のリュックを背負い直すと、日和も大沢木とともに後につづいた。
彼らが立ち去ったあと、溝口が部屋から出てきた。
日和たちの去っていった方向を見て、「やれやれ」とつぶやいた。




