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 白い影は「家庭科室」とプレートの下げられた教室へと消えた。

 あえかはピタリと壁に背をつけ、気配をうかがった。普通、霊たちに気配など存在しないが、修練を積み、感覚をませたはらい師である彼女には、わずかな霊相れいそうのちがいを感じ取ることができる。簡単に言うなら雰囲気。敵意や悪意といったものだ。


「いますね」


 追いついてきた自分の弟子たちにだけ、聞こえるような声でつぶやく。


「家庭科室って、なんかイヤな予感がするんスけど」


 日和は目に見えて引きつった顔で口をヒクつかせる。


「行きますよ」


 眼中にない様子で、あえかは札を構えると、扉を一気に引きあけた。

 暗い室内。

 ライトを前に向ける。


 誰もいない。


 いや、なにもいない、と言ったほうがこの場合にはふさわしい。

 見た目には。


 整然とならんだ調理台は、足がくさってたおれているものもある。窓には板がバツ印に打ちつけられ、陽のひかりを防いでいる。もっとも今は夜なので、陽の光が差しこむはずはなく、夜の暗闇がわずかに見えるだけだった。かたむいた黒板には、白いチョークで「カレー」とラクガキされている。


「なにもいねーじゃねーか」


 大沢木がそう言いながら入っていった。


「あっ! 勝手に入ってはなりません!」


 あえかも注意しながら足を踏み入れる。

 日和とみすずは顔を見合わせ、どちらともなくそーっと足を忍ばせおじゃまする。


「きったねー部屋。俺の家よりヒデーな」


 大沢木は適当にあたりを物色しはじめる。


老朽化ろうきゅうかしています。あまりさわるのは感心しません」


 勝手な弟子のひとりの行動に辟易へきえきしながら、まわりに注意を向けるあえか。

 その姿にライトを向け、暗闇にライトアップされた巫女姿もなんか神秘的で素敵だ。と思う日和。


「ねえ」


 そでがぐいぐい引っぱられる。


「なんだよ! これから暗闇のバスト・ショットを楽しむところだったのに!」


 じゃまされた日和は、みすずに文句を言った。


「あれ、なに?」


 みすずが指さした方向に、日和はしぶしぶライトをかざす。


 ギラ。


 ギラギラ。


 びつき刃こぼれした包丁が、幾本も刃を向けて宙にただよている。


「ほーちょー!!!」


 日和のさけび声に、あえかと大沢木が反応する。

 包丁のむれが襲いかかってくるのも同時だった。

 ひさしぶりに肉を切り刻める感触に狂喜きょうきしているかのように、あらゆる方向から獲物をねらう。


けなさい!」


 あえかが叫ぶ前に、各員はそれぞれ行動を起こしていた。

 大沢木はたのしそうな笑みを浮かべて前に進み出、日和とみすずは床を這うように移動する。


 あえかは祓串はらいぐしをかかげると、飛んできたひとつをたたき

落とした。


 かん、かんっ、と床に転がった包丁が日和たちの足元まで飛んでくる。

 日和は足でそいつを踏んづけた。

 目の前で動き出されでもしたらかなわない。


 大沢木は掲げた指をクイクイ、とうごかすと、襲いかかってくる刃を紙一重かみひとえにかわした。暗闇に去りゆく前にそのつかをつかみ、自分の武器とする。もう一本もおなじようにして別の手にすると、二刀流に構えた。


 おそいかかってくる包丁のむれを端から落としていく。


「やりますね」


 自分も祓串はらいぐしでたたき落としながら、あえかが感心してつぶやく。

 日和は思った。これはいかん! と。

 足の下でビクついている包丁に手を伸ばす。


 オレだって活躍せねば!


 足をぱっ、とはなすと、空ぶかししていた自動車が急発進するように、フルスロットルで駆けあがってきた包丁が耳元をかすめて暗闇に消えていった。


「ちょっと! 大丈夫?」


 あまりのおどろきに日和固まる。

 包丁の他にも、アイスピックやフライパン、果てはボウルやざるまでが宙に浮かんで襲ってくる。


「春日君! みすずさんを外へ!」


 あえかの叱咤しったで自分を取りもどすと、日和はみすずを両腕でもちあげて逃げだした。


「無理だ! 無理無理! だってオレ人間だもん! あんなコトできるわけないじゃん!」


 誰に対する弁明かわからないイイワケをさけびながら、脱兎だっとのごとく廊下を駆ける。

 日和が無事逃げだしたのをみると、あえかは大沢木へ声を張りあげた。


「大沢木君! 一度引きます!」


 数カ所ほど斬り裂かれた大沢木は、あえかに向けて「あ?」と、暗闇で爛々(らんらん)とかがやく眼を向けた。


「逃げんのかよ」

「このままではこちらが消耗しょうもうするだけで相手側の絶対的有利です。作戦を練りなおします」

「まだ勝負はついてねーんだぜ?」

「あなたは包丁や()()と戦って面白いのですか?」


 チッ、と大沢木が舌打ちする。


「それでは――」


 あえかが胸元から札を引きだした途端、宙を飛んでいた調理道具が急にうごきを止めた。

 一斉に落下すると、大合唱のように音がふるい教室にこだまする。


「……すげーな、おさん。どんな隠し技つかったんだ」


 大沢木は手のなかの包丁を適当にほうり投げると、こころの底から感嘆した声をあげた。


「わたしは何も――」


 あえかはととのった眉をわずかに寄せると、唐突に気づいたように背後をふりかえった。

 日和たちが出て行った扉が開いている。


「まさか――」


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